アレルの育ての父親シャハルカーン。ラハブ盗賊団の頭領である彼は、砂漠地帯の治安があまりにも悪いのを見て、砂漠を平和にすべく戦っている戦士である。そんな彼はある日勇者の神託を受けた。勇者として砂漠に平和をもたらせば息子のアレルの居場所を教えるというのである。そして彼は神託を引き受けた。神託を授けた天使にはルヴァネスティ王国の勇者と協力して砂漠を平和に導くように言われた。そしてそのルヴァネスティ王国の勇者に会ってみれば、わずか八歳の少女だった。

「おう、お嬢ちゃんは国の王女様なんだって?」
「はい、そうですわ。わたくしはルヴァネスティ王国の第一王女。いずれはお母様の跡を継いで女王になるのですわ。我がルヴァネスティは代々女王が国を治めておりますの」
「じゃあ、お嬢ちゃんの国では男より女が偉いのか?」
「そんなことはありませんわ。わたくしの一族は全体的に女系なのだそうです。だから女王が多いだけですわ」
「うーむ、そうか」

砂漠地帯は男尊女卑の傾向が強い。そんな中でシャハルカーンはまだ女性を軽んじない方だった。『細けえことは気にするな』が彼のモットーである。強い戦士であれば男だろうと女だろうと部下にした。
八歳の少女であり、王女でもあるアデリアス。彼女はラハブ盗賊団のアジトでは主にジャネットと一緒にいた。アデリアスとジャネットは一年前、共に戦った仲である。アデリアスはジャネットに懐いていた。まだ勇者として神託を受けたばかりの彼女を助けてくれたのだから無理もない。王女の世話などやりにくいと思いつつ、ジャネットの方も仕方なく面倒をみていた。

シャハルカーンとアデリアスが合流してしばらく経ったある日――

「曲者!」
「お父様、どうなさいましたの?」

アデリアスの側には父親のラドヴァンがついていた。そのラドヴァンが何者か怪しい者を取り押さえていた。

「…くっ!ルヴァネスティ王国一の戦士ラドヴァン…油断した…」
「貴様、魔族だな!」

ラハブ盗賊団のアジト内に魔族が侵入したということで、アジト内は大騒ぎになり、更に厳重警戒することになった。取り押さえられた魔族はシャハルカーンの元に連れて行かれる。

「てめえ、このシャハルカーン様のアジトに侵入するたあ、いい度胸じゃねえか。もちろん覚悟はできてんだろうなあ。ああ?」
「シャハルカーンとやら、おまえがあの勇者アレルの父親だというのは本当なのか?」
「あ?」

捕らえた魔族によると、他の大陸にアレルという名の子供の勇者がいるらしい。その子供勇者とシャハルカーンが探している息子のアレルは同一人物なのか、それを知りたくて接触を図ったのだという。

「何い!うちのアレルまで勇者の神託を受けているだとお!冗談じゃねえ。あいつまだガキだぜ!こっちのアデリアスお嬢ちゃんといい、こんなちっこい子供に勇者の神託を授けるなんて、神様とやらは本当に何考えてやがんだ」
「我々が知る勇者アレルとおまえの息子のアレル、本当に同一人物で間違いないのか?」
「それならばおまえが知るその勇者アレルの姿を魔法で映して御覧なさい」

アデリアスがそう言うと、魔族は空中に魔法でアレルの姿を現わしてみせた。赤い髪に貴族的雰囲気の整った顔立ちの子供。砂漠にいた頃と服装こそ違え、それは間違いなくシャハルカーンが息子として可愛がっていたアレルだった。

「アレル!間違いねえ、俺の息子だ!あいつが他の大陸で勇者としての神託を受けてるだと?おい、おまえ、その他の大陸ってのはどこだ?」
「ふん、そのようなこと教えてやるものか」
「何だと、コラァ!」
「ゲフゥ!…こ、この程度の暴力になど屈しないぞ。シャハルカーンとやら、あのアレルという子供、普通の子供と比べてどこか変わったところはなかったか?」
「あん?」
「勇者アレルには謎が多い。上辺は子供の姿をしているが、本当に子供なのかわからない。戦闘能力も脅威だ。大人のような物言いをすることも多いという話だぞ」

魔族はなんとかシャハルカーンから幼少時のアレルについての情報を聞き出そうとした。

「変わったところ…ねえ…どんなガキでもちょっと変わったところぐらいあるだろ。細けえことは気にするな」
「いや、細かいところじゃない!勇者アレルは本当に普通の子供ではないのだ!どんな些細なことでもいい。変わったところはなかったのか?」
「う~ん、そうだなあ…」

シャハルカーンは首を捻った。

「あいつ、捨て子だったからかもしれねえが、あんまりしゃべらねえガキだった。一人で遊ぶのが好きでよお。他のガキほどやんちゃじゃなかったな」
「他には?」
「そうだなあ…あいつ、かくれんぼが得意だった。あのちっこい身体でどこにでも上手く隠れちまうもんで、いつも探すのに一苦労だったぜ」
「他には?」
「そうだなあ…あいつは知恵の輪が得意だった。どれも簡単に外しちまう。かしこいガキだった。錠前外しもお手の物でよお。あいつを閉じ込めようったって無駄だぜ。ちっこい身体でどこにでも入り込むわ、閉じ込められても錠前外して出てくるわ。あれであともう少しやんちゃだったら手を焼いてるところだ。アレルが他の子供と比べて変わってるのはそれくらいだな」

