「チッ!あの小僧、生意気な!」

女の魔王ルシフェーラは自分の城へ帰るなり毒づいた。手加減された挙句に重傷を負う、彼女にとってこんな屈辱的な敗北は初めてであった。あんな年端もいかない子供に。もっとも、本当に子供かどうか疑わしいと言われているが。謎の多い子供の勇者アレル。ルシフェーラは城内のものを片っ端から蹴とばした。轟音が鳴り響く。彼女は機嫌が悪いといつもこうなる。そして玉座にどすんと座った。慌てて傍仕えの者がルシフェーラの傷の手当てを始める。
しばらくしてルシフェーラは少し落ち着いた。

「私がいない間、何か変わったことはあったか?」
「はい、ルシフェーラ様。ヴィランツ帝国の皇帝があなた様に会いたがっています」

ヴィランツ帝国。このグラシアーナ大陸北西部に位置する帝国である。世界征服を企んでおり、近隣諸国を攻め滅ぼし、勢力拡大を図っている。そこの皇帝は非常に残虐なことで有名であった。しかしルシフェーラは興味がなかった。

「放っておけ」
「そうはいかないようですよ、ルシフェーラ様。今、この近くに滞在しています。あなた様が城へお帰りになったらまた訪ねるとのことでした」

下僕が言った通りであった。数日後、ヴィランツ皇帝がルシフェーラの城へ訪ねてきた。

「ルシフェーラ様、いかがなさいますか?」
「よかろう。通せ。魔王である私にのこのこ会いに来たことを後悔させてやろう」

ルシフェーラはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

ありとあらゆる背徳が横行していると言われるヴィランツ帝国。その皇帝は噂に違わず残酷さと冷酷さを兼ね備え、権力と支配欲に燃えていた。ヴィランツ皇帝はルシフェーラを見ると満足したような目つきになった。

「女魔王ルシフェーラ。噂以上に美しい女だな。そして気が強そうだ」
「何の用だ!」

ルシフェーラはつっけんどんである。そんなルシフェーラに対し、ヴィランツ皇帝は薔薇の花束を差し出した。他にも白、青、赤、黄、様々な彩の花束を大量に持参してきた。ルシフェーラは相変わらず無関心である。

「ルシフェーラよ。そなたは魔王として世界に君臨する野望を抱いているそうだな。余と同じだ。どうだ、余と手を組まぬか?伴侶として。余はいずれこの世界の覇者になる。覇王にはそれに相応しい妃が必要だ。余は今まで正式な妃は娶ったことがなかった。だがいずれは正室を迎えねばならない。余はそなたこそ余の妃として相応しいと思う。その美しさ、気の強さ、魔族内での勢力。どうだ、共にこの世界の頂点に立ち、人間も魔族も全て支配しようではないか」

ヴィランツ皇帝は花束を使ってルシフェーラに求婚し、紳士的だが横柄に求愛した。ルシフェーラは邪険にあしらう。乱暴に花束を投げ捨てると、手にした暗黒剣で全て切り裂いてしまった。美しい花々は細切れになり、散り散りになった花びらが美しく舞う。暗黒剣で攻撃された花々はやがて儚く、跡形もなく消え去った。求愛を拒絶されてもヴィランツ皇帝は面白そうに笑みを浮かべていただけだった。

「フン!くだらん。私は結婚など興味ない。伴侶と権力を二等分などとんでもない。我が実力で手に入れた権力は全て私一人のものだ。他のやつなどに渡すものか!」
「だが後継ぎはどうする?覇王は伴侶をつくり、世継ぎを残すべきだ」
「それは人間共の話だ。我ら魔族は寿命が長い。私なら伴侶だの世継ぎだのを考えるより不老不死や永遠の命を手にする方を考えるな。覇権を全て永遠に私だけのものにする為に!」

ヴィランツ皇帝はルシフェーラを執拗に口説いたが全く効果が無い。皇帝にとってそれはそれで面白いようだった。ルシフェーラは本当に恋愛結婚に興味が無いようだった。こんな女を無理やり手籠めにしたらどうなるだろうとヴィランツ皇帝は考えた。

