負傷していたエルネスティーネの部屋にものすごい勢いで血相変えて入ってきたのは――

「こ、皇太子様?」
「エルネスティーネ、無事か!四肢を負傷したと聞いたぞ!私が聞いたところでは――ああ、もう治療されたのも聞いているが、大丈夫なのか!」

ルドネラ帝国皇太子アレクシスはエルナの元へ駆け寄った。エルナは目をぱちくりさせている。

「ああっ!なんということだ!私に戦う力がないばかりに、いざという時そなたを守ってやることさえできない!私は何て無力なんだ!エルネスティーネ、そなたのようなか弱い女性が勇者の神託を受けるなど、私は納得できない。今回もそうだ。魔族との戦いでどんな酷いことが起きるかわからない。…くそっ!そなたを負傷させた魔族はどこだ!私自ら斬り捨ててくれる!」
「あ、あの、皇太子様?」
「そなたが勇者として戦いに出向くのを、いつも私はもどかしい気持ちで見ていた。エルネスティーネ、私はそなたに戦いなどして欲しくない。聖職者として、聖女として国の安全な場所にいて欲しい。何か危険があれば私が皇太子としての全ての権限を使ってでも守ってやりたい。私自身も剣の腕を磨いてそなたを直接守れるくらいになりたいと思っていた」

アレクシス皇太子の様子を見てアレルは思い当たった。

「殿下?女戦士に恋してるって言ってたけど、もしかして…」
「そうだ。エルネスティーネ、この際はっきり言おう!私はそなたを愛しているのだ!私の妃になって欲しい。私の剣の腕は人並みだ。勇者としてのそなたに同行できる程ではない。だが!皇太子として、いや、一人の男としてそなたを守ってやりたいのだ!そなたは不幸な生い立ちにもかかわらず、いつも無邪気で笑顔を絶やさない。勇者としても聖職者としても健気に生きている。私はそなたのそんなところが好きだ。私はそなたの支えになってやりたい。守ってやりたい。エルネスティーネ、愛している。私の全てをかけて、全身全霊を込めてそなたを愛している。どうか、私の妃になってくれ!」

周りの人間は唖然としていた。アレクシス皇太子が女戦士に恋しているという話は聞いていたが、相手がエルナだとは思わなかったのだ。エルナは女勇者として弓の名手でもあるし、確かに女戦士ではある。エルナはあどけない表情でアレクシスを見る。

「皇太子様、結婚したら私のこと大事にしてくれる?」
「もちろんだ!」
「じゃあ私も皇太子様と結婚したい」

エルナは無邪気に笑った。アレクシスはエルナを抱きしめた。もう離さないとばかりにしっかりと。



その後、セドリックとフォルスはしばらく放心状態だった。特にセドリックは今までの人生で初めて脈アリだっただけに、呆然とせずにはいられなかった。せっかくだいぶいいところまでいったのに、急に他の男にかっさらわれたのである。しかし相手は皇太子だ。身を引かざるを得ない。

「エルナちゃん…せっかくいいところまでいったのに…生まれて初めて『背が高くてカッコいい』って言ってくれた女の子だったのに…」
「それを言うならあんたより皇太子殿下の方が『背が高くてカッコいい』よ」
「黙れっ!」
「僕達より背が高くてカッコよくて、皇太子の身分で、あれだけ熱愛してるんじゃ、勝ち目ないよ」
「ううっ…」

少し離れたところでアレクシス皇太子はアレルと話していた。

「アレル君、前に話していたことを覚えているか?男には二通りのタイプがいる。愛する女性の真の幸せを願って、相手他の男に譲る。そんなタイプの男と自分が本当に恋焦がれている女性が他の男と結ばれるなど耐えられないというタイプと。どっちが本当に誠実な男なのか。私なりに結論を出したのだよ」
「へえ、それでどっちだと思ったの?」
「本当に愛しているのなら、他の男に任せず意地でも自分が幸せにするべきだ!己の全てをかけて妃を愛する!他の男には絶対に渡さん!」

アレクシス皇太子の気迫と意気込みはすごかった。セドリックもフォルスもあれほどひたむきにエルナに求愛できるかと思うと、引かざるを得なかった。恋敵としては完全に戦意喪失だ。

「二人共残念だったな」
「あ!ラウール!おまえ知ってたのか?」
「そりゃあね。俺は仕事の立場上皇太子殿下のそばに仕えることも多いからな」
「教えてくれたっていいじゃないか!そうしたらもっと早くエルナのことあきらめてたのに」
「殿下のプライバシーに関わることをしゃべるわけないだろ?」
「ううっ…」



エルナは女帝アレクサンドラの元へ来ていた。

「私が皇太子様と結婚したら、女帝陛下が私のお母さんになるの?」
「そうですよ、エルネスティーネ。そしてあなたは皇太子妃、未来の皇后になるのです」
「えーっ!?私が?」
「エルナ、これからは私にとってあなたは娘。あなたも私を母と思って良いのですよ」

