アレルは街道を一人歩いていた。自らを海賊と名乗る海のトレジャーハンター達と初めての航海を体験した後、また当てもなく旅をしていた。足は自然とミドケニアに向かっている。やはりどのような国なのか、ミドケニア皇帝がどのような人物なのか、もっと詳しく知っておきたいと思ったのである。それにミドケニア皇帝に会ったら言いたいこともたくさんあった。大規模な戦争による自然破壊、暗黒騎士による暴挙の数々、毒を使った卑怯な手など。
そんなことを考えながら歩いていると、街道に人が倒れているのを発見した。アレルは慌てて駆け寄った。
見たところ、若い青年である。服はぼろぼろで一文無しで行倒れていた。このままでは死んでしまう。アレルは青年を介抱して水を飲ませた。青年はゆっくりと目を開ける。
「う……」
「気がついたか」
「ここは……そうか、俺は一文無しになって危うく死ぬところだったんだな」
「しっかりしろよ」
「坊や、何か食い物をくれ」
 アレルが携帯していた食糧をやると、青年はがつがつと食べだした。満腹になって一息ついたところで改めてアレルの方を見る。
「やあ、助かったよ。ありがとう。ふーっ、食った食った。こんなに腹いっぱいに食ったのはいつ以来かな」
「一体どうしたんだ? 追い剥ぎにでもあったのか?」
「なあに、どうってことはない。賭博でボロ負けしたのさ」
「賭博――賭け事!? そんなものに手を出すからだよ」
「何を言う。ツキがまわってきた時のあの快感は忘れられないぜ! 今回はたまたま美女にしてやられたが、今度は取り返してやる」
「危うく死にかけたのに?」
「ギャンブルっていうのはそんなもんだ。イカサマする奴も多いし、揉め事、喧嘩はざらにある。スリルのある人生は楽しいぜ! ああ、あのお姉様、美人で色っぽかったなあ……あのレディの為に破産したなら本望だ……」
 青年は美女を思い浮かべて呆けている。その締まりのない顔を見てアレルは呆れた。賭博で美女に負けて破産して、危うく死にかけたというのに全く懲りてない」
「おおっと! まだ命の恩人の名前を聞いていなかったな。俺はセドリック。坊やは?」
「俺はアレル。記憶を取り戻す為に旅をしている」
「子供一人で?」
「ああ」
「そりゃあいけない! お兄さんが保護者になってあげよう!」
「いらない」
 アレルはあっさりと断った。ギャンブルで破産するような保護者などいらない。あまり関わると今後どんなトラブルに巻き込まれるかわかったものではない。アレルは堅気でもっときちんとした人が好きだった。
「そんなつれないこと言うなよ〜お兄さん、こう見えても人生経験豊富なんだよ〜それに助けてもらったお礼もしたいしね!」
「何もいらないよ」
「そんなこと言わずに」
「一文無しで行き倒れてたのに何ができるんだよ。町まで送ってやるから、今後はもう賭博なんかに手を出すなよ」
「賭博は俺の人生の楽しみだ! 絶対にやめられないね! それより、ちょっと悪いんだけど君にお礼する為にお金貸してくれないかなあ。銅貨一枚でいいんだ」
「銅貨一枚くらい別にいいけど」
 アレルは銅貨を取り出すとセドリックと名乗った青年に一枚渡した。
「ありがとう! それじゃあこれを元手に稼いで金貨にして返すよ!」
「何言ってるんだよ。別に返してもらわなくったっていいよ。それよりまともな仕事に――」
「ありがとう! これでまたひと稼ぎできる! さあ、いざレンドールの町へ!」
「レンドール? 確かこの近くにある大きな町だな」
「そう! あそこにはカジノがある! 賭けで稼いで君にたくさん美味しいものを食べさせてあげるよ!」
「なっ――あんた、俺の言うこと聞いてたのかよ! それに死にかけたんだぞ! もうそんなのやめろって! お礼なんていらないから」
「俺は子供に金を借りといて、それも返せないような情けない男じゃねえ! さあ、とにかくレンドールへ向かうんだ! 今度こそ俺の本領発揮だ!」
 しっかりと食をとったセドリックは今やぴんぴんしている。元気よく街道を歩き出した。アレルは呆れてものが言えない。賭けで破産したというのに、また賭けでひと稼ぎしようというのだ。レンドールに向けて勢いよく歩き出したセドリックを見て、アレルは一つの問題に思い当たった。
「あのさ、セドリック、途中モンスターがうろついてるから、その状態じゃ危険だよ」
「ああっ! そうだ! しまった! 槍も短剣もダーツもカードも無い! 素手で戦うしかねえ!」
「俺が守ってやるよ」
「何だって! 子供に守られるほど落ちぶれちゃいねえぞ! さ、アレルくん、お兄さんが凶悪なモンスターから身を呈して守ってあげるから安心しな」
「さっき死にかけてた奴が何を言うんだよ。俺はこれでも剣士なんだ。この歳でもう戦えるんだぜ」
「子供は無理して背伸びしなくていいんです! おとなしく大人に守られていなさい! いっくぜ〜! うりゃあああ!」
 セドリックはさっそく遠目に見えたモンスターに突進していった。しかし衰弱していたところをたった今回復したばかりである。すぐにへなへなとくずおれてしまった。仕方なしにアレルはレイピアでモンスターにとどめを刺す。
「大丈夫か?」
「ちっくしょお! 情けねえ! 子供の前でカッコ悪いところ見せっ放しだ。しかしこれから名誉挽回だ! 俺様が天才賭博師だってことを見せてやるよ!」
「天才賭博師が破産して行倒れになるかよ。もういいから、さっさと行くぞ。モンスターは俺が倒す」
「く、くそ! 武器さえあればこんなことには――」
 その後、セドリックはモンスターと遭遇するたびに突進していき、くずおれるということを繰り返した。大の大人として小さな子供に守られるのは屈辱らしい。何が何でも大人の意地を見せようとするのだが、格闘家でもないのに素手で魔物と戦うのは分が悪い。結局、毎回アレルが止めを刺すことになった。そんなことを繰り返しながら二人はレンドールの町へ向かう。



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