アレルの育ての父親はユーレシア大陸の砂漠地帯にいるらしい。少しずつ記憶を取り戻したアレルはユーレシアに渡り、父親に会いにいこうとしていた。
その砂漠地帯では、現在魔族の不穏な動きが強まっていた。砂漠では凶悪なモンスターが徘徊し、治安が非常に悪くなっていた。
ユーレシア大陸で勇者の神託を受けているのは現在、北ユーレシア大陸の大国、ルヴァネスティ王国の第一王女アデリアスがいる。アレルと同じ八歳であるが、アレルと違い、本当に八歳の少女である。一年前、七歳で勇者の神託を受け、魔族達の襲撃をなんとかかわし、魔将校の一人を倒すことに成功している。あれから一年、アデリアスのモンスター討伐の活躍により、ルヴァネスティ王国の領土の治安は良くなった。大国の王女であり勇者であるアデリアスは、砂漠地帯に魔族の不穏な動きがあると聞き、自ら砂漠へ向かおうとしていた。

「お母様、わたくし、勇者として砂漠地帯へ向かいますわ。この国は女王であるお母様にお任せします」
「アデリアス、まだこんなに小さいのに…本当はまだ親に甘えて遊んでいていい歳なのに………わかりました。気をつけるのですよ」

ルヴァネスティ女王ブリュンヒルデは娘のアデリアスが幼いながら勇者として戦わなければならないことを嘆いていた。それでもアデリアスは健気に勇者としての務めを果たそうとしていた。

「砂漠地帯には神託を受けた勇者はいるのかしら?それともこれから現れるのかしら?」

一年前のことを思い出す。まだ実戦経験の無いアデリアスを助けてくれたのはジャネットという女性だった。

「ジャネットさんも砂漠地帯の出身だったようだけど、また会えるかしら?」



ここは砂漠地帯。乾燥した空気と焼け付くような日の光。一年前アデリアスを助けてくれた女性、ジャネットは砂漠の町に滞在していた。ジャネットは剣士として相当腕が立つが、見た目が肉感的な美女の為、女戦士として生きようとしても必ず何らかのトラブルが起きた。小さい頃から後ろ暗い世界で生き延びてきた彼女は、いわゆる水商売をして過ごすこともあった。生きていく為なら何でもした。その日のジャネットも誰か客を取ろうとしていた。商売とはいえ、なるべくいい男を捕まえたいものだ。
その時、大柄な男がこちらへやってきた。

「おい、女、おまえはいくらだ?」

まるで品定めをするような目でジャネットを見る。しかしその目は娼婦としてジャネットを見ているのではなかった。それは戦士として品定めをするような目つきだった。

「……あんた、一体どっちの意味であたしを買いたいんだい?」
「女、おまえ相当できるな。…へっ、娼婦なんてしけた商売やめちまえやめちまえ。俺が戦士としておまえを買ってやる」
「あたしを戦士として雇ってくれるってのかい?」
「おうよ!戦士に男も女もねえ。俺についてきな!」



男について行った先は、盗賊団のアジトだった。どうやら男は盗賊団の首領らしい。性別問わず強い戦士を集めているそうだ。

「ここは俺のラハブ盗賊団のアジトだ。この砂漠地帯最強の盗賊団なんだぜ。俺は首領のシャハルカーン。女、おまえの名は?」
「あたしはジャネット。…これは随分と大規模な盗賊団だね。見たところ砂漠の民だけじゃなくて東洋人や西洋人も交じってるじゃないか」
「俺は民族にはこだわらねえ。細けえことは気にしねえ主義なんだ。それよりジャネット、ここ最近の砂漠地帯はやたらとモンスターが増えたと思わねえか?それに人間達も憎しみ合ってばかりで争いごとが増えた。何かがおかしい。思えばアレルがいなくなってから悪い事ばかりが起きるようになった気がするが…」
「アレル?」
「俺の息子だ。ある日行方不明になってな。あれから一年、未だに手がかりがつかめねえ。どうやらもうこの砂漠地帯にはいないみたいだ。…くそっ、一体どこいっちまったんだあいつは…」

