しばらくルドネラ帝国に滞在すれば記憶の一部を取り戻すと言われたアレル。今日は帝国騎士団の訓練場へ行ってみた。そこには勇者エルネスティーネの仲間の一人、セーディーという女性がいた。彼女はこのルドネラ帝国一の剣の達人なのだそうだ。騎士達の練習試合を見ても、彼女の剣技は一線を画していた。セーディーはアレルに気づくと明るい笑顔で近づいてきた。

「あら、勇者アレル君、このルドネラ騎士団を見に来たのね。どう?私達はあなたのお眼鏡にかなうかしら?」
「もちろんだよ。それに俺はそんなに傲慢に振る舞う気はないよ」

相手が男だと生意気な態度を取ることもあるアレルだが、セーディーは女性なのでかなり態度が軟化している。セーディーはくすりと笑った。

「アレル君、せっかくここへ来たのだから、私と手合せしてくれない?」
「えっ!?」
「強い相手と戦うのは剣士の誉れよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、セーディーさん、女の人相手にそんな…」
「あら?戦いに男も女も無いわ。そうでしょう?」
「そ、そうだけど、あなたとは味方同士だし…」

アレルは自称フェミニストである。敵ならやむを得ないが、味方の女性と戦うのは気が引けた。そんなことに構わずセーディーは好戦的に練習試合を挑んでくる。アレルは戸惑いつつ応じた。アレルとセーディーの試合が始まった。
セーディーは女戦士としては力もスピードも調和の取れた戦い方をする。冷静に剣を振るい、着実に勝機を見出そうとする。アレルの見たところ、サイロニアの勇者ランドには劣るが、セーディーもかなりの剣士だった。セーディーの方はアレルの剣術に内心驚いていた。子供の姿をしているが大人の剣士より遥かに強い。確かにそういう情報を聞いてはいたが、実際に剣を合わせると桁外れの実力を感じる。

(これが今現在世界最強の勇者と言われているアレル君の剣術…子供とは信じられないわ。『あいつ』でもかなうかどうか…)

しばらくして矛を収めるセーディー。

「あなた、本当に強いのね。驚いたわ」
「セーディーさんこそ、俺が今まで戦った女戦士の中では一番強いよ」
「ありがとう」

練習試合が終わると、アレルとセーディーは二人で話をした。

「アレル君、あなた魔法剣って知ってる?魔法を剣に宿らせるの。例えば火に弱い敵がいたら、剣に火の魔法を宿らせて斬りつけるの。剣で直接斬るから魔法を跳ね返す敵にも有効なの」
「そういえばそんなのもあったな」

いつの記憶か曖昧だが、アレルは魔法剣に関する知識を思い出して言った。

「私とエルナは使えるわ。エルナの場合は矢に魔法を宿らせるの。炎の矢を作ったり、氷の矢を作って直接敵に射ち込むわ」
「へえ、そうなんだ」
「ええ。私はこれでも中級レベルの魔法まで取得することに成功したのよ。私、昔から何でもやりたがる性格でね、剣も魔法も学問も、貪欲に学んだわ。これでも学者としても知られているのよ」
「剣でさえあれだけ腕が立つのに、魔法も使えて学者としても有名だなんて、すごい文武両道だね」
「でもね、別の言い方をすれば器用貧乏なのよ。剣も魔法も学問も、その道一本で優れた能力を持つ人にはかなわないわ」
「剣の腕はルドネラ帝国一なんでしょ?」
「表向きはね」

セーディーは意味深な笑みを返した。そこへフォルスがやってきた。

「やあ、君達の練習試合はさっき見ていたよ。さすが神託を受けた勇者とセーディーだ。他の剣士達とはレベルが違うなあ」
「フォルス、あなたも手合せしてみたら?」
「アレル君は剣士でしょ?」
「俺の一番の武器はレイピアだけど、槍も使ったことあるよ。一年前サイロニアに滞在していた頃、やってみたんだ」
「へえ、でもこの国一番の槍の使い手と言われる僕にかなうかな?」
「やってみるかい?」

アレルは不敵に笑った。フォルスも自信たっぷりである。アレルとフォルスは槍での試合を始めた。フォルスは突きも払いも、高く跳躍してからの攻撃も全てこなす。勇者と間違われるだけあって相当強いのだが――
アレルはそんなフォルスの槍術に冷静に対処していた。先程の話では少しやっただけとのことだったが、フォルスが猛攻を仕掛けても落ち着いて受け流してしまう。子供なのに随分落ち着いて戦えるんだなと、フォルスは不思議に思った。アレルは多くの謎に包まれていて、見た目は子供の姿をしているが、実年齢は不明である。
フォルスは内心焦った。アレルはどんな攻撃も落ち着いて受け止め、受け流す。その動きは静かで隙が無い。このままでは勝てないのではないかと思えてくる。そしてその焦りが命取りに――

