翌朝、アレルの空間で目を覚ました二人は空間の中の居間にあたる場所で朝食をとった。やはりアレルと使い魔のジジが朝食を作る。空間の中は程良い明るさで、朝だという感じがしない。しかし時計を見れば確かに早朝である。アレルは一人旅の間に自分の空間で過ごすこともあったので慣れているが、セドリックは妙な気分であった。空間の外に出ると爽やかな空気が身を包む。
「あー、やっぱ外の空気は気持ちいいな〜」
「あれ?」
「どうした、アレル君?」
「出現する場所を間違えちゃったみたいだ。ここは昨日俺達が野宿をしようとしたところじゃない」
「そういえばそうだな。ここは一体どの辺なんだ?」
「地球儀で確認するよ」
 アレルはポケットから小さな球を取り出すと指で軽く擦った。それは地球儀となり、よく見ると現在地が表示されている。
「なっ、何だこれは!」
「昨日話したナルディアの人にもらったんだ。地球儀っていうんだ。球の形をした地図なんて変わってるだろ?」
「地図ってのは普通紙だろ? ペラペラの四角い紙。こんなボールみたいな形に作る必要があるのか?」
「それは地球が丸いから」
「へ?」
「その説明はまた今度することにして、この地球儀は魔法の産物だから見れば今どこにいるかわかるんだ。ほら、ここがグラシアーナ大陸」
「これが? なんだか変だな」
「セドリックはグラシアーナ以外の大陸については知らないのか?」
「ああ。他の大陸の人間なんて一生関わることなんてないんじゃないか?」
「俺はそうはいかないよ。だって他の大陸出身かもしれないじゃないか。グラシアーナってけっこう大きい大陸に見えるけど、実は他にもっと大きな大陸があるんだ。この地球儀はその他の大陸も載ってる。こんな地図はこれだけだ。それに現在地が表示される仕組みになってる地図っていうのもこれだけだな」
 セドリックは驚きを隠せなかった。アレルと出会ってから一体どれだけ驚いてばかりいるのだろう。一体この子供はいくつ謎を持っているのだろう。
「アレルくん、君、変わったもの持ちすぎ」
「大雑把過ぎてあんまり実用的じゃないけど、この地球儀によると俺達の現在地はこの光って点滅してるところだ。だいたいグラシアーナ大陸の南西に表示されてるからそんなに遠くに来たわけじゃない。ただ、ミドケニアからは離れてしまったな。それにしても知らない場所に出てしまったのは初めてだな」
「ここはどの辺なんだ?」
「待ってくれ、今この地球儀の現在地とグラシアーナ南西部の地図を照らし合わせてみるよ」
セドリックはもちろん地図は読める。だが球状の地図というのは初めて見た。現在地を確認するというのも通常は星の方角や町に辿り着けばその地で確かめたりする。地図に自分達のいる場所が表示されるなどとは今まで聞いたことがなかった。どうも昨日から驚きの連続である。地図を読むのはアレルに任せた。アレルの方は、実は地球儀で現在地を確認するのが楽しく感じられるようになっており、今までも地球儀と通常のグラシアーナの地図と照らし合わせるのが好きであった。
「う〜ん、どうやらここってラクマネ王国という場所みたいなんだけど」
「ラクマネ王国か。一応聞いたことはあるが随分辺境の地だなあ。こんな場所はモンスターに襲われることもないんじゃないか?」
「確かに魔物の気配がほとんどしないな。気配がしても、とても弱いモンスターしかいないみたいだよ」
「なんでわかる?」
「ほら、あそこを見ろよ」
 遠くにモンスターらしきものがいるが、見るからに弱そうだ。別の方向にも兎のようなモンスターがぴょんぴょこ跳ねている。モンスターとはいっても可愛い部類に入る。捕まえて捕まえて売り飛ばせば金になるような外見である。他にも、ものすごく弱そうなゴブリンがいる。とてもじゃないが村人達の脅威になってるとは思えない。ここでは勇者なんて必要とされてないのではないか。
「なあ、ここでは勇者なんて必要とされてないかもしれないけど一応行ってみる? この機会を逃したらもうこの国に来ることってなさそうなんだ。世界各地を旅するのが俺の目的だからな」
