ここはルドネラ帝国の首都ルダーン。グラシアーナ大陸最強の軍事国家の首都はサイロニア王国やミドケニア帝国よりもずっと大きかった。道路も広く、大勢の人々が通りを行き交う。宮殿の方を見上げれば尖塔が高く聳え立つ。宮殿の大きさもヴィランツ帝国やサイロニア王国、ミドケニア帝国の比較にならなかった。
アレルは以前、賢人ギルのもとで空間術を学んだ。その時にルドネラ帝国についても話を聞いていた。ギルの話によるとルドネラには『空間の間』というものがあるらしい。空間の間は超古代文明の産物の一つである。大きなアーチがあり、そのアーチをくぐるだけでずっと離れた場所に行くことができるのである。船を使わなくても一瞬で他の大陸まで行ける。ルドネラ帝国には宮殿内に空間の間がある。そこから他の大陸につながっている為、ルドネラはグラシアーナ大陸で唯一、他の大陸と交流があった。宮殿内の空間の間を通して他の大陸の国々と貿易をしているのである。このようなわけでルドネラ帝国宮殿は一際大きかった。グラシアーナ大陸内の他に、空間の間を通した他の大陸諸国とも貿易をしている為、ルドネラ帝国の財政力はかなりのものだった。

ルドネラ帝国の空間の間はユーレシア大陸のダイシャール帝国につながっている。そしてユーレシア大陸の砂漠地方にアレルの育ての父親がいるのだ。それが判明して以来、アレルは寄り道せず、ひたすらルドネラへ向かっていた。ルドネラ帝国の空間の間からユーレシア大陸へ渡り、砂漠地方の父親の元へ行くのだ。
アレルは勇者エルネスティーネの案内の元、ルドネラ宮殿に入った。莫大な富で建設された荘厳な造り。広々とした宮殿内は気をつけなければ迷ってしまいそうである。

「アレル君、まずは女帝陛下のところへ案内するね」

アレルは黙って頷き、エルナについて行った。改めてグラシアーナ大陸最強の軍事国家の君主とはどのような人物なのだろうと想像する。女帝とのことだが、やはり気高くて近寄りがたい人物なのだろうか。

ルドネラ帝国の玉座に座っていたのは、穏やかな表情を湛えた年輩の女性であった。

「陛下、勇者アレルをお連れしました」
「ご苦労だったわ、エルナ。さ、アレル君、もっと近くへいらっしゃい」
「はい」

アレルの想像とは違って、ルドネラ帝国の女帝アレクサンドラは見るからに穏やかで優しそうな女性だった。アレルは戸惑いつつ、女帝の近くへ寄る。女帝は大人の女性が小さな子供に接するように、優しくアレルに話しかけた。

「初めまして、勇者アレル君。私がこのルドネラ帝国の女帝アレクサンドラよ」
「初めまして、女帝陛下。アレルと申します」
「そんなに固くならなくていいのよ。ようこそルドネラ帝国へ。我が国はあなたを歓迎します。好きなだけこの国に滞在して頂戴」
「ありがとうございます、陛下。恐れながら、俺は空間の間を通ってユーレシア大陸へ行きたいんです。ユーレシアに俺の父がいることがわかったんです」
「まあ、そうだったの。それなら早くお父さんに会いたいでしょう。空間の間は通行証が必要よ。でもただであげるわけにはいかないの。そうねえ、こういうのはどうかしら?今晩はあなたを歓迎して晩餐を開くわ。だから私に今までの武勇伝をお話して頂戴」
「えっ?そんなことでいいんですか?」
「あら、あなたの人となりを見てから決めるのよ。通行証はどんな人かもわからない相手には渡せないもの。それじゃ晩餐の時にまた会いましょう。あなたとお話するのを楽しみにしているわ」

女帝アレクサンドラは穏やかに微笑んだ。



アレクサンドラとの謁見の後、アレルはぽかんとしていた。この大陸最大の軍事国家の女帝。さぞかし堅苦しくて厳しい表情をした女性なのだろうと想像していたのに、随分と親しみやすい優しい女性だった。女帝ならではの気品と威厳を感じさせながら、まるで近所のおばさんのような親しみやすさがある。悩み事を何でも聞いてくれそうだ。しばらく茫然とした後、我に返る。

「あっ!そうだった!エルナ姉さんに神殿へ案内してもらわなきゃ!」

ルドネラ帝国の神殿には慈愛の女神ナフェーリアがいるそうだ。神ならアレルの秘密も知っているはずである。アレルはエルナに神殿へ案内してもらった。



ナフェーリアの神殿には可憐な花々が咲き乱れ、慈愛の象徴となっていた。敬虔な僧侶や神官達が祈りを捧げている。こういった雰囲気はアレルは苦手だった。あまり信心深くないのである。神に祈ったところで何も状況は良くならない。全ては自分の力で道を切り開くものだとアレルは思っていた。祈ることで心が穏やかになるなどということもアレルにはよくわからない。さっさと女神ナフェーリアに会って自分のことを教えてもらおうと思った。

