アレルがガジスと共に旅をしたり、セドリックがティカとの恋に熱心になっている一方で、ミドケニア帝国第一皇位継承者、皇太子リュシアンは一人で旅をしていた。彼は昨年、勇者としての神託を受けた。ミドケニア帝国に伝わる聖剣ヴィブランジェの使い手として認められたのである。
ミドケニア帝国に代々伝わる二つの剣。一つは聖剣ヴィブランジェ。もう一つは暗黒剣デセブランジェ。相反する性質を持った二つの剣の使い手がそれぞれ現れれば世界を支配できるという。聖剣ヴィブランジェの使い手としてはリュシアンが選ばれた。そしてもう一方の暗黒剣デセブランジェの使い手を探す旅を始めたところなのである。唯一の手がかりは神託を受けた時に授かったブラックダイア。これが反応する暗黒騎士こそがデセブランジェの使い手なのだそうだ。
自分と対になる暗黒騎士とは一体どのような人物なのだろうか。リュシアンは考えながら一人ミドケニアの街道を歩いていた。一人旅は初めてである。今までは皇太子として多くの家来を連れて外出していた。一人の供も連れずに、身分を隠しての旅は解放的だった。何者にも束縛されない自由。ミドケニアの宮殿から見える風景とは違った景色。



「今日はこの街に立ち寄るか。ギルドに行けば誰か暗黒騎士がいるかもしれない」

リュシアンはアナイルという街に入った。ちなみに今のリュシアンの装備は聖騎士のものである。聖騎士の鎧兜に身を包んでいる。兜もかぶっていたので顔がわからない状態だったが、街に入り兜を脱いだ時点で周囲から歓声が沸き上がった。美しく長い髪と共に美男子の顔が現れたのだから無理もない。さらさらと流れるように美しい髪と爽やかな雰囲気を湛えた美青年。それでいて高貴で近寄りがたいオーラを感じる。リュシアンの方は昔から皇太子として注目を浴びるのには慣れていたから、特に気に留めることもなく街の探索をしていった。宿と買い物と情報収集。



一方、ここはアナイルの街のギルド。そこには旅の仲間を探している二人組がいた。二人ともまだ若い少年少女である。少年の方は僧侶で、少女の方は魔導士のようだ。

「ねえ、アミス、誰を仲間にしようか。僕達は僧侶と魔導士だから、誰か戦士を仲間にしないとこの先きついよ」

アミスと呼ばれた少女は機嫌が悪かった。旅をするには戦士が必要なのはわかっている。が、しかし…

「よお、ねえちゃん、デカい胸してるねえ。その胸を触らせてくれたら一緒に旅してやってもいいぜ。戦士の仲間が欲しいんだろ?ん?」
「よお、ねえちゃん、いい身体してるねえ。一度お相手してくんない?それなら一緒に旅してやってもいいぜ」
「よお、ねえちゃん、いいケツしてるじゃねえか」

「ええい!いい加減にしろーーーーー!!!!!」

アミスは男達を思いっきりはり倒した。さっきから舐めまわすような視線でじろじろ見られ、極めて嫌な気分である。本当なら魔法で黒焦げにしてやってもいいくらいなのだが、ギルド内で騒ぎを起こすのもまずいと思って必死に自分を抑えた。プロポーションがいいというのを自慢にしている女性もいるが、こんな風に男達から嫌らしい目つきで見られるくらいならもっと普通の体格が良かったと思う。アミスにとっては豊満な胸をからかわれる方がコンプレックスだった。

「アミス!落ち着いて!って言っても無理か…ふう、仲間にするならどんな戦士がいいんだろう」
「クリフ、私、エロくない人がいいっ!」
「そうだね、じゃあもっとストイックな感じの人探そっか」

クリフと呼ばれた少年は内心湧き上がる怒りを抑えながら平静を装った。そこへ先程の戦士達が野次を飛ばす。

「へっ、そんなナイスバディなお嬢ちゃんを見れば誰だって欲情しちまうさ!てめえだって一緒にいるってことは夜はさぞかしお楽しみなんだろ?」
「悪いけど実の妹にそんなことする趣味はないんでね」
「おおっと、お兄さんだったの?こりゃ失礼。こんな上玉に手を出せないなんて哀れなこった」

戦士たちの野次を無視してクリフとアミスはギルドを出た。どうやらこの街のギルドには下衆な輩しかいなさそうである。

「ごめんよアミス、僕がもっと強面でがっしりした体格だったらあんな奴らになめられずに済むのに」
「いいよ、そんなの。それに~、兄妹っていっても私達双子なんだからさ、同い年だし、無理して妹を守るお兄ちゃん演じなくてもいいんだよ」

二人が外へ出ると何やら騒がしい。若い女性の黄色い声が聞こえる為、とびっきりの美男子でも現れたのだろう。そう思って何気なく声のする方を見ると――

「ねえ、クリフ。あの人って…」
「うん。以前ミドケニア城下町で見たね」

リュシアンは困っていた。本当はこの街で宿をとるつもりだったのだが、どうもしつこい女性が多い。下手に女難に巻き込まれるよりは早くこの街を出た方がよさそうだと判断した。群がる女性達を丁寧に、だがきっぱりと断りながら避けるとリュシアンは早くにこの街を出た。情報収集の結果、この街には暗黒騎士は滞在していなかった。彼の探し求める人物は別の場所にいるのだろう。



街を出てしばらくすると、誰かが後をついてくるのがわかった。当然尾行に気づかないリュシアンではない。先程のしつこい女性達の一人でなければいいが、と思いながら待ち伏せする。

