女魔王ルシフェーラを撃退したアレルはセドリックと共にルドネラ帝国へ向かっていた。ルシフェーラと戦った際、何やら嫌な胸騒ぎがしたが、悩んでいても記憶が戻るわけでもない。アレルはなんとか気を取り直して旅を続けていた。

ルドネラ帝国はグラシアーナ大陸最大の軍事国家。この大陸には4つの帝国があるが、その中で一際大きいのがルドネラであり、千年以上の歴史がある由緒ある国である。あまりに広大な領地がある為、支配下にある3つの国にそれぞれ領土の一部を任せている。タイウィン、ウォスウェル、マルディオーン。3つの国を更に統べるのがルドネラ帝国の女帝アレクサンドラであった。このグラシアーナ大陸で唯一他の大陸と交流があるということで、アレルは旅の当初から漠然と目的地にしていた。今までは様々な出来事により、あちこち寄り道してしまった。しかし今ははっきりした目的地として真っ直ぐにルドネラを目指していた。ルドネラ帝国にある空間の間からユーレシア大陸へ渡り、ユーレシアの砂漠地方に行き、育ての親に会いに行くのだ。まだまだ記憶がおぼろげだが、義理の父親に会えば記憶を取り戻せるかもしれない。

そういえばアレルに空間術を教えてくれたギルはルドネラ帝国の出身だった。それにサイロニア王国の勇者ランド一行の1人、ウィリアムは以前ルドネラ帝国で賢者ベラルドに師事していたそうだ。聞けば賢者にしか使えない呪文というのも存在するらしいが…
ルドネラ帝国に関する今まで得た情報を整理すると、アレルとセドリックは一休みすることにした。アレルは自然や動物が好きである。近くの小鳥や小動物を呼び寄せて遊び始めた。こういう時のアレルは無邪気でとても可愛らしい。セドリックの方は一人物思いに耽っていた。

(ルドネラ帝国かあ…この大陸最大の国。首都はさぞかし華やかなんだろうなあ。着いたらさっそくカジノにも行かなきゃな。喧噪の中、ヤマを当てる快感!コインの音に美女達の香り!ああっ!最近賭けをやってなかったから身体がうずうずしてきたぜ!それに女!今度はどんな美女に会えるか楽しみだ!)

その時、一匹のトカゲがのそのそと近づいてきた。セドリックは自分の妄想に夢中で気づいていない。

(へへっ…カジノで金をたっぷり稼いで、そして美女に囲まれて…へへっ…とびっきりセクシーなお姉ちゃんを食いてえなあ)

ぱくっ!

「うぎゃあっ!食われた」

見ると大きなトカゲがセドリックの手にぱくっと噛みついている。

「な、何だこのデカいトカゲは!あっち行けっ!」
「どうしたんだ、セドリック?」
「どこからかデカいトカゲがやってきたんだよ!」
「あっ、可愛い!」

アレルはその大きなトカゲを見ると嬉しそうに抱き上げた。

「可愛い?可愛いのか?こんなデカいトカゲが?犬とか猫じゃねえんだぞ!トカゲだぞトカゲ!」
「えっ、可愛いじゃん。俺、爬虫類も好きだよ」

その時、旅の商人らしき男がやってきた。

「おや、すまないね。そいつは俺のペットだ。俺は爬虫類が好きでね」
「おじさん、随分大きなトカゲだね」
「こいつはイグアナさ。熱帯のジャングルで見つけたんだ」
「ジャングル?おじさん、もしかして他の大陸の人?」
「ああ、俺はユーレシア大陸の商人だ。ルドネラ帝国の空間の間を使ってここでも商売をしてるのさ」

アレルとセドリックはしばらく旅の商人の男と話をした。

「そういえばルドネラ帝国って神託を受けた勇者はいるのかな?」
「もちろんだとも!ルドネラはこの大陸一の帝国だろう?勇者一行も全員国のエリートさ!」

それを聞いてアレルとセドリックはルドネラ帝国の勇者はどんな男だろうと想像してみた。

「ルドネラ帝国の勇者かあ…当然、国で1番の剣の達人なんだろうなあ。性格はやっぱり真っ直ぐで正義感が強くて単細胞熱血馬鹿なんだろうか。サイロニアの勇者ランドみたいにお姫様に身分違いの恋してたりして」
「アレル君、なんだか悪意を感じるよ。熱血馬鹿は嫌いかい?」
「嫌いだね。物事を深く考えず正義感振り回す奴は大嫌いだ。そういう奴は世の中のことたいして知らないんだよ。浅慮だね。おまえに何がわかるんだよ!って言いたくなる。ランドだってさ、田舎の生まれで世間知らずでお人好しで、世の中の暗い部分を何も知らずに正義感だけ強くて。」
「…君は勇者ランドが嫌いなのかい?」

これを聞いてアレルは急に慌てた。

「えっ!?べ、別に嫌いじゃないよ。ただ見てると気に食わない時があるんだ。あいつはまだ人間の嫌な面をよく知らないから、何も知らないくせに!って言いたくなる時がある」
「ふうん?じゃあミドケニア帝国のリュシアン殿下は?」
「殿下も結構なお人好しだったよなあ。人間の嫌な面はまだそんなに見てないって感じがした」
「二人共まだ若いからその辺はしょうがないんじゃないか?神託の勇者っていうのは清い心を持ってなきゃ駄目なんだろう?」
「そうだなあ………あれ?そういえば俺って二人のことそんな風に言えるほど長生きしてたっけ…?」
「お、おいアレル君!きみはまだ8歳なんだよね?」

