「それにしてもアレル君、きみは秘密が多すぎるよ。まず子供とは思えない強さを持っているし、子供とは思えない発言をする時もある」
「俺は記憶喪失だからはっきりしたことはわからないけど、もしかしたら魔法や薬で小さくなっただけで、本当は大人なんじゃないかって言われたこともあるんだ。子供にしては強すぎるって」
「それは一理あるが……でもどうかなあ? 俺が見たところやっぱり子供だと思うけど」
「大人から見たらこんな小さい身体の俺を大人として扱うことなんてできないってこともあるんじゃないか?」
「それもあるかもしれないが、俺の勘では君はまだ子供だな」
 アレルとセドリックはそんなことを口論しながらラクマネ王国の城下町を歩いていた。一見、長閑な町であったが、国の財政難の影響を受けてどの店も羽振りが良くなかった。国家全体として不景気なのである。城下町の広場まで来ると、セドリックはアレルを置いて大人向けの場所に情報を集めに行った。もちろん不審な者には決してついていかないように念を押してである。広場は人が多いしアレルの容貌は目立つ。よからぬ輩がアレルに絡もうとしても一気に人目を引くだろう。だからしばらく一人にしておいても大丈夫だと判断したのである。その後とんでもないことになるとは夢にも思わずに。
アレルはしばらく広場を見渡していた。すると、広場の近くにある店が目に入った。そこでは店の主人らしい男が子供達に何やら言い聞かせている。
「お父さ〜ん、お小遣い頂戴〜」
「僕も〜」
「私も〜」
「こらこら! この間あげたばかりじゃないか」
「あれだけじゃ足りないよ〜。欲しいお菓子とか玩具とかあるんだよ〜」
「いいかい、今はね、みんなお金が足りない状態なんだ。不景気なんだよ。国も個人も。お父さん達もお金がなくて困っているがなんとかやり繰りしている。おまえ達も我慢しなさい」
「え〜」
「やだ〜」
 子供達はお小遣いをせがむのをやめない。あまりにうるさかったので、父親であるその男はこう言った。
「おまえ達なあ、お金お金お金って、金ってのは天から降ってくるもんじゃねえんだぞ!」
 アレルは空を見上げた。
(金が天から降ってくる、ねえ………そういえば今まで手に入れた金銀財宝、かなりの量になったな)

 ここはラクマネ城。
「陛下! 大変です!」
「どうした?」
「大量の金が空から降ってきました!」
「何を馬鹿なことを。いくら我が国の財政難が深刻だからと言ってそんな幻覚まで見るとは」
「幻覚ではありません、本物です! 空を見て下さい!」
「なあっ!?」
 見ると本当に空から金が降ってきている。金貨、銀貨、銅貨、全ての硬貨が雨あられとラクマネ城下町に降り注いでいる。ラクマネ国王は目を疑った。自分の頭がおかしくなってしまったかと思ったのである。しかし降ってきた硬貨は本物で、実際に手に取ることもできた。
「なっ!? ななな、一体何が起こったのだ?」
「神からのお恵みか?」
「まさかそんな馬鹿な」
「とにかくこの硬貨を全て回収するのだ! 国庫に納めれば財政を立て直すことも可能であるぞ!」
「しかし、この金、本物でしょうか? やはり何か魔法で見せられている幻覚なのでは?」
 国の大臣達は疑いを持っていたが、一般市民や兵士達は我先にと金を回収していった。
「金だ! 金が天から降ってきたぞ!」
「ええい、こうなったら幻覚でも何でもいい! 皆の者、全て回収だ! もし本物ならこの国の危機が救われるぞ!」

