大魔王ルラゾーマは巨大化すると、竜の様な姿になった。大きな翼と六本の腕、鋭い牙と鉤爪を持ち、恐ろしげな咆哮を上げる。
(おっ! こいつ、思ったよりできるぞ!)
 アレルはそう思った。敵というのはだいたい見ればその強さがわかるものなのである。なかなか手ごたえのありそうな相手だとわかり、アレルの闘争心は高まった。ルラゾーマは獰猛な唸り声を上げ、アレルを威嚇してきた。しかしアレルの方は平然としている。
「ふーん、なかなかやるじゃん。正攻法で戦ってやるから、かかってこいよ!」
「正攻法?」
「自然を操る能力は使わずに戦ってやるってことさ!」
「ぬうう…」
 ルラゾーマは悔しがった。アレルの自然を操る力は確かに厄介だが、使わないと宣言されると、それはそれで手加減してやると言われたようなものである。
「ふん! そうやってわしを甘く見たのが命取りになるぞ!」
 大魔王ルラゾーマはありとあらゆるグラシアーナ大陸の魔法を唱えて攻撃してきた。地水火風の四大属性を司ったものの他に凄まじい炎・冷気・雷のブレスを吐いたりして攻撃を仕掛けてくる。巨大な牙や鉤爪でもアレルを引き裂かんと襲いかかってきた。しかしアレルは素早く避け、反撃に強烈な一撃をお見舞いした。アレルは鎧兜などの重装備はしていない。動きやすさを重視した軽装である。重装備はむしろアレルの持ち味である素早い攻撃を妨げるものでしかない。しかも今のアレルには魔法を使うこともできる。攻撃魔法、回復魔法、補助・間接魔法全て。アレルは愛剣エクティオスで攻撃する以外にも強力な攻撃魔法を使って間髪入れずに攻撃した。ルラゾーマが驚愕の表情を見せる。
(な…何故こやつは魔法の詠唱がこんなにも早いのだ?)
 アレルは既に全ての魔法を取得している。他の魔導士なら取得するまで何十年もかかる魔法すらあっという間に使いこなしてしまったのだ。その為か非常に魔法の詠唱が早い。ルラゾーマは避ける間もなく直撃を喰らってしまう。アレルにとって魔法はまるで手足のように自在に繰り出すことができるものであった。
 アレルから次々と繰り出される魔法とレイピアによる攻撃でルラゾーマはあっという間に劣勢になった。アレルは高揚感に満ちながら戦っていた。ルラゾーマは確かに強い。戦法としては圧倒的な力と魔力で相手を踏み潰すような、力押しの戦いだ。単純だが基本的な能力自体が高いので、並みの戦士達なら力押しでそのまま押し切られてしまうだろう。下手な小細工なしに圧倒的な攻撃力である。だが、それはアレル一人にとってはちょうどよい強さだった。攻撃し、回避し、また攻撃へ転ずる。
 そのうちにルラゾーマの竜のような姿から血がほとばしり始めた。鱗にひびが入りその間から血が流れているのだ。相手がだいぶ弱ってきたと見て、アレルは止めを刺す。聖剣エクティオスを掲げ、聖なる光を放出し、ありったけの力でルラゾーマを攻撃した。ルラゾーマは断末魔の叫びを上げて跡形もなく消え去った。
「……………倒したか」
 アレルは呟くと城を出た。そして自然を操る力を使い、雷雲を呼び寄せ、強力な雷を落とし、城を破壊した。大魔王ルラゾーマの城は一瞬で崩壊し、後には瓦礫の山だけが残る。これで全てが終わった。このトネリア王国一帯は、少なくとも当分の間は魔物に脅かされることはなくなるだろう。アレルは踵を返してトネリア王国に戻ろうとした。その時、近くから魔物の気配がした。見ると、貴族的な衣装をまとった魔物がこちらに平伏している。
「おお! 見事な雄姿! あの大魔王ルラゾーマをたった一人で倒すとは。奴はあれでも多くの勇者を葬ってきたのですぞ! さすがは我が魔族の新たなる帝王!」
「何だ、おまえは」
「わたくしめは名も無い一匹の魔物にございます。ですがこのたびは私の未来の主君になるであろう御方に拝謁にまいりました」
「俺は魔王になんかならないぞ」
「愚かな人間共の味方をすると仰る? あなた様ほどの高貴なお方がなんともったいないことを。あのような者達に慈悲をくれてやる必要などないのですよ。堕落しやすいなんとも愚かな人間共には永遠の苦しみがお似合いというものです」
「俺が何をしようと俺の勝手だ。おまえらの指図は受けない」
「いつかあなた様は人間に絶望するでしょう。その時にまたお迎えに参上しますよ。全ての魔王、大魔王を統べる新たな魔界の帝王、アレル様」
「待てっ!」
 アレルが攻撃した時には魔物は姿を消していた。
