ここは魔界の実力者が集う場。彼らは世界各地の魔王の勢力を見て、自分が忠誠を誓うべき相手を探しているのである。
「魔王バルザモスは勇者ランドに、大魔王ルラゾーマは勇者アレルに、それぞれ倒されたか。これでサイロニア、トネリア周辺の魔族の力は激減したな。勇者達にやられっぱなしではないか」
「いや、グラシアーナ大陸北東部、レンダリアではナタサエルが勇者ハヴェルの抹殺に成功したらしいぞ」
「あれは抹殺というのか? 国もろともふっ飛ばしてしまったではないか。おかげでレンダリアは今や完全に荒廃し、動植物も育たぬ死の土地になってしまったぞ」
「言わずと知れたことだが、神託を受けた勇者達はいずれも手強い。多少の犠牲はやむを得ぬ」
 そこへヴィランツ皇帝が魔術で対話を試みてきた。
「このたびの勇者との戦い、ひたすら魔王側の惨敗に終わったようだな」
「皇帝よ、我らを嘲笑いにきたのか。そなたこそサイロニア王女に放った魔物はあっさりとやられてしまったようだが?」
「あれはほんのお遊びだ。別に成功しなくてもさしたる問題ではない」
「負け惜しみを。あの茨の檻で王女の拉致に成功すれば、そなたにとって有利な切り札を得たも同然であろうに」
「ふっ、サイロニア相手に陰謀をけしかけることなど、これからいくらでもできるわ。それよりアレルは大魔王ルラゾーマとやらを倒したようだな」
「そうだ。ルラゾーマも善戦したようではあったのだがな。あの幼さでもう大魔王を倒すとは。それもたった一人で。あの小僧の力は得体が知れぬ。一体何者であるのか…」
「簡単なことだ。アレルを手に入れた者は世界をたやすく支配できる。それだけだ」
「甘く見るとこちらが消されるぞ」
 ヴィランツ皇帝は鼻で笑った。
(愚かな魔族共よ。いつの日か余が世界に君臨する時、おまえ達は皆、余に忠誠を誓うことになるのだ。人間も魔族も余にひれ伏すがいい。勇者達は余にとって邪魔な魔王共を消してくれる駒にすぎん。双方共倒れになってくれればさらによいのだがな。勇者も魔王も、せいぜい余の手のうちで踊るがいい)
 ヴィランツ皇帝との交信が終わると、魔族達は引き続き話し続ける。
「勇者アレルはどうする? 奴はなんとしても魔族側に引き込まぬと我らに到底勝ち目はないぞ。逆に味方に引き入れればあれだけの魔力、魔界の帝王として君臨するに相応しい」
「問題はどうやって魔族に引き入れるか、だ。アレルが勇者の神託を受けてサイロニアを立って以来、行方を掴むのが非常に困難になっている。サイロニア南部の森では完全に消息を絶っていた。一体どこで何をしていたのやら」
「思えばあれからだ。大魔王ルラゾーマがトネリア王国でアレルを発見できたのはほんの偶然だ」
「誰かが、何かしているのか…?」

 ここはグラシアーナ大陸の賢人ギルの空間。ギルは渋茶をすすりながら水晶玉を用いて世界の情勢を探っていた。
「フンフンフーン。今回の勇者対魔王は二勝一敗で勇者の大勝利~~~!! っと、でもレンダリアのハヴェル君は気の毒だったな。あの土地………アレル君の自然を操る力があれば元に戻すことができるだろうか?」
 ギルは煎餅をばりぼりと食べながら術を行使する。魔族がアレルの消息を掴めないのがギルの仕業だと気づく者は誰もいなかった。

 再び魔族達の場――
「ええい! とにかく勇者アレルをこちら側に引き込まないことには話にならん! アレルの目的地はどこだ?」
「ルドネラ帝国へ行くと言っていたはずだ。あちらで待ち伏せするか。勇者アレルに絶望を与え、我ら魔族に引き入れるにはどうすべきか…これからゆっくりと計略を練るとしよう」

 一方、大魔王ルラゾーマを倒し、トネリア王国へ戻ったアレルは王宮の宴に参加していた。皆、平和が訪れたことを心底から喜び祝っている。トネリア女王からはモンスター退治とローラ姫誘拐の阻止、大魔王ルラゾーマ撃破の三つの功績に値する莫大な褒美をもらった。小さな国であっても一介の旅人であるアレルには十分すぎるほどの褒美を与えることができたのである。
「魔王城でも大量のお宝手に入れたんだけどな…なんだか金銀財宝ありすぎだよ」
 アレルはこんなにもらっていいものかと辞退しそうになったが、逆にトネリア女王には奥ゆかしいと判断されてしまった。結果的にもらった褒美はありがたく受け取った。
「まあいいや。貯金しておこう。金はたくさんあって困ることはないからな」
 宴の賑わいを眺めていると、トネリア王国の王女ローラ姫がやってきた。
「勇者アレル様、この宴が終わったらまた別の国へ旅立ってしまいますの?」
「ええ、そうですよ、ローラ姫」
「わたくし、寂しいですわ。いつまでもこの国にいて下さったらどんなにいいか…」
「姫、俺には探しているものがあるのです。それに他にも人々が苦しんでいる場所はたくさんあります」
「歳はわたくしとほとんど変わりませんのに、もう世界各地を旅して人々に平和をもたらすというのですか?」
「それが勇者の使命ですよ。特に俺は特別なんだそうです」
「そうですの…その歳でもう大魔王をたった一人で倒してしまわれたんですものね。アレル様はきっと他の勇者達よりもずっと特別な存在に違いありませんわね」
 ローラ姫は急にもじもじとすると、思い切ってアレルにお辞儀した。
「あの、勇者アレル様、あなたをこの国に引き留めることはできないとわかりましたわ。でしたらせめて、今宵わたくしとダンスを踊っていただけますか?」
「え? ダンスの仕方は――」
 
 知っている。

 何故、知っているのはわからない。手ほどきを受けたことがあるのか? そんなはずは――
アレルの中の遠い記憶が煌めく。それはいつの頃の記憶か。
「喜んでお相手しましょう、ローラ姫」
 その後アレルとローラ姫はダンスを踊った。まだ幼い少年少女の可愛らしいダンス。アレルは何故か身に着けていた礼儀作法で紳士的にローラ姫をリードした。

 二人の魔王は倒され、二人の勇者に束の間の平和が訪れる――


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