魔物がセーラ姫にまさに襲いかからんとしたその時――
「セーラ姫様! ランド! 大丈夫?」
 魔物は回し蹴りを喰らい、横に飛んで行った。見るとティカがいる。そして入口の魔物達には巨大な火の玉が襲いかかり、一気に蹴散らされる。ウィリアムが広範囲の魔法を唱えたのだ。そしてティカの後からローザが駆けつけてくる。
「セーラ姫、お怪我は? …あっ! ローザ、大変よ! ランドが!」
 ローザは慌ててランドに高等回復呪文を唱え、傷を癒した。茫然自失としているセーラ姫にティカが声をかける。
「セーラ姫、しっかりなさって下さい! どこかお怪我はありませんか?」
「…あ…ランド様が…」
「ランドは大丈夫です。今、ローザが治療を行っていますから」
「あなた達はどうして…」
「魔王城が崩壊したので急いで駆けつけてきたんです。ウィリアム達上級魔導士のワープ魔法でできるだけ距離を短縮して。サイロニア軍が後に控えています。さあ、ここから出ましょう」
「…あ…」
 セーラ姫はそれまでの恐怖に打ち震え、その目からは幾筋もの涙が頬を伝っていた。そしてティカに泣きついた。
「もう大丈夫ですよ。セーラ姫」
 ティカはまるで母親のように、安心させるようにセーラ姫を抱きしめた。遠くからはセーラ姫とランドの安否を気づかう兵士達の声が聞こえてくる。
「さ、行きましょう」
「ランド様は?」
「治療にはもう少し時間がかかります」
「それならわたくし、ランド様のお側におりますわ」
「えっ…?」
「だって、命がけでわたくしを助けて下さったのですもの」
 洞窟入口に密集していた魔物達はウィリアム率いる上級魔導士達とサイロニア軍によって撃退された。だがウィリアムはティカ達がいつまで経っても帰ってこないのを怪訝に思った。もしやセーラ姫かランドの身に何かあったのか。ウィリアムはティカとローザが入って行った洞窟に向かった。
「ティカ? 遅いじゃないか。一体どうし――」
「しーーーっ! やっと今、ランドの治療が終わったところなんだから」
「…う…」
 ランドはゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界から徐々に焦点が定まっていく。見るとセーラ姫が目に涙をいっぱい浮かべて自分を見つめていた。
「治療は終わりました。もう大丈夫ですよ、セーラ姫」
「ローザ…?」
 傍らにローザの存在を認める暇もなく、ランドはセーラ姫に抱きつかれた。
「ランド様…! よかった…よかった…!!」
「あ、あの、セーラ姫…」
 ランドはどぎまぎしたままだった。

 外に出るとサイロニア軍が待っていた。
「全く、あんなに重傷を負って。でもたった一人でよくやったじゃない!」
「ありがとう。ティカ」
「ランド、治療は終わったとはいってもまだ怪我人なんだから無理しちゃ駄目よ。ほら、馬に乗って」
 その時、そばにいたセーラ姫が口を出した。
「あの、ランド様…」
「何ですか? セーラ姫」
「ランド様と一緒の馬に乗ってもよろしゅうございますか?」
「えっ?」
 近くにいたサイロニア兵達の間にざわめきが起こった。セーラ姫は頬を赤く染めている。それを見てティカとローザは密かに囁き合う。
「ねえ、見て見て! なんか脈アリじゃない?」
「そうね。男の人に命がけで守ってもらう、身を呈してかばってくれる、女の子としてはロマンチックな体験だものね」
「セーラ姫ってそういうのに弱いのかしら?」
「ティカが特別なのよ。女の子はみんなそうだわ。特にお姫様はね」
 ランドとセーラ姫は二人共顔を赤く染めながら同じ馬に乗った。それを見た兵士達も動揺を隠せない。
「おい…ランドの恋って…ひょっとしたらひょっとするかもよ」
「いやいや、まだわからないぞ。陛下や大臣達がなんというか」

 サイロニア城へ帰ると、民衆はセーラ姫とランドの帰還を心から喜んだ。そして城へ入っていく時に二人が相乗りをしていたことも民の間では噂の種になったのだった。セーラ姫が帰還するとサイロニア王が真っ先に出迎えた。
「お父様!」
「おお、セーラよ、よくぞ無事で。さぞかし怖い思いをしただろうに」
 サイロニア王はセーラ姫を見るなりしっかりと抱きしめた。その後、ランドの方を見る。
「ランドよ、よくぞ我が娘セーラを助け出してくれた。そして魔王バルザモスとやらも見事打倒したようじゃな。そなたこそ真の勇者じゃ! 皆の者、今宵は祝いの宴じゃ!」

 その夜はサイロニア城で豪勢な祝いの宴が開かれた。サイロニア王は喜びに満ちていた。しかしセーラ姫のランドに対する態度を見て危惧する者もいた。大臣の一人がさりげなく耳をそばだてる。ランドは騎士の仲間達に声をかけられているところだった。
「おい、やったじゃないか、ランド。これでおまえの勇者としての名声は更に上がったな。姫様の心まで掴んだんじゃないか?」
「そうそう。セーラ姫のおまえを見る目つきって言ったら! おまえら二人きりの時に何かあったんじゃないのか?」
「何かって?」
「ほら、あれだよ。女と二人っきりになったら普通、何かするだろ?」
「え?」
 ランドはきょとんとしていた。
「おまえ、それでも男かあ!」
「? 一体何のことを言ってるんだ?」
「いや、何をっておまえ…」
「おや、大臣殿、このようなところで一人どうされた?」
「いや、…ランドよ、少しでもそなたを疑ったわしが悪かった」
「はい?」
 周りの言わんとすることがさっぱりわかってないランドであった。それを見たティカとローザ、ウィリアムの三人が密かにため息をついていたことを彼は気づいていなかった。


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