海の中から巨大な亀の頭が顔を出した。そして後ろを振り返る格好でこちらを見ている。亀はむっくりと起き上がろうとした。すると島全体が震撼し、盛り上がった。
 なんと、島はその巨大な亀の甲羅の上にできていたのであった。アレルが島に降り立った時の違和感はこれであったのだ。
「うわあ! なんだあの亀は!」
「この島は亀の上にあったのか!」
「どうする? 早いとこ逃げねえとまずいんじゃねえのか?」
 海賊達は驚きと戸惑いを隠せない。亀の方はのんびりとした表情でアレルと海賊達を見た。
「う〜ん、久しぶりに起きたら来客があったようじゃの?」
「うわ! しゃべった!」
「驚くでない。わしの名前はセアルーガ。太古の昔からずっと生きておるただの亀じゃよ」
 亀の方に敵意はないと感じて海賊達はほっとした。そして亀の方に興味を持ったアレルは浮遊術を使って飛び、セアルーガと名乗った亀に近づいた。
「なあ、あんた亀なんだろ? 何で甲羅の上に島なんかつくってるんだ?」
「別につくろうと思ってたわけではない。何百年何千年と眠っておるうちにいつの間にかできてしもうたんじゃ。おかげで身動きがとれなくて困っておる。いくらわしが寝るのが好きとはいえ、たまには身体を動かしたいのじゃが……」
 亀が身じろぎすると島全体が震撼し、島の動物達は怯え出した。
「ああ、ごめんよ。怯えないでおくれ。よしよし、よしよし。……と、この通りじゃ。わしが動くと動物達が怯えるから動くに動けん。そんなことをしておるうちにとうとう身体が弱って動けんくなって、人間共はわしをロアン島と名付けおった。島だということにされてしもうたのじゃ。本当は、わしは亀なのに」
「そうだったのか。じゃあ俺が島の動物達に言い聞かせるから移動してみる? 俺、動物と話ができるんだ」
「おお! そりゃありがたい! このままじゃ運動不足になってしまうぞい」
 アレルは海賊達にも簡単に事情を説明し、島の動物達にも話をした。海賊達は目を丸くしている。動物達はしばらく住みかで大人しくしていることにした。セアルーガと名乗った巨大亀はゆっくりと大海の中を移動し、帰路についた海賊船にゆっくりとついてきた。アレルは不思議に思ってセアルーガに話かける。
「何でついてくるんだ? 大陸にあんたみたいな巨大亀が現れたら一気に騒がれるぞ」
「なに、途中までじゃよ。久しぶりに人間とも話をしてみたくなってのう」
「う〜ん……あんたは一体何年生きてるんだ?」
「はて、もう自分の歳なぞ忘れてしもうたわ。ざっと一万年以上は経っておるはずだが」
 一万年。人間からすれば気の遠くなるような年月をこの巨大亀は生きてきたというのだ。
「寝てることが多かったがのう。わしはぐうたらするのが好きなんじゃ」
「怠け者だな。だから甲羅の上を島にされちゃうんだ」
「まさか何千年も眠っとる間に地面ができ地盤が固められ植物が生えて動物が住むようになるとは思いもしなかったぞい」
「呆れたなあ。それじゃあこの世界の歴史とかあんまり知らないの?」
「そうでもない。最近なら約千年前の世界大戦、世界大崩壊なら嫌でも覚えているわい」
「千年前にそんなことが?」
 巨大亀のセアルーガによると、今から千年ほど前、世界はナルディア人が神々と共に支配していたのだそうだ。アレルはたまたまナルディア人を知っていた。アレルが記憶喪失で目覚めた時にいたのはナルディアという非常に文明の発達した島国だった。どうやら彼らは古代人らしかった。そのナルディア人がかつて神々と共に世界を支配していたというのである。
 かつてのナルディア人は神々と共に天上界に住んでおり、天空から地上を支配していた。そして魔法も機械も非常に高度な文明が栄えていた。だが全世界の間で戦争が起こり、今では考えられないほどの命が失われた。世界も天上界も一旦大規模に崩壊した。かつての高度な文明は失われてしまった。
「その後、始まったのがラピネス歴。ところで今、ラピネス歴は何年じゃ?」
「千七年だよ」
「じゃあちょうど千七年経っておるのか。あの悲劇から。ナルディア人達は今どうしとるかのお」
「どこかの島国で鎖国状態だよ」
「そうか。少しは反省しておるのかのう」
 セアルーガは深いため息をついた。アレルは自分が縁があった古代人ナルディアのことを興味深く聞いていた。
「へえ、千年前にそんなことがあったんだ。知らなかったなあ。そんな記録はどこにも残ってないよ。古代文明の遺跡とかはあるみたいだけど」
「おまえ達地上人には何も知らされておらんのか」
「地上人……」
「そうじゃ。おまえ達はナルディア人に支配される立場だったんじゃぞ」
 アレルは記憶喪失で目覚めた時を思い出した。ナルディアにはそれほど長くいたわけではない。詳しいことがわかるまえによそ者であるアレルはワープ魔法で他の大陸へ飛ばされることになったのだ。
「今のナルディア人がどうしているか、詳しくは知らない。だけど俺を助けてくれたおばさんはとてもいい人だったよ」
「そうか。島に国を作って住み、鎖国状態ということは、今ひっそりとなりを潜めているわけか」
「ねえ、他に何か知ってる?」
「そうじゃなあ。おまえ達、それなら天帝の存在も知らないのかの?」
