リュシアン達は古代遺跡に辿り着いた。建物には謎の紋様が刻まれており、神秘的な雰囲気が漂う。シンシアは走って先へ行こうとするが、何が待ち受けているかわからないのでリュシアン達に止められた。リュシアン、アミス、クリフ、シンシアの4人は慎重に古代遺跡の内部を探索する。魔物の気配は特に感じなかった。途中までは。
ある程度進むと巨大な魔物がいた。音機関のようなものを身体に取り込んだ、変わった形状の魔物であった。その魔物を見た瞬間、シンシアの顔色が変わる。

「皆さん、耳をふさいで下さい!」

魔物からは耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。耳をふさいでいなければ聴覚がやられていただろう。

「ほう、俺がどんなモンスターか知っているのか。おまえはこの大陸の人間ではないな」
「おまえこそ、ユーレシア大陸の魔物ではないですか!何故ここにいるのです!」とシンシア。
「古代人の秘密を探り当てるのが目的だ。奴らの秘密を手に入れ、勇者アレルと共にあの方に献上するのだ」
「ユーレシア大陸の魔王ですか」
「ふん、あまりおしゃべりをする気はないぞ。おまえ達はどうせここで死ぬのだからな」

魔物は再び大音波を発した。大音量のサイレンが鳴り響く。

「あ~もう耳栓して戦えっていうの?そんなの持ってきてないって」とアミス。
「落ち着いて下さい。私が音波耐性の魔法を使います。その間に皆さん攻撃して下さい」とシンシア。
「俺の音波を無効化できるとでもいうのか?女、貴様何者だ!」

魔物は襲い掛かってきた。主に音波を発する攻撃ばかりしてくる。リュシアンは魔物の音機関を集中攻撃した。音の攻撃とは厄介である。先程アミスが言ったように耳栓をして戦うとでもいうのか。しかし、あいにく誰も耳栓は持っていない。リュシアンはまず魔物の音機関を破壊することに専念した。何度も聖剣ヴィブランジェで斬りつける。シンシアは歌魔法で音波耐性の魔法を使う。そうすると一時的に魔物の音波が聞こえなくなるのだ。アミスは魔法で攻撃し、クリフは回復援護をしつつ鉄球の武器モーニングスターで攻撃した。そのうちに魔物の音機関は破壊される。

「くそっ、馬鹿な。だいたい音波を無効化する魔法などグラシアーナ大陸にもユーレシア大陸にも無いはずだ」

魔物は舌打ちしつつ、今度は普通の攻撃を仕掛けてくる。今度は主にシンシアを狙ってきた。リュシアン達は必死にシンシアを守る。

「皆さん、私の歌魔法は音機関を取り込んでいるこの魔物には効きません。私は魔法で援護しますから、皆さんで倒して下さい」とシンシア。
「え?シンシアさんの魔法って強力なのに」とアミス。
「私の魔法は全て歌――音を発するものですから。音の属性を持つ敵には効かないのです。でも皆さんの援護ならできます」
「そんな~」

魔物は通常の攻撃力も高かった。巨大な刃物を振り回し、リュシアン達を真っ二つに切断しようとしてくる。しかしリュシアン達もうまく防御し、間に合わない時はシンシアの防御魔法で防がれた。そして見事、魔物を撃破することに成功した。

「ガアアアアッ!女、貴様は一体何者…グフッ!」魔物は息絶えた。

「やったね!」とアミス。
「しかし気になることばかりだ。他の大陸の人間や魔族が何故このグラシアーナに?今までは他の大陸との交流など滅多になかったというのに」とリュシアン。
「ユーレシア大陸の魔王も勇者アレルに興味があるのでしょう。古代遺跡の探索はそのついでといったところかもしれませんね」とシンシア。
「勇者アレル。まだ小さい子供なのにメチャクチャ強い謎の勇者だってね。ところでシンシアさん、あなたは結局何者なんです?」とクリフ。
「私は…」

