リュシアンが一人旅を初めてまもなく、新たな仲間が加わった。アミスとクリフという双子の兄妹である。アミスは元気のいい女の子で、賑やかな旅になった。リュシアンの方は、万が一のことがあれば責任を持って二人を守らなければならないと思っていた。二人共まだ若い少年少女である。

三人で旅を始めた翌朝、リュシアンは早起きをした。剣の稽古は毎日欠かさずやるつもりなのである。しかし起きてみると、何やら掛け声が聞こえる。先にクリフが起きていたのである。

「フンッ!フンッ!あ、殿下おはようございます!」
「ああ、おはよう。クリフ、君は一体何をしているのだね?」
「はいっ!見ての通り、筋トレですっ!」

クリフは元気よく返事をすると、腹筋や腕立て伏せを始めた。

「クリフ、君は僧侶なのだろう?」
「はいっ!本業は僧侶です。でも趣味は筋トレなんです!」

クリフは顔立ちからすると美少年の部類に入るのだが、趣味が筋トレとは…リュシアンは面食らった。

「殿下、筋トレって紳士のたしなみだと思いませんか?」
「そ、そうかい?」
「ええ、そうですとも!男子たるもの身体を鍛えることは大事です!生まれつき病弱なら仕方がありませんが、そうでなければ筋トレに励むのは紳士の一般教養!鍛え上げた肉体で、いざというときに婦女子を守る。女性から見て頼りがいのある男性に見え尚且つ健康にもいい。こんないいことは他にないでしょう。だから僕は日々筋トレに励んでいるんです!」

クリフは自分なりの理屈で筋トレが必須だと思っているようだ。リュシアンは少々面食らったが別に悪いことでもないので好きにさせておくことにした。そしてリュシアンも剣の稽古を始める。今となっては自分の剣になった聖剣ヴィブランジェ。帝国に代々伝わるだけあって美しい装飾のなされた立派な剣である。これからは自分の愛剣として数多の戦いを勝ち抜かなければと思うと気が引き締まる。一方、リュシアンの華麗で力強い剣技をクリフはぽかんとして見ていた。途中から起きてきたアミスも。さすがは神託を受けた勇者なだけあって他の騎士や戦士達とは格が違う。

「ほえ~っ、殿下の剣技ってカッコいい~っ!思わず見惚れちゃ~う」
「本当だね。さすがは神託を受けた勇者様だ」
「殿下の剣の稽古も終わったことだし、じゃあ朝御飯にしよっか~。朝ごっはん!朝ごっはんっ♪」

アミスは朝食の用意に取り掛かった。

「あの、殿下?」
「何だい、クリフ?」
「殿下は自炊とかできるんですか?」
「簡単な自炊のやり方と野宿の仕方なら覚えてきたが」
「そうなんですか。あの~少々申し上げにくいんですが」
「何だい?私は確かに皇太子だが、ここではただの旅人の一人。身分など関係なしに言いたいことがあれば遠慮なく言うがいい」
「それじゃ遠慮なく言わせてもらいますっ!殿下も食事の用意、手伝って下さいね!」
「え?」
「今あなた自身が言ったじゃないですか。ここでは旅人の一人で身分なんて関係ないって。僕は女が家事をするものだと思っている古い考え方の男が嫌いなんです。アミスがいくら自分から進んで食事の用意を始めたからってそれに甘んじていてはいけません!さ、殿下もご一緒に!」

このような形で一般庶民と関わるとは思わなかった。リュシアンは慣れない手つきで食事の用意を手伝った。クリフは結構遠慮なしにものを言うタイプのようである。リュシアンは元々人の好い性格であるし、クリフの言うことももっともだと思ったので素直に言うことを聞いた。

朝の爽やかな空気の中、外で食事をするのはリュシアンにとって新鮮だった。それに今は賑やかな連れがいる。

「殿下、見ての通り僕は筋トレで鍛えてますから肉弾戦も任せて下さい!いざとなればこのモーニングスターで敵をボッコボコにしてやりますよ」

クリフの武器はモーニングスターと呼ばれる鉄球だった。重量があり、棘つきの鉄球は破壊力抜群であろうと思われる。

「しかし、君の鍛えぶりを見ていると戦士の道に進んでもよかったのではないのかい?」
「殿下~クリフがが僧侶の道に進んだのは理由があるんですよ~才能に恵まれてるかどうかわかったのはその後だし」とアミス。
「ほう、その理由とは?」