「そうだねえ。何がきっかけで君の記憶に関する情報が得られるかわからないし。元の場所には戻れるのか?」
「大丈夫さ。知っている場所ならどこでもワープ魔法で飛べるよ。じゃあ行こうか。ミドケニア付近にはまた後で戻ればいいよ」
 こうしてアレルとセドリックはラクマネ王国に寄り道することになった。

 ここはラクマネ王国の王の間。国王と大臣達は今、国の財政難に頭を抱えていた。
「困ったな……国庫の資金が危ない。このままでは我が国は立ち行かなくなってしまう」
「やむを得ません。また税を上げましょう」
「何を言う! これ以上やったら国民感情はさらに悪化するぞ!」
「我々が良心的すぎるのですよ、陛下。他の国では民は生かさず殺さず、と聞きます」
「良心的でけっこうじゃ。わしは民を苦しめるようなやり方は好かん」
「しかし国が傾いてしまえば元も子もないでしょう。そもそも我々ラクマネ王国の人間は国王陛下をはじめ民の一人ひとり皆良心的すぎるのでございます。皆、正直で善良で、そして不器用で要領が悪く融通が利かない。もっと知恵をつけて悪賢さというものを身につけるべきなのではないでしょうか。そして商売巧みな商人を増やし、他国との外交も活発に行うのです。そうしていけば財政の立て直しも図れましょう」
「それは我が国の国風に反する。謹厳実直、質実剛健、誠実さ、堅実さ、生真面目さが何よりの取り柄なのだ。もっと器用に要領よく立ち回る人間が世の中に大勢いるのはわかっておる。だがわしは我が民のこのような人柄を何よりも好いておるのだぞ」
「確かにこの上ない長所だとは思いますが、それだけではやっていけない世の中だというのも事実でございます。今まではただひた向きに真面目にやっていればよかったかもしれません。ですがこれからは計算高さ、狡猾さというものも学んでいかなければならないのではありませんか? これまでのラクマネ国王、ラクマネの外交官は皆、謹厳さが災いして交渉が苦手でした。他国と外交をしようとすると、得てして不利な取引が成立してしまうことが多かった。だから我々は極力他国と関わるのを避け、この辺境の地でひっそりと暮らしておりました。ですがそれも過去の話。我々も時代と状況に応じて変わらなければいけない時がきているのではないですか?」
 財政難という問題を抱えながらも従来のやり方を通そうとする国王に対し、大臣の一人は改革を提案していた。
「他の国ならそなたの進言も重用されよう。だが我々には無理なのではないか。巧言令色な人間に誠実な生き方を要求しても無駄なように我々のような質実剛健が取り柄の人間に駆け引きの得意な連中とうまく取り引きをするように求めても無理があろう」
「陛下、実直なことと愚直なことは別でございますぞ。国を治める立場ともなれば時に冷徹な決断が必要な時もありましょう」
「そういったことが苦手だからこそ領土拡大などせずにこんな片田舎でひっそりと暮らしているのだ」
「しかし、それではこのたびの財政難、どのようになさるおつもりですか? 国の危機、と言っても魔王に襲撃されているわけではないのですぞ。相手が魔王なら勇者に助けを求めればよろしいでしょう。ですが我々の敵は『金』です。経済というものです。どのような勇者でも解決することができない問題なのですぞ」
「ううう、我が国はモンスターに襲われることがほとんどない。それはそれは平和な国だというのに。逆にいえば取り立てて何もない国だということにもなるがそれでけっこうじゃ。この世の片隅でこっそりと生きていければそれで充分だというのに。皆、善良に汗水たらして立派に働いておるのに何故金などというものに苦しめられねばならんのじゃ」
「やはりここは民に事情を詳しく説得して税を上げるしかないでしょう」
「うう、またか。心苦しいのう」
 ラクマネ王国は人の良い人間が多い。国王や大臣も例外ではない。民に重税を課すだけで罪悪感で一杯になる彼らは財政難に対する打開策を見つけられずに途方に暮れていた。そんなところにアレルとセドリックはやってきたのである。



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