妙な出来事に戸惑いつつ、アレルとセドリックは旅を続けた。謎の魔族の兄弟のことも引っかかるし、女の魔王のことも気になる。魔王なら遭遇次第、倒すべき相手である。こちらから根城を調べるべきか迷ったが、セドリックは魔王より父親と合流する方を先にすべきだと言った。アレルもその通りだと思い、ルドネラ帝国への道を進んでいたのだが――

突然、強烈な衝撃波がアレルとセドリックに襲い掛かってきた。セドリックは驚いた。何の気配も感じなかったからである。アレルの方は冷静にあっさりと防御魔法でガードした。すると上方から凛々しい女の声が聞こえてきた。

「私の縄張りに入るとはいい度胸だ。おまえ達、私の剣の錆にしてくれる!」

アレル達が見上げると、そこには美しく、長身の女性が立っていた。深緑の豊かな髪を高く結い上げ、黒い甲冑に身を包んでいる。禍々しい鎧と女性が持っている剣は暗黒の力を宿すものだ。そしてアレルが見る限り、その女性からは魔王クラスの強大な魔力が感じられた。すらりとした長身の、美しく凛々しい女性。暗黒剣の使い手。魔王クラスの強大な魔力。それは先日出会った謎の魔族の兄弟から聞いた、女魔王ルシフェーラの容姿と一致していた。

「お姉さん、まさか噂の女魔王ルシフェーラだって言うんじゃないだろうな?」とアレル。
「ほう。私の名を知っているのか。やはり勢力を拡大していけば私の名も有名になるのだな」
「マジ!?」とセドリック。

ルシフェーラと名乗った女は不審そうにアレルとセドリックを見つめた。己の直感は赤い髪の子供が強いと言っている。その横にいる大人の男の方ではない。見た目はほんの子供であるが、しかし、先程ルシフェーラの攻撃をあっさりとガードしたのはこの子供の方である。

「おい、そこの赤い髪の小僧!貴様、何者だ!」
「ルシフェーラ様、ルシフェーラ様、こいつ、あの勇者アレルですよ!子供の姿をしているけど大人より強いって評判の、あのアレル!」

傍らでしもべと思しき魔物がルシフェーラに進言する。

「ほう、あの勇者アレルか…今、世界で魔王と名乗りを上げているどの魔王よりも魔力が高いという。それではこいつの魔力を吸収すれば、私がこの世界の支配者になることができるというわけだな!」

ルシフェーラは早速剣を構えるとアレルに襲い掛かってきた。その目は爛々と光り、闘争心に燃えている。アレルはあっさりとルシフェーラの猛攻をかわすと、さりげなくセドリックに被害が及ばないところへ場を移した。たいした会話もなくいきなり襲いかかってくる。やたらと能書きの長い他の魔王よりは賢いかもしれない。戦う前にやたらと長口上の敵と対峙すると、それをを聞いている暇があったらさっさと止めを刺したくなる。一方、ルシフェーラは軽くあしらわれているのに気づいており、唇を噛みしめた。魔族の中でも有名な勇者アレルは、見た目は子供の姿をしているが、本当に子供なのかどうかは疑わしいそうだ。確かに見た目通りの年齢ならこの強さは異常だと思う。アレルが何者なのかはわからないが、ルシフェーラにとってはアレルの魔力を吸収することだけが目的であった。

「我が暗黒の炎で貴様を焼き尽くす!」

ルシフェーラは暗黒剣を構えると強大な暗黒の力をアレルにぶつけた。これで一気に勝負をつけようと思ったのだが――

「効かない!?」
「残念だったね、お姉さん。何でかはわからないけど、俺に暗黒剣は効かないよ」
「そんな馬鹿な!貴様は聖剣の使い手である勇者だろう?…くっ…ならば暗黒の力は使わず、剣だけで貴様を叩き斬ってやる!」

どういうことなのだろう。暗黒剣の力をアレルにぶつけると、ダメージを与えるどころか暗黒の力を吸収されているように見えた。ルシフェーラは歯噛みしながら攻撃を続けた。次から次へとたたみかけるように斬りかかる。しかしアレルから余裕の表情が消えることはなかった。

「お姉さん、なかなかやるね。でもさ、攻めは得意だけど守りは苦手なタイプなんじゃない?」

そう言うと、アレルは一気に攻撃に転じた。愛剣エクティオスで素早く突き攻撃を仕掛ける。ルシフェーラは一気に後手に回った。どんどん押されていく。アレルはルシフェーラと少し話がしたいと思った。なので手加減する。相手が戦意を喪失するくらいの痛手を負わせる。ルシフェーラの暗黒剣を突き飛ばし、そこそこの重傷を負わせた。明らかに手加減されているのがわかり、ルシフェーラは悔しがる。