アレルは困った顔をした。8歳に間違いないらしいのだが、明らかに子供とは思えない発言をする時がある。戦闘能力も子供のものとは思えない。薬か魔法で小さくなったのではないかと言われたこともある。記憶を取り戻そうとしても頭の中が霞みがかかったようにもやもやとしてはっきりしない。8年よりもっと長い年月を生きてきたような気もするのだが…結局自分は何者なのだろう。自分の記憶は一体いつになったら戻るのだろうと思った。

「あんた達、他の国の勇者様に会ったことがあるのかい?」旅の商人が尋ねる。
「ああ。サイロニアの勇者ランド一行とミドケニア帝国のリュシアン殿下だけだけどな。このルドネラ帝国の勇者もやっぱり同じような男なんだろうか」
「ルドネラ帝国の勇者様は女だよ」
「えっ!?」

アレルとセドリックは驚いた。勇者は男だという先入観が強かったが、考えてみれば女の勇者がいてもおかしくない。改めてルドネラ帝国の女勇者を想像してみた。

「強大な悪に立ち向かう気丈な女戦士。だけど女らしい弱さも持っていて、そこが男から見ると守ってあげたくなるような、そんな人だったりして。素直で困った人を見ると放っておけなくて、世界に平和をもたらすことにひたむきなんだ」
「世間知らずでまだ人間の嫌な面を何も知らなくて?」
「それはしょうがないよ。人間生まれ育った環境は選べないからさ。恵まれた環境に育ったら誰でも世間知らずに決まってるよ。きっと皆に愛されて健やかに育って、でも人間の嫌な面を知らないから純粋で清らかなんだ」
「…なんかさっきと言ってることが違うけど。真っ直ぐで正義感が強い単細胞熱血馬鹿は嫌いなんじゃなかったのかい?」
「何言ってるんだよ。真っ直ぐで正義感が強いのはいいことじゃないか。それだけ素直でひたむきに生きてるってことだよ。女の勇者かあ…どんな人なんだろう。俺も神託を受けた勇者の一人として協力しなきゃな!」

アレルがここまでころりと態度を変えるとは思わなかった。同じ性格でも男なら気に食わなくて女なら好感が持てるらしい。セドリックも野郎には興味が無いがレディなら大歓迎である。二人の会話を聞いて旅の商人は笑った。

「ハハハハハ!まあ百聞は一見に如かずだ。実際に会ってみることだね」



旅の商人と別れ、再びルドネラ帝国へ向かう。途中のモンスターを蹴散らしていると、どこからか矢が飛んできた。モンスターに矢が次々と突き刺さる。どうやら誰かが援護してくれているらしい。全てのモンスターを倒した後、矢の主を探すと、それは無邪気な雰囲気を漂わせた美少女だった。ふわふわとしたウェーブのかかった髪を二つに分けて結い上げている。ツインテールという髪型だ。

「大丈夫?怪我はない?」
「援護してくれてありがとう」
「赤い髪に左利きでレイピアの名手。ちっちゃいけど貴族的雰囲気を漂わせたクールでおませな男の子!君が勇者アレル君ね!」

その美少女はアレルににっこりと笑いかけた。

「お姉さんは?」
「私はエルナ。この辺のモンスターを退治しに来たの。ねえ、アレル君、ルドネラ帝国へやってきたんでしょ?一緒に首都ルダーンまで行こうよ。私、案内してあげる!」

この辺に住む狩人なのだろうか。先程の戦闘の援護射撃は的確だった。無邪気そうな見た目によらず、かなりの弓の名手のようだ。ためらいなくアレルの手を引っ張り道案内をしようとする。そこへセドリックが自己紹介をした。

「お嬢ちゃん、俺はセドリックっていうんだ。アレル君と一緒に旅をしている。よろしくな」

エルナと名乗った少女はあどけない表情でセドリックを見上げる。

「わあ、背が高くてカッコいい」



『背が高くてカッコいい』

『カッコいい』

『カッコいい』



セドリックはエルナの前に跪き、手を握った。

「お嬢さん、俺と結婚を前提にお付き合いしませんか?」
「なっ!?いきなり何を言い出すんだよセドリック!」

アレルの言葉は全く耳に入らなかった。


『背が高くてカッコいい』


セドリックは未だかつて女性に『カッコいい』と言われたことが無かった。今まで女性に振られた回数は数知れず。そしてオカマに言い寄られた回数も数知れず。いつもオカマにモテるばかりだった。女性に告白してもつれない返事で振られる。言い寄ってくるのは皆オカマばかり。そんなことばかりでセドリックは嘆いていた。
それが今、生まれて初めて女性から『カッコいい』と言われたのである。相手は無邪気そうな美少女。今はまだ少女だが、将来美女になることは間違いなし。
『カッコいい』。まだ耳の鼓膜に残っている。耳にこびりついて離れないこの快感。セドリックは嬉し涙を流していた。当のエルナの方はきょとんとしている。アレルの言葉も全く耳に入らない。

セドリックは正気を失った。





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