アレルは再びセドリックと旅をしていた。一時期行動を共にしたナルディアの魔族ガジスは故郷に帰った。ガジスは非常に印象的な魔族だった。一度会ったら忘れられない。古代ナルディア人と仲良く暮らしている魔族という変わった者。彼との別れは一時的なもので、また会いにくるようなことを言っていた。それまで行動を共にしていたセドリックとは一時別れていたが、ガジスと入れ替わりにまた一緒に旅することになった。知り合った仲間と出会いと別れを繰り返して現在に至る。
ガジスと行動を共にしていた時に新たにわかったことがあった。それはアレルの育ての親に関することである。どうやらアレルの義理の父親はユーレシア大陸の砂漠地帯の人間らしい。そこへ行けば父と再会することができるだろう。どのみち当面の目的地はルドネラ帝国になる。ユーレシア大陸へ渡るにはどうしてもルドネラ帝国に行く必要があるからだ。そんなことをアレルはセドリックに話していた。

「俺はどうもザファード人らしいけど、何か辛い記憶が眠ってるみたいだし、実の両親を探すよりまずは育ての親である父さんを探そうと思ってるんだ。ザファード大陸にもいずれは行きたいけど、まずはユーレシア大陸だな」
「ふ~ん、そうか。それじゃあ俺はアレル君がお父さんと再会できるまでは一緒にいるよ」
「その後はお別れか?」
「そうだなあ。その時にならないとわからないが、今まで君は子供一人で危なっかしかったからな。俺は保護者としてそばにいたけど、ちゃんとしたお父さんがいるならもう俺の出る幕じゃない」

なにはともあれ、まずは父との再会を果たすことが先決である。アレルとセドリックはルドネラ帝国への道を進んだ。

「ルドネラ帝国を目的地にしてからだいぶ経つな。また辿り着くまでに何か起こるんじゃないだろうな」とアレル。
「今までは漠然とした目的地だったからのんびりしても良かっただろう。しかしこれからはお父さんを探さなきゃならないからな。寄り道してる暇はないぞ。一刻も早くお父さんに会いたいだろう?」
「ああ」

父親の記憶はまだおぼろげだが、徐々に蘇ってきている。実の親子ではないので今でも自分のことを気にしているのかはわからないが、まずは会いに行こう。それから先のことはその時になってからでないとわからない。



そんな風に父のことを考えながら道を進んでいると、どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。アレルとセドリックは声の主を探し始めた。子供が泣いているのなら放ってはおけない。親とはぐれたのなら見つけてやらないと。そう思って探し当てた子供は――

その子供は人間ではなかった。

「魔族の子供!?」
「魔族だけどまだ子供なのか。アレル君、どうする?魔族なら退治するべきだが…」

魔族の子供が泣いている。まだ子供のうちに退治してしまうべきか。躊躇っている間に魔族の子供の方もアレル達に気づく。

「あっ!きみは勇者アレルだね?赤い髪に黒い服。綺麗なレイピア。そんでもってまだちっちゃい子供」
「ああ、そうだよ。おまえは何だ?魔族の子供がこんなところで泣いてるなんて」
「うっ…うっ…聞いてよお、勇者様~。僕の兄ちゃんが異端の魔族として処刑されそうなんだ」
「異端の魔族?」
「うん。僕の兄ちゃんは人間と仲良くすべきだって思ってるんだ。人間と魔族は争わずに共存して仲良く一緒に暮らすべきだって」
「は?」

何やらどこかで聞いたような話。古代人の国ナルディアでは人間と魔族が仲良く平和に暮らしているのだそうだ。信じがたい話だが、あの友好的な魔族ガジスを見る限り本当のことなのだろうと思う。しかしあれはナルディア王国が例外なのであって、他の大陸ではそんなことはないだろうと思っていたのだが…アレルは目が点になった。ナルディアについて何も知らないセドリックの方はさらに呆然としている。魔族の子供は構わず話し続ける。

「だから兄ちゃんは異端の魔族だって言われて処刑されそうになってるんだよお。助けて、勇者様」
「ちょ、ちょっと待てよ」
「なあ、アレル君、この魔族、頭でも打ったんじゃないのか?」
「失礼しちゃうな!僕は魔族の中でも石頭!岩石が上から落ちてきたって岩の方が割れるだけだよ。僕の頭は岩が落ちてきたくらいじゃびくともしないんだ」
「いや、そうじゃなくて…」
「ねえ、勇者様、兄ちゃんを助けてよ。兄ちゃんには壮大な計画があるんだからさ」
「計画?」
「うん!世の中を平和にする為の壮大な計画だよ!魔族のほとんどは凶暴だから、人間と共存しようと思う仲間を探して集めるんだ。そして人間達がやってるみたいに政党を作るんだ。共存派の魔族として名乗りを上げて、仲間を増やして運動をして、一つの勢力を作り上げるんだ。そして僕ら共存派の魔族だけでも人間と平和に暮らすんだ!」

