最近アレルはエルナと一緒に寝ていた。女帝アレクサンドラからはセドリックと共に豪華な客室をあてがわれていたのだが、エルナは暇さえあればアレルと一緒にいるようにしていた。魔族が何か仕掛けてきても対処できるように。それで夜も一緒に寝ることにしたのだ。アレルはなかなか自分の記憶の手がかりが得られないことにもどかしさを感じていたが、その一方でエルナに気があるセドリックは、エルナに夜這いできないことにもどかしさを感じていた。子供と一緒に寝ているのでは夜這いできない。しかもその子供がアレルでは確実に夜這いが失敗するのみならず、半殺しにされかねない。アレルとセドリックは最近別行動を取ることが増えていた。昨夜もセドリックは夜遅くまでカジノで遊んでいたのである。アレルもセドリックのことは放っておいて自分のことについて考えることが多かった。

そんな日々を送って昨夜もアレルは何気なくエルナと一緒に寝ていたのだが、そのエルナがうなされていることに気づいた。悪夢を見ているようである。冷や汗をかいてひどく苦しそうである。

「エルナ姉さん?」
「……いや……やめて!……ママ……私を殺さないで!」
「!!!!!」
「いやあああああっ!!!!!」

エルナは絶叫を上げて飛び起きた。鼓動が高く脈打ち、びっしょり汗をかいている。呼吸も乱れ肩で息をしていた。いつも無邪気な笑顔を絶やさないエルナ。そのエルナは今、悲しみにくれて涙を流していた。

「……エルナ姉さん、俺、水を持ってくるよ」
「……うん……」

アレルは思いつく限りのやり方でエルナを介抱した。

「……アレル君、私ね、子供の頃、とても辛い思いをしたんだ。……女神ナフェーリア様に助けられて、それから帝国で聖職者の道を歩んだ。それから勇者の神託を受けて、今まで私にできる限りのことをしてきたの。私、自分で甘ちゃんだってのはわかってる。でもね、少しでもこの世の中を良くしたいの。一人でも多くの人を救いたいの。だから私は勇者として、聖女として今日も生きていくんだよ」
「……甘ちゃんでいいと思うよ。勇者は正義感が強くなきゃ駄目なんだから」
「……ありがと」

アレルは夜明けまでエルナを見守っていた。



ここは魔族が集う場所。一年前、アレルがヴィランツ帝国に現れて以来、自然を操る力と強大な魔力に目をつけ、魔族達はアレルをつけ狙っていた。現在、魔族達の世界は下剋上となっている。力のある者は自ら魔王を名乗り、互いに覇権を争っている。人間達に危害を加えることもあれば、魔王同士で争うこともある。魔族達の世界には圧倒的カリスマを持つ支配者がいないのだ。そこで彼らはアレルに目を付けた。アレル程の強大な魔力の持ち主であれば全ての魔王、大魔王を従えることが可能だからである。その上、自然を操る能力まで持っているとなれば、向かうところ敵なしである。自然を操る能力を持っているということは、その気になれば全ての生命に対し生殺与奪の権利を持っているといっても過言ではない。アレルさえ味方に率いれば世界を魔族が支配できる。彼らはそう思っていた。

だが、アレルは彼らの思う通りにはなってくれなかった。敵対してもあっさり返り討ちに遭う。味方に引き入れようとしても一切取り合わない。全てに絶望した人間の心に上手くつけ込めば、その人間を魔王に変えてしまうことも可能である。勇者から魔王になった者もいるのだ。なので魔族達はなんとかアレルを魔王にしようと画策しているのだが、なかなか思うようにならない。アレルはどうやらルドネラ帝国を目的として旅をしているようなので、先回りをしていたのだが、いつまで経ってもやってこない。なんとかミドケニア帝国にいるのを発見し、陰謀策略を仕掛けようと思った魔族達だったが、計画が途中で頓挫してしまい、結局失敗した。そしてそのアレルはとうとうルドネラ帝国へやってきた。魔族達も今度こそアレルを魔王にすべく、慎重に策を練っていたのだが――

彼らの計画はまたしても上手くいっていなかった。ルドネラ帝国内で行動を起こそうとした魔族が次々と暗殺されているのだ。全て先手を取られている。魔族達は頭を抱えた。

「くそっ!我らの邪魔をするのは一体何者だ!」
「暗殺などという手段を用いることからすると、勇者エルネスティーネではないな」
「一つだけわかっていることがある。そやつは剣士だということだ」
「ルドネラ帝国はこのグラシアーナ大陸最強の軍事国家。油断ならんな。我々が魔族ここまでしてやられるとは。勇者エルネスティーネも一見無邪気そうな小娘だが、この大陸最強の帝国の勇者、決して甘く見るでないぞ」
「くっ…さすがはルドネラ帝国だ。他の国の人間共より遥かに手強い」
「あきらめるのはまだ早い。ルドネラ帝国には魔王デルザークが敵対している。デルザークを上手く動かすのだ」

魔族達はまた新たな策を思案していた。



セドリックは朝一で花屋に行ってきた。花の種類には詳しくないが、花屋の店員にいろいろ聞き、様々な種類の綺麗な花を選び、贈答用の花束にしてもらう。もちろんエルナにプレゼントする為であった。
エルナに会いに行き、花束を渡すと、エルナは素直に喜んだ。

「これ私にくれるの?うわあ!嬉しい!セドリック大好き!」

エルナはまるで天使のような満面の笑顔で花束を受け取った。花束を抱きしめ、匂いを嗅ぐ。本当に嬉しそうにしてくれている上に『セドリック大好き!』とまで言われたセドリックは頭の中がふわふわ浮いているような状態だった。今まで女の子に『大好き!』と言われたことがあっただろうか。今のエルナは花束を抱きしめているが、今度はセドリックに抱きついてくるかもしれない。そしてキスの一つでも――

「エ、エルナ!」
「なあに、セドリック?」
「こ、今度俺とデートしよう!」
「うん!いいよ!」
(や、やったーーーっ!!!!!)

