翌朝、アレルとセドリックは早起きした。ルドネラ帝国の女勇者エルネスティーネ、彼女は最高位の聖職者でもあり、聖女でもあるらしい。そんな彼女は朝早くから神殿で聖職者としての務めを果たしているのだ。アレルもセドリックもそれぞれエルナに興味があった。身支度を整えて神殿に向かう。
だが、神殿の神聖な空気と信心深い人々を見ていると苦手意識を持ってしまった二人であった。アレルは聖剣の使い手であるし、聖剣の使い手とは聖騎士のことを言うことが多い。聖なる力も内包しているはずなのに、どうも神を信じるということができない。聖職者の世界にはあまり入りたくないと思ってしまうのである。アレルは自分の好きなように生きたい。神に祈るのではなく、全て自分の道は自分で切り開きたかった。セドリックはセドリックで堅気の生き方はしてこなかった。エルナには興味があるが神官、僧侶などとはあまり関わりたくないと思った。

神殿には非常に多くの神官がおり、朝の儀式を行っていた。その中心にエルナがおり、聖職者の正装を身に纏っていた。今まで見たエルナは無邪気な少女であったが、ここでは神秘的な美少女として犯しがたい雰囲気だった。儀式が終わるとエルナは神殿の外に出た。外には怪我人が大勢助けを求めて神殿の周りを囲っていた。そこでエルナは最高位の聖職者の回復魔法を使った。真っ白な、純白の光が怪我をした人々の身体を包む。そして一気に傷を癒していった。人々はエルナに感謝し、次々と神殿へ礼拝にきた。治癒が終わると今度は貧しい人々に食事を施し始めた。エルナは聖女として、苦しんでいる人を少しでも救おうと努めていた。

神聖な雰囲気を湛えていたエルナだったが、朝の務めが終わり、アレル達に気づくと一気に無邪気な美少女に戻った。

「アレルく~ん!おっはよ~!」
「おはよう、エルナ姉さん」
「おはよう、エルナちゃん」
「あっ!セドリックさん、おはよ。ねえねえ、私のことはエルナでいいよ!」
「そ、そうかい!それじゃあエルナ」
「その代り私もセドリック、って呼んでもいい?」
「も、もちろんさ!」
「私、敬語とか堅苦しいのは仕事の時だけにしたいんだ。私と話す時は普通の言葉遣いでいいからね!」

呼び捨てで呼び合う仲。セドリックはエルナとの距離が一歩縮まったと思った。先程の儀式などを見ていると、あんな聖女様が一人の人間として自分に好意を持ってくれているなど信じられない。だが今までモテない人生を送ってきたセドリックはなりふり構わず、脈のある女性は落としたいという思いでいっぱいだった。

「それにしてもエルナ姉さん、偉いなあ。毎日あんなことしてるんだ」
「うん。私ができることなんて本当に些細なことだけどね。私の魔法でみんなの怪我を癒すことはできるけど、病人は救えない。魔法じゃ病気は治せないもんね。病人の看護をやる時もあるんだ」
「すごいなあ」
「最高位の聖職者の地位についているからこそ、その地位に恥じない行いをしたいの。お祈りするだけじゃなくて実際に一人でも多くの人達を救いたいんだ」

アレルもセドリックも思わずエルナを褒め讃える。それに対し無邪気に答えるエルナ。



その後、エルナ自らルドネラ宮殿を案内してくれるという。アレルとセドリックはエルナについて回った。とにかく広大で美しい建築様式で建てられた、大陸最大の宮殿。その壮大さに圧倒されそうになりながら歩いていると、騎士達の訓練場に着いた。そこには昨日出会ったエルナの仲間、槍使いのフォルスという少年がいた。訓練場の騎士達を圧倒するその槍術。フォルスは小柄だが、リーチの長い槍を上手く使いこなすことで背の低さを補っている。

「すごいでしょー。フォルスはこの国一番の槍の使い手なんだよ」

エルナは素直に仲間である少年を褒める。アレルも素直に褒めるがセドリックは心の中で悪態をついた。昨日の様子からするとあのフォルスという少年もエルナに好意を持っているようだ。セドリックは邪魔なガキだと思った。フォルスは礼儀正しい態度で騎士の仲間に接していた。まだ少年の純朴さが残るが、勇者と間違われてもおかしくないほど腕も立つし、人柄も正義感が強くて誠実そうである。そんな彼の雰囲気はセドリックの存在に気づいた瞬間一変した。

「ああっ!おまえは!こ、こらっ!エルナに近寄るなー!」
「どしたの、フォルス?この二人は私が今宮殿を案内してるところなの」

エルナにそう言われてフォルスは黙ってしまったが、セドリックを睨みつける。そしてエルナの騎士として同行すると言い出した。男同士の険悪な雰囲気に全く気づいていないエルナはみんなで仲良くおしゃべりしようとした。

「エ、エルナ」
「なあに、フォルス?」
「そのセドリックって人と付き合う気?」
「考え中~」

フォルスは少しほっとした。セドリックの方は焦らない。今までと比べたら十分に脈があるのだ。エルナは相変わらず何も気づかずにしゃべり続ける。

「私、おっきい人好きなんだ。昔ね、近所に熊みたいにおっきくて優しいおじさんがいてね、よく高い高いしてもらったんだー」
「つ、つまり背が高い人が好きってこと?」
「うん!」
「顔がカッコいいとかじゃなくて?」
「顔は自分がカッコいいと思えば人から見て美男じゃなくてもいいよ~」

