「アレル君じゃないか、誰か待ってるのかい?」

そう言って声をかけてきたのはフォルスだった。セドリックに対しては恋のライバルとしていがみ合っているが、アレルには好意的である。

「エルナ姉さんが、仲間の最後の一人を紹介するって」
「ああ、ラウールのことか」
「あなた達のパーティーは勇者のエルナ姉さん、フォルス、セーディーさん、賢者のベラルド様、そしてラウールってお兄さんの五人なんだってね」
「そうだよ。でもラウールはいつも表には出てこないんだ。普段は国の諜報機関に属している。スパイとかが仕事でね」

フォルスはアレルの隣にやってきて座った。

「ラウールは優秀な国のエリートさ。美男子ですらりとした長身で女にモテモテ。本当は帝国一の剣士で頭も切れる。美男子としての条件は一通りそろってる。人間としてもパーフェクトさ。でもそんなことは何でもないように振る舞ってる」
「へえ、それじゃあ妬むやつもいるだろうな」
「そうだなー。俺もあいつくらい背が高かったら、あのセドリックとかいうやつにも馬鹿にされないのに」
「う~ん…そんなパーフェクトな美男子がいるのにエルナ姉さんはなんとも思わないの?」
「お互いに恋愛対象としては見てないみたいだな。好みのタイプが違うんだろう。セーディーともおんなじさ」

アレルはさりげなくセドリックのことを考えた。賭博師としてカジノを好む、堅気の人間ではない。そんな男が聖女として聖職者最高位の地位についているエルナに言い寄っているのに、周りはそれを特に気にしていないようなのは意外である。エルナ自身もそれを気にした様子はない。
アレルは今度はこれから会うラウールという青年について考えてみた。随分とパーフェクトに条件が整った人物のようだ。

「そのラウールってお兄さんのこと、妬ましくなったりする?」
「いや、もう付き合い長いからなー。あいつのいいところも悪いところも知り尽くしてる。僕が思うに、嫉妬の感情っていうのは、相手のいいところばっかり目にいくから妬ましくなるんだと思うよ。相手のいいところも、しょうもないところも嫌というほど知り尽くしてしまえば、そんな気もなくなるよ」
「そうかなあ」

世の中にはもっと劣等感で歪んだ人間もいると思うが、フォルスは人のよい素直な性格だ。そこまで人を悪く思うことはしないのだろう。

「ラウールは一見ワルを装ってるけど、実はとてもいい奴なんだ。仲間として、あいつのことは信じていいって言っていい。でもちょっと変わった奴でね」
「へえ、どんな風に?」
「地位や名声、名誉に興味が無いんだ。たいていの人は人間社会で生きていく中で、他人に認められたいと思ってる。少しでも人から高い評価を得たいと思う。出世しようとがんばったり、中には権力争いする人さえいる。でもラウールはそういうことに興味がないみたいなんだよ。優秀な奴なのに、表には出て来ずに、影の世界で生きようとする。帝国一の剣士の座だってセーディーに譲って、自分は諜報機関で暗躍している。人より優れたところがいっぱいあるのに、高い地位についたり人々の称賛を浴びたりするのを嫌がるんだ。他にもラウールは困った人を見ると放っておけない性分でね、今までも多くの人々を救ってきた。エルナとは違った形でね。でも自分が助けたことを相手に知られるのを極端に嫌がるんだ」
「ふーん…つまりそういう意味で変わってるんだ」
「そうなんだよ。僕にはよくわからない。人間社会で生きていくんだから、一人でも多くの人に認められたいよ。評価されたいよ。そうすれば僕はこれからもがんばろうって気になれる。誰も僕を認めてくれなかったら、人間として腐ってひねくれてしまうだろう。出世だってしたいと思うし、権力争いは嫌だけど、他人に認められるってことは、それを励みに自分をどんどん高めていこうって気になれるじゃないか。ひたすら自分の信じた道を進んで、人に認められて称賛を浴びるのはとても嬉しいよ。僕は自分のことも大切だけど、同じくらい他人からどう思われるかも大切なんだ。だって人と関わり合いながら生きているんだから。山奥で一人暮らししてるんじゃないんだからね。人と関わる以上、他人の中の自分がどんな存在かは常に気になるよ」
「うん、わかるな、それ」
「だろ?だから僕はラウールのことがよくわからない。あいつには変なこだわりがあるんだ。人助けをしても相手に自分が助けたことを知られるのを嫌がる。普通、困った人を助けて感謝されたら嬉しいじゃないか。自分がやったことが相手の為になったんだと思えば、ああ、いいことしたなって気分になる。だけどラウールは嫌がるんだ。相手に気づかれないように相手を助ける。そうじゃなきゃ嫌だっていうんだよ。本当に変な奴。悪いことをしてたのがバレても堂々としてるのに、いいことをしてたのがバレると、急に慌てるんだ」

