ここはルドネラ帝国の一角。そこには一人の美少女を巡って二人の男が対峙していた。

「アレル君から聞いたよ。あんた槍も使えるんだってな。僕と槍で勝負しろ!俺が勝ったらエルナから手をひけ!」
「嫌なこったね。キャンキャン噛みつくガキの相手なんかしてられない」
「ふーん?そんなこと言って、僕に勝つ自信がないだけじゃないの?」
「さあ、そいつはどうかな。君は見たところ真っ直ぐな性格のようだね。正々堂々と戦うのは慣れてるけど、卑怯な手を使われるのは苦手なんじゃないか?」
「うっ…」
「確かに真正面から戦えば君は強いだろうさ。だが実戦では卑怯な手を使う奴が生き延びる。俺はずっとそんな世界で生きてきた」
「あんたは賭博師で、いわゆる堅気の人間じゃないんだってな」
「そんな人間がエルナちゃんに近づくのは許せないかい?」
「別にそうは思わないけど…『あいつ』と同じ世界の人間なのか…」
「え?」
「それで結局、僕の決闘は受けないつもりなのか?」
「俺を選ぶか君を選ぶか、決めるのはエルナちゃんだ。違いうかい?」
「うぐ…」

フォルスはセドリックに決闘を申し込もうとしたが、うまくかわされてしまった。セドリックの方は内心、大人の余裕を見せつけられたと満足していた。



一方、アレルはセーディーに声をかけられていた。

「アレル君、私はこれから賢者ベラルド様に会いにいくの。あなたも一緒に来ない?」

セーディーは剣士であると同時に学者でもある。賢者ベラルドに師事し、魔法も学んでいる。文武両道で才色兼備の女性である。アレルはセーディーと共に賢者ベラルドに会いにいくことにした。ルドネラ宮殿の隣に魔導士の塔がある。そこには帝国中の魔導士が集まり、魔術を勉強・研究している。ベラルドは賢者としてこのグラシアーナ大陸の魔法を全て修得している。魔導士の塔の長の座についていた。

「そういえばセーディーさん、ウィリアムって知ってる?サイロニアの勇者ランド一行の一人だよ」
「ええ、知ってるわ。彼は同門なの。かつて私と一緒にベラルド様の下で魔術を学んだわ。彼は攻撃魔法が得意で魔導士の道を進んでいたわね」
「俺はサイロニアに滞在している時、ウィリアムに魔法を教えてもらったんだ。あの時ベラルド様へ当てて手紙をもらったんだ」

思えばヴィランツ帝国から亡命して、サイロニアに滞在した後に旅立って、本当にいろんなことがあった。あれからあまりにも様々な出来事があり過ぎて、ウィリアムからベラルドのことを教えてもらった些細な会話など、危うく忘れるところであった。
セーディーに案内され、魔導士の塔の最上階へ行くアレル。そこには賢者ベラルドがいた。賢者らしく達観した雰囲気と威厳を感じさせた老人だった。セーディーから紹介され、ウィリアムからもらった手紙を渡す。

「君が勇者アレルくんか。噂は聞いておる。剣だけでなく魔道も修め、攻撃魔法も回復魔法も全て高等呪文まであっという間にマスターしてしまったそうじゃな」
「はい」
「にわかには信じがたい話だ。このルドネラ帝国は千年以上の歴史がある。これまで賢者の称号を与えられた者は皆、老人になっている。君はまだほんの子供だというのだからな」
「子供じゃないかもしれないってみんな言うんですけど、俺は記憶喪失だから思い出せないんです」
「ふむ、そうか。アレルくん、せっかくじゃからここでも魔術を学んでいくがいい。君なら賢者しか使えない呪文を取得することもできるだろう」

賢者しか使えない呪文とは一体何なのか。アレルは期待に満ちて魔術を学んだ。このグラシアーナ大陸の魔法は、サイロニアに滞在していた時にローザとウィリアムにほとんど教えてもらっている。その後ギルに師事し、空間術その他様々な魔法を取得していた。この魔導士の塔でアレルが学ぶことは僅かだった。そして賢者しか使えない呪文とは――

「これはこの大陸の魔法の中で最も強力な攻撃魔法じゃ。ありとあらゆるバリアーを無効化する。どんなバリアを張っていても、防御を固めていても、それを貫いて敵にダメージを与える。防御力無視の魔法じゃ。仮に敵が魔法を跳ね返すバリアを張っていても、この魔法だけは跳ね返すことができない」

すごい魔法だとは思った。が、しかし――

(ギル師匠の空間術の方がよっぽどすごいと思うんだけど…)

空間術は非常に便利で重宝する。取得するのも難しかった。やはりアレルはギルの弟子なのであり、ギルの魔術が一番だと思った。そういえば確かギルはルドネラ帝国の出身だと言っていたはずだが…

