ここはトネリア王国。緑豊かな森に囲まれた小さな国である。
 城の王の間にはアレルがいた。この国の女王からモンスター討伐の褒美を貰うところなのである。
「勇者アレルよ、よくぞ我がトネリア王国を脅かすモンスターを退治してくれた。礼を言うぞ」
「女王陛下、俺はただ苦しんでいる人々を放っておけなかっただけです。この国の惨状はあまりにもひどかった」
「謙虚じゃな。まだ幼いというに異形の魔物に立ち向かう勇気と奥ゆかしさを備えておるそなたこそ真の勇者じゃ」
 アレルは大人しく頭を垂れ、跪いている。そこへアレルと同じ七歳くらいの少女が近づいてきた。
「お母様、わたくし、勇者アレル様とお話がしたいですわ」
「おお、姫か。アレル、こちらはわらわの一人娘、ローラ姫じゃ」
「お初にお目にかかります。ローラ姫」
 アレルは恭しくローラ姫に挨拶をし、手の甲に口付ける。まだ幼いながらに貴族的雰囲気を漂わせる彼がやるとその様子は絵になった。
 ローラ姫はうっとりとしてアレルを見つめる。
「アレル様、まだわたくしと同じくらい小さいのにもう勇者に選ばれたなんてすごいですわ。ねえ、アレル様は今までどこでどうしていらしたの? ここに来るまでの旅のお話を是非このローラにお聞かせ下さいな」
「これこれローラ」
「お母様だってアレル様の武勇伝をお聞きになりたいでしょう?」
「そうじゃのう。勇者アレルよ、このたびのモンスター討伐の礼もある。今宵は城でゆっくりとしていくがよい。皆の者、宴の準備じゃ」
 その時、どこからか声がした。
「ほう、勇者がいると聞いて来てみればほんの小僧か」
「何者だ!」
「きゃあっ!」
 王の間にいた兵士達が身構えると同時に現れた飛竜はローラ姫を捕らえて羽ばたいた。
「ローラ姫!」
「ガハハハハ! 勇者アレルよ、ローラ姫はもらった。姫を返して欲しくば我が主君、大魔王ルラゾーマのところへ――ゲフッ!」

 ドガバキドゴッ

 アレルは素早く跳躍し、飛竜が話し終える前に手傷を負わせるとローラ姫を両手で抱き上げ、飛竜を足蹴にしながら着地した。
「ローラ姫、お怪我は?」
「ありませんわ。ありがとうございます、アレル様」
「おお勇者アレルよ、よくぞ姫が攫われるのを防いでくれた」
 その時、王の間にいた大臣が飛竜を見ながら女王に申し出る。
「女王陛下、姫をさらおうとしたこやつ、大魔王ルラゾーマとかいう者の手下のようですぞ。このままでは我が国の平和は脅かされたままでございます。勇者アレルにお願いして討伐に行ってもらっては」
「言われなくてもそのつもりだよ」
「おお、勇者アレルよ、そなたが行ってくれるというのか?」
「もちろんですよ、女王陛下。俺に任せて下さい。必ずや大魔王ルラゾーマとやらを倒し、この地に平和をもたらしてみせます」
「よく言うた。さすがは勇者じゃ!」

 その後、アレルは旅立ちの準備を済ませると、捕虜にしておいた飛竜を足蹴にしながら言った。
「おまえ、何故ローラ姫を狙った?」
「本当の狙いはおまえだ、勇者アレル。勇者の神託を受けたおまえを倒して人々に絶望をもたらし、おまえの魔力を吸収し、さらに強大な力を得るつもりなのだ。おまえをおびき寄せる為にこの国の姫を狙ったのに…まさか姫をさらうのを阻止されるとは…あああ、ルラゾーマ様の計画が狂ってしまった…」
「馬鹿か、おまえは。おまえの長口上聞いてる暇があったら攻撃して姫を助けるに決まってるだろ?」
「そ、そんなあ…」
「どうでもいいけどさ、おまえら魔族って毎回同じ発想しかないのか? お姫様をさらう魔王の話なんて過去にどれだけ残ってると思ってるんだ?」
「へ?」
 魔族達は自分のやってることがワンパターンだとは思っていない。きょとんとしている。アレルはこれ以上ツッコミを入れるのをやめた。
「いや、何でもない。…ルラゾーマか。大魔王と名乗るんだからそれなりに強いんだろうな?」
「ルラゾーマ様を馬鹿にするなよ! とても恐ろしく強大な力を持つ御方なのだからな! 甘くみると後悔するぞー!
「わかったわかった。じゃあその大魔王ルラゾーマとかいうやつのところへ案内しろ。その為にわざわざ生かしておいてやったんだ。ありがたく思えよ」
「ひ、ひでえ…」

