シャハルカーンは夢を見ていた。自分で夢だとわかるほど、夢の世界では様々な場所があり、何の前触れもなく移り変わる。その中にアレルを見つける。夢の中のアレルはひどく苦しんでいるようだった。

「アレルどうした?何をそんなに苦しんでるんだ?」

近づくとアレルは消えてしまった。その後、夢の中に魔物が現れる。砂漠の巨大な蠍のモンスターだった。ここは夢の世界。思い通りにならないが、いつの間にかシャハルカーンは剣を手にしていた。強固な殻を持つ蠍のモンスター。夢の中なのに攻撃を受けると身体に痛みが走る。蠍の毒にやられないように注意しながらシャハルカーンは戦った。
悪戦苦闘の末、蠍を倒すと、天空から神聖な光が現れ、天使が現れた。

「この砂漠地帯最強の戦士シャハルカーン。あなたに勇者としての神託を授けます」
「ああ?何だって?」
「あなたのカリスマ、勇猛さと世の中を正そうという正義感、あなたは勇者に相応しい人柄と実力を持っています」
「ふーん、そうかい。だが俺は断るぜ。俺は俺のやりたいようにやってるだけだ。勇者なんて肩書きはいらねえ。誰の指図も受けねえ。俺は俺自身のやり方で砂漠に平和を取り戻す」

天使はくすりと笑った。

「シャハルカーン、あなたが勇者としてこの砂漠に平和をもたらせば、息子のアレルの居場所を教えましょう」
「何っ!?」
「現在ルヴァネスティ王国の勇者がこちらへ向かっています。あなたはその勇者と共に悪の元凶と戦い、砂漠地帯を平和に導いて下さい」

シャハルカーンは天使を見つめた。彼の勘では嘘はついていない。だまそうという気もなさそうだ。

「あんたに言われなくても俺は砂漠の為に戦うぜ。だがアレルの情報は欲しいな。本当に教えてくれるんだろうな?」
「私達天使は嘘偽りは申しません」
「いいだろう」

シャハルカーンは信心深くはないのだが、どうやら神や天使は実在するようだ。下手な情報網より確実にアレルの手がかりが得られると思い、神託を引き受けた。



目が覚めると盗賊団のアジト内は騒々しかった。

「お頭!お頭の部屋がすっげえ神聖な光で包まれてたんスけど、一体何が起こったんですかい?」
「ん?ああ、天使が俺に勇者の神託を授けるとよ。そんなもんなくても俺は戦うってのに」
「お頭が勇者の神託を!」
「勇者シャハルカーン!すげえ!」

アジト内は大騒ぎになった。部下達が一通り騒いだ後、シャハルカーンは全員広間に集めた。

「神託に出てきた天使様によるとよお、ルヴァネスティ王国の勇者がこっちに向かってるらしい。で、そいつと手を組んで悪の元凶を倒せだとよ」
「それではその勇者を探しましょう」
「勇者ねえ……どうせどこかの青二才だろ?正義感の強い単細胞熱血馬鹿で、世の中のことをよく知りもしねえで正義感振り回す若造に決まってらあ。…けっ!いけすかねえ。きっと勇者様、勇者様っておだてられてその気になってるだけの若い兄ちゃんなんだぜ」
「ちょっとシャハルカーン、ルヴァネスティ王国の勇者って……」
「お?ジャネット知ってるのか?」
「まだ八歳の女の子だよ」
「……あ?」



ルヴァネスティ王国の勇者――アデリアスは父親のラドヴァンと二人で砂漠地帯の町の一つに到着した。現地で情報収集をしながら共に戦う戦士を探している。明るく健気に勇者としての務めを果たそうとしている彼女はまだ八歳。謎の多いアレルと違って本当に八歳の少女である。
盗賊団の首領であるシャハルカーンがアデリアスを見つけるのは容易いことだった。

「なあ、おい、マジかよ。あんなちっこくて可愛いお嬢ちゃんが勇者だって?アレルと同い年くらいじゃねえか。しかも女の子だしよお。神託を授ける神様って奴は一体何考えてやがんだ」
「お頭どうします?神託ではあの子と手を組んで砂漠に平和を取り戻すんでしょう?」
「なーんか調子狂っちまうなあ。あんな子が勇者じゃ大人共は保護欲かきたてられるぜ。……待てよ、これが神の作戦なのか?いかにも正義感ぶった兄ちゃんじゃなくて可愛いお嬢ちゃんを勇者にすることで、俺みてえなひねくれ者でも快く協力してやろうって気にさせる」

アデリアスの方は情報収集していくうちに、今この砂漠地帯で最も勢力を持っているのがラハブ盗賊団だということを知る。そしてどうもこの砂漠を平和にする為に強い戦士を集めて魔族と戦っているのだという。それならば協力して共に戦うべきではないか。