「誰だ?」
「あっれ~?もう尾行に気づいちゃったの?さっすがこのミドケニア帝国の皇太子様だね~」
「そうそう。こんなところで何をしておられるのですか?リュシアン皇太子殿下?」

尾行の主達は後をつけていたことを悪びれる気もなく、あっさりとリュシアンの正体を見破っていた。そしてさっそく質問を投げかけてきたのだった。まだ若い二人の少年少女。見たところ僧侶と魔導士である。

「君達は?私の顔を知っているということは首都のメアンレ出身だな」
「は~い、そうで~す!メアンレの魔法学校に通ってましたあ~」
「アミス、相手は皇太子殿下なんだからもっと礼儀正しくしなきゃ」
「はいはい。リュシアン殿下初めまして~。私、アミスっていいます。新米の魔導士で~す!」
「やれやれ、アミスってば。お初にお目にかかります、リュシアン殿下。僕はクリフといいます。新米の僧侶です」
「アミスにクリフか。私に何の用だ?私は訳あって旅をしている。内密の旅だ、口外はしないでもらいたいが」
「皇太子殿下がお供も連れずに一人旅ですか?危ないですよ。いくら殿下が強くたって武器攻撃の効きにくい敵に大勢囲まれたらどうするんです?良ければ私達がお供しますよ」
「殿下、僕達は旅のパートナーを探しているんです。ほら、僕達は僧侶と魔導士。だから戦士の仲間が欲しいんです。僕達はあなたが宮殿を出て旅をしていることを口外したりしません。代わりに一緒に旅して下さい」
「ギルドに行けばいくらでも戦士が見つかるだろう」
「ろくなのいませんでしたあ~」

アミスはのんびりとした口調で言ったが、先程のことを思い出すと嫌悪感でいっぱいになった。アミスの暗い表情を見てリュシアンも少し考えたが、神託を受けた勇者としてこれからどんな戦いが待ち構えているかわからない。まだ若い少年少女を巻き込むのは気が進まなかった。
その後しばらくアミスとクリフはリュシアンの後をついてきた。今度は堂々と。二人は自分達の実力をリュシアンに見てもらおうと思った。魔物が現れれば魔法で一掃し、傷ついたリュシアンを回復した。

「殿下~どうです?私達の実力は?これでも魔法学校を首席で卒業したんです。足手まといになったりなんかしませんよ」
「殿下、僕達は誠実で手堅い人と一緒に旅がしたいんですよ」
「やれやれ」

リュシアンはため息をついて、しばらく同行するのを許可した。二人共まだあどけない少年少女である。あまり無下にするのも可哀想だ。

しばらく進んだ後、休憩をすることにした。アミスは早速リュシアンに近寄ってきた。

「殿下~宮殿にはない下町のお菓子なんかどうです?美味しいですよ~」
「ありがとう」
「私達、これでも双子の兄妹なんです~。似てないですけどね。二卵性双生児だし、性別違うし。一応クリフの方がお兄さん。クリフは僧侶の才能に、私は魔導士の才能にそれぞれ恵まれてました。両親は流行病でもういないです。魔法学校を卒業したので、二人で旅に出ようと思ったんです。ねえ、殿下、殿下は何故お供も連れずに旅をしているんですか?」
「君達は私のことをどこまで知っている?」
「勇者としての神託を受けたところまでは知ってま~す。もしかして修行の旅ですか~?」
「私は人を探しているのだ」

リュシアンは暗黒剣デセブランジェの使い手を探している。聖騎士であるリュシアンと対になる存在。神託を受けた時に授かったブラックダイアが反応する暗黒騎士こそがリュシアンの探し求める人物。

「へえ~そうだったんですね~。私とクリフは魔導士と僧侶だし、聖騎士と暗黒騎士がそろえばパーティーのバランスとれますね~」
「君達は本気で神託を受けた勇者である私の行動を共にするつもりなのかい?下手をすれば魔王との戦いで命を落とすかもしれないぞ」
「え~いいじゃないですか~勇者とその仲間達に私達が加わるなんて夢みたいですう~私でよければできうる限りの力で殿下にお仕えしま~す」
「クリフ、君はどうなんだ?」
「僕だって同じですよ。こう見えてもアミスも僕も魔導士、僧侶としては自信あるんですよ。自国の皇太子殿下のお役に立てるなんてこんな名誉なことはありません」
「参ったな…」

リュシアンは困った。今までの戦いぶりを見る限り、戦力としては申し分ないのだが。

「それにしても~リュシアン殿下と対になる暗黒騎士ってどんな人なんでしょうね~やっぱ暗黒騎士だからヒネた性格なのかなあ。暗い過去を背負った影のある美青年だったりして~。そんでもって真黒な鎧兜に身を包んで、兜を取ったらその中から繊細な美顔が現れたりして~」
「アミス、その想像はどっからくるのさ?」
「そりゃリュシアン様と対になる人なんだから美形に決まってるでしょ?」
「違ってたらどうすんの?」
「え~~~!そんなの嫌だ~~~~リュシアン様と釣り合わない~~~!」

アミスは随分と賑やかな少女だと、リュシアンは思った。
リュシアンは全く自分を嫌らしい目つきで見ない。アミスは真面目な性格のリュシアンを気に入った。
クリフもリュシアン皇太子と共に旅をするのは興味がある。それにこのメンバーならアミスも安心だ。

三人それぞれの思いを抱きながら、新たな旅が始まった。





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