リュシアンとクリフは賊の後を追い、とうとうアジトまで辿り着いた。賊も侵入者を亡き物にせんと総攻撃を仕掛けてくる。リュシアンは至って冷静に敵を屠っていった。このような状況で躊躇するような甘い考えは持ち合わせていない。一方クリフは馬から降りると遠くに逃がした。馬を巻き込んで殺してしまったり傷つけてしまったりしたくない。こんな状況で馬に気を遣う自分はおかしいのではないかと思いつつ、アジトの厩舎から馬を一気に放し飼いにした。
「なっ!?てめえ何しやがんだ!」
「馬に罪は無いからね。これでアジトに馬はほとんどいない。もう僕が遠慮する必要も無いんだ。フッフッフッフッフ」
クリフは鉄球の武器モーニングスターを握りしめ、賊達に向かって構えた。するとクリフの雰囲気が変わり、何やらどす黒いオーラが漂い始めたので賊達は警戒する。
「よくも僕の妹に手を出したね?」
「お、おい、なんかこいつ不気味だぞ」
「フフフフフ。アミスは昔から痴漢とか変質者によく狙われてね。その度に僕は怒りでいっぱいになったものさ。今の僕は成人こそしてないものの、もう大人も同然。毎日筋トレで鍛えてるし、これでも力には自信あるんだよ?フッフッフ。兄の怒りを思い知るがいい。僕はね、妹に手を出す下衆な輩を見ると、このモーニングスターで撲殺したくなるんだよ!」
そう言うや否や、クリフはかけ声と共にモーニングスターをものすごい勢いで振り回し、誰彼構わず攻撃し始めた。賊達は慌ててよけるが、そうしているうちにアジトが所々破壊されていく。あちこちで爆音が響いた。今のクリフは完全に目が座っていた。近づけば死あるのみである。
「僕の妹に手を出す奴は許さないぞおおお!」
「うわーっ!なんだこいつ!こえええええ!」
「ひーっ!大変だあ!狂暴化した僧侶が鉄球振り回してるぞーっ!」
「下手な戦士が暴れてるより怖いんですけど」
「っていうか、僧侶の服着た戦士の間違いなんじゃないのかあ?」
「ぎゃーーーっ!助けてくれえええ!」
リュシアンもクリフの暴走に気づき瞠目したが、今はアミス達の救出が最優先である。賊の頭領と魔導士の男を探した。
一方、アミスとシンシアは賊の一味の魔導士の男に囚われていた。男はシンシアには全く警戒していない。ひたすらアミスを眺めていた。
「ふーん、なかなか上玉だねえ。魔導士じゃなくて別の道を進めばよかったんじゃないの?」
「うるさい!」
「いくら強がったって駄目だよ。魔導士は魔法力が無ければ魔法を使えない。今の君はただの小娘さ。そして僕は上級魔導士としてあらゆる魔法を使える。人を殺さず苦しめる魔法も、支配する魔法もね。さて、どんなやり方で可愛がってあげようか」
魔導士の男はたちの悪い笑みを浮かべた。アミスは嫌悪感でいっぱいになる。
しかし男には完全な誤算があったのである。アミスもシンシアも武器であるロッドと竪琴をそれぞれ持ったまま囚われたのだ。アミスは魔法が使えない状態なのでロッドを持っていても問題ないと思っていた。シンシアの竪琴もそのまま一緒に人身売買で売り飛ばそうと思っていたのだ。全く警戒されていないことをいいことにシンシアは竪琴を奏でた。『魔封じの歌』である。たちまち魔導士の男は魔法を封じられた状態になった。男は驚愕を隠せない。
「~~!!」
「シンシアさん、やるう!これでこいつも魔法使えないんだ。怖くなんかないね!」
「ええ、先手必勝です。厄介な魔法を使う敵は真っ先に魔封じをしてしまわないと」
魔導士の男は何が起こったのかよくわからなかったが、魔法を封じられてしまったのだけはわかった。今は声すらだせない。
今度はアミスが手にしたロッドをバトンのように回した。するとロッドを通じて男の魔法力が吸収されていった。アミスは魔法力を取り戻したのだ。
「あんたバッカだねえ~。このロッドはただの飾りじゃないんだよ。戦いで魔法力が尽きた時、敵に魔法使いがいれば、敵から奪うのが1番手っ取り早いからね」
「~~!!」
「さ~てと、これで形勢逆転だね~。さっきあんたが言ったように魔導士は魔法力が無ければただの人。あんたもただのヤワな男だよ」
魔導士の男にとってシンシアの特殊な歌魔法は完全な想定外であり、アミスのロッドの効能も考えていなかった。男は声を出せないまま慌てて逃げ出そうとする。
「待ちなよ!さっきはよ~くも私にやらしいこと考えたなー!私の魔法でボッコボコにしてあげるから覚悟しな!」
「~~!!」
魔導士の男は声を出せない状態のままアミスの魔法で吹っ飛ばされ、ボロ雑巾のようにズタボロになった。
アミスとシンシアは自力で脱出することに成功したが、アジトは思ったより広かった。そして中を彷徨っているうちに人身売買の商品として囚われている女性達を発見したのである。
「アミスさん、ここはどうやら人身売買を行っている悪い人達のアジトのようですね」
「ホントだね!女性を売り物にするなんて許せない!」
「アミスさん、私達は勇者リュシアン様にお供して旅しています。勇者一行の1人として、そして女の1人として、この下賤な輩に正義の鉄槌を与えるべきではありませんか?」
「シンシアさん、いいこと言う~!」