ラハブ盗賊団の首領シャハルカーン。この男こそが砂漠地帯にいるアレルの父親だった。

「俺の目的は二つ。息子のアレルを探すこと。そしてこの砂漠地帯の荒廃ぶりをなんとかすることだ。その為に強い戦士を集めて勢力を拡大している。魔族共が不穏な動きを見せているようだが、この砂漠は俺が守ってみせる」
「そういうのは神託を受けた勇者の役割なんじゃないのかい?」
「ああん?じゃあ何か?『この地にもきっと勇者様が現れるに違いない』『きっと勇者様がこの地に平和をもたらして下さる』とか言って祈ってりゃいいってのか?俺はそういう他力本願なのは嫌えなんだ。俺をはじめ腕の立つ戦士はいくらでもいる。神の神託なんか関係ねえ。戦う力のある奴が魔族と戦い、この地に平和をもたらす。人間社会の平和は人間達一人ひとりが動くことで実現する。たった一人のヒーローに任せっきりじゃいつまで経っても世の中よくならねえよ。真の平和は皆が自分自身の力でつかみ取るんだ」

砂漠地帯には未だ神託を受けた勇者は現れていなかった。治安だけが悪くなる一方である。それまで盗賊団の首領として好き勝手に生きてきたシャハルカーンだったが、近年の砂漠の現況を見て、この地を平和にすべく立ち上がったのである。シャハルカーンは大規模な盗賊団を束ねるカリスマを持ち、砂漠の平和に向けてモンスター退治の日々を送っていた。盗賊団の首領なだけあって生まれや育ちに関係なく、有能な者は全て仲間に加えていった。その中で行方不明になったアレルの手がかりも探していたのである。

「アレル…砂漠地帯にいねえとすると東洋まで攫われたか、それとも西洋か。東洋じゃあの赤い髪は目立つ。やはり西洋の方まで連れ去られちまったんだろうか…おい、ジャネット、おまえどこかで見なかったか?アレルって名前の赤い髪の男の子だよ」
「西洋なら去年まであたしはルヴァネスティ王国にいたけど、そんな子は見かけなかったね」
「そうか……あいつはなあ、ある日砂漠で一人で泣いてたところを俺が見つけたんだ。きっと親に捨てられたんだろう。そりゃもう可愛いガキだったんだぜ」
「実の子じゃないんだね」
「ああ?ま、細けえことは気にするな」

ラハブ盗賊団の情報網を使ってアレルの行方を探しているシャハルカーン。

「行方不明になったあの日、アレルは熱を出して寝込んでたんだ。そして俺が出かけた隙に何者かに攫われた。部屋にはあいつの飼い猫が殺されていた。それ以上の手がかりは何もねえんだ」
「……ねえ、あんた、その子は攫われてもう一年も経ってて、どうなったかわからないんだろう?それに実の子じゃない。………あきらめようと思ったことはないのかい?」

ジャネットがそう言うと、盗賊団の人々はざわついた。本当は皆そう思っていたが、面と向かってシャハルカーンに対して言うことはできなかったのである。それに対し、シャハルカーンは特に気を悪くした様子もなく答えた。

「これは俺の勘なんだけどよ、あきらめずに探していればいつか会えるような気がするんだよ」

その日、ジャネットはラハブ盗賊団の一員になった。豪放磊落なシャハルカーンは遠慮のない物言いをするジャネットが気に入ったようだった。
翌日、ジャネットは他の戦士達と手合せをすることになった。ジャネットは二刀流で戦う剣士だった。重い鎧は身に着けず、軽装備で軽やかに舞う。シャハルカーンはそんなジャネットの戦いぶりを黙って見ていた。ジャネットは他の戦士達と比べてもかなり腕が立つ。戦士として戦わせないのはあまりにも勿体無いと思った。

「ジャネット、おまえ、なかなかやるじゃねえか」
「親父が剣士だったからね、小さい頃から相当仕込まれたのさ」
「今度は俺とやるか?」

シャハルカーンは曲刀を抜いた。ジャネットの戦士としての腕前を高く買ってくれているが、この男自身も相当な使い手だ。本当に強い戦士は見ただけでも相手の力量がわかる。だがジャネットは怯むことなくシャハルカーンに向かっていった。
アレルの父シャハルカーンも戦士として相当強かった。大柄な体格と鍛え上げられた筋肉。体格差だけでも圧倒されてしまう。力任せの攻撃も得意であり、盗賊団の首領なだけあって、見た目よりかなり素早い動きをする。ジャネットは苦戦した。