シンシアはしばらくためらっていた。

「私の大陸は一般には知られていません。あなた方が知っているのはこのグラシアーナ大陸とユーレシア大陸、ザファード大陸とマルキア大陸でしょう。地理的に近くにあるので大陸の名前だけは知っているはずです。でも私の大陸は1つだけもっと海を隔てたところにあります」
「そんな遠くからどうやってここへ?」
「転移装置を使えば可能です。私の目的は古代人の手がかりを探すこと。もちろん他の大陸の情報を収集することも目的の一つですが」
「あなたは何故そんなに古代人に執着しているんですか?」
「私の一族はかつて古代人――古代ナルディア人にお仕えしていました。かつて全世界を支配したナルディア人。彼らは私の一族をしもべとしていたのです。しかし、約千年前の世界大崩壊によりナルディア人はいずこかへ姿を消した。それ以来行方がわからないのです。私の一族は先祖代々ナルディア人に仕えるべく教育を施されてきました。我らが主であるナルディア人に再びお仕えすべく、彼らの手がかりを探しているのです」

アミスとクリフは思いもよらないことを聞いたと目をぱちぱちとさせていた。グラシアーナ大陸の人間は他の大陸と関わることは滅多にない。それに古代人のこともほとんど知らなかった。しかし、シンシアの正体については話を聞いて納得した。変わった歌魔法や音波を無効化する魔法などはグラシアーナには無いものであった。

「他に魔物の気配はないようですね。それでは皆さん、私はこの遺跡の探索を始めます」

シンシアは必死になって遺跡の探索を始めた。遺跡内部は特殊な機械もたくさんあり、リュシアン達にはどう使うのかわからないものも多かった。シンシアにはわかるらしく、機械を作動させて奥に進んで行った。

「シンシアさん、すご~い。この遺跡の機械がわかるんだ」とアミス。
「いえ、そうでもありませんよ。聞いた話では私の大陸の文明レベルは古代ナルディア人の文明レベルから一段階遅れているそうなんです。とはいってもあなた方グラシアーナの文明レベルからはだいぶ進んでいますけどね。ナルディアの文明には私の知らないものもたくさんあるはずです。私に扱いがわかればいいのですが…」

遺跡の最深部にはまたリュシアン達が見たこともない機械があった。シンシアは、はっとした表情で機械に駆け寄る。

「これは…情報端末だわ!これを調べればナルディア人の手がかりが得られるかも!」

その後、シンシアは何かにとりつかれたように調べ始める。

「これがナルディア人のパソコン?私が知っているものとは違うわ。もっと技術が発達しているのね。なんだか全体的に小型で軽量化されているわ。キーボードも平べったいし。…パソコンの起動が早いわ。画面もとても綺麗だし。…あ、あら?フロッピーを入れる場所が無いわ。困ったわね。これじゃあデータを持ち帰って分析することができないわ。それならここでできる限りのことを調べないと…私にできるかしら?」

シンシアの大陸ではパソコンのデータの保存にフロッピーが使われていたが、ナルディアでは既に使われなくなっていた。そんなことはシンシアは知る由もない。リュシアン達のいるグラシアーナ大陸の文明レベルは中世である。シンシアの言っていることも古代人の機械についてもさっぱりわからなかった。リュシアン達はしばらく暇を持て余すことになった。しかし、シンシアのあまりにも必死な様子を見ていると黙って待つことにした。

かなりの時間が経ち、そろそろ日が暮れようとしていた。リュシアン達はシンシアが心配になる。

「シンシア、そろそろ日が暮れます。一度帰りましょう」とリュシアン。
「…そうですね。もっと具体的な彼らの手がかりが得られればいいのですが」

シンシアは意気消沈した様子だった。そして近くにあった小型の機械を持てるだけもった。

「この小型の情報端末も使い方がわかればいいのですが…これから調べてみます」
「古代人か…今でもどこかで生きているのでしょうか?」とリュシアン。
「私はそう信じています。超古代文明は私達が驚くほど発達した技術を持っています。きっとこの世界のどこかで生きているに決まっています!ああ、古代ナルディア人、彼らは一体どこにいるのでしょう!今は一体どうしているのでしょうか?」