 再び先ほどの城下町の店。店の主人は唖然としていた。空いた口が塞がらない。
「本当に金が空から降ってきた……」
 子供達は喜び勇んで硬貨を次々を拾っていく。そしてこの異変に気付いたセドリックは慌ててアレルの元へ帰ってきたのであった。その時のアレルは純粋な子供らしい表情で可愛らしく首を傾げていた。
「アレルくん!」
「あ、セドリック……」
「な、なんだかとんでもないことが起きているが、これは一体……とにかく逃げよう。金は人の心を変える。見たまえ、みんな浅ましく硬貨を拾うのに熱中しているだろう。このままでは金を巡って争いが起きるぞ」
「う〜ん、なんか俺、とんでもないことやっちゃったみたい」
「え?」
「いや、『金っていうのは天から降ってくるものじゃない』って言ってる人がいたから、本当にやったらどうなるのかなって――」
「は?」
「ほら、俺、空間術使えるだろ? あそこに好きなだけ金を貯めておけるんだ。それで大魔王ルラゾーマとか倒したりしててだいぶ金銀財宝貯まってたんだよな〜。そりゃもう、一国の財政立て直せるほどの膨大な量が」
 アレルはけろりとした顔で話す。セドリックは徐々に顔をひくひくと引き攣らせていった。
「つまり何か? これは全部君の仕業だと?」
「うん」
「うん、じゃない! ああっ! こんなことをやるなんて君はやっぱり子供だっ! 大人だったらこんなことを実際にやったらどうなるかくらいわかるはずだ! いや、そもそもこんなことができる人間は普通いない! これだけの金を持っていて尚且つ空から降らせるなんてことを実行可能な魔力を持っている人間なんて! それを本当にやってしまう君は問題だ! まだ保護者が必要な子供じゃないか!」
「ん〜、そう?」
「呑気な顔をしている場合じゃない! なんとかしたまえ!」
「これを全部回収しろって? でもこの国って財政難だったんだよな。国全体が不景気で。これで解決するんじゃない?」
「な……こんな解決の仕方ってあるか!」
「でも取り上げようとしたらそれはそれで問題が起こると思うぜ。いいよ、今、俺が空から降らせた分はこの国の人達にあげるよ。みんなお金がなくて困ってたんだし。困ってる人を助けるのも勇者の役目だろ?」
「解釈がずれてる!」
「今は大騒動が起きてるけど落ち着いたらこの国も平和になるさ。ちょっとやり方は違うけどちゃんと勇者としての役目を果たし――」
「ちが〜〜〜うっ!!!!! 勇者ってのは魔王退治だろ! 魔王退治が勇者の役目だろ! 国の財政難を解決するのは財務大臣や商人達の役目!」
金の大騒動の中、セドリックはアレルにお説教をしたのであった。あまりアレルに効いているとは思えなかったが。アレルの方は金に目の色を変える人々の浅ましさを見て金の恐ろしさを実感した。
「安心しろよ。もうやらないから」
「当たり前だ!!!!!」

 アレルが降らせた金はラクマネ王国の人々によって全て回収された。もう銅貨の一つも落ちてはいない。それだけ皆、金に困っていたのである。そして思いもよらぬ超現象から国の資金は一気に潤った。国庫に納まった金額を見てラクマネ王を始めとする重臣達は茫然としていた。
「この硬貨、全て本物だったな。時間が経つと消滅する魔法の産物というわけでもなさそうだ。どうやら本当に本当に本物のようだぞ」
「ああ……それにしても一体何が起こったのだ……」
「神のお恵みか……」
「だから言ったろう。日頃から堅実に真面目に働いていれば必ず報いが来る。他の国の商人のようにずる賢く立ち回る必要などない。我々の様な石頭で不器用な人間は地道にやっていくのが一番なのだ」
「恐れながら、陛下。何か解釈がずれているように感じられるのですが」
「そうでなければこのような不可解な出来事を一体どう受け止めろと言うのだ! まったくもって原因不明なのだぞ!」
「そ、それは……」

「あああ、アレルくん、君はなんて恐ろしい子なんだ。到底一人では放っておけない。見たまえ、この国の惨状を」
「みんな金持って生き生きしてるぜ」
「浅ましいことこの上ない! いいかい、こんなことはもう二度とやっちゃいけないよ」
「心配しなくても、もうやらないよ」
「本当だね!」
「ああ」
「全く……ぶつぶつ……」
「それじゃミドケニア帝国領まで戻るか」
「君、こんな大惨事起こしといてあっさりと立ち去る気かね?」
「じゃあどうしろっていうんだよ。後はこの国の人達が自分たちでなんとか解決していくさ」
「ううう」
 言いたいことは山ほどあった。だが何を言ってもアレルはけろりとしている。セドリックは改めてアレルという子供を見た。非常に見目麗しい容貌と戦士としての剣の腕前、大魔王を倒す程の圧倒的な強さ、空間術を使いこなす圧倒的な魔力、カジノのスロットの目押しで777を出す能力、それによる多大な財力と子供独特の無邪気さ。放っておいたらこれ以上危険な子供は他にはいないとつくづく痛感したのであった。

 寄り道によりとんでもない事態を引き起こしたアレルはセドリックと共に再びミドケニア首都メアンレへと向かう。その先に待つのは――



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