セドリックはますます脈ありだと思った。エルナは自分を見て『背が高くてカッコいい』と言ったのである。

「でもね、やっぱり私の理想の男の人はね」
「えっ?」
「私のこと大事にしてくれる人ー!」

その時、帝国の衛兵がエルナを呼びに来た。重臣の一人がエルナに用があるらしい。エルナは「また後でねー!」と笑顔で去って行った。残るは恋のライバル。先程からアレルはどうしようかと迷っていたのだが、適当にこの場を立ち去ろうとしていた。そんなアレルをよそに火花を散らすセドリックとフォルス。

「どうもエルナちゃんは背の高い男が好きなようだね。この俺のように」
「お、おまえっ!」
「やっぱりチビは嫌だよなあ。小柄なレディはいいが、男でチビじゃね」
「よ、よくも僕の気にしていることを!おまえだって別に美男ってわけじゃないじゃないか!」
「でもエルナちゃんから見たら俺は『カッコいい』んだってよ。『カッコいい』『カッコいい』『カッコいい』…」

セドリックは嬉し涙を流し始めた。

「な、なんだよ、おまえ、大袈裟な。女の子にカッコいいって言われたことないの?もしかしてモテたことないんじゃ…」
「な!何をっ!そ、そんなわけないだろう!」
「僕はあるよ。今まで何回か女の子に告白されたことあるし」
「なっ!ななななななんだとおおおおおーーーーー!」

フォルスの顔立ちは整っているし、国で一番の槍の使い手なら憧れる女の子もいるだろう。セドリックの中にやっかみの感情が芽生えたが、すぐに抑えた。相手はガキだ。ガキ相手に嫉妬するなど馬鹿げている。それにエルナが脈ありの反応をしているのは自分の方だ。

「それでも本命を落とせなきゃ意味ないな」
「こ、この野郎!おまえ!僕と勝負しろ!」
「嫌なこったね」

セドリックはフォルスの攻撃をさらりとかわすと去って行った。アレルもフォルスからそっと離れようとしたが、フォルスから肩をがしっと掴まれた。

「ねえ、アレル君…」
「な、何?」
「女の子って………顔はいいけどチビの男と、顔はあまりカッコよくないけど背の高い男だったら、背が高い方を選ぶのかな………」
「さ、さあ…俺に言われても…」
「ううっ…エルナ~…あんな男と………」

フォルスはしくしくと泣き始めた。そして宮殿の窓ガラスに映った自分の姿を見て嘆く。

「チビってだけで男は不利だよね。人生全てにおいて何のメリットもないじゃないか。ううっ、僕だって、顔はイケてる方なのに……」
「うわ、自分でそう思ってるんだ」
「え?別にナルシストとかそんなんじゃないよ。人間っていうのは人生でモテた回数が多ければ多いほど自分はイケてる奴だと思うようになる。そういうもんじゃないか?」
「…………………………」

フォルスはよく勇者と間違われるのだという。勇者は男だという先入観を持つ人が多いからである。勇者と間違われるほど正義感が強くて誠実そうな雰囲気を持つフォルスだったが、彼には意外な一面があるようだ。



エルナにとって今一番大事なのはアレルのことだった。暇さえあればアレルを見つけて構おうとする。一緒に遊んだり食事をしたり。純粋にアレルに興味があるというのもあるが、魔族が何かしら仕掛けてくるかもしれない。その為になるべく一緒にいるようにしているのである。

「アレルく~ん!一緒にお風呂入ろ~!」
「え?」
「ルドネラ宮殿の浴場はおっきいんだよ~。ね、行こ行こ!」

その時アレルと一緒にいたセドリックも反応する。

「セドリックも途中まで案内したげるよ!」
「セドリック、命が惜しければ覗きなんかするなよ」
「そんな物騒なこと言わないでくれよ、アレル君」
「え?でも覗きをやった男って死刑じゃなかったっけ?」
「どこにそんな恐ろしい国があるんだ!」
「確かザファード大陸ではそうだったと思うけど…この大陸では違うのかな」
「……………俺、ザファード大陸には絶対行きたくねえ」



「アレルく~ん!今夜は一緒に寝よ~!」
「え?」
「このルドネラ宮殿にはいっぱい本があるよ。子供向けのおとぎ話を聞かせてあげる!」

エルナはアレルを引っ張って行った。どうもアレルの二の次にされているセドリックだが、それくらいではめげない。焦らずに距離を縮め、今度こそ美少女と恋を楽しむのだ。

「――って、アレル君と一緒に寝てるなら夜這いできねえじゃん!」

相手が最高位の聖職者だろうと、聖女だろうとお構いなし。寧ろ神聖な神に仕える美少女をものにすると思うとそれはそれで興奮する。セドリックはエルナを口説く機会を待った。



一方、ここはエルナの寝室。エルナは寝付くのが早く、健やかな寝息を立てている。アレルはベッドに入りながら考え事をしていた。

(今日は俺の記憶の手がかりになるようなものは何もなかったな)

しばらくこの国に滞在すれば記憶の一部を取り戻すらしいが、内心もどかしい気持ちでいっぱいのアレルであった。





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