「ご主人様………ねえ、ご主人様! アレル様ったら!」
 ここはアレルの空間。空間術を取得した彼は自分だけの空間を所持しているのである。そして使い魔である猫人間のジジに自分の空間の世話をさせている。ジジは空間内を掃除しながら主人であるアレルを心配していた。
 普段、アレルは外の世界で旅をしている。たまに持ち運べないほどの宝を手に入れたり、気の向くままに休みたい時にはこの自ら作り出した空間で休んでいた。だが、先日からアレルの様子はおかしい。使い魔のジジの前ではいつも明るい雰囲気を絶やさなかった彼はこのところ深刻で思いつめた表情でいることが多かった。自分の空間にいる時も寡黙なまま、外の世界にいる時も確たる目的も持たず放浪したままである。具体的に何があったのか、ジジは聞いていたが、使い魔として主人にしてやれることは、ただ傍で世話をすることだけだった。
「ジジ、俺のことはアレルでいいって言っただろ? ご主人様と呼ばなくてもいいし、様付けで呼ばなくてもいいよ」
「でも僕は使い魔として主人であるあなたのことがとっても心配なんですっ!」
「……………」
「もう! 元気出して下さいよ! ルネスのことは残念だったですけど、ちゃんと弔ってお墓を作ったんでしょう? アレルの身体のことだって、ちゃんと説明がつくって薬屋のおじさんに教えてもらったんでしょう?」
「う〜ん、でもあの話、なんか疑わしいんだよな。人間の身体って毒に慣れるようにはできていないような気がするんだ。毒が効かない身体ってそう簡単にできるもんじゃないと思う。俺が平気なのは何か他の理由があるんじゃないかな…」
「アレル、毒が平気な身体だってことは黙ってればわかりませんし、それによって困ることはありませんよ。僕、まだ使い魔として生まれたばかりで、気の利いたこと何も言えないですけど、アレルには元気でいて欲しいです!」
ジジはなんとかしてアレルに元気を出してもらおうと必死だった。
「わかったよ。心配かけてすまなかった」
「それで、外の世界では今度はどこへ行くんです?」
「そうだな。今までは誰にも会いたくなくて人の通る道は避けてたけど、そろそろ人里に出そうなんだ。またお土産持ってくるからな。いい子で待ってろよ」
「はーい!」

 まだ気分は滅入ったままだったが、アレルは外の世界で旅を続けることにした。自らの空間から外界へ出る。グラシアーナ大陸南西部をあてもなく歩いていた彼だったが、そのうち潮の匂いがしてきた。どうやら海岸近くに来たようだ。波の音、海鳥の鳴き声が徐々に大きくなってくる。空は雲一つない快晴である。海。どこまでも続く水平線。こうしてじっくりと眺めるのは初めてのような気がする。近くに漁村を見つけると、アレルは中に入っていった。

