ここはサイロニアの中でも武術の盛んな都市、マルシャ。ランドはいつものように武術の訓練をしながらも、以前アレルが救出したスコット王子に剣の稽古をつけていた。
「はあ…はあ…」
「スコット王子、今日はもうこのくらいにしよう」
「はい。ありがとうございます」
 スコットはあれから毎日、剣の稽古に明け暮れていた。アレルの圧倒的な強さと自分の無力さを身をもって体験した彼は、少しでも強くなりたいという気持ちが強かったのである。
「あの、勇者様、僕、少しは強くなったでしょうか?」
「そうだね。まだまだ隙が大きいけれど、最初の頃に比べたらだいぶよくなったよ」
「僕もアレルみたいに強くなりたいなあ…」
「焦らなくてもいい。少しずつ上達していけばいい。君は君でいいんだよ」
 ランドは優しく励ました。

 武術の盛んな都市マルシャで毎日ランドは武術の訓練をする。剣だけでなく、槍や斧、弓など基本的な武器は全て使いこなせるようにしているのだ。そしてスコット本人のたっての願いでスコット王子の剣の稽古、他にも軍の演習など、やることはたくさんある。それらを全て終えると、ランドはサイロニア城へ向かった。途中、城下町で子供に囲まれる。子供達は伝説の勇者であるランドを非常に気に入っており、町で見かけるとすぐに捕まえて遊んでくれとせがむのだ。
「ゆうしゃさま、遊んでー」
「肩車してー」
「高い高いしてー」
 ランドは背が高いので肩車をしてもらうのが好きな子供もいた。一人肩車をして他の子供達に両手や服の裾を掴まれ引っ張られ、ランドは子供達と遊んであげているというよりは、いいように遊ばれている状態になった。ランドの相棒である女性格闘家のティカはその様子を見て呆れていた。
「あらあら。伝説の勇者も子供達にかかったら形無しね」

 子供達からようやく解放されると、ランドは城へ向かった。同じく武術の訓練をしていたティカとスコットも一緒である。城内は何やら噂話で持ちきりのようだった。
「あら? 何かあったのかしら?」ティカは首を傾げる。
 三人は噂話を聞こうとした。すると近くの兵士達が話しているのが聞こえた。
「おい、聞いたか? 隣国のサマルブルグの王子がセーラ姫に求婚したらしいぞ。セーラ姫もとうとうお輿入れか?」
 それを聞いた途端、ランドの頭の中は真っ白になった。近くにいた兵士はランドを見て慌てて口を噤む。ランドがサイロニア王の一人娘であるセーラ姫を密かに恋い慕っているのは公然の事実であった。知らぬは当人ばかりである。ランドは急に放心状態になった。
「セ、セーラ姫が…セーラ姫が…」
「落ち着きなさいよ、ランド。まだ決まったわけじゃないわ」
「勇者様?」
 ティカがたしなめ、スコットが怪訝な表情をするのも気づかずに、そのままランドはショックで口もきけなくなってしまった。

 ここはサイロニア城の一室。勇者ランド一行と呼ばれる四人組のうち、リーダーのランドを除いた三人が集まっていた。ランドの相棒である女性格闘家のティカ、回復魔法の使い手ローザ、攻撃魔法の使い手ウィリアム。
「もう、ランドったら! 本当にしょうがない馬鹿ね! セーラ姫がいつか結婚するなんて前からわかってたことじゃない」とティカ。
「ランドはどうしてるの?」ローザが尋ねる。
「一人でたそがれてるわよ。自分だって勇者としての名声を上げれば望みはあるのにね」
「サマルブルグの王子と結婚か…外交的に悪い話じゃないな」
「そんな言い方はしないで、ウィリアム。陛下は大切な一人娘を政治の道具にするような方じゃないわ」とローザ。
「そうよねえ。この国って大国のわりにはそういうところのんびりしてるものねえ。王家の繁栄の為により権力、勢力のある者と結婚するとか、国の為に私情を捨てるとか、そういうのあまりないもの。陛下だったら何よりセーラ姫の気持ちを優先すると思うわ」とティカ。
 確かに現サイロニア王の子供はセーラ姫ただ一人である。だが王には弟がおり、王弟の方はサイロニア王と違って子だくさんである。必ずしもセーラ姫が女王となって王位を継ぐ必要はないのだ。セーラ姫の結婚相手は幾通りか候補がある。隣国の王子との結婚いう対外的なものの他に国内で有力貴族の子息との婚姻で地盤を固める、または王家の一族の中で相手を選び、血族のつながりを深めるというものである。
「セーラ姫の婿候補は多い。さて誰が一番相応しいか…」
「家柄や地位だけで決めるということは無いと思うわ。何より一番大事なのはセーラ姫のお気持ちよね」
「セーラ姫ってランドのことどう思ってるのかしら?」

 セーラ姫はサイロニア城の中でも人気のないテラスに向かった。そこにはランドの姿があった。
「勇者ランド様、わたくしをこのようなところへ呼び出して一体何の御用ですの?」
「セーラ姫…」
 ランドは思いつめた表情をしていた。そして姫の前に跪き、手の甲に口付ける。
「姫、私ランドは姫を心底お慕い申し上げております。姫の為なら私はどのような犠牲も厭いません。姫、このようなことをお聞きしてよろしければ、このたびの縁談、どのようにお返事をするつもりなのでしょう?」
「お父様が望むなら私は隣国サマルブルグへ嫁ぎましょう。お父様がお決めになったことに間違いがあるはずがありませんもの」
「姫は…姫自身のお気持ちはどうなのです?」
「わたくしは…」
「もし、あなたがサマルブルグの王子との結婚を望まないのであれば、私がこの身に代えましても姫をお守りします」
「まあ、何を仰るのです。お父様に逆らうなどできるわけがないではありませんか」
「この国から私と共に逃げ出すのです。そして私はあなたのナイトとして一生お仕え致しましょう」
「ランド様? 何を――」
「セーラ姫、私はあなたを愛しています。どうか私と一緒にこの国から逃げて下さい」
 そう言うとランドはセーラ姫を真摯な目で見つめた。と、その時である。
「セーラ姫? どちらにおいでですか? 先程から陛下が探していらっしゃいま――」
「ランド様?」
 新しくテラスにやってきたのは紛れもないランドの姿だった。二人のランドとセーラ姫は一瞬硬直した。剣を抜いたのは後からやってきたランドの方だった。
「貴様、何者だ! 僕とそっくりな姿で姫を惑わすとは!」
 その時、セーラ姫のそばにいた方のランドは急に姿を変え、翼竜になった。そしてセーラ姫を捕らえると高く飛んだ。
「わはははは! 勇者ランドよ、セーラ姫を返して欲しくば我が主君、魔王バルザモスの城まで来るがよい! いいか、おまえ一人だけで来るのだぞ! 供を連れたら姫の命は無い。わかったな!」
「セーラ姫!」
「ランド様ーーーーー!」
 ランドは慌てて追おうとしたが、翼竜は素早く飛び去って行った。
 こうしてセーラ姫は魔王の手下により攫われたのだった。ランドの目の前で。


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