アレルは海女(あま)と呼ばれる女性達の元へ行った。見ると、魚介類や海藻、真珠などがたくさんある。海女達の中でも一際若く美しい女性が話しかけてきた。
「あら坊や、どうしたの?」
「あなた達が海女さん?」
「そうよ。見て、こうして海女船で漁をしているの。坊や、お名前は?」
「俺はアレル。まだ子供だけど旅人だよ」
「まあ、そんな小さいうちから。さぞかしご両親が心配しているでしょう」
「俺は両親を探しているところなんだ」
「そうだったの。それは大変ね。私はケイトっていうの。…そうだわ。獲れたての鮑なんかどう? 坊やには特別に食べさせてあげちゃうわ」
 アレルはケイトという海女の女性から鮑を受け取って食べてみた。
「美味しい!」
「でしょ?」
 アレルはケイトとしばらく話をした。記憶喪失と旅をしていることについて。
「そう、記憶喪失なんて大変ね。一人じゃさぞかし心細いでしょう?」
「そんなことないよ」
「あなたはまだ子供なのよ。強がってばかりいないで、たまには大人に甘えてもいいのよ」
「ありがとう。じゃあ船に乗せてよ」
「いいけど、溺れたら大変よ。坊やは泳げる?」
 アレルはまだ泳ぎ方を知らなかった。水は怖くない。溺れても平気だと思った。だが、それをケイトに言うと彼女は厳しく嗜める。
「駄目よ! ほんの少しの油断が命取りになるんだから。海を甘く見たら駄目。いらっしゃい、私が泳ぎを教えてあげるから」
 アレルはケイトから泳ぎ方や水の中で浮かぶ方法、息継ぎのコツなどを教わることになった。ついでに水の中に潜って魚を捕まえようとしたり、地上から海へ飛び込んだりして遊んでみた。
 そして、先程の海賊達が遠くから見たのは、ケイトという美しい海女と戯れるアレルだった。
「あああああーーーーーっ! あのガキ! ケイトさんと一緒に遊んでるぞー!」
「この村の海女さんの中でもとびっきりの美人と! なっ…なんて羨ましいんだ!」
「俺なんか憧れ過ぎて声もかけられないのにー!」

 それからしばらくアレルはケイトと共に過ごした。泳ぎ方をはじめ、海女の漁について教えてもらったり、一緒に船に乗って漁の手伝いをしたりした。そんな中、時々海賊達が遠くからこちらを見ているのに気づいた。何か非常に羨むような視線。訝しげに思ったアレルはもう一度海賊達の元に行った。以前会話をしたセルゲイという男に話しかけてみる。
「なあ、あんた達、よく俺とケイトさんのこと見てるよな?」
「ぼうず、おめえ、ずけずけとものを言うな」
「だって気になるんだよ。どうかした?」
「このこの! 羨ましい奴め! あんな美人とイチャイチャしやがって! ガキはいいよなあ。ああ、俺も子供に戻りてえ。ケイトさんはなあ、この村一の美人なんだよ。密かに俺達の憧れのマドンナなんだぜ! それを独り占めするなんて、こいつぅ!」
 そう言うと海賊達はアレルの頭をつかんで、がしがしと揺すった。
「俺はただ泳ぎ方を教えてもらってるだけだよ」
「ああっ! なんて羨ましいんだ! 俺もあんな綺麗なお姉さんに教えてもらいたい!」
「あんたら海賊なんだから全員泳げるだろ?」
「チッ……そうだよ! …ああ…愛しのケイトさん……俺、今度思い切って告白してみようかなあ」
 その時、ケイトがアレルを呼ぶ声が聞こえてきた。
「いけない。これから漁の時間なんだ」
「……ハッ! ケイトさん、これから漁なのか!?」
「ああ。……なんだよ、どうかしたのか?」
「だ、だだだだってよう、海女さんって漁をする時、上半身裸じゃねえか」
「うん、そうだね。……って、何そわそわしてるんだよ。大の大人がみっともない。間違っても覗きなんかするんじゃないぞ」
「おまえら! これからケイトさんは漁なんだからな! ぜーーーーーったい覗くなよ!」
「おまえこそ!」
「おまえこそ!」
「いいか! 女性の裸体は神聖なるものであるからして、絶対に俺達男が汚らわしい目で見たりしてはいけないものなのだ!」
 よくわからない力説を始めた海賊達。アレルは呆れながら海賊達の元を去った。

 次の日――
「うわああああーーーーー!」
「何だ! どうした?」
「聞いてくれよお! 俺、昨日の夜、思い切ってケイトさんに告白してみたんだ。そしたらよお、ケイトさんは村に言い交わした人がいるって……」
「何だってー! 俺達の憧れの人があー!」
「うわああああーーーーー!」
「うおおおおおーーーーー!」
 海賊達は失恋で嘆いていた。その光景を見ていたアレルは呆れを通り越して気が抜けた。
(なっ………なんて健全なんだ。本来『賊』と呼ばれる連中の残虐さの欠片もないぜ。これがあのヴィランツ帝国だったら到底こうはいかないぜ。思えば、無茶やってヴィランツから亡命してから一気に健全な奴らと縁があるなあ。ランド達もそうだしギル師匠もそうだし、小人族のカイル達もそうだし、トネリア王国の人も。ミドケニア帝国の暗黒騎士で久しぶりに嫌な奴と出会ったけど、お人好しの暗黒騎士もいたしなあ。もしかしてヴィランツが特別に悪徳栄えた国だったのか?)
 ヴィランツ帝国滞在時に人間の暗黒面を嫌というほど見てきたアレルは他の国の人の好い気質に驚かずにはいられなかった。
(世の中思ったほど悪い人ばかりじゃないんだな……これなら人々の平和を守る為に戦ってもいいっていう気になるけど……でも、どうかな……『また』絶望するんじゃ……)
 アレルは少々人間不信なきらいがある。具体的にいつどこでどのようなことが起きてそうなったのかはわからない。普通にしていれば底抜けに明るく振る舞うことのできるアレルの心には深刻な闇が隠されていた。その闇が一体どのようなものか、探ろうとしても靄がかかったように漠然としてはっきりしない。
「おーい、ぼうず!」
 自分の中の深刻な部分に思いを馳せていたアレルの思考を破ったのは海賊の船長ヴァスコだった。



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