 長閑な漁村では人々が獲った魚介類を運んでいた。子供一人旅のアレルにも気さくに話しかけてくる。
「坊や、こんにちは。ここはピシュアの村。小さな漁村だよ」
「こんにちは。ここは随分静かな村だね」
「そんなことはないよ。今、海賊達が来ている」
「えっ!? でもその割には随分と静かだけど? どこにも強奪とか起きてる気配はないよ」
「なあに、海賊と名乗ってはいるが、実は海のトレジャーハンターなんだ。実際には気のいい人達だよ。ちゃんと勘定は払うし、乱暴を働くこともない。なんなら会いに行ってみなよ。酒場でたむろしているか船着き場で船の点検をしているよ」
(海賊ねえ……)
 アレルは船着き場の方に行ってみることにした。アレルの記憶にあるのは主に森や砂漠のイメージである。海や船は初めてではないかと思った。船着き場では小さな漁船がいくつもあり、船乗り達がそれぞれ船の手入れをしている。その中に一際大きい船があり、髑髏マークの旗がはためいている。本で出てきたようないかにも海賊らしい船だ。眺めているとそこにいたバンダナを巻いた男が気さくに話しかけてきた。
「よう、坊主! 俺達の海賊船を見に来たのか?」
「あんた達がこの村に来ている海賊?」
「おうよ! 俺はセルゲイ。この海賊団の一員だ。どうだ? ちゃあんと物語に出てくるような海賊のイメージ通りにしてるんだぜ。旗だって髑髏マークにしたし、船長は片目を眼帯にしてるし、片方はフック状の義手なんだ。どうだ、完璧だろう?」
「なんだよ、それ。つまり物語に出てくる海賊に憧れて海賊になったってことか?」
「ああ、そうだよ。俺達は元々港町や漁村で育って、海賊に憧れた奴で集まった集団なんだ。他の海賊とは違って、決して略奪とかはしない!」
 どうやら本物の凶悪な海賊達とは違って善良な人達のようだ。
「略奪をしないならどうやって金を稼いでるんだ?」
「そりゃあもっちろん世界中のお宝を探し回って換金するのさ! 俺達は海のトレジャーハンターなんだ!」
「だったら最初っから海賊じゃなくて海のトレジャーハンターって名乗ればいいのに。紛らわしい」
「駄目だ! 海賊じゃなきゃ決まらないだろう!」
「いや、カッコよく決まるとかそういうことじゃなくて……」
「まあ、細かいことは気にするな! とにかく海賊ってのはスケールが広いだろう? 七つの海を渡って世界中を航海する! まさに男のロマンだぜ!」
 そこでアレルは素朴な疑問を口にした。
「七つの海? そういえばそういう言い方も聞いたことあるけど、七つの海って具体的にどこを指すの?」
「え………?」
「七つの海全部言える?」
その後しばらく沈黙がおりた。
「船長〜! ガキにいじめられちまったよお〜!」
 セルゲイと名乗った男は船長の元へ駆け出して行った。

「馬鹿野郎! おめえはそんなことも知らずに海賊やってんのか!」
「だって船長〜!」
 セルゲイは船長から拳骨を喰らっていた。船長はセルゲイが先程説明した通り、片目に眼帯をしており、片手は義手であった。船長はアレルを見ると話しかけてきた。
「よう、坊主! 俺がこの海賊船シーホークの首領ヴァスコ様だ! どうだ? おまえの海賊のイメージに合ってるか?」
「あんた達は人がイメージする通りの海賊を目指しているのか? なんだか呆れちまうな」
「ガハハハハッ! 細かいことは気にするな! それより俺達の船、見たいだろう? そうだろう? 見せてやろうじゃないか?」
「要は見て欲しいんだな……」
 ヴァスコと名乗った海賊の首領はアレルを海賊船に案内した。得意満面で船を紹介するヴァスコ。
「どうだ? 憧れるだろう? この船でお宝を探して回るんだ。俺達は海の男! 海は男のロマンだ! 俺達は一生海の男として生きるんだ!」
 海賊達は口々に『俺達は海の男!』と声を上げ、格好をつけた。そこでアレルはまた素朴な疑問を口にした。
「ふうん、じゃあ女は?」
「へ?」
「海の男がいるなら海の女もいるんだろ?」
 再び沈黙がおりた。
「海の女…ねえ…海女(あま)さんかな…?」
「海女さん? その人達はどこにいるの?」
「ほら、あっちの方で貝を並べているレディ達がいるだろう。彼女達さ」
「ふうん?」
 アレルは今度は海女と呼ばれた人達の元へ行ってしまった。後に残るはヴァスコと他の海賊達。
「ったくよお、ガキってのは思いもよらない発想を持ってやがるぜ。海の男がいるなら海の女もいるかだと?」
「お頭〜。だからって海女さんを紹介することはなかったんじゃないですかい? 普通に女の海賊だっているじゃないですか」
「うるさいな。海女さんだって立派な海の女だぞ! そうだ、海の女に間違いはない!」
「あの坊主、変な誤解しなきゃいいけどなあ」



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