アレルは森の中を歩いていた。
 森はアレルにとって懐かしさを感じる場所である。森の中にいると自然と心が落ち着く。生い茂った青緑の木々。植物の匂い。小鳥の囀りや動物の鳴き声。上を見上げれば木々の間から差し込む木漏れ日が地面を照らしている。さわさわと爽やかな風が吹く。そんな森の中をアレルは木の実をかじりながら歩いていた。
 アレルは時々風を操って遊んでいた。自然を操る能力を持つ彼にとって、風は一番手近な遊び道具だった。
 天真爛漫に歌を口ずさみながら歩いていると、ふいに上から悲鳴が聞こえて何かが落ちてきた。
「うわあああー!」
 反射的に落ちてきたものを受け止めると、それは三人の小人だった。大人の人間なら手のひらの上に十分乗せられそうなくらいの大きさである。しかしアレルは子供なので小さな手で小人三人も受け止めることができるわけもなく、小人達はアレルの手の端や指にぶら下がっていた。アレルはしゃがんで小人達を地面に降ろした。地面に着地するなり、三人の小人達はわいわいと口喧嘩を始めた。
「ピピン、何やってんだよ! ちゃんと浮遊術使ってくれなきゃ困るじゃないか!」
「そんなこと言っても三人も浮かせるのは大変なんだよ!」
「危うく木から落ちて死んじゃうところだったんだぞ! ――って、うわあ! 人間だあ!」
 アレルに気づくと三人の小人達は口喧嘩をやめ、怯え出した。アレルはしゃがんで珍しそうに小人達を見つめる。
「へえ、小人族を間近で見るのは初めてだな」
 小人達は更に怯えた。子供とはいえ、自分達の何倍もある人間がすぐそばにいるのだから無理もない。
「うわあ! お、おまえ、あっちに行けよ!」アレルから後ずさる小人達。
「僕達を売り飛ばしたりしないで!」
 人間にとって小人族は珍しい。運悪く悪い人間に捕まったら売り飛ばされる。小人達の中では昔からそう言われてきた。
「安心しろよ。俺はおまえ達を売り飛ばしたりしないぞ。そういうのって大嫌いなんだ」
 アレルが安心させるように言うと、小人達はあっさりと警戒心を解いた。
「本当?」
 アレルが頷くと三人の小人は立ち上がった。
「良かったあ。助けてくれてありがとう。君がいなかったら僕達死んじゃうところだったよ」
「小人族が木の上で何してたんだ?」
「お宝探しだよ! 探検してたんだ」
「木の上を?」
「だってどこにあるかわからないんだよ。それより何かお礼をしなくちゃ。本来なら僕達の町に招待するんだけど…人間は大きすぎるから入れないよ。困ったなあ」
「それなら俺がおまえ達と同じくらいの大きさになればいいわけだ」
 そう言うなりアレルは呪文を唱え、たちまち小人族と同じくらいの大きさになった。
「わあ! 君、身体の大きさを変える魔法使えるの? すごい!」
「俺はアレル。おまえ達は?」
「僕がリーダーのカイルだ!」
「僕はニルス」
「僕はピピン。僕も少し魔法が使えるよ」
 カイルと名乗った小人は見るからにわんぱくそうだった。腰に剣を携えている。ニルスと名乗った小人も悪ガキのような雰囲気を湛えており、弓を持っていた。最後にピピンと名乗った小人は少々気が弱そうだった。魔法使いということで小さなロッドを持っていた。一見したところ、悪ガキ三人が探検して遊んでいたところ、木から落ちてしまったようだ。
「カイルにニルスにピピン、よろしくな!」
「うん、よろしく! それじゃあ僕ら小人の町においでよ!」

 カイル達小人族の町は木の幹でできていた。木の幹の部分を改造して住処にしているのだ。多くの木が立ち並ぶその下にたくさんの小さな家がある。さながら樹木都市とでもいうような光景が広がっていた。小人の大きさになると世界の全てが巨大になる。太陽も木も、いつも見慣れている大きさの何十倍もある。中に入ると小人達は皆、アレルを歓迎した。明るく陽気な者達が多く、彼らは鼻歌を歌いながら小さな畑を耕したり、木の実を集めたりしていた。彼らと一緒にいるとアレルもつられて楽しい気分になってきた。小人族の住処にいると全てが小さくなる。本来なら指くらいの大きさの木の実も小人族の大きさでは十分な大きさの果実だった。それを調理してパイやケーキを焼いて食べるのである。住処も葉っぱがカーテン代わりとなっていたり、人間の大きさではあり得ない構造になっていたりした。
「さ、アレル、今日はここでいっぱい楽しんでいってね! 僕ら小人族は宴が大好きなんだ! 今日は僕らと一緒に遊ぼうよ!」
 小人達は皆、人懐っこく、アレルの手を引いて歓迎の宴に誘った。小人族特有の料理がたっぷりと用意され、全てのテーブルにこぼれそうなくらいいっぱいに並べられる。小人族特有の楽器がかき鳴らされ、聞いているだけでリズムをとりたくなってくる。そして小人族特有の踊り。輪になって愉快に踊ったり、簡単な楽しいゲームをしたりする。ゲームというのは食べ物を取る競争だったり、早食い競争だったり、他愛もないものばかりだ。空を見上げれば雲一つない快晴。午後の暖かな日差しが小人族の村に降り注ぐ。そのうち日が暮れても小人達の宴は続いた。ありとあらゆるもてなしを受けて、その日アレルは小人達と楽しいひと時を過ごした。たっぷりとご馳走を食べて、歌って踊ってたくさん遊んで、とてもいい気分だった。
 夜になるとカイル、ニルス、ピピンの三人組が再びやってきた。
「アレル、今日は楽しかったよ! いっぱい遊んで君ともすっかり仲良くなった。そこで相談があるんだけど」
「相談?」
「うん。僕らと一緒に宝探ししない? スター・ジェムっていうお星様の形をした宝石だよ」
「スター・ジェム? どこにあるか手がかりはあるのか?」
 そこで魔法が使えるピピンが口を出した。
「それがさっぱりわからないんだよ。おかげで今日は木の上まで探すことになっちゃってさ、おかげで僕、浮遊術で疲れちゃった」
 ピピンが不平を言うとカイルとニルスが反論する。
「だって、どこにあるのかわからないんだから、しょうがないじゃないか。それらしきところは全部探したんだよ。だから木の上ならあるかもって思ったのに」
「いや、普通木の上には無いと思うぞ…」とアレル。
「言い伝えでは神秘的な場所に神殿があって、そこにあるとか。でもそんなものどこにも無いんだよ。やっぱり洞窟の方かな?」
「そうだね。あっちは行き止まりだけど、どこかに抜け穴でもあるかもしれない」
 三人の小人達はそれぞれ意見を言い始めた。
「とにかく! アレル、君もお宝探しに協力してよ! 今日一緒に遊んで僕らお友達になったじゃないか」
「そうだよ、一緒に探そうよ。お宝探しとっても楽しいよ。行こう行こう!」
「わかったよ。それじゃあそのお宝の手がかりや言い伝えをもっと詳しく教えてくれ」
「うん! よーし! それじゃあ明日また出発だー!」
 カイル達ははしゃいでいた。小人族は身体も小さいが心も無邪気であった。たまにはこういうのもいいかもしれない。アレルも大人びた思考は捨てて、しばらくは一人の子供としてカイル達の探検に付き合ってみようと思った。



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