「この間お話した地水火風の複合魔法を使ってみましょう。このアジトの賊を完膚なきまでに叩き潰すのです!」
その後、アミスとシンシアにより生み出された複合魔法でアジトは壊滅的なダメージを受けた。火事に洪水に地割れに竜巻。火炎竜巻や水柱もあちこちに発生し、爆音が鳴り響く。
リュシアンは彼女達を探していたが、シンシアの歌と共に凄まじい威力の魔法が繰り出されているのを見て無事を確認した。クリフはクリフで暴走したままである。いずれは3人とも落ち着かせなければならないが、その前に賊の頭領を捕らえた。
「くそっ!てめえら一体何者なんだ!」
「私達のことは知らなくていい。おまえ達は国の警邏隊に引き渡す」
「お、俺のアジトが…せっかく築き上げた人身売買の組織が…」
「おまえ達とて捕まれば極刑が待っているのは承知の上のことでやっていたのだろう。大人しくするんだな」
大騒動の後、リュシアンはクリフとアミスとシンシアと合流し、その地域の兵士達に賊を引き渡した。兵士達は非常に恐縮していた。
「皇太子殿下に狼藉を働いたこやつら、国法の中でも最も残酷な刑に処しましょうか?」
「構わぬ。私が旅をしていることは内密にな」
兵士達に報告を済ませるとリュシアンは仲間達の元へ戻った。彼らは彼らでよくやってくれたので労うつもりだったのである。しかし、仲間の元へ戻って見たのはヤケ酒を飲んでいるクリフであった。アミスはげんなりした顔で、シンシアは心配そうな表情で世話を焼いている。
「クリフは一体どうしたんだ?君はまだ未成年だろう。酒なんて――」
「酒でも飲まないとやってられないですよ!わかってるんですよ。どうせみんな僕のことをシスコンだって言うんでしょ?妹が危険な目に遭ったらブチ切れる危ない野郎だって言うんでしょ?でもさ、でもさ、小さい頃からずっとアミスは痴漢とか変態とかによく狙われるし、兄としてそりゃ心配になるってもんですよ。世間から見たら僕はただのシスコンかもしれないけど、僕の気持ちだってわかって下さいよ!」
「あのさ、誰も何も言ってないんだけど」とアミス。
「言われる前に言っとくんだよ。突っ込まれる前に自分で自分に突っ込みを入れておくのさ。それが僕の自己防衛」
その後、酔っぱらって饒舌になり、愚痴っぽくなったクリフはリュシアンに絡んでいった。同じ男として、兄として、妹のことは心配ではないかというのである。リュシアンは困った。皇族は元々兄弟姉妹が多い。もちろん妹達一人ひとりは大切だが、それぞれお付きの侍女はいるし、兵士達に守られているので身の危険が迫ることもなく、そこまで心配をしたことはなかった。クリフにとってアミスはたった1人の妹であり、一際大事なのだろうと、人の好いリュシアンはクリフの愚痴を黙って聞いていた。
「あ~あ、もう困っちゃう。クリフがこんなんじゃ私、おちおち恋もできないよ」とアミス。
「素敵なお兄さんではありませんか。あれなら仮に変な男が近寄ってきても逃げていきますよ」とシンシア。
暴走していた時のクリフの形相は凄まじく、鬼気迫るものだった。鍛えた身体で鉄球を振り回す様を見たら大抵の男は逃げ出すだろう。
一騒動が終わるとリュシアン達は再び旅を始めた。今度は特別なトラブルもなく街に辿り着いた。リュシアンは早速情報収集を始める。神託の時に授かったブラックダイアが反応する暗黒騎士がリュシアンが探し求める人物。しかしこの街には暗黒騎士はいたが肝心のブラックダイアは一切反応しなかった。そう簡単に見つかるものではないと思いつつ、リュシアンは暗黒騎士の手がかりを探した。アミス達もそれぞれ情報収集を行っていた。その中にはこの近くに古代遺跡があるという話があった。
「古代遺跡ですって!」
急にシンシアの態度が変わった。リュシアン達は一体どうしたのかと怪訝な顔をする。
「リュシアン様、皆さん、お願いです!その古代遺跡へ私と一緒に行ってくれませんか?」
「シンシア、あなたは人を探していると言っていましたが、古代遺跡と関係があるのですか?」とリュシアン。
「はいっ!リュシアン様の旅の目的と関係ないことはわかっています。でも私はどうしても遺跡へ行きたいんです!お願いします!」
「私は構わないよ。何がきっかけで暗黒騎士の手がかりが得られるかわからないからね。アミスとクリフもそれでいいかい?」
「オッケー!」
「構いませんよ」
旅の目的と直接関係ないとはいえ、古代遺跡に向かうとなって、アミスはわくわくしていた。超古代文明についてはほとんど知られていないが一体どんなところなのだろう。クリフも好奇心旺盛なので遺跡を見るのを楽しみにしていた。リュシアンも古代文明の遺跡には興味あるが、シンシアの目的についても詳しく知りたいと思っていた。そしてシンシアは何かに執着したように古代遺跡の情報を集め、場所を確認し、今度は地図を食い入るように見つめた。シンシアにとって古代遺跡は何か重大なもののようだが、一体何なのか。
リュシアン達は超古代文明の遺跡へと向かった。
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