ここはシャハルカーンの夢の世界。今は神の干渉によって特殊な状態になっている。シャハルカーンはザファード人の創造神、女神シャリスティーナと対面していた。美しく長い銀髪と美しく気高い美貌。シャリスティーナは厳しい目でシャハルカーンを見つめた。

「おまえがシャハルカーンね。盗賊団の頭領。ならず者のおまえがあの子の父親に相応しいとは思えないわ。あの子は由緒ある聖王家の血を引いているのよ。おまえとあの子では生まれも身分も違うのよ」
「ま、細けえことは気にするな」
「実の子ではない。だからおまえがあの子の父親になる義務はないのよ」
「ま、細けえことは気にするな」
「おまけに民族だって違うじゃないの。あの子は西洋人。おまえは砂漠の民じゃないの」
「ま、細けえことは気にするな」
「さっきからおまえ、そればっかりね!」

シャリスティーナは怒った。彼女の希望としては、アレルには由緒ある家柄の誠実な人間と関わって欲しいのだ。しかし八年前からアレルに好きなようにさせておくと、碌な人間としか出会わない。潔癖症のシャリスティーナは堅気の人間を好み、ならず者は大嫌いだった。

「あいつが特別な子供であろうとなかろうと、親が必要だ。あいつが実の両親と暮らしてるんならともかく、そうでなければ俺が親として育てる。何が悪い?」
「あの子の全てを知ってもそう言えるかしら?」

シャリスティーナはある映像を映し出した。

「これはザファード大陸の聖王家で起きた悲劇。そしてあの子がかつて犯した罪よ」
「……これは……」





「――そうか。事情はわかった。それでアレルは今どこにいる?」
「なっ!?おまえ、これを見てもなんとも思わないというの!」
「今あんたが見せたのが事実なら、あいつの実の親はもういねえってことじゃねえか。なら俺が引き取ってやらなきゃいけねえ」
「あの子には罪があるのよ!私はザファード人の創造神として、かつてあの子が犯した罪を許すことはできないの!」
「俺にはアレルのどこが悪いんだかさっぱりわからねえんだが」
「な、なんですって!?」

シャリスティーナは混乱しつつも、過去に起きた出来事をまくしたてた。彼女にとって、そしてアレルにとっては重大な罪を犯したことになるのだが、シャハルカーンにとっては何が問題なのかさっぱりわからないという。

「俺は盗賊団の頭だ。今までクズみてえなのいっぱい見てきたからよお。それに比べりゃアレルは真面目ないい子ちゃんじゃねえか。あいつのどこが悪いんだかさっぱりわからねえ。こんなことであいつを責めるのは筋違いだ」
「そうはいかないわ。あの子のおかげで数えきれないほどの死者が出た。それだけでも許されるものですか!」
「女神さんよお、あんた情状酌量って言葉を知らねえのか?」
「どんな善良な人間でも一生のうちに過ちを犯すことはあるわ。でもあの子のは許せないの!」
「潔癖症か」
「ええ、潔癖症で何が悪いの?私は人間の醜い心が大嫌い!わたくしの民だけでも邪な心を減らしたわ。汚らわしい人間の醜い欲望を持たないように!」

シャハルカーンはふうとため息をついた。

「女神さんよお、潔癖症は部屋の掃除だけにしときな。とにかく俺はアレルを育てる。要は前と同じ過ちを繰り返さなきゃいいんだろう」
「お、おまえ、これを見ても本当になんとも思わないの?」
「ごちゃごちゃ考えるのは俺の性に合わねえんだ」

シャリスティーナは急に泣き出した。アレルのことを責めないのが嬉しいのか悲しいのかわからない。八年前からずっとシャリスティーナは情緒不安定だった。

「わたくしは間違っていたというの?どうしてこんなことになったのかしら?ザファード人は他の人間より邪な心を持たないように創ったのに」
「ま、細けえことは気にするな」
「おまえ、よくもそんな口をきけるわね!」
「それよりアレルは今どこにいる?神託の天使とやらの約束通り教えてくれるんだろうな?」

シャリスティーナはしばらく嗚咽を漏らしていたが、やがて涙を拭いた。

「あの子なら今グラシアーナ大陸のルドネラ帝国宮殿にいるわ」
「はあっ!?グラシアーナ大陸だあ?なんでそんな遠くにいるんだよ!」
「空間の間で移動すればそれほど時間はかからないでしょう。ルドネラ帝国に着けばあの子はすぐに見つかるわ」
「確かだな?」
「ええ。……シャハルカーン、おまえはあの子の全てを知って尚、あの子を咎めないのね」
「咎める相手はアレルじゃねえだろ」

シャリスティーナは唇を噛みしめた。彼女は現在のアレルの状況が気に入らない。現在アレルのそばにはセドリックという賭博師がいる。堅気でない人間が保護者面してそばにいるのは気に入らない。ガジスも魔族だ。人間の誠実さ、真面目さとは無縁である。ガジスも本当は気に入らない。そしてこのシャハルカーンという男もだ。盗賊団の首領。早い話、犯罪者を束ねるリーダー、またしても堅気の人間ではない。その男がアレルの父親となってこれから育てるというのだ。シャリスティーナは潔癖症である。アレルは由緒ある家柄の、謹厳実直、生真面目、誠実な人柄の人間に育てられるべきだと思っている。そしてアレル自身も美徳を重ねて聖王家の血筋を引くものとして、聖剣の使い手として、勇者として立派な人間になって欲しいのだ。