「ベラルド様、昔ここにギルという名前の変わり者の魔導士はいませんでしたか?」
「そういえばそんな者もおったのう。いつも蛍光色のローブを着て、奇行で有名な奴じゃった。ローブの服としてのセンスが派手過ぎて魔導士に相応しくないだの、あまりにも奇行が多過ぎるだの言われて魔導士の塔から追放されてしまったがのう」
「服のセンスだけで追放されてしまったんですか?」
「それもあるが、とにかく変人として魔導士中の噂になっていたからのう。あやつにあったのか?元気にしておればよいが」
「はい。俺が会った時、とても元気でしたよ」
「そうか。ならばよい」

ギルは今どうしているだろうか。ギルの元へはワープ魔法でいつでも戻れる。機会があればまた会いたいとアレルは思った。



その日の夜、セドリックはルドネラ帝国のカジノへ行った。大陸最大の帝国だけに、カジノも大規模なものだった。人々の喧噪、コインの音、美女達の歓声。セドリックにとって最も魅力的な場所だった。その日の賭けは順調に勝ち進んだ。今日はツキがいい。そうやって上機嫌でいると、遠くから一人の青年が近づいてきた。ワルな雰囲気の美青年である。すらりとした長身で髪も長く伸ばしている。セドリックの目から見ると、その青年は美女にモテモテであった。女にモテることなど何でもないことのように振る舞い、美女達を適当にあしらっている。セドリックの心に妬みの感情が沸き起こった。青年の方はセドリックに興味があるらしく、こっちに近づいてくる。

「よう!エルナに交際申し込んだのってあんた?」
「んなっ!?」

セドリックは驚いた。こんなヤクザな場所に来る男がエルナと知り合いだとは。しかも愛称で呼び捨てである。エルナと親しい間柄のように感じるが…

「おまえ、エルナちゃんの何なんだ!」

エルナはセドリックのことを『背が高くてカッコいい』と言ってくれたのだが、それならこの青年の方がセドリックより余程『背が高くてカッコいい』。美貌も体格もいい。まとう雰囲気も隙が無く、頭も切れそうだ。腰に下げた剣と身のこなしからは、相当腕が立つと思われる。美男子としての条件は完璧に整っている。

「恋仲じゃあねえな。それだけわかれば十分だろ?」

青年はセドリックの嫉妬の感情に気づいたが、さりげなくかわし、ポーカーの勝負を挑んできた。セドリックの心境は落ち着かない。普通に考えたら100人中100人がこの美青年を選ぶだろう。こんな美男子と知り合いでありながら、エルナはセドリックを選んでくれるだろうか。気が散っていたセドリックは見事ポーカーに負けてしまった。せっかく賭けで稼いだコインがパーである。セドリックの気が乱れていたのを差し引いても、この青年は賭けも相当強いようだ。

「悪いな、おまえのコインは全て頂くぜ」
「くそっ!」
「それにしても、あの聖女と名高いエルナに生まれや育ちなんてお構いなしにアタックした男がいるって聞いたから、どんな奴かと思えば…へえ、あんたがねえ」
「何だっ!ちょっと女にモテるからっていい気になるなよ!エルナちゃんは渡さないからな!」
「だからあいつとはそんなんじゃねえって」
「あ、あいつ!?」

どうやらエルナとはかなり親しい間柄のようだ。まだ少年であるフォルスに対しては大人の余裕を見せつけたセドリックだったが、この美青年相手にはすっかり動揺してしまった。

「あいつ、今まで聖女として生きてきたからな。誰も交際申し込む奴なんていなかった。男に告白されたっていうのが単純に嬉しいんだな」
「…くそっ!おい!もう一回勝負だ!」
「悪いけど今日は俺もう降りるわ。残念だったな」
「冗談じゃない!せっかくツキが回って好調だったのにおまえのせいで台無しじゃねえか!」
「そうだなあ。あんたが見事エルナを落としてみせたら、今日の賭け金を全部返してやるよ」
「何っ!?」
「ま、せいぜい頑張るんだな」

美青年は席を立つと去って行った。歩き出すとたちまち美女が群がってくる。そしてそんな光景を遠巻きに見てやっかむ男達。その美青年は女性にモテることも、男達の嫉妬も、何でもないことのように振る舞い、適当にあしらい、立ち去っていった。

「くっそー、あいつ一体何者だ?」

どうやらエルナとかなり親しい間柄で、聖女であるエルナに交際を申し込んだ男がどんな人物なのか見てみたかった、それだけのようである。帝国の女勇者であり、帝国最高位の聖職者であるエルナ。そのエルナとワルな雰囲気でカジノに来るような男が親しい仲だとは。一体どんな接点があるのだろう。恋愛対象としては見ていないようだが…
セドリックの心は動揺していた。あの青年がエルナを恋愛対象として見ていなくても、エルナの方が片思いしているのでは、などという妄想が働き、心が落ち着かない。集中力が乱れ、賭けどころではない。せっかく稼いだコインも先程あの青年にごっそり取られてしまった。ツキが無くなったセドリックは無念の思いでカジノを去ったのだった。





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