「ラハブ盗賊団……どうすればその盗賊団に接触できるかしら?」

盗賊団のアジトは不明。アデリアスは困っていた。その盗賊団の首領がすぐそばまで来ているのも気づかずに。

「あーー、そこの、お嬢ちゃん?」
「はい、何でしょう?」
「あーー、そうだ、飴でもやろう」
「まあ、ありがとうございます」
「お頭、何やってんスか!」
「うるせえ!……あーー、お嬢ちゃん、盗賊団のアジトを知りたきゃ俺が連れて行ってやるぜ」
「まあ、本当ですか?ありがとうございます。お父様、この方が案内して下さるそうです。参りましょう」
「アデリアス、その男が………いや、そうだな。それでは案内してもらおうか」

シャハルカーンはアデリアスを困った表情で見た。まだ子供で素直だし、人を疑うことを知らないような真っ直ぐで純粋な瞳。アデリアスと一緒にいる父親らしき男は既にこちらの正体に気づいているようだが、まあいい。シャハルカーンはアデリアスを連れて盗賊団のアジトに帰った。



ここはラハブ盗賊団のアジト。シャハルカーンが改めて名乗るとアデリアスは驚いた。

「まあ、あなたがラハブ盗賊団の首領だったのですね」
「お、おう。それで、お嬢ちゃんは本当に神託を受けた勇者なのか?」
「ええ、そうですわ。一年前神託を受けて魔王の手下の魔将校も一人倒しております。それからモンスター退治も行っておりますし、勇者としての務めは果たしておりますわ」

シャハルカーンはポリポリと頭をかいた。こんな小さな女の子と共に戦うというのか。神託の話をするとアデリアスは目を見開いた。

「まあ!あなたが砂漠地帯の勇者なのですね!わたくしの仲間ですわ!この北ユーレシア大陸の勇者の一人として、わたくしはこの砂漠地帯に平和をもたらす為にやってきたのです。シャハルカーンさん、勇者同士、共に戦いましょう!」
「っていうか、お嬢ちゃんは危ねえからここにいてくれや」
「そうはいきません。わたくしだって戦えますわ。この一年でだいぶ実戦経験を積みましたのよ」

シャハルカーンから見ればアデリアスはまだほんの幼い子供である。共に戦うなどもっての外。危険な目になど遭わせたくなかった。アデリアスの方は実戦を積み自信も持っている。シャハルカーンと共に戦えば砂漠地帯に平和をもたらすことができると思っている。

「お頭、あの女の子どうします?」
「参ったなあ…本人は戦える気でいるし、実際ルヴァネスティ王国ではかなり活躍していたらしいが、俺から見たらひよっこみたいな歳だしなあ」

アデリアスがやってきたことにより困っているのはもう一人いた。ジャネットである。一年前は行きがかり上アデリアスを助けたが、それ以上深く関わることを断り、ルヴァネスティ王国から出たのである。ジャネットは貧民街の育ちで、生きる為には汚いこともたくさんやってきた。勇者の一味に加わる気は無かったのだが…

「まあ!ジャネットさん、お久しぶりですわ!わたくし、またどこかで会えると信じてましたのよ!」

アデリアスはまだ子供である。無邪気な彼女はジャネットとの再会も純粋に喜んだ。アデリアスはまだ世の中の暗い部分を知らない。盗賊団といってもここの人達はみんないい人なのだと単純に思っていた。首領のシャハルカーンが勇者としての神託を受けたからには信用して問題ないと思った。神託を受けた勇者は味方同士だと思っている。そして盗賊団の一員であるジャネットも共に戦ってくれるのだと信じていた。

「参ったねえ…シャハルカーンが勇者の神託を受けるなんて思ってなかったし…」

アデリアスは純粋にジャネットに懐いてきた。困った顔をしていると、アデリアスに同行している父親のラドヴァンも同じく困った顔をしていた。

「ジャネット殿、一年前は我が娘アデリアスを助けて頂いたこと、大変感謝している」
「い、いいんだよ、そんなこと」

ジャネットはしどろもどろになった。



「シャハルカーンさん、どこへ行きますの?」
「あ?ああ、これからモンスター退治に行くんだ」
「それではわたくしも連れて行って下さいな。わたくしが勇者として戦えることを証明してみせますわ!」

アデリアスは自分が子供扱いされていることがわかっている。勇者として認めてもらうには戦いぶりを見てもらうのが一番だと思った。シャハルカーンに強引についていくアデリアス。砂漠のモンスターはどんどん狂暴化していた。戦う力がない者は町から出られないくらいに。そんな状況でもアデリアスは落ち着いて戦った。彼女は魔導士系の勇者。北ユーレシア大陸にある全ての魔法を修得している。他にエレメンタル召喚を得意とし、自分と共に戦わせる。思った以上に的確に呪文を唱え、敵を倒していくアデリアスの戦いぶりを見て、シャハルカーンはようやく勇者として認めることにした。だがあまりにも幼くて健気なので、何かあれば自分が守ってやらなければと思っていた。

そんな中、魔族達はシャハルカーンに接触を試みようとしていた。

「あの男が本当に勇者アレルの育て親なのか、確かめたい。アレルは謎が多いからな。幼少時どんな子供だったのか、少しでも手がかりを得たい」





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