とうとうルドネラ帝国に到着したアレルとセドリックはエルナという弓使いの少女と出会った。無邪気な雰囲気を漂わせるその少女の言った言葉によりセドリックは正気を失った。生まれて初めて女性から『カッコいい』と言われたセドリックはエルナに結婚前提の交際を申し込んだのだ。エルナはしばらくきょとんとしていたが、やがてにっこりと笑った。

「びっくりしちゃった。男の人に交際を申し込まれたの初めて。なんだか嬉しいな」
「う、嬉しい!?」

セドリックは天にも昇る気持ちだった。未だかつてここまで脈ありの反応を示した女性はいない。今度こそ初めての恋人ができるのだろうか。

「あのね、アレル君、この近くに私の仲間がいるの。一緒にモンスター退治してたんだ。ついて来て」
「あ、うん」

エルナは無邪気にアレルの手を引っ張った。先程のセドリックの告白に対する返事はどうなったのか、はっきりと答えないまま、エルナは先頭に立って歩き始めた。セドリックの方は、はっきりした返事がもらえなかったくらいでは引き下がらない。これからどんどん自分からアプローチして今度こそ女性に振り向いてもらうのだ。成熟した大人の女性もいいが、無邪気な美少女も捨てがたい。セドリックはエルナに見惚れていた。



しばらく進むと戦いのかけ声とモンスターの唸り声が聞こえた。誰かが魔物相手に戦っているらしい。エルナの仲間だろうか。近づいて見ると小柄な少年が槍を手にモンスターを次々と屠っている。その槍術はかなりの腕だった。まだ少年の幼さと真っ直ぐな瞳、見るからに誠実で正義感の強そうな顔。アレルは思わずこの少年が勇者なのではないかと思ってしまった。

「お兄さん、もしかしてあなたがルドネラ帝国の勇者?」
「…あ…坊や、残念だけど違うよ。よく間違えられるんだ。みんな普通、勇者は男だと思うよね」

その槍使いの少年は困った顔をした。勇者だと名乗ってもおかしくないほどの槍術の腕前であったし、正義感の強そうな顔つきも、いかにもそれらしい雰囲気をまとっているのだが…

「そういえばルドネラ帝国の勇者は女なんだっけ」

すると、また近くで戦いの音が聞こえた。今度は女剣士がモンスターを相手に戦っている。長い髪を後ろに束ね、華麗な剣術で敵を薙ぎ払う。気丈で冷静沈着な表情をしており、その剣技はかなりのものだ。美女を目にしてセドリックは思わず反応してしまった。

「おおっ!クールビューティー!お姉さん、もしかしてあなたがルドネラ帝国の女勇者様ですか?」
「え?」

その女性は戸惑った顔をした。勇者だと名乗ってもおかしくないほどの剣術の腕前であったし、気丈な雰囲気も、冷静な表情も、いかにもそれらしく感じられるのだが…

「ちょ、ちょっとエルナ!あなた何も言ってないの?」
「うん!」

エルナはにっこりと笑った。その時、新手のモンスターが襲いかかってきた。エルナは手に聖なる光を浮かべると、モンスターの群れに向かって放った。それは神託を受けた勇者が聖剣を使って放つ聖なる光に酷似していた。神秘的な光がモンスター達を包み、あっという間に消滅させてしまう。その威力は絶大だ。アレルは信じがたい思いでエルナを見た。

「まさかあなたが…」
「うん!私がルドネラ帝国の女勇者エルネスティーネよ!改めてよろしくね!アレル君!」
「ええーーっ!!!!!?????」

アレルもセドリックも驚きを隠せない。エルネスティーネ――エルナはにこにこしている。

「神託を受けた勇者だって全員が剣を使えるわけじゃないんだよ。私は弓と回復魔法が得意なの」
「回復魔法?じゃあ僧侶とか神官とか?」
「うん!私はルドネラ帝国最高位の聖職者なの!」
「は?」
「え?」

アレルもセドリックも目を丸くしている。エルナは無邪気な笑顔でにっこりと笑い、改めて自己紹介をする。

「私はルドネラ帝国の女勇者エルネスティーネ。愛称はエルナ。回復魔法系の勇者なんだよ。弓と回復魔法が得意なの。魔法だけじゃなく武器でも戦うことができるんだよ」
「それだけじゃない。エルナはルドネラ帝国最高位の聖職者で聖女エルネスティーネとも呼ばれている。他の僧侶達と違うのは弓の名手でもあるということさ」

先程の小柄な槍使いの少年が説明した。

「帝国最高位の聖職者?聖女?」

セドリックは怯んだ。無邪気そうに見えてそんな聖職についているとは。しかも神託を受けた勇者だという。エルナは仲間の紹介を始めた。

「それじゃ私の仲間を紹介するね!こっちの男の子はフォルス。ルドネラ帝国一の槍の達人なんだよ」
「僕はエルナの騎士でもある。勇者であり聖女でもあるエルナに近づく変な男は容赦しないからな!」
「うっ…」