しかしアレルを放っておいたら、どうも堅気の人間より、碌でもない素性の人間ばかり縁があるように見える。悪い遊びなど覚えて欲しくない。アレルが不道徳な、不誠実な人間に育つのなら創造主である自分自ら葬りさるべきかと考えたこともある。シャリスティーナは潔癖症で極端なところがある性格だった。どうも堅気の人間でない者を受け入れるというのができない。しかしわかっているのは、セドリックという男もガジスも、このシャハルカーンという男も、アレルの全てを知っても、全てありのままを受け入れるであろうということ。シャリスティーナは気持ちの整理がつかないままだった。

「…あの子は自ら神の加護を必要とせず、自分の好きなように生きているわ。あのような悲劇が起きたということは、わたくしの考えが間違っていたのでしょう。もうあの子には家族はいない。おまえがあの子の父親になるというのなら、おまえに任せましょう。シャハルカーン、アレルをよろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
(……全く、横柄だこと!わたくしが神だということを本当にわかっているのかしら?)

シャリスティーナは八年前からずっと情緒不安定だった。ザファード大陸の聖王家に起きた出来事について、未だに気持ちの整理がつかない。自分でもどうしたらいいのか答えが出ないまま、アレルを見守っていた。そしてアレルの出生について改めて考える。

(あの子はただの聖王家の人間ではない……元々生まれた時から特別な子……それは今でも変わらない……聖王家やザファード大陸の魔族との関わりを断ち切っても、『ダークサイドの者達』からいずれは接触を受ける……)

聖王家の聖なる力と強大な魔力、暗黒剣を使いこなす闇の力、そして自然界を操る力。アレルはこの先どのような人生の選択をしていくのか。
しかしまずは目の前のことだ。シャハルカーンという男はこれからアレルを育てるという。まずはどのようなことになるか見守ることにしよう。アレルはまだ八歳なのだから。



シャハルカーンは目を覚ますと、早速飛び起き、旅の準備を始める。その間に部下達に事情を説明する。

「それじゃお頭、この砂漠から出ていってしまうんですかい?」
「おう、仕方がねえ。この盗賊団は副頭領のサイードに任せる。ここに戻ってこれるのかどうかもわからねえが、おめえ達、上手くやってけよ」
「そんなあ~」

アデリアスにも事情を話す。彼女はルヴァネスティ王国の王女である。

「まあ、息子さんがそんな遠くの大陸に……わかりましたわ。それではまず、わたくしがワープ魔法でルヴァネスティ王国までお送りします。我が国には『空間の間』があります。南ユーレシア大陸のダイシャール帝国につながっておりますわ。ダイシャールの空間の間にはグラシアーナ大陸につながるものがあるそうですわ」

シャハルカーンはアレルの元へ行くルートについて情報をまとめた。

「あー、つまり、ルートとしてはまず、アデリアスお嬢ちゃんにワープ魔法でルヴァネスティ王国まで送ってもらう。んで、ルヴァネスティの空間の間でダイシャール帝国まで行って、ダイシャールの空間の間の一つからグラシアーナ大陸のルドネラ帝国宮殿内につながっている。そこにアレルがいる、と。よし!一気に飛ばすぞ!」
「お頭~この砂漠地帯はどうなるんですかい?」
「情けねえ声出すな!一応ぼんくらの王がいるだろ?」
「あんな何の為にいるのかわからねえような太っちょ王様なんて頼りねえ」
「凶悪なジンを倒すっていうヒーローの役割は終わったからな、後は人々が自分達でこの地域を平和にしていかなきゃいけねえ。そこに盗賊団の頭なんて用はねえはずだ」

盗賊団の者達はアデリアスを見た。初めて子供としてではなく、王女として見做した。アデリアスは同行している父親のラドヴァンと話していた。

「これから砂漠地帯の王達とも外交を進めて行かなければなりませんわね」
「そうだな。しかしそれは私や女王であるヒルデに任せておけ。おまえはまだ子供なのだからな」
「アデリアスお嬢ちゃんよお、またいつでもこの盗賊団を訪ねてきてくれよお」
「まあ、皆さん、ありがとうございます。この砂漠地帯を平和にしていく為に、わたくしも尽力しますわ」



シャハルカーンはアデリアスと共に砂漠地帯を去った。ワープ魔法でルヴァネスティ王国まで飛ばしてもらう。そして『空間の間』を使い、一気に息子のアレルの元へ向かおうとしていた。シャハルカーンにとってアレルは約三年間育てた可愛い息子なのだが、アレルの方は記憶喪失で育ての父親の記憶は曖昧である。おぼろげに、徐々に思い出しているところだった。あまり細かいことは気にせず、あれこれ深く考えることもしないシャハルカーンは今、息子の元へ向かい始めたのだった。





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