神殿の最奥部に慈愛の女神ナフェーリアはいた。神を実際に見るなど初めてである。ナフェーリアは先程会った女帝アレクサンドラ以上におっとりして優しい表情の女神であった。

「ナフェーリア様、アレル君を連れてきました」

ナフェーリアは静かに頷く。アレルはナフェーリアと向かい合った。

「あなたが慈愛の女神ナフェーリア様?」
「そうよ。あなたがシャリスティーナの寵児ね」
「え?」

ナフェーリアは優しくアレルを抱きしめた。母親に抱きしめられるのはこんな感じだろう。アレルは戸惑った。

「あの、ナフェーリア様、シャリスティーナというのは…」
「シャリスティーナはザファード人の創造神よ」

アレルはしばらく記憶を探った。以前ガジスと会った時に自分はザファード人なのではないかと言われた。その後、聖王家と聞いただけでアレルは取り乱してしまった。自分の中に何か暗鬱な記憶が眠っているのだ。思い出さない方がいいと思われるほどの辛い記憶が。激しい頭痛がする。

「ザファード人の創造神シャリスティーナ……俺がそのシャリスティーナの寵児ってどういうこと?」
「彼女はあなたのことをまるで自分の子のように思っているのよ」
「ザファード人の創造神なら全てのザファード人を自分の子のように思うだろう」
「あなたは特別なのよ。でもその記憶は今は思い出さない方がいいようね。ごめんなさい」
「あなたは女神だから俺のことを知ってるんだろ?俺は一体何者なんだ?教えてくれよ」

ナフェーリアは困った顔をした。優しくアレルの頭を撫でる。

「ごめんなさいね。私からは教えられないの。勇者アレル、しばらくこの国に滞在しなさい。そうすれば失った記憶の一部を取り戻すでしょう」
「本当に?」
「ええ。あなたの記憶の手がかりの一つはこの国にあるもの」
「でも父さんにも早く会いに行きたいんだよ」
「あなたの記憶は少しややこしくなっているの。少しずつ、自分のことを思い出していくといいわ。お父さんにも必ず会えるわ」
「父さんっていっても本当の親子じゃないんだよ。今でも俺のことを気にかけているかわからない」
「あなたのお父さんは今でもあなたを探しているわ。血がつながっているかどうかは、彼にとって問題ではないの」
「で、結局何も教えてくれないんだ」
「私から聞くより、自分で思い出したいでしょう?」
「そりゃあそうだけど…」

アレルは不満そうだった。しかし記憶の手がかりの一つがこの国にあると聞き、もどかしいが、しばらくこのルドネラ帝国に滞在することにした。



その日の夜は女帝アレクサンドラが晩餐を開き、アレルは豪華な食事をご馳走になりながら女帝に今までの旅の話をした。女神ナフェーリアに会いに行った結果、しばらくこの国に滞在することにしたことも。

「そうだったの。あなたの記憶が早く戻るといいわね。私にできることなら何でもするわよ」

アレクサンドラは優しく微笑んだ。



その後、宮殿内の客室にセドリックと共に案内された。アレルは自分のことを漠然と考えていた。女神ナフェーリアによると、アレルの記憶は少しややこしくなっているらしい。そして記憶の手がかりの一つがこの国にあるという。ならば自分の謎が少なくとも一つは解けるのだろう。

「っていっても、もどかしいな。結局俺は何者なんだろう」
「すばりザファード大陸の聖王家の王子なんじゃないのかい?」
「俺は王子じゃないよ」

以前、聖王家と聞いた途端アレルの様子がおかしくなった。セドリックは恐る恐る言ってみたのだが、今のアレルから返ってきたのは平然とした反応だった。

「なっ…!どうしてわかるんだい?何か思い出したのかい?」
「前々からそうなんだけど、俺の記憶は不安定なんだよ。今みたいに自分は王子じゃないってはっきり覚えてることもある。でもそれ以上のことは思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなる。部分的に、断片的に思い出せることはあるんだけど、全体的には靄がかかってるみたいで何も思い出せない」
「う~ん、君の謎はたくさんある。出生の謎、年齢の謎、記憶の謎。他にも普通の人間には無い特徴がいくつかある。俺が一番気になるのは子供なのに明らかに子供とは思えない発言をすることだ。君は本当は何歳なんだい?」
「去年ヴィランツ帝国から亡命する時に一緒だったスコットには、薬か魔法で小さくなったんじゃないかって言われたな」

セドリックはアレルを見つめた。見た目は八歳くらいのまだ本当に小さな子供である。しかしアレルが年相応に振る舞うことは極めて少ない。やはり元々大人だったのが何らかの方法で子供の姿にされてしまったのではないだろうか。

「スコットの言う通り、俺が薬か魔法で小さくなったという仮説が正しいとすると………誰か俺を子供の姿にした人物がいるということになるな」
「それは一体誰だ?」
「さあ。薬で小さくなったんなら魔女か?魔女なら一般には知られていない薬を調合することも可能だ。魔法なら魔導士か、それとも魔族か、エルフなどの人間以外の種族の可能性もあるな」
「う~む」

アレルは改めて自分の謎について考え始めた。スコットの仮説が正しいのか、それとも全く別の真実があるのか。





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