もしかして今度こそ美少女と初めての恋ができるのか?セドリックはエルナとの仲が順調に進んでいるのが信じられなかった。

「セドリック、お花ありがとう!部屋に飾るね!」

そう言うとエルナは駆け出した。すれ違う人々に『見て見てーっ!お花もらっちゃったーっ!』と言って回る。その様子は無邪気で愛らしい。それをセドリックは和やかな目で見ていた。すると、エルナの近くに昨夜カジノで会った美青年が現れた。

(あっ!あいつは昨日の!)

カジノでのワルな雰囲気とは一変して、青年は堅い表情をしていた。

「エルナ、いくつか報告がある」

青年を見た途端、エルナの表情も一変してきりりとしたものになる。

「わかった」

こくりと頷くと、エルナと青年は二人でどこかへ去った。あの様子では恋仲ではないというのは本当だろう。仕事つながりの仲間のようにみえるが。あの青年は一体何者なのだろう。



ここはルドネラ帝国の一室。エルナは先程の美青年と共に密談をしていた。真剣な顔で青年から報告を聞いている。

「あのアレルっていう坊やの様子はどうだ?」
「今のところ何も起きてないよ。私もなるべく一緒にいるようにしてるし」
「勇者アレル君をつけ狙っていた魔族達は一通り始末した。あとは魔王デルザークだな。奴がどう動くか…」
「魔王デルザーク……私達の長年の敵……」

ルドネラ帝国は現在魔王デルザークと敵対関係にあった。エルナ――勇者エルネスティーネは当然デルザークを宿敵としている。アレルという世界最強の勇者、魔王になれば間違いなく魔族の頂点に立つ存在が現れたからにはデルザークも黙ってはいまい。何かしら行動を起こすだろう。そして、アレルをつけ狙っていた魔族を次々と暗殺したのはこの美青年なのであった。

「この帝国は表からはエルナが守る。裏からは俺が守る。俺達は常に表裏一体だ」
「ラウール……あなたは日の光が当たる世界で生きたいとは思わないの?」
「人々の脚光を浴びるのは好きじゃないんだ。俺には今の生き方が性に合ってる」

ラウールと呼ばれたその美青年は帝国の諜報機関に所属していた。暗殺やスパイなどを生業とする。影の世界の人間であった。

「ラウール、アレル君にあなたのこと紹介したいんだけど」
「よせよ、特にそんな必要はないだろ」
「でも、アレル君だったらラウールが凄腕の剣士だっていうの、すぐに見破っちゃうと思うな」
「セーディーがいるだろ」
「本当の帝国一の剣士はラウールでしょ!私のパーティーの真の主戦力!あなたも私の大切な仲間なんだからね!」
「わかったわかった」



一方、アレルはセーディーを訪ねていた。

「あの、セーディーさん、…実は今朝、こんなことがあって……」

アレルの話を聞くと、セーディーの表情から明るさが消えた。

「そう…そんなことがあったのね…」
「あの…エルナ姉さんは……セーディーさんの知っていることでいいから教えて下さい。エルナ姉さんは過去に何があったんです?」
「……私も詳しくは知らないのよ。私が知っているのは……エルナの父親は不幸な亡くなり方をしたそうだわ。その後、母親はショックで正気を失ってしまったそうよ。そして、娘のエルナを殺そうとしたらしいわ……その後、母親は事故死。それ以上の詳しい事情は聞くに聞けないの……」
「……そっか……」

エルナには暗く重い過去があったのだ。断片的な事実だけを聞いても深刻さが伝わってくる。同じ神託を受けた勇者でもランドやリュシアンはまだ人間の暗黒面をそこまで知らない純朴さが感じられた。そこがアレルにとって気に食わなく感じる時もあった。だがエルナは違うのだ。普段は無邪気に振る舞っていても、彼女には深刻な過去がある。今でも時折悪夢にうなされる。それでもエルナは勇者として、聖女として毎日健気に生きている。今日のエルナはセドリックから花束をもらって喜んでいた。悪夢にうなされた直後なだけに余計嬉しかったのだろう。アレルはエルナに対してできる限りのことをしたいと思った。
そう思った直後、アレルの中にも暗いものが湧き上がってきた。

「親に殺そうとされる………子供を直接殺そうとする親と、子供を苦しめて自殺に追いやろうとする親と、どっちがいいんだろう………」
「アレル君!?」
「あ……ごめん……何でもないんだ……」

ふと頭の中によぎる、暗いもの。アレルは心配するセーディーを振り切ってその場を去った。





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