「……これくらいにしておこうか」
「……チッ、あんたやるじゃないか」
「お頭!俺達とも手合せして下せえ!」
「おう!おまえらまとめてかかってこい!」

盗賊団の手練れの戦士達が一斉にシャハルカーンに向かってきた。練習試合ではあるものの、手加減はなし。そんな中、シャハルカーンは部下達の攻撃をどんどん打ち負かしていった。まるで一騎当千の戦いぶりだ。それは多勢に無勢の戦いも生き延びてきた戦士ならではの戦い方。そのうちに向かってきた部下達を全員負かしてしまった。ジャネットは思わずその戦いぶりに見とれてしまった。
練習試合が終わってもジャネットはシャハルカーンを見てばかりいた。

「おう、どうした?俺があんまりいい男だから惚れたのか?」
「……馬鹿言ってんじゃないよ!」

シャハルカーンは豪快に笑った。




一方、ユーレシアの魔族達は最近砂漠地帯で勢力を増してきたシャハルカーンという男がアレルの義父であると知り、動揺を隠せなかった。

「最近力をつけてきた目障りな男、ラハブ盗賊団の首領シャハルカーン。奴があの勇者アレルの育て親だというのは本当なのか?」
「勇者アレルは一年前グラシアーナ大陸のヴィランツ帝国に突如として現れた。だが我々の調査によると、シャハルカーンは一年前から行方不明になった息子を探していて、その息子の名がアレルだという。本当に同一人物で間違いないのか?」
「勇者アレル。随分と謎の多い子供だ。いや、本当は子供かどうかもわからない」

アレルが一体何者なのか知りたいのは魔族達も同じである。魔族達はシャハルカーンに接触を試みようとしていた。



北ユーレシアの大国ルヴァネスティ王国では勇者の神託を受けた王女アデリアスが砂漠地帯へ向かう準備をしていた。今回同行するのはアデリアスの父ラドヴァンだけだった。

「お父様、本当にわたくし達だけで大丈夫でしょうか?」
「アデリアス、砂漠地帯はこのルヴァネスティとは違うんだ。文化も違えば人々の考え方も我々とは大きく異なる。それに見知らぬ土地へ行くのだ。現地で味方を探した方がいい。誰か砂漠地帯に詳しくて腕の立つ者を探そう。そのうち砂漠でも神託を受けた勇者が現れるかもしれない」
「そうですわね。それに以前わたくしを助けてくれたジャネットさんのことも気になりますわ。わたくし、ジャネットさんに仲間になって欲しいのです。水商売をしていると聞きましたから、きっと水が貴重な砂漠にいるのではないかと思うのですけど…」
「…………………………」

アデリアスの父ラドヴァンは頭を抱えた。一年前アデリアスを助けてくれたジャネットという女性は相当腕の立つ剣士だったそうだが、娼婦でもあったらしい。まだあどけない娘に『水商売』の意味を教えるわけにもいかず、アデリアスには勘違いさせたままにしておいた。ジャネットは浅黒い肌をしていたというし、おそらくは砂漠地帯の出身であろう。アデリアスはジャネットを気に入っているようだから今でも会いたがっている。しかし娼婦などやる女性は勇者の一行に相応しいとは思えない。

「アデリアス、とにかく砂漠地帯へ向かおう。おまえが気にしているジャネットという女性がいるかもしれんし、まずは現地で情報収集をしなければ。聞けばモンスター討伐をしているのは国の兵ではなく、義賊の盗賊団だという。まずはその盗賊団について調べよう」

北ユーレシアの勇者アデリアス王女は父親のラドヴァンと共に砂漠地帯へ旅立った。
アレルの父、ラハブ盗賊団の首領シャハルカーンは砂漠の平和の為に戦いながら息子のアレルを探している。
果たして神託を受けた勇者は新たに現れるのだろうか。

アレルが幼少時の記憶を取り戻している頃、父のいる砂漠地帯では新たな動きが出ていた。





次へ

目次へ戻る