 変わってここはヴィランツ帝国。ヴィランツ皇帝は魔界の住人達と会話をしていた。
「魔界も下剋上の状態とは荒んだものだな。全ての魔族を統べる圧倒的な力を持つ王がいないのか」
「黙れ、皇帝よ。そなたが人間界で権力を欲しいままにできるのも我らの援助あってこそだぞ」
「ふん、余は利用できるものは全て利用するのだ。おまえ達もそうであろう?」
「いかにも」
 現在、魔族の世界は下剋上の状態になっていた。力ある者はそれぞれ魔王を名乗り、テリトリーを作っている。魔王達は人間界に侵略することもあれば、魔王同士で争うこともあり、覇権を握ろうとしていた。全ての魔族を従える程のカリスマと力を持つ魔王は未だ現れていない。どの魔王も己が魔界の統治者になる野望を持っていた。そして魔界だけでなく人間界も、この世界全てを支配しようと企んでいる。魔王達はアレルを狙っていた。アレルの魔力を吸収すれば自分が魔界のトップに立てることは明白である。一方、魔界の多くの魔族達はアレル自身を魔王に仕立て上げようとしていた。魔王達はアレルの魔力を吸収して自分が世界の頂点に立つ野望に燃えている。それ以外の魔族達はアレル自身が魔王になり、魔界・人間界・自然界、この世界の全てを支配する帝王になることを望んでいる。魔族の世界は人間の世界以上に覇権争いや策略が絶えなかった。
「しかし魔王バルザモスとやら、随分と陳腐な手を使ったものだ」
ヴィランツ皇帝は冷笑した。
「我らに立ちはだかる勇者ランド。奴はサイロニアの王女に恋している。最大の弱みを握ったのだ。悪い策ではあるまい? バルザモスの狙いはサイロニアで名を馳せている勇者ランドの抹殺だ」
「で? そのバルザモスとやらは王女をどうするつもりなのだ? まさか己の妃にするなどという更に陳腐なことを考えているのではなかろうな」
「詳しくは知らぬが、姫として丁重に扱っているそうだぞ。何せ勇者ランドに対する大切な人質だからな」
「ふん、ぬるいな。余がその魔王バルザモスであったなら、もっと更なる絶望を勇者ランドに与えてやるのだがな」
 ヴィランツ皇帝はたちの悪い笑みを浮かべた。
「聞けばサイロニアの王女は王から蝶よ花よと育てられた清らかな乙女だと聞く。それならばその清らかさを踏みにじってやるのがよかろう」
「相変わらず下衆な男だ。王女の純潔を穢すとでもいうのか?」
「魔族にかどわかされ穢された王女にどれだけの誇りが残るかな? それまでのように無邪気ではいられまい。そして勇者ランドは姫を守れなかった絶望に一層苦しむのだ。サイロニア王にも王女を慕っている国民にも精神的な打撃を与えられる。最も効果的な方法だと思うがな」
「皇帝よ、そなたは下手な魔族より醜悪な心の持ち主ぞ」
「ヴィランツではさほど珍しいことではないがな。無力で清らかな乙女は必ず暴力で踏みにじられる運命にある」
「バルザモスがどこまでやるかはわからぬ。我々は高みの見物といこうではないか」
「ふふっ、そうだな。だが――」
 ヴィランツ皇帝はパチンと指を鳴らすと一匹の悪魔を呼び出した。
「おまえは今から魔王バルザモスの城へ行き、他の魔族に混じって潜入しろ。そしてサイロニア王女セーラ姫の元へ行くのだ。それから王女をおまえの好きなようにしろ。死にさえしなければどのような状態になっても構わん。行け」
 悪魔は卑猥な笑みを浮かべ、舌なめずりするとワープ魔法で姿を消した。
「皇帝よ、そなたという奴は…」
「サイロニアも勇者ランドも目障りな敵だからな。そもそも姫に危害を加えられたくなければ最初からさらわれるなどという失態をしないことだ。一度邪悪なる者の手に落ちればどんな運命が待っているか、奴らに思い知らせてやろう。それよりアレルの行方はまだ掴めぬか?」
「トネリア王国にいるのを大魔王ルラゾーマが捕捉した。奴はこの機会にアレルに挑戦するつもりのようだな。何せあの小僧の魔力を吸収できれば世界を支配するのも夢ではなくなる」
「そうか…まあいい。アレルはそう簡単にやられる奴ではない。自ら大魔王と名乗る相手にどこまで対抗できるか見物だな」


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