サイロニア王女セーラ姫の誘拐は国中を震撼させた。セーラ姫はその優しさと美しさで人々に愛されていたのだ。国民は皆、嘆き悲しみ、勇者ランドが姫を救い出してくれることを願った。むろん、城内でもセーラ姫の安否を気づかい、城の者達は皆、悲嘆にくれていた。もう隣国の王子との縁談どころではない。
「陛下、私がおりながらセーラ姫をむざむざと敵の手中に渡してしまい、誠に申し訳ございません」
「そう自分を責めるな、ランドよ。確かにセーラはわしの最愛の娘じゃ。わしとてあれからろくに食事も喉を通らん。だが王たる者、常に物事には冷静に対処しなければならぬ。サマルブルグには縁談を見合わせる返事を送らなければならぬし国政もある。ランドよ、このたびのセーラ誘拐はそなたを狙ったものじゃ。セーラはそなたをおびき寄せる為の人質としてさらわれた。ならば何としてでもそなたの力で救い出して欲しい。わしからの願いじゃ。必ずやセーラを助け出しておくれ」
「はっ!」

 ランドは準備を整えると一人出発しようとした。城下町では人々から必ずセーラ姫を救い出して欲しいというのと魔王を倒すことについて激励の言葉をかけられた。城門では仲間のティカ、ローザ、ウィリアムが待っていた。ティカは拳を腰に当てて険しい表情をしている。
「どうしても一人で行くの?」
「ああ。必ず一人で来いというのが奴らの条件だからな。セーラ姫のお命がかかっているんだよ」
「でも危険だわ」とローザ。
「三人とも心配しないでくれ。セーラ姫は必ず僕が助け出すよ。この命に代えても」
「確かに危険だけれど、セーラ姫を人質に取られている以上、やむを得ないね。僕達は僕達で魔族やヴィランツ帝国の動向に警戒することにするよ。ヴィランツは大災害に遭ったおかげで今は復興にいそしんでいる。他国を侵略するどころじゃないけれど、皇帝が魔族と契約を交わしている以上油断はできない。グラシアーナ大陸北西部は完全にヴィランツ帝国の支配下に置かれている。次の目標は我がサイロニアであることには間違いがないのだからね」
「ウィリアム…君は冷静だな…陛下や国の皆のことは君達に任せる。僕はセーラ姫を助け出して必ず戻ってくるよ。必ず!」
「ランド、気をつけて…!」
 最後にティカがそう言うと、ランドは旅立った。

 一人旅は辛い。自分を手助けしてくれる仲間がいないのだ。ティカもローザもウィリアムもいない。ティカとの連携で敵を倒すこともできず、ローザの回復魔法に頼ることもできず、魔法が効果的な敵に対してもウィリアムがいなければ剣で地道に斬りつけるしかない。ランドは戦いの中でいかに仲間に支えられているかを実感した。

 やがて、ランドは魔王バルザモスの城に辿り着いた。空は暗雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響く。そこだけ瘴気が渦巻く邪悪な場所だった。
「セーラ姫、待っていて下さい。必ずやこのランドがお助けします」
 ランドは白銀の鎧に身を固め、マントを翻して魔王城へ乗り込む。

 城の最上階の一室では囚われの身のセーラ姫が窓から外を眺めていた。魔王バルザモスはセーラを丁重に扱ってはいたが、不気味な瘴気の渦巻くこの城の一室に閉じ込められたままでは気が滅入ってしまう。早くサイロニア城に戻り、新鮮な空気を吸いたい。
 助けは来るだろうか。魔王バルザモスの狙いはランドである。彼ならばきっと自分を助けに来てくれるだろう。
 ふと、セーラをさらった偽のランドが言ったことを思い出す。ランドは自分のことをどう思っているのか。あれは自分の心を惑わす為の虚言であったのか。少なくとも本物のランドなら王女を連れて国から逃げ出すなどということは言い出さないであろうと思う。ランドは善良な人間であるし、父である王を裏切ったりもしない。
 しかし、こうすることもなく、いたずらに時を過ごしているとあれこれと考えてしまうのだ。隣国サマルブルグの王子との縁談が持ち上がった時、自分は何も感じなかった。自分は本当に誰かを愛したことはあるのだろうか。もちろん父のことは愛しているが、親への愛と夫となる男への愛は別である。
 このまま真の愛を知らずにただ父の決めた相手と結婚するのは嫌だと思った。誰か本気で愛することができる人と結ばれたい。
 今までは恵まれた環境で育ち、何かを深く考えることもなしに生きてきた。だが、セーラはそんな今までの自分に疑問を持ち始めた。
 自分は今まで本当に何も知らなかった。ただ周りに流されて生きてきただけだ。もうこれ以上無為に時を過ごすのは嫌だ。これからは自分の意志で人生を歩んでいきたい。
 セーラはランドが来るのを待ち遠しく思った。それがただ救出を待つだけの感情であるのかどうかはよくわからない。
 いずれにしてもセーラにできることはランドを信じることだけであった。必ず自分を助け出してくれると。

 変わってこちらはアレル。捕虜にした飛竜に大魔王ルラゾーマの元へと案内させる。
「おい、おまえ飛竜だろ? 俺を乗せて城まで飛べよ」
「なっ、何で俺がそんなことを!」
「別に無視してこの地を去ったっていいんだぜ。それともその大魔王の城を俺の最大の魔力でもって破壊してやろうか? 城ごと破壊して魔王を倒した方が話は早いもんな」
「そっ、そんな!」
 アレルは飛竜の動揺などものともせずに背に乗ると足蹴にする。
「ほら、とっとと飛べよ!」
「あああ、なんて勇者だ…」
 飛竜は泣きながら羽ばたき、主君の城へと向かった。

 大魔王ルラゾーマの城は絶壁に高くそびえる非常に大きな城だった。広さ、高さともにかなりの規模だ。
「ふーん、大魔王って名乗るだけあって城も豪勢だな」
「ふん! 見たか! ルラゾーマ様は偉大なんだぞ!」
「ところでこの城は何て名前なんだ? 普通、城に名前あるよな?」
「へ? ここは大魔王ルラゾーマ様の城なんだからルラゾーマ城に決まってるじゃないか」
「そのまんまかよ…」
 アレルは呆れながらも飛竜を城門の前に着地させ、魔王の城の中へ乗り込んだ。

 時を同じくして二人の勇者は銘々魔王の城に潜入する。


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