・・・・・・・・・・

「別に普通の子じゃないのかい?」とジャネット。
「そ、そんなことはない!きっとまだ幼過ぎたんだ!」
「おい、コラ、魔族野郎!それでアレルは今どこにいるんだ!教えやがれ!」
「教えてなどやるのものか!」

魔族は必死に逃げようとしたがシャハルカーンは逃さない。そこへアデリアスが割って入った。

「シャハルカーンさん、あなたの息子さんの情報の他に、わたくしも知りたいことがありますわ。それはこのユーレシア大陸の魔王について。この大陸には魔将校と呼ばれる実力者達がおります。魔将校は他の大陸の魔王と同じくらいの強さなのだそうですわ。ですが、その魔将校達を束ねる魔王が一体どのような存在なのか、正体は全く謎に包まれています。この大陸の魔王は一体どこにいるのか知りたいのです」
「フン、小娘!あの方はおまえなどに興味はないぞ。あの方は勇者アレル以外、どんな勇者にも興味はない!」
「アレルには興味あるってのか?こりゃ親としてほっとくわけにはいかねえな」



結局、その魔族から得られた情報は、アレルが他の大陸にいること、ユーレシア大陸の魔王はアレルに興味を持っていること、この二つだけだった。逃げるのが不可能と悟ると魔族は自爆してしまったのだ。シャハルカーンは舌打ちした。



ジャネットは部屋で一人物思いに耽っていた。このままだと勇者と共に魔族と戦うことになる。シャハルカーンについていったのは自分を戦士として認めてくれたからだ。
ジャネットは鏡で自分の姿を見た。美貌もプロポーションも母親似だ。だが剣の腕は父親譲りだった。ジャネットは剣豪と呼ばれる父と娼婦である母の間に生まれた娘だった。父はジャネットに剣の才能があると見込むと、幼い頃から徹底的に剣術を仕込んだ。情け容赦なくあらゆる剣技を叩きこまれた。ジャネットも剣術は好きだった。女戦士として身を立てたいと思っていた。しかし母親譲りの美貌がトラブルを招いた。男との間でも、女同士でも。ジャネットは一つ所に留まることなく、各地を転々としていた。シャハルカーンに出会ってやっと気楽にやれるかと思えば勇者の神託に関わることになってしまった。生まれも育ちも良くない自分などが勇者と共に戦うなどあっていいのだろうか。剣の腕には相当の自信があるが、ジャネットは自分が勇者一行に相応しい人間であるとは思えなかった。

そんなことを考えていると、アデリアスが部屋に入ってきた。

「まあ、ジャネットさん、なんて格好をしていらっしゃるの?」
「やばっ!」

ジャネットはかなりだらしない格好をしていたので、慌てて居住まいを正した。

「お行儀が悪いですわ。淑女はあぐらをかくものじゃありません」
「あたしは淑女じゃないんでね。それにこの格好が楽なんだよ」
「まあ、そんな。わたくしがそんな格好をしていたら、ばあやに叱られますわ。それにこのお部屋も散らかってます。ジャネットさんがいつまでも片づけないのなら、わたくしがやりますわ」
「じょ、冗談じゃないよ!王女様にそんなことさせられないって!」

アデリアスは普段は王女である。母親である女王の他に躾役のばあやもいる。アデリアス自身もきちんとしていないと気が済まない性格だ。ジャネットのだらしなさと部屋の散らかりようを見て目を丸くしていた。

「ところで、ジャネットさんって誰から剣術を教わったんですの?」
「親父だよ。スケベだけど剣の腕だけは確かだった」
「まあ」

ジャネットの父は剣豪と呼ばれるほどの剣の達人だった。ある時、その剣の腕を見込まれて神託を受けた勇者に仲間に誘われたのだ。その後、その勇者と共に行方不明になった。ユーレシア大陸の魔王は正体不明。魔王を倒す旅に出た勇者は全て行方不明になっている。

「ジャネットさんのお父様は勇者一行の一員だったのですね」
「ああ。でもこの大陸の魔族達は深入りすると危険だ。とくに魔王って奴はね」
「わたくしは勇者の神託を受けております。世界の平和の為に魔王という存在を放っておくわけにはいきませんわ。ジャネットさんも共に戦って下さいな」
「あたしは今シャハルカーンと一緒にいるんだよ。この盗賊団の一員さ。お嬢ちゃんと一緒に行く気は無いよ」
「わたくし、あきらめませんわ」
「お嬢ちゃんはまだ知らないだけだよ。あたしみたいな育ちの悪い人間は勇者の仲間としても相応しくない。王女様と関わるような人間でもないしね」

アデリアスはジャネットを仲間にしたかった。これからも共に戦って欲しい。そんなことを考えながらもユーレシア大陸の魔王について思いを馳せた。全く正体不明の魔王。シャハルカーンの息子である勇者アレルにのみ興味を示しているとのことだ。そのアレルと手を組めば姿を現わすかもしれない。いずれは全ての神託を受けた全ての勇者と共に戦い、世界に平和をもたらさなければならない。アデリアスは幼い少女ながらも勇者としての使命を果たさなければならないと心していた。





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