セドリックは更に怯んだ。どうやらエルナと恋仲になるには大きな壁があるようだ。しかしそれもいいだろう。今まで女にモテたことがないという辛酸を嘗めてきたセドリックにとって『カッコいい』と言ってくれたエルナは天使のようだ。こんなチビの若造などに負けるかと心の中で意気込んだ。

「こっちのお姉さんはセーディー。剣士だけど学者でもあるの。文武両道なんだよ」
「よろしくね!」

セーディーという女性は明るい笑顔でアレル達と握手した。

「ルドネラ帝国の勇者一行はあなた達3人なの?」とアレル。
「ううん、あと賢者ベラルド様がいるよ。ベラルド様は賢者なだけあって、このグラシアーナ大陸にある全ての魔法が使えるの。今日はルドネラ宮殿にいるよ」
「えーと、戦士はフォルス兄さんとセーディーさんの二人でエルナ姉さんが回復魔法担当で、その賢者ベラルドって人が攻撃魔法担当?」
「大雑把に言うとそんな感じだけど、戦況によって戦い方は変わるよ」
「それで4人か」
「本当はもう一人いるけど…今はまだ秘密!さ、首都ルダーンへ行こ!」

エルナの案内でアレル達はルドネラ帝国の首都ルダーンへ向かう。途中、アレルはふと思った疑問を口にした。

「ねえ、どうして俺のことがわかったの?」
「ナフェーリア様が教えてくれたの」
「ナフェーリア様?」
「私、聖職者でしょ?帝国の神殿で神様にお仕えしてるんだ。ルドネラの神殿には慈愛の女神ナフェーリア様がいらっしゃるの」
「エルナは聖女。ナフェーリア様の寵愛を受けている特別な存在だ」フォルスが口を出す。
「女神様が俺のことを教えてくれたのか…」

アレルは神の存在を信じていない。全く当てにしていないと言った方が正しいか。それでも神が実在するとしたら自分がルドネラ帝国に向かっていることなど簡単にわかるだろう。

(慈愛の女神ナフェーリアか…神なら俺の記憶の謎も知ってるんだろうな)

「エルナ姉さん、ルダーンに着いたら神殿へ案内してよ。その女神ナフェーリア様に会いたい」
「うん!いいよ!」

(慈愛の女神っていうからには優しい神様なんだろうし、俺が何者なのか教えてもらおう)

一方、セドリックはエルナがどんどん高嶺の花に思えてきた。このグラシアーナ大陸最強の軍事国家ルドネラ帝国の女勇者。そして最高位の聖職者。女神の寵愛を受けている聖女。無邪気な外見に惑わされてはいけない。これは落とすのに相当苦労するだろう。もちろんあきらめる気など毛頭ないセドリックであった。

その時、エルナはあどけない顔で平然としゃべり出した。

「ねえフォルス、私、交際を申し込まれちゃった」
「えっ!?どこのどいつに!?」
「こっちのセドリックさんって男の人」

これを聞いた途端、フォルスという少年の様子が一変し、殺気がほとばしった。この様子だと単に騎士としてエルナを守っているのではなく、エルナに好意を寄せているようだ。険悪な雰囲気に気づかないエルナはしゃべり続ける。

「私、今まで勇者としての使命を果たして、普段は聖女として神様にお仕えして。男の人とお付き合いしたことなんて無かったから、なんか嬉しい」
「な、なななななんだってーーーーー!!!!!エルナ!本気なのか?」
「フォルス、どうかした?」

エルナはきょとんとしている。フォルスはセドリックの方をぎろりと睨みつけた。こんな子供相手に怯むセドリックではない。平然と見返すとフォルスは更に逆上したようだ。身を震わせてセドリックに槍を向ける。

「エルナにおかしな真似をしたら僕が許さないからな!」

アレルは早速厄介なことになりそうだと思ったが、セドリックのことは適当に放っておいて、自分の記憶の謎を突き止めることを考えることにした。セドリックとフォルスの間の険悪なオーラを見てセーディーという女剣士は眉を顰めた。そしてエルナに話しかける。

「ちょっとエルナ」
「これからアレル君のこと、しっかりと守らなきゃね」
「え?」
「アレル君は現時点で最強の勇者なんだって。剣も魔法も使えるし、自然を操る力も使える。魔族達はそんなアレル君を魔王にして、この世界を魔族の世界にしようとしている。アレル君は魔族達に狙われてるんだよ。アレル君の目的はこのルドネラ帝国で、これまでも魔族達の不穏な動きが諜報機関から報告されてた。これから先も魔族達はきっと何か仕掛けてくる。軍を率いて襲撃してくるかも」
「このルドネラ帝国でそんな真似はさせないわ」
「うん。アレル君はまだ8歳。いくら強くてもまだ大人の支えが必要な子供なんだよ。魔族がどんな手を仕掛けてくるかわからないけど、あの子の心を守らなきゃ。この勇者エルネスティーネの名にかけてアレル君は絶対に守ってみせるんだから!」

エルネスティーネは真剣な顔で決意を固めた。
とうとうルドネラ帝国に到着したアレル。その先に待ち受ける運命は――





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