「ハッ!」

アレルの気合いを入れた一撃でフォルスはふっ飛ばされた。



「フォルス、そんなに落ち込まないでよ」

アレルに負けたフォルスの落ち込みは激しく、周りの空気まで暗くなってしまうほどである。アレルとしては普段使い慣れていない武器で戦うので、いたずらに動くことはせず、最小限の動きで慎重に戦っていたのだが。

「サイロニアにいた時を思い出すよ。あの時、ランドも俺と戦ってどの武器でも俺にかなわなくて落ち込んでたなあ」
「な、何だってー!あのサイロニアの勇者ランドまで!君は一体どこまで強いんだ!」



帝国騎士団の訓練場でセーディーと別れると、アレルはしばらくフォルスに付き合っていた。アレルは大人の男相手だと生意気な態度を取ることもあるが、フォルスはまだ少年なのと素直な性格とで、アレルも素直に接していた。

「はぁ~、今日は完敗だよ。やっぱり日頃の行いが悪いのかなあ」
「何言ってるんだよ?」
「僕、実は結構腹黒い性格なんだ」

先日のセドリックとのやり取りや女の子にモテるモテないについての発言を考えると、ただ正義感が強いだけの少年ではないと思っていたが、アレルは腹黒いとは思っていなかった。どう見ても人は良い方だろう。フォルスにとってアレルは話しやすい相手なのだろうか。己の心の内を話し出した。

「僕はね、いい結果が得られると結構調子に乗る性格でね。心の中では『へっへ~ん、俺の槍は世界一!』とか思っちゃったりするんだよ。でもね、こういうのは口に出さなければ他人にはわからない。言わなければみんなは僕のことを謙虚で控えめで誠実な、好感が持てる少年だって思ってくれるんだよ。要は余計なことは言わなきゃいいんだよ。人間関係だって『なんだこいつ、気に食わねえ~』って思っても、言わなきゃ相手にはわからない。そしてみんなは僕のことを喧嘩しない、大人しくていい子だって思うんだ。…日頃からそんな腹黒いことばっかり考えてるから、今日みたいに罰を受けるんだよ。君みたいな小さな子にしてやられるなんて」
「…それって別に腹黒いってほどのことじゃないと思うけど」
「そんなことないよ。女の子にモテることだって、内心調子に乗ってたからきっと罰を受けたんだ。成長期は過ぎたのに僕は小柄のまま。一生チビなんだ。もう僕はモテない男として一生を送るんだ」

そう言うとフォルスは嘆き始めた。女にモテないと嘆く姿はセドリックを思い出させる。セドリックの方は今まで一度も女にモテたことがないと言っていたが…

「世の中には一度も女の子にモテたことがない奴もいるよ」
「そういう奴もいるのは知ってるけどさ、『小さい頃は女の子にモテた。成長期に入るまでは』なんてのもそれはそれで悲しいじゃないか」

再び嘆き始めるフォルス。アレルは女の子にモテることにはあまり興味が無かったが、フォルスはエルナに恋しているようなので、やはりモテるかどうか、男性的な魅力があるかどうかは問題なのだろう。

「気持ちはわかるけど、身長はどうにもならないからな。深く同情するとしか言いようがないよ」
「そういう君だってわからないよ。大人になってもチビかもね」
「俺の身長か………どうだったっけ………?」
「え?」
「確か188cmくらいまで伸びたと思うけど」
「え?」

フォルスは固まった。

「アレルくん!君は子供じゃないのかい?」
「…よくわからない…思い出せない…あんまり考えると頭が痛くなる…」



「エルナ!」
「どうしたの?フォルス」
「アレル君は子供じゃないよ!子供の姿をしているけど本当は大人なんだ!だってさっき自分の身長を答えられたんだよ!何かで記憶喪失になって子供の姿になったんだ!」

フォルスは先程のアレルとの会話を話した。

「だからやっぱり子供じゃないって!中身は大人なんだ!」
「そうかなあ?私、アレル君はまだ子供だと思うよ」
「何で?」
「だって私と一緒にお風呂に入った時、普通だったもん。中身が大人の男の人だったらもっと恥ずかしがったりするでしょ?」
「え…それは聖剣の使い手だからそれだけ清い心を持ってるとか」
「大人の聖騎士の男の人だったら尚更、顔真っ赤にして純情な反応するよ。でもアレル君の様子は純真な子供そのものだった」
「え…じゃあ一体何がどうなってるんだろう」
「女神ナフェーリア様はアレル君の記憶は少しややこしくなってるって言ってた。しばらくこの国にいれば記憶の一部を取り戻すって言うし、しばらく様子をみよう」

エルナとフォルスは困惑しつつも、一体どういうことなのだろうと思った。





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