一方、ここはナルディア王国。

「みんな、聞いてくれー!新作のアプリが出たぞー!」
「わー!また課金しちゃう。廃人になっちゃうよー!」

他の大陸より遥かに文明が進んでいるナルディア王国は至って平和であった。気候も穏やかで暖かい太陽の日差しが優しく大地を照らす。そんな中、ガジスは薔薇の花束を持って歩いていた。

「フ~ンフ~ン♪今日もいい天気だな~。国への報告も山のようなメールチェックも終わったし、SNSも久しぶりに全部顔を出したし、これで一通りやることは終わった。さて、ジェーンさんは元気にしてるかな~?」

ジェーンはかつてアレルが世話になった女性である。アレルが記憶喪失で最初に目覚めたのはこのナルディア王国であった。何故この国に流れ着いたのかは謎である。浜辺で倒れていたアレルを助けたのは一人暮らしの女性ジェーンだった。その後ほんのしばらくの間であったが、アレルはジェーンの家で暮らした。ジェーンは今でもアレルのことを心配している。まだ七歳ぐらいの子供を国から追い出し、たった一人で旅をさせるなどとんでもないと思ったが、神の命令なので致し方なかった。ナルディアは世界で唯一神々とつながりを持っている。といっても神と直接関わることは滅多になかった。

ガジスが家のブザーを鳴らすとジェーンが出てきた。

「やあ、ジェーンさん。今日も綺麗だね。美しい君に相応しいとびっきり綺麗な薔薇を持ってきたよ」
「もう、気障なことなんかやらなくていいのよ、ガジス。さあどうぞ入って」
「お邪魔しま~す!」

ジェーンがお茶を出すと、ガジスはアレルのことを語り始めた。わかる範囲でのアレルの近況とアレルの謎について。

「まあ、そうだったの。アレル君には謎が多いのね。でも心配だわ。話を聞いていると何か深い心の傷があるようじゃないの。精神科医に診てもらった方がいいのかしら?」
「ジェーンさん、このナルディア以外に精神科医なんていないよ」
「それはそうだけれど…私、やっぱりこの国を出てアレル君の元へ行きたいわ。だって心配なんですもの。私は一人暮らし。国を出ても誰にも迷惑かけないわ」
「駄目だよ。ナルディアと違って他の国は凶悪な魔物もいるし、犯罪者もいる。治安が悪くて危険なんだ。人が殺されたり、こっちが相手を殺さなくちゃならない時もあるんだよ。そんな場所へ平和な環境で育ったジェーンさんを連れていくなんてとんでもない」
「でも…そんなところにアレル君はいるのよね?たった八歳で両親にも会えずに。きっと寂しい思いをしてるわ」

ジェーンが心の優しい女性だということはわかっているが、ガジスとしてはジェーンを国から出すわけにはいかなかった。それよりも医者である。アレルの目は魅了眼という特殊な性質を持っている。まずはそれをなんとかしなければ今後厄介な問題が起きそうだ。誰か魔術に詳しい眼科医を探そうと思っていた。ジェーンのことはなんとか説得してガジスは話題を変えた。

「ところでアレル君はザファード人だということなんだけれども、ザファード人は女神シャリスティーナが創った民だ。彼女ならアレル君のことを知っているはずなんだよね。ジェーンさん、きみは古代ナルディア人の一人だ。なんとかして神々と接触できないかな?」
「それは無茶よ。確かに私は古代人の一人だけれど、このナルディア王国では只の一般庶民なのよ。神々と接触するとなればやはり国王陛下くらいでないと…」
「ぬうう、そうか…よく下界へ降りてくる神といえば戦の神ヴォレモスだな。あの変人として有名な神を通してなんとか接触を試みてみるか」

ガジスは戦の神ヴォレモスの元へ向かった。目的はザファード人の創造神、女神シャリスティーナとの接触。そしてアレルについて聞き出すことだ。





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