・・・・・・・・・・

アレルとセドリックはぽかんとした。しばらく沈黙がおりる。

「なあ、アレル君、やっぱりこの魔族、頭を打って…」
「俺もそれを疑ってる」
「ひどいよう!勇者様!あんまりだ!人間達だって平和に仲良く暮らしてる人もいれば戦争してる人もいるでしょ?同じように魔族だって戦ってるのと平和に暮らしてるのといたっておかしくないじゃないか?」
「し、しかし…おまえとおまえの兄さん以外にそんな考え方をする奴いるのか?」
「それはこれから世界中を旅して見つけるんだよ!ねえ、勇者様、兄ちゃんを助けて!特にきみは無敵の勇者なんでしょ?その気になれば魔王にもなれるくらい魔力が高いって。とてもすごい力を持ってるんでしょう?その力を人間と魔族の平和の為に使ってよ。魔族達もきみが魔王として君臨するなら大人しく従うよ。ねえ、勇者様、魔王になって世界を平和にしてよ!」
「はっ?」

何やら本来あり得ない台詞を聞いてアレルは愕然とした。

「そしてきみは世界に平和をもたらした魔王として後世に名を残して――」
「ちょっと待て。世界に平和をもたらす魔王って、それは既に魔王じゃないだろ!」
「何でさ。魔王が世界を平和にしちゃいけないだなんて誰が決めたのさ?」
「なんか俺、頭痛くなってきた…」

勇者とは。魔王とは。アレルの中で勇者と魔王の定義がぐらついてきた。実際ガジスの件もあり、アレルの頭は混乱する。

「とにかく兄ちゃんを助けてー!」
「セドリック、どうしようか。とりあえずこいつの兄さんを捕まえてみるか?殺すかどうかは後で決めてもいい」
「そうだな。なんだか変なことになってるが」
「兄ちゃんを殺しちゃうの?何で!」
「おまえら魔族だろ。とにかく殺すかどうかは後で決めるから兄さんのところに案内しろよ」
「うん。でも殺さないでね」
(こいつ本当に魔族なのか…?)



魔族の子供についていくと、十代の少年くらいの体格の魔族が十字架に磔にされていた。そして今にも処刑されるところだった。アレルはひとまず自然を操る力を使い、カマイタチで敵を一掃した。人間との共存を考えている魔族などという謎の兄弟を助けると、彼らは大いに感謝してきた。

「わーい!勇者様、ありがとう!僕らが同志を集めたら是非魔王になって下さいね!」
「誰がなるか!っていうか、おまえら正気なのか?」
「もちろん!勇者アレル、あなたが魔王になってくれないのなら他の魔王を探すまでですよ。人間と平和に暮らす為の、僕らにとって理想的な魔王を!」
「そんな奴いるのか?」
「いますよ~。最近勢力を増してきた女の魔王様なんか、見込みありますよ」
「女の魔王?」
「はい!人間にも男と女がいるように男の魔族もいれば女の魔族もいます。人間にも男の王様と女王様がいるように、魔王にも男の魔王と女の魔王がいるんです!」

・・・・・・・・・・

(なんかまた変な話になってきた…)

アレルは頭を抱えた。

「大抵の女の魔王はけばけばしい厚化粧のおばさんなんだ。魔力が高くて魔法を使って男を魅了したりするんだ」
「でもさ、最近勢力を増してきた女の魔王様の中に、とっても凛々しい人がいるんですよ!暗黒剣の使い手で、背が高くてすらりとしててとってもカッコいい戦士系の魔王様なんです!男の魔王でも戦士系って少ないのに、その方は女の魔王なのに剣術が達者で」
「そいつが何で平和の為に理想的な魔王なんだ?」とアレル。
「だって、その女魔王様は元々人間なんですよ。それに結構お人好しなんです。今のところ人間には危害を加えてないし。ひたすら他の魔王を倒して魔力を吸収して、どんどん勢力を広げているんです!」
「そいつの名は?」
「その御方の名前は女魔王ルシフェーラ!とっても凛々しくてカッコいい女の人です!」
「ルシフェーラ…」
「あの方なら従ってもいいと思う魔族は多いですよ!でもまずは僕らの仲間を探さなきゃ。他の大陸まで探しにいかなくちゃ数が集まらないかもしれない。勇者アレル様、またね!今度会う時はもっといっぱい共存派の魔族を集めておきますよ!」

人間と共存したいなどという謎の魔族の兄弟は去っていった。何やら一気にいろんな話を聞いた気がする。共存派の魔族という信じがたい話を聞いたかと思えば女の魔王の話。アレルとセドリックはしばらく混乱した頭の中を整理していた。

「なあ、こんな変な話ってあるのか?」とセドリック。
「ま、まあ…」

ガジスのことを知っているアレルとしては、今初めて聞いた話ではない。ただ、他にもそんな魔族がいたということに驚きである。先程の魔族の兄弟とはまた会う機会はあるのだろうか。遭遇しない限り放っておこう。

「それより女の魔王だって?しかも戦士系の魔王だってさ」とアレル。
「凛々しい女の人ねえ。そんな魔王が本当にいるんだろうか?」
「女魔王ルシフェーラ、か。一体どんな奴なんだろう?」





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