その時、エルナがラウールを連れてやってきた。確かにすらりと背の高い美男子である。

「アレル君、私の仲間の最後の一人を紹介するね。このお兄さんがラウール、普段は諜報機関に所属しているんだ」
「よろしく」
「よろしく。あんたのことは今フォルスから聞いたよ。本当の帝国一の剣士はあんたなんだって?セーディーさんより強いって聞いたぜ。なあ、俺と手合せしてみないか?」

アレルはいつになく好戦的だった。

「おいおい、いきなりそれかよ」
「わーい!アレル君とラウールの練習試合、私も見てみたいー!」
「僕もー!」

ラウールは困った顔をしたが、エルナもフォルスも二人の練習試合が見れると聞いて喜んだ。四人は帝国騎士団の練習場へ向かった。

「へえ、ラウールも左利きなんだ」
「アレル君もか。奇遇だな。左利きはちょっとだけ有利なんだぜ。みんな普段は右利きの相手と戦うのに慣れてる。左利きが相手だと少しやりにくいんだ」

セーディーの時はかなり遠慮していたアレルだが、ラウールに対しては好戦的だ。練習試合も早速自分から攻撃を仕掛ける。レイピアで素早く何度も突きを繰り出した。

(うわ、強ええな!こりゃ子供だなんて信じられないって言われるのも無理はねえぜ!)

ラウールは驚きつつ、落ち着いて戦う。アレルの方もラウールの剣の力量を測っていた。

(やっぱり勇者の神託を受けたランドよりは一歩劣るな…でも…リュシアン殿下とほぼ互角だ…!)

リュシアンとラウールでは戦士としてタイプが少し異なる。リュシアンは力任せの攻撃より素早さやテクニック重視の戦い方を得意とする。ラウールは力、スピード、テクニック、全て均等に優れている。体格も、リュシアンもラウールも細身でしっかりしているが、ラウールの方が頑強でタフだった。正式な剣術を修めたという点ではリュシアンの方が勝る。だが、剣術の型や騎士としての試合の礼儀などお構いなしの乱戦なら、ラウールの方がずっと実戦経験を積んでいるようだった。

「よし!決めた!この国にいる間は毎日ラウールと剣の稽古するよ!」
「え…」
「いいだろ?お互い剣の腕が上がるぜ!」
「参ったな…」

二人の練習試合が終わった後、エルナとフォルスは顔を見合わせた。

「やっぱりアレル君は強いんだね~」
「ラウールでもかなわないなんて」



その後、アレルはラウールと二人で話をすることにした。影の世界で生きることを好むラウールはアレルを避けたがったが、アレルの方は先程のフォルスから聞いた話で興味を持っていた。

「俺はな、あんまり注目浴びるの好きじゃねえんだよ。みんなにもてはやされるとか、昔からそういうの苦手でさ、そんなことされたら落ち着かなくなるんだよ。俺は俺の好きなように生きていきたい。他人にあまり干渉されたくない。フォルスみたいな奴には納得いかねえみてえだが、俺には今の生き方が性に合ってる」
「他人に評価されるより自分の好きに生きていきたいんだね。それで人助けをしても相手に知られたくないって?」
「俺には俺なりの考えがあるんだよ。別に見返りが欲しくて助けたわけじゃない。俺が助けようと思ったから助けたんだ。なんつーかさ、他人からいい人だと思われるのって落ち着かねえ。フォルスなんかはいい人だと思われるのに一体何の問題があるんだって言う。人とうまくやっていくのに自分がいい人と思われるのは大事なことだって。でもよー、他人からいい人だと思われるのって、そんなにいいことじゃねえぜ。俺が思う以上に当てにされちまう。『この人に頼めば大丈夫』とか、悩み事なら『君ならわかってくれるよね?』って、どんどん相手が自分に依存してくるんだ。こいつに任せとけばいい、やらせとけばいいって、ずうずうしくどんどんつけあがる奴だっている」
「…うっ!なんかそれ、すっげー心当たりがある」
「そうなると人間関係煩わしくていろいろ厄介なことになる。他人から高い評価を受けて、いい人だと思われて当てにされると碌なことにならないぜ。だから人助けをしても、それを相手に知られない方がいいんだよ。人は親切にされることに慣れると他人にばかり依存するようになる。やってもらって当たり前だと思うようになって、ずうずうしくなる。だから世間から高い評価は受けない方がいいし、他人からいい人だと思われない方がいい。別に悪い人だと思われる必要はない。影の世界で生きて、適当にワルだと思われとけば、誰も俺を当てにしない。俺は俺のやりたいようにできる」
「……………そうか……………」

アレルはラウールの考え方に感じることがあった。

「ラウール、ありがとう。参考になったよ。かつての俺はひたすら真面目に、誠実に生きようとした。そして絶望を味わった。今おまえが言ったような生き方をしていればよかったのかもしれない。俺はこれからどうやって生きていくか、自分なりの生き方を模索していかなければならない」
「……………」(やっぱこの子8歳じゃねえな……………)

アレルの謎は未だ判明していない。結局どういうことなのか。この帝国に滞在していれば記憶の一部を取り戻すらしいが、一体何が起こるのか。





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