「ちっ…取り逃がしたか。まあいい。大魔王ルラゾーマとかいう奴は倒したし、トネリア城へ戻るか」

 一方、ランドとセーラ姫は湖の近くの洞窟で身体を休めていた。魔王城崩壊後に現れた浮遊した茨の檻。そこからの落下の衝撃は湖面が多少和らげてくれたものの、二人共すっかりびしょ濡れになってしまった。ランドはセーラ姫を洞窟の奥で休ませ、自分は入口の近くで服を乾かしながら敵の気配はないかと安全に気を配っていた。そこへセーラ姫がやってくる。
「ランド様」
「セーラ姫! お加減はいかがですか?」
「わたくしは大丈夫ですわ。ドレスもすっかり乾きましたし。ランド様こそわたくしを助ける為に随分とお怪我をされてらっしゃいますわね」
「なんのこれしき! 姫を助ける為に負った傷なら誇りに思いましょう!」
「でも、まだ傷の手当てが必要なのではないですか?」
「僕が取得している回復魔法や持ってきた傷薬ではこの傷を完全に癒すことはできません。でも大丈夫です。国に帰ったら癒し手に治療してもらいますから」
「でも、少しでも応急手当てをしなくては。わたくし、お手伝いしますわ。この軟膏を塗ればよろしいのですわね」
「あ、姫、自分でやりますからお気になさらず。あ、ひ、姫、そのような…」
 セーラ姫はランドの動揺などお構いなしに傷の手当てをした。セーラ姫の白く美しい指がランドの身体に触れる。ランドは思わず赤面してしまった。
 セーラ姫の方はランドが負った生々しい傷を見て純粋に心を痛めていた。普段から王宮の奥深くで育ち、外の世界を知らない彼女は見るも痛ましい傷やそこから流れる血などを直に見るのは初めてだった。
 ふと、ランドの鍛え上げられた逞しい肉体を改めて見る。若い青年の精悍な体つきを意識してしまい、セーラ姫は思わずどきりとし、赤面してしまった。
 ランドとセーラ姫は双方とも黙ったまま、互いを意識して赤面したままであった。しばらくの沈黙の後、気まずい空気にいたたまれなくなったランドは立ち上がって服装を整えると、鎧マントを装着し始めた。そして外の様子を窺いに入口へ向かう。その時だった。
「勇者ランド! 生きては返さんぞ!」
 外を見ると魔物の群れが洞窟の周りを取り囲んでいた。
「魔物の群れが! 姫、お下がり下さい!」
「しかしランド様、あれだけの数をたったお一人で相手になさると?」
「この洞窟の入り口は狭い。ここで戦えば奴らは一匹ずつしか襲いかかってこれません。ご安心下さい。姫はこのランドが命に代えてもお守りします!」
「ランド様…」
 ランドは剣を構えると魔物の群れをひたすら蹴散らしていった。洞窟の入り口に陣取り、狭い足場でひたすら敵を斬り払っていく。魔物の群れは無尽蔵に湧いてくる。何としても勇者であるランドを亡き者にしようという異常なまでの執念を感じ。ランドは内心怯んだ。だがここで負けたら終わりである。セーラ姫のこともある。なんとしても姫を無事に城まで連れ帰らなければ。
 セーラ姫は初めて実戦を目の当たりにした。ランドの後ろ姿と斬り払われていく魔物の群れ。どちらも返り血でいっぱいになっている。ランドの身体も血が滴り落ちている。先程せっかく手当てした傷口もまた開いてしまっているようだ。生きるか死ぬかの戦い。明らかな殺意をもってランドに襲いかかる魔物。セーラは見ていて恐ろしくなった。だが自分はただ手を揉み絞りながら見ているしかできないのだ。セーラは必死でランドの無事を祈った。
 その時、背後の洞窟の壁が変化し、手が伸びてきてセーラ姫の口を塞いだ。そして身体も捕らえ、そのまま壁に引きずり込もうとする。セーラ姫は声を上げることもできずにもがいた。ランドと魔物達は相変わらず乱戦を繰り広げている。あの戦いの最中では背後のひっそりとした音など聞こえないだろう。
(ランド様――!!)
 セーラ姫の必死な視線に気づいたのか、心の声が届いたのか、ランドは背後の異変に気づいた。そして慌てて壁とセーラ姫を拘束している手を切断し、姫を救出する。だが、それはちょうど入口の敵から背を見せてしまっていた。その隙を見て入り口にいた魔物がランドを後ろから思い切り攻撃する。ランドは背部と頭部を強く殴打した。そのままどうと倒れる。頭からどくどくと血が流れる。セーラ姫は恐怖に凍り付いた。ランドの安否を気づかう暇もなく魔物が近づいてくるのである。セーラ姫は絶叫した。その時――


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