クリフは真面目な顔つきになって答えた。

「実は僕………お化けが苦手なんです」
「は?」
「小さい頃から怪談とかホラーとか、とにかく怖い話が苦手で苦手で。アンデットモンスターなんかに遭遇しようものなら失神するほどだったんです。だって考えてみて下さい。死んだはずのものが襲いかかってくるんですよ!そして通常の攻撃ではなかなか倒れてくれない。あのグロテスクで気持ち悪い外見。思い出すだけで身の毛がよだつ!だからこそ僕は僧侶の道を選んだんです。アンデット浄化の術が使える僧侶の道を。これでアンデットに対抗する手段があればもう怖いものなしです!」
「…………………………」

成程、人にはいろいろ事情があるようだとリュシアンは思った。



一人旅もいいが、賑やかな連れがいるのも悪くないと思えてきた。アミスもクリフもよくしゃべる。一緒にいて退屈しなかった。



そうやってリュシアン達が街道を進んでいると、悪漢に囲まれた女性を発見した。

「いいじゃねえか、ねえちゃん。俺達はただあんたといいことをしようと思ってるだけだぜ。ゲヘヘヘヘ」
「あの、あなた方の言ういいこととは具体的にどのようなことなのですか?」
「へへへ。俺達と一緒に来ればわかるさ。なあ、いいだろう?――いてっ!」

アミスは手にしていたロッドを悪漢の一人に投げつけた。

「なんだあ?こっちもなかなか上玉のねえちゃんだぜ。まとめて攫っちまえ!」

悪漢達はそこにいた女性とアミスに襲い掛かったが、リュシアンとクリフにあっさりと駆逐された。

「くそっ!覚えてやがれ!」
「うっわ~、あんなありがちな台詞を言う奴って本当にいたんだ~」とアミス。
「何言ってるんだよ。言う奴が多いからありがちな台詞なんだよ」とクリフ。

アミスは女性に駆け寄った。

「お姉さん、大丈夫ですか?」
「どうやらあの人達は悪い人達だったようですね。助けていただいてどうもありがとうございます」

その女性は吟遊詩人の格好をしていた。片手に竪琴を持っている。

「私の名はシンシア。旅の吟遊詩人です」
「え?女なのに詩人?」
「はい。世界に男の吟遊詩人はたくさんいますが、女が詩人になってはいけないなんて決まりはありません。私も世界各地を旅して様々な叙事詩を紡いでいこうと」
「でもお~詩人なんて戦闘能力は無きに等しいじゃん。一人旅は危ないよ。安全な街に着くまで私達が一緒にいてあげるよ。リュシアン様もそれでいい?」
「ああ、私は構わないよ」
「ありがとうございます」

リュシアン達は一通り自己紹介をした。リュシアンを見た時、シンシアの目つきが僅かに変わった。皇太子だということは隠していたのだが。アミスとクリフも呼び方を『殿下』から『リュシアン様』に変えたのだが、それでもシンシアの目は誤魔化されなかった。

「ミドケニア帝国皇太子リュシアン殿下でいらっしゃいますか?勇者としての神託を受けたばかりの、聖剣ヴィブランジェの使い手」
「何故そうだとわかる?」
「私も吟遊詩人の端くれです。情報収集はお手の物。リュシアン皇太子の肖像画だって拝見しています」
「そうか…私はある目的があって旅をしているのだが、口外はしないでもらいたい」
「はい、もちろん。その代り、私も旅にお供させて下さい」

リュシアンはまたかと頭を抱えた。

「神託を受けた勇者であるあなたと一緒に旅をすればいい詩が思い浮かびそうです」
「危険だ。あなたは普通の旅をした方がいい。安全な街までは送るからその後は――」
「嫌です。それに私だって戦うことができますよ」
「歌と竪琴で?」
「はい。それに私、魔法も使えますから」
「初級魔法?」
「いえ、取得可能な魔法は全て取得しております」

リュシアンは困っていた。アミスとクリフもさすがに吟遊詩人は足手まといなのではないかと思った。しかしシンシアはシンシアで思惑があった。

(神託を受けた勇者と共に旅をしていれば、私が探している『彼ら』の手がかりが得られるかもしれない――)





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