ここはグラシアーナ大陸南西部の端にあるレステの森。中では森の動物達が集まって話し合いをしていた。
「どうしよう。人間達はこの森まで戦場にするつもりみたいだ。あんなこわ〜い鎧兜着た人達に戦争なんかされた日には森の中が滅茶苦茶にされちゃうよ」
「僕ら住処を追われちゃうかも」
「巻き込まれて殺されちゃうかも」
「きっと火の魔法とかで焼き払われちゃうんだ。他の森がそうだった。僕らみんな黒焦げだ。とにかくおっかない人達だもんね。なんとかして追い払えないかなあ」
「他の人間に頼む?」
「どうやって? 下手すると殺されちゃうよ」
 動物達は困っていた。人間の戦争に巻き込まれそうなのである。森で平和に暮らしていた彼らの生活は脅かされようとしていた。しかし人間が動物のことなど考えてくれるわけがない。動物達は何かいい方法がないか考えていた。
 その時、一匹の鳥が大声で鳴きながら帰ってきた。
「みんなー聞いてくれー。珍しい人間を見つけたよー。僕ら動物と話ができるんだー!」
「何だって? そいつはいいや! その人に事情を話してみたらなんとかなるかもしれない」
「どんな人だろう? 早く行ってみよう!」
 動物達は期待を胸にぞろぞろと森の入口へ向かった。そこにいたのは――
「あれえ? 随分ちっちゃい人間だねえ」
「って子供じゃないか! 人間の子供だよ」
「よう、おまえ達、どうかしたのか?」
 その子供――アレルは気さくに動物達に話しかけた。
「この近くに人間の軍隊がいるんだ。なんでもこの森を戦場にするつもりらしい。僕ら動物だから詳しいことはわからないけど、このままだと森が滅茶苦茶になってみんな死んでしまうよ」
「それは大変だな。自分の住処を戦場にされるなんてとんでもない話だ」
「そうなんだよ。既に近くの森は戦場にされちゃって、焼け野原になってしまったんだよ。ここいらで残っているのはここレステの森だけさ」
「森が焼け野原に……?」
 ふいにアレルの脳裏に燃え盛る炎が緑豊かな森を無残にも焼き尽くす光景が鮮明に映った。そして炎に呑まれて次々と焼け死んでいく動物達も。あまりにも鮮明に脳内に焼け付いた光景。そして何故か釈然としない怒りが湧いてきた。この怒りがどこから込み上げてくるのか、今ひとつわからない。
(これは…俺の記憶…? 俺が過去に知っていた森は焼けてしまったのか…?)
「ねえ、どうかした?」動物達が怪訝そうに尋ねる。
「あ…いや。とにかくこの辺の森は人間達の戦争によって焼き払われてしまったんだな? ひどい話だ」
「うん、なんとかしたいけど僕らには力がない。あのおっかない人間達に殺されちゃうだけだよ」
「俺がやめさせてやるよ」
「えっ? 君は子供じゃないか。相手はこわ〜い甲冑着た大人達だよ? それもたくさんいるんだ。下手すると君まで殺されてしまうよ」
「少なくともこの森から追い払うくらいのことはできるさ」
 動物達は不安になった。誰か人間に頼んで森を戦場にされるのをとめて欲しいとは思っていたのだが、せっかく見つけた人間はまだほんの子供だった。子供を恐ろしい大人の人間の元に行かせるなどということはできなかった。動物達は慌ててアレルをとめようとする。
「駄目だよう! あいつらは暗黒騎士っていう、黒い鎧兜に身を包んだ悪い奴らなんだ!」
「暗黒騎士?」
「うん、暗黒剣の使い手なんだって」
「それじゃつまり聖騎士の反対ってことか。これはますます俺が退治しなきゃな!」
「君はまだ子供でしょ? 無茶だよ!」
「まあ、見てろよ」
 心配してとめようとする動物達を振り切って、アレルは森を後にした。

 先程訪れたレステの森は、地図上ではグラシアーナ大陸南西部に入る。中央部から南東のルドネラ帝国へ行こうとしていたアレルだったが、動物達に呼ばれて少し道を逸れてしまった。聞いたところによるとこの周辺の他の森は焼け野原になってしまったという。アレルは浮遊術で遥か上空に浮かび、空から大地を見下ろした。その光景はひどいものだった。かつて緑豊かだった森、豊かな自然は跡形も無く消え去り、荒廃した大地だけが無残に残っている。乾いた土地のあちこちにひびが入っている。閑散とした光景。
「ひどいな…これだけすさまじく、大規模に荒れ果ててしまうと元の状態に戻るには相当の年月がかかるぞ」
 アレルは森が好きだった。森だけでなく、自然そのものを愛していた。アレルが自然を操る力を持っているのはその為なのかもしれない。だからこそ、この惨状は許せないと思った。戦争という人間の醜い争いの為に動植物の生命がいたずらに失われ、大地がすっかり荒れ果ててしまったのだ。
 アレルは大地を見渡すと、軍隊の陣地を見つけ出し、そこへ向かった。

 暗黒騎士達の陣地。見ると、禍々しいデザインの鎧兜に身を包んだ騎士達が、がちゃがちゃと鎧の擦れ合う音を鳴らしながら巡回している。アレルは中に潜入すると、隊長らしき人物を見つけた。人払いをし、一人考えに耽っているようだ。
「おい」
「うわあ! びっくりした!」
 背後から声をかけると、その隊長らしき男は仰天した。
「なっ、ななな何だ君は? 一体どこから現れたんだ?」
「どこでもいいだろ。それよりあんたと話がしたい」
 男はひどく慌てているようだ。恐ろしげな甲冑に身を包んではいるが、それほど怖い人物ではなさそうだ。兜をかぶっており、面頬をおろしているので表情は全く見えない。
「君は一体何者だい? 気配を一切感じさせず僕の背後に回るなんて。まさか敵国のスパイとも思えないけれど…ここは子供の来るところじゃない。今すぐ家にお帰りなさい」
「俺は通りがかりの旅人さ。帰る家なんかないよ。それより俺はこの土地は初めてでよく知らないんだ。何が起こってるのか教えてくれ」
「子供が一人で旅? なんて危険な。とにかく他の地方から来たんだね。私はミドケニア帝国暗黒騎士団の大隊長クラレンスだ。陛下の命によりダレシア王国と戦争を行っている」
「何で戦争なんかしてるんだ? その為にこの土地は随分荒れ果ててしまったじゃないか」
「帝国の繁栄の為だよ。それにこの土地だって時間をかけて開拓すれば人間の住める場所になるさ」
「あっさり言うな。一体どれだけの生命が犠牲になったと思ってるんだ。人間も、動物も植物も死骸だらけだ。おまえ達が思っている以上に土地の荒廃はひどい。元に戻るには相当の年月がかかる」
 アレルの瞳から物騒な光が輝いた。クラレンスと名乗った暗黒騎士は思わず後ずさる。
「な、何だい? 急に」
「俺にとっては国家間の事情なんかどうでもいい。この土地の荒廃ぶりは目に余る。これ以上自然界を荒らすのはやめろ。大人しく引き返すんだ!」



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