「…くっ…何故止めを刺さない!」
「少し話をしようと思っただけさ。お姉さん、あなたは見たところ元人間みたいだけど」
「だから何だ!もう元の身体には戻れぬのだ。私は魔王として生きていく外はない。それならば世界中の人間と魔族をひれ伏させるまでだ!」
「元の身体に戻る方法…?」

アレルは頭の中がざわつくのを感じた。相変わらず記憶喪失の部分はおぼろげだが、どうやら自分は何か知っているようである。

「もし人間の身体に戻れるなら、お姉さんはどうするの?」
「仮の話に興味はない。小僧、今に見ていろ、いつか必ず貴様の首を取ってやる」

ルシフェーラは負傷した部位を抑えながら、しもべを引き連れて去っていった。

そこへセドリックがやってきた。

「アレル君、女魔王様と勝負はついたのかい?随分早かったような。きみ、腕を上げたんじゃないのかい?」
「そりゃあ成長するにつれて強くなるのは当たり前だろ」
「その幼さでその強さ。末恐ろしいね」
「う~ん…俺、本当に子供なのかなあ?みんなして8歳に間違いないって言うけど…」
「それにしてもいきなり現れてあっという間に去っていったな、あの女魔王様」
「俺達は知らないうちにあのお姉さんの縄張りに入ってしまったらしい。それで俺が勇者アレルだと知って、俺の魔力を吸収しようとして襲い掛かってきた。逆に返り討ちにしたから退却した。そんなところかな」

女魔王ルシフェーラ。最近勢力を増してきたらしい。元々人間で、何故魔王になったのかは不明である。

「しっかし、あの女魔王様、本当に綺麗なお姉様だったなあ」とセドリック。
「おいおい、いくらおまえが女好きだって言っても、あの人は魔王だよ」
「あんな凛々しくて美しいお姉様に鞭打たれたい男はごまんといるだろう」
「は?」

セドリックの中で危ない妄想が繰り広げられた。

「凛々しいお姉様に鞭打たれるこの快感」

バキッ!

「セドリック!しっかりしろ!危ない世界へ行くな!」
「だ、大丈夫だよ。俺は正気だ」
「マゾヒズムに走るなよ」
「君はまだお子様のはずなのに何故そんな言葉を知ってるんだ?」
「図書館の本で読んだから」
「えっ?もっと他にエッチな本とか読んだことあるのかい?」
「何でそういう話になるんだ…」

アレルはため息をついた。

「それにしてもあのお姉さん、剣の腕前はかなりのものだったな」
「それを軽くあしらってた君は何なんだ」
「ただ俺の方が剣の腕が上だってだけだよ。あのお姉さんの剣術はサイロニアの勇者ランドとほぼ互角だ」
「何だって?勇者と魔王が剣の腕が互角だなんて」
「別におかしくない。ランドだって1年前魔王バルザモスを一人で倒したって話だ。あいつはあれだけお人好しでも、一人で魔王を倒せるだけの実力の持ち主なんだよ」
「そんな強い奴とは知らなかった。しかしあの女魔王様、力をつけたらまたやってくるんじゃないのか?アレル君の魔力を吸収するつもりなんだろう?」

アレルは手で頭を押さえた。自分の記憶の中でおぼろげな部分がうずく。

「魔力吸収か…」
「どうかしたのかい?」
「…魔王っていうのは心臓部に特別な核があるんだ。その核を体内に取り込むことで魔王の魔力を吸収することができる。あのルシフェーラっていう女魔王はきっと他の魔王の核を取り込んで力を増大させているんだろう。そして多くの魔王の核を取り込めば取り込むほど強大な力を得ることができる」
「そんなことは初めて聞いたな。君はどこでそんなことを知ったんだい?」

セドリックはアレルの様子がおかしいことに気づかなかった。アレルの中で失われた記憶の一部がフラッシュバックする。

『かかったな!王子よ、これで私の魔力は全ておまえのもの。これからはおまえが魔王として世界に君臨するのだ!』

「アレル君、どうしたんだ!」
「い、今のは…」

アレルは自分の左胸を触ってみた。心臓の鼓動を感じる。別に何ともない。普通の人間の身体である。

(俺の身体は普通の人間と同じはず…でも毒が効かないのは?やっぱり俺は人間じゃない?)

何度も何度も左胸を掴む。

(俺は魔王じゃない。魔王になんかなったことない。魔王の核なんてあるわけないんだ)

アレルは得体の知れぬ嫌な予感を抑えきれなかった。





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