宮廷内で不穏な動きが徐々に見られて兵士達も警戒を厳重にしている。そんなある日、アレルは自らも巡察に出ていた。そして、一通り見回った後、アレルは日向ぼっこをすると、そのまま寝入ってしまった。それを見て宮廷の侍従達は慌てて主に報告し、主である貴族の重臣達も慌て出した。
「た、大変だ! アレルくんが昼寝をしている」
「あんな無防備で可愛らしい寝顔を見て陛下が万が一ご乱心遊ばすようなことになったら一大事だぞ」
「な、なんとか陛下の注意をそらすんだ。何か適当な用件を申し出て時間を稼げ」
「いざとなったら陛下を止められるのはリュシアン殿下だけだ。リュシアン様を呼びに行くんだ!」
「アレルくんの保護者のセドリック殿も!」
 アレルは珍しく深い眠りについたままである。周囲がばたばたと慌てているのにも気付かない。そのうちセドリックとリュシアンがやってきた。
「アレルくんは人の気配に敏感だ。たとえ寝ていても気配を察知したらすぐに起きる。そう訓練しているのだと本人も豪語していたのに今日は一体どうしたんだ? 完全にぐっすり眠ってしまっている」とセドリック。
「やはりまだ子供だからではないのですか? アレルくんは確かに強い戦士ですが、年齢的にはまだまだ大人の保護が必要ですよ」とリュシアン。
 セドリックは今までアレルと共に旅をしている。実際に夜中モンスターに襲われ、すぐに気配を察知して起きるアレルを何度も見ているだけに今回は不可解であった。まあ、何はともあれリュシアンがいれば万が一ヴァルドロス皇帝が乱心しても止めることができるだろう。そう思っていると当のヴァルドロスがやってきた。どうやら重臣達はヴァルドロスの気をそらすのに失敗したようである。ヴァルドロスの方からすればいつもこの時間帯はアレルと遊んでいるので忘れるわけがない。
「アレルくんがお昼寝中だと!」
「父上、疑いを招くような振る舞いはおやめ下さいね」
「何を言うんだ。あんな可愛いアレルくんが寝ているのだぞ! その可愛い寝顔を見ずしてなんとする!」
「可愛い男の子がそんなに気になりますか?」
「リュシアン! それは誤解だと言うとるであろう! わしはただアレルくんを可愛がっとるだけじゃ!」
 リュシアンやセドリックをはじめ、その場に居合わせた重臣や侍従達全員に危険視され、ヴァルドロスは必死に弁明した。そうやってもめていると、アレルが身じろぎした。そして