気がつくと海賊の船長ヴァスコが傍にいた。
「よう、ぼうず! また俺達の海賊船を見に来たのか? 興味あるんなら仲間にしてやってもいいぜ。ガキのうちからみっちりしごいてやる」
「う〜ん、船には乗ってみたいな。なあ、あんた達は世界中のお宝を探して航海してるんだろ? 今度はどこへ行くんだ?」
「ロアン島へ行ってみようかと思ってるんだが……あそこは今まで二度も嵐に遭ってやむなく断念したんだ。嵐さえなければなあ……」
「ふ〜ん、じゃあ今度の航海には俺を乗せていきなよ。そうすれば嵐には遭わずに順風満帆に行けるぜ」
「そりゃあ一体どういうこった?」
「さあてね」
 アレルは自然を操ることができる。嵐に遭わずに船を航海させることも可能だった。そんなことは知らない船長は怪訝な顔をした。
「なんだよ。船に乗りたけりゃ素直にそう言えってんだ。ただし、タダでは乗せねえぞ」
 アレルはちょっとした好奇心から海賊と名乗る海のトレジャーハンター達についていくことにした。海は初めてだし、船に乗って航海もしてみたかった。自然を操る力を持つアレルがいれば嵐は起きずに無事航海ができる。しかし、そのことは海賊達には黙っていた。もしそんなことを言えば本格的に仲間に誘おうとするだろう。海女のケイトに泳ぎ方も教えてもらったアレルは初めての航海に向けて、期待に胸を弾ませていた。
 ピシュアという小さな漁村から、アレルと海賊達は航海に出た。見送りにはケイトをはじめとする漁村の村人達がいた。空は快晴。雲ひとつない青空である。海鳥達が鳴きながら飛びまわっている。そんな中、アレルは海賊達と共に航海に出た。

 航海は順調に進んだ。アレルはよくマストの帆柱の上まで登っては、海鳥に餌をやりながら天候を調節した。嵐は起きずに海は穏やかな状態を保っている。この分だと今度こそロアン島へ行けそうだと、海賊達は喜んでいた。アレルは下働きのようなことをやったり、船長と一緒に船室でくつろいだりと、その時の気分で好きなことをやった。
そんな中、アレルは海賊の船長について一つ発見したことがあった。船長が義手を手入れしているところを見たアレルは驚いた。なんとフック状の義手の内側にはちゃんとした手があったのだ。
「船長、その手……」
「あっ! しまった! ………バレちまったら仕方がねえ。誰にも言うんじゃねえぞ」
「っていうか、何でそんなことしてるんだよ」
「伝説の海賊の真似するならやっぱり片手は義手じゃねえとな。だけどせっかく五体満足でいるってのに片手をちょん切るなんてこたあできねえ。ってなわけで上からフック状の義手をつけてるんだよ。これが暑いところだとむれちまって」
 そこまでして義手にする必要はないのではないかとアレルは思った。それに実は船長について気づいていたことはもう一つあった。眼帯が毎日左右違うのだ。
「おう! そりゃあ俺様の目は両方とも見えるんだからな。だけど俺は片目を潰すなんてこたあ怖くてできねえ。それに毎日片方の目ばかり眼帯してたら目がしょぼしょぼしちまう。ってなわけで毎日眼帯する目を左右変えてるんだよ」
「つまり義手も眼帯も偽物?」
「義手と眼帯してりゃ海賊のキャプテンとしてそれらしく見えるだろ?」
「呆れた」

 ある日、アレルは船の近くにイルカがやってきたのに気づいた。曲線を描いて水上に出てはまた海に潜っていく。
「おーい! 俺と一緒に遊ぼうぜ!」
 アレルはイルカ達に呼びかけると自分も海に飛び込んだ。そして一緒に泳いで遊びだす。イルカの一匹に乗って無邪気にはしゃぐ姿は年相応で可愛らしい。普段はクールで大人びた振る舞いの多いアレルだが、動物と遊ぶ時は子供らしくなる。そんな時のアレルは心底明るく楽しそうだった。
「おい、見ろよ。あのぼうず、イルカと一緒に遊んでるぜ」
「可愛いなあ」
「そうだよなあ。見てると癒されるよなあ」
 その時、船長の怒声が響いた。
「コラッ! おめえ達何してる! さぼってんじゃねえ!」
「いえ、無邪気な子供が動物と戯れている様を見て癒しを感じてただけで」
「おう? あいつ、溺れたりしねえだろうな? 見てるとハラハラしちまうぜ」
「大丈夫じゃないですかい? いざとなりゃ俺達がすぐに飛び込んで助けますよ」

 航海は穏やかに過ぎていった。アレルが自然を操る力を使って嵐が起きないようにしていたのだから順風満帆である。ロアン島まであと少し。そんなある日の夜、アレルは不穏な気配を感じて目を覚ました。甲板に出ると海賊の一人セルゲイがいた。
「よう! ぼうず、眠れねえのかい?」
「なんだか不穏な気配を感じて。魔物でもいるんじゃないかな」
「やめてくれよ。伝説のクラーケンなんかにゃ遭遇したくないぜ」
「なあ、セルゲイさん、なんか寒くない?」
「夜風で身体が冷えたんだろう? 風邪ひかねえうちにさっさと寝な」
 その時、セルゲイの背後にうっすらと浮遊しているものが見えた。真っ暗な夜に白い影が……
「セルゲイさん、後ろ!」
「あん? 何だってんだあ? ………ギャーーーーー!! ゴーストだーーーーー!!」
 見るとゴーストは一体ではなく、たくさん現れた。そして寝ている海賊達に襲いかかってきたのである。セルゲイは慌てて仲間達を起こすと応戦した。だがゴーストは武器で攻撃しても効果が薄い。海賊達は苦戦した。
「くっそー。こいつらキリがねえぜ」
「ゴーストといえば火や光の魔法に弱いんじゃねえか?」
「こんな時に魔導士がいれば……」
 海賊達がそんなことを考えていた時、アレルが光の魔法を唱えた。広範囲に渡って聖なる光が迸り、ゴースト達を一掃する。
「ぼうず! おまえ魔法使えたのか? 魔導士の格好してないのに」
「俺は剣士だけど魔法も使えるんだ」
「魔法使えるのは魔導士だけだろ? そんでもってローブ着て杖持って」
「剣も魔法も使える戦士だっているんだよ! 俺みたいに!」
 あれこれ話している暇もなく、一旦消え失せたゴースト達がまた次から次へと現れてきた。そのたびにアレルが光の魔法で消滅させていくと、そのうち親玉らしき、一際大きなゴーストが現れた。
「どうやらあいつがボスみたいだな」
 アレルは改めて愛剣エクティオスを翳すと聖なる光を放出し、親玉のゴーストにぶつけた。巨大な光の球が爆発し、一瞬昼のような明るさになった。ゴーストは奇声を放って消え去った。眩い光がおさまり目が慣れてくると周囲は元の静かな暗闇に戻った。まるで何事もなかったかのような静けさである。海賊達は我に返るとアレルを誉めちぎった。
「ぼうず! おめえ、すげえじゃねえか! 魔法も使えれば剣まで使えるなんて!」
「おう! ぼうず、よくやった。よくやった」
 アレルは次々と海賊達に頭を撫でられた。アレルが子供とは思えない強さを発揮しているのを目の当たりにした彼らだったが、ただただ驚き感心しているようだった。自分がいなかったら彼らはどう対処したのだろうと思いながら、アレルはその夜ぐっすりと寝た。

ロアン島まであと少し。



次へ
前へ

目次へ戻る