「どうやら何を言っても無駄なようだな」

そう言うとヴィランツ皇帝はルシフェーラに襲いかかった。だがルシフェーラの方は逆にその機会を待っていたのだ。暗黒剣で返り討ちにするとヴィランツ皇帝の心臓部に剣を突き立て、生気を吸収していく。皇帝は驚愕に目を瞠った。

「…ぐっ…生気吸収か…」

ヴィランツ皇帝からルシフェーラにどんどん生気が吸収されていく。そしてルシフェーラが先日アレルとの戦いで負った傷もみるみるうちに塞がっていった。ルシフェーラは不敵な笑みを浮かべる。

「ヴィランツ皇帝よ、礼を言うぞ。おかげで手傷を負っていたのが早く治った」
「…クッ…!」
「それにしても貴様、魔界の住人と契約しているとの噂だが、既に魔王の核を取り込んでいるな?どこの魔王を犠牲にしたのかは知らんが。おかげで貴様は心臓に剣を刺しても死なぬ身体というわけか。丁度いい。おまえのその核、私が頂こう。私に吸収され、我が野望の糧になるがいい!」
「……させるかっ!」

ヴィランツ皇帝は必死に反撃すると、ルシフェーラから身を引き離した。今度重傷を負ったのはヴィランツ皇帝の方であった。傷が癒えたルシフェーラが猛烈に攻撃を仕掛けてくるのを皇帝はなんとかかわし、一時撤退することにした。

「ヴィランツ皇帝よ、私はおまえなどに興味はない。どうしても私を手に入れたければ、力ずくでねじ伏せるがいい!」

そう言うと、ルシフェーラは暗黒剣を振るい、巨大な暗黒の衝撃波をヴィランツ皇帝に向けて放った。皇帝は慌ててワープ魔法で消え去る。消え去る直前にルシフェーラの嘲笑が聞こえた。



「陛下!」

帝国に戻った後、ヴィランツ皇帝は早速傷の手当てをした。今回はまんまとしてやられたが、皇帝はあまり気にしていなかった。一度で手に入る獲物などつまらない。何度も手こずらせてから手に入ったものの方が手に入れた甲斐がある。むしろ面白いと痛快に感じていた。

『どうしても私を手に入れたければ、力ずくでねじ伏せるがいい!』

ルシフェーラの言葉が脳内に鳴り響く。ヴィランツ皇帝はたちの悪い笑みを浮かべた。女を無理やり手籠めにするのが好きな彼は、女からそのような挑発的な言葉を言われて黙っている男ではなかった。

(クク、いいだろう。それではいつかきっとおまえを力ずくでものにしてやるぞ。女魔王ルシフェーラよ)

ヴィランツ皇帝は興奮を抑えられなかった。彼が手に入れたい人物は三人。勇者アレルとミドケニア帝国皇太子リュシアン、そして今回の女魔王ルシフェーラ。いずれ世界を手にしたら三人共我が物にして思う存分楽しみたい。



一方、こちらは女魔王ルシフェーラの城。

「さすがはルシフェーラ様ですね!ちゃあんと作戦を考えてあったんですかー」
「おかげで傷が早く治った。おまえ達、出陣の準備をしろ!早速他の魔王達を倒しに行くぞ!」
「ルシフェーラ様、人間共とは戦わないんですか?」
「何を言う!まずは魔界で勢力を伸ばさずしてどうする!人間の王や皇帝など家来に守られるだけで戦闘能力は無きに等しい。首をはねればおしまいだ。私は何より戦うのが好きだからな、他の魔王達を倒すのが先決だ!そして誰よりも強くなってみせる!誰よりも!」

ルシフェーラは世界の支配者になるという野心で目を爛々と光らせた。一人でも多くの魔王を倒し、心臓の核を取り込み、誰よりも強くなって見せる。誰よりも。自分が世界最高の地位に着くのだ。野望に燃えながら次のターゲットにした魔王の城を目指すのであった。





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