ルドネラ帝国の女勇者であり、聖女でもあるエルネスティーネがアレクシス皇太子と婚約した。この知らせは帝国中にあっという間に広まった。国民達の間では祝福されているようだ。元々聖女として評判のいいエルナが皇太子妃になることについて異存のなる者はいなかった。

「それにしても…」
「どうしたんだい、アレル君?」

セドリックは内心いじけていたが、今はアレルのそばにいることにした。

「皇太子妃が勇者だなんて…」
「それをいうならリュシアン殿下だって皇太子が勇者なんだぜ」
「ランドみたいにお姫様に恋してる男勇者がいると思えば、女勇者に恋してる皇太子がいるなんて。魔王との戦いに勝った女勇者は皇太子様と結婚していつまでも幸せに暮らしました、なんて後世に伝わったりして」
「そんな話聞いたことねえよ」

エルナは純粋に幸せそうにしている。セドリックを見つけると駆け寄ってきた。

「セドリック、ごめんね。私、皇太子様と結婚することになったんだ」
「いいんだ、わかってるんだ。俺は女にはモテない」
「そんなことないよ。セドリックだって十分カッコいいよ。ホントだよ」
「ううっ…!本気でそう言ってくれるのか!」
「うん!セドリックにもきっといい女の人ができるよ!」

その後、エルナは聖職者としての公務と婚約のことで忙しくなった。アレクシス皇太子はエルナを溺愛していた。エルナの美しさ、可愛らしさと健気さと、次々と賛美する。周りの者が聞くに堪えないほどその溺愛っぷりはすごかった。そんなアレクシスに対し、エルナは笑顔で応じていた。
婚約したにもかかわらず、なかなか二人の時間が取れないアレクシスとエルナ。本当に二人きりになれる時がほとんどないのだ。そんな時、エルナは自らアレクシスの部屋を訪ねた。

「皇太子様、お願いがあるの」
「何だエルネスティーネ。そなたの頼みなら何でも聞こう」
「二人きりの時はアレクシスって呼んでもいい?」
「な、なんだそんなことか。もちろんだ。私達は夫婦になるのだからな」

そう言って思わず赤面せずにはいられないアレクシスだった。

「じゃあ私のこともエルナって呼んでよ」
「おお、もちろんだ!エルナ、そなたは私にとって至高の女性だ」



ルドネラ帝国の女帝アレクサンドラは息子の皇太子アレクシスと皇太子妃になるエルナを見比べた。

「気難しくて融通が利かないアレクシスと無邪気なエルナ。夫婦としてはお似合いかもね。エルナは国民に人望があるし」

アレクシスはエルナを溺愛している。その愛情がエルナの暗い過去を癒してくれれば良い。逆にエルナの無邪気さはアレクシスの心を癒すだろう。



一方アレルは――

「俺の記憶の一部は戻ったけど、まだわからないことがたくさんある。わかったのは、自然を操る力と動物と話ができるのは赤ん坊の頃から森で育ったから。俺が毒が効かない体質なのはまだわからない。俺は聖剣の使い手のはずなのに暗黒剣も使いこなせた。それに俺の愛剣エクティオス。あの森にいた時から持ってたんだろうか。もっとちゃんと聞いておけばよかったな」

アレルの愛剣エクティオスは美しい装飾が施されたレイピアだ。アレルにとって唯一の記憶の手がかりのはずなのだが……記憶を失って目覚めた時から持っていた。エクティオスについて知っている人間がいればアレルの素性もわかるのではないか。推測では何者かが薬か魔法を使ってアレルを赤ん坊の姿にしたのではないかという。それは一体何者なのか。
アレルは自分の親についても考えた。実の両親は未だ不明だが、育ての親はいる。今までわかったことを整理してみると、まずアレルは森の中に突然赤ん坊の姿で現れた。そしてその森にいる妖精族に育てられた。三歳頃まで幸せに暮らしていた。その後、魔族の襲撃により森は焼け野原になり、母親だった妖精も森の動物達も死んでしまった。その際、母親の妖精フェリアは森にあったテレポートストーンでアレルをどこかへワープさせたらしい。場所の指定をする時間もなく慌ててワープさせたという。

「…だいぶ思い出してきた…気がついたらそこは森じゃなくて砂漠だったんだ…そして父さんに拾われて…」

アレルの育ての父親はユーレシア大陸の砂漠地帯の人間であることがわかっている。つまりグラシアーナ大陸からユーレシア大陸まで一気にワープしてしまったのか。随分遠くまでワープしたものだ。それならグラシアーナ大陸の魔族が行方を追うことは不可能であろう。初めは妖精族の女に育てられ、次は人間の男に拾われた。幼少時から随分と波乱に飛んだ人生を送っているものだ。

「それで砂漠地帯で父さんに拾われて…そこから先があまり思い出せない。俺の記憶では、父さんは大柄でがっしりとした体格で豪放磊落な人だったな。…それで、一体何が起きて記憶を失ったんだろう?記憶喪失で目覚めたらナルディアにいたけど」

まだまだわからないことが多過ぎる。父親に会えば記憶が戻るだろうか。実の親子ではないが、まだ自分を気にかけてくれているのだろうか。





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