「天帝?」
 セアルーガによると天帝というのはかつてのナルディア人の皇帝のことだそうだ。神々と共に天上界に住み、天空の支配者として天帝と呼ばれていた。天帝は人間でありながら圧倒的な力を持ち、神々でさえも一目置く存在であった。千年前の世界大崩壊は天帝の乱心も大きな原因の一つだった。そしてその時以来、新たな天帝は生まれていない。
 セアルーガの話を聞いてアレルは怪訝な顔をした。
「なんだかよくわからないな。ナルディア人と神は違うの? それにそもそも神様っているの?」
「神々は今でも天上界に住んでおる。勇者の神託は神の御使いが行っておるはずじゃぞ」
「ああ、そういえばそうだったな。俺は基本的に信仰心が薄いから神なんて信じてなかったんだ」
 アレルは自分が神託を受けた時のことを思い出した。
「神というのは天上から高く見下ろして人を支配する存在。人々が助けを求めても慈悲をくれるものではないんじゃ」
「やな感じ。ナルディア人はそんな神々と一緒に世界を支配してたのか」
「そうじゃ。ナルディア人が滅亡しておらんということはいつかまた新たな天帝が生まれると思うのじゃがな。それが世界にとって吉と出るか否かはわからん。新たな天帝が生まれれば、今までなりを潜めていたナルディア人も天上界の神々もまた動き出すだろう」
 話を聞いているとナルディア人にあまり好感が持てなくなってきたアレルであった。彼らはまた圧倒的な力で人々を支配するようになるのだろうか。しかし、以前自分を助けてくれたジェーンという女性はいい人であった。
「ナルディア人っていうのはいい人なのかな? それとも悪い人なのかな? どっちだろう」
「これこれ、そんな単純に白黒はっきりさせられるものではないぞい。ただ、ナルディア人はかつて大きな過ちを犯した。世界を滅亡寸前にまで追いやったのじゃからな。同じ過ちを繰り返さなければよいのじゃな」
「もし、何かあったら俺が止めてみせるよ。これでも俺は神託を受けた勇者なんだ」
「なんと、そんな幼いうちから勇者とは、神々も随分と苛酷な仕打ちをしおるな」
「大丈夫だよ。今までだってなんとかやってきた。これからも自然界に平和をもたらしてみせる」
 アレルは、見た目は子供だが、子供ながらに勇者の神託を受けたことを何とも思っていなかった。自分にとって負担ではない。苦労はするだろうが。
「人間界と言わず自然界というところが独特じゃなあ」
「自然の摂理に反することやってる人間の味方をする気はないんだ」
 アレルは自然を操る力を持っている。彼にとって守るべき世界は自然界全てであって人間界ではなかった。独特の価値観を持つアレルは時に人間と対立することもあった。暗黒騎士達との一件がまさにそうである。
「それもまたよかろう。さて、少々長話し過ぎたかな。わしはそろそろ失礼するぞい」
「あれ? もう行っちゃうの?」
「ナルディア人のことが気になる。彼らは今どこにおるんじゃ?」
「俺はワープ魔法で追い出されたから場所は教えてもらえなかったけど、どこかの小さな島にいるはずだよ」
「よし! これからこの大洋を渡って探ってみるぞい」
 意気込んで泳ぎ出そうとするセアルーガを慌てて止めるアレル。
「甲羅の上に住んでる動物達はどうするの?」
「ああ! そうじゃったあー!」
「あのさ、俺、空間術とかいろんな術使えるから、動物達を適当な島に移住させてやるよ」
「かたじけない」
 アレルはセアルーガの甲羅の上に住んでいた動物達を説得し、途中の島に移住させた。それは大変な作業であった。海賊達は唖然として見ている。なんとか移住を終えると、セアルーガは感謝の意を表した。
「すまんのう。これからは甲羅の上に何かできないように気をつけておこう。礼にわしの甲羅の欠片を一つ持っていくがいい。何万年も生きておるわしの甲羅には魔力がこもっておる。わしを呼びたい時はいつでもその甲羅に呼びかけるがいい」
「それはありがたいけど………あんたって、何か役に立つの?」
 そう言うとセアルーガは怒ってバシャバシャと暴れた。
「しっ…失礼な! 亀の甲より年の功…いや、それは亀であるわしが言うと変じゃな。とにかく! 年長者を甘くみるでない! ナルディアの場所がわかったら教えてやってもいいぞ」
「本当か? 俺はあの国にもう一度行ってみたいんだ」
「そうか。覚えておこう。小僧、またいつか会おうぞ」
 甲羅の上が一掃され、すっきりしたセアルーガは海賊船から方向を違え、大海の向こうへ消えていった。アレルは海賊達とグラシアーナ大陸に戻った。帰りの航海もアレルがいたので無事に進んだ。海賊達はアレルが何者なのか聞き出そうとしたが、アレルはあまり話そうとしなかった。そして大陸に着いた後、アレルが幼い子供でありながら単身大魔王を倒すほどの勇者であったことを知ることになるのだった。

 自らを海賊と名乗る海のトレジャーハンター達。彼らとの初の航海。それと数万年を生きる巨大亀セアルーガ。変わった出会いと別れを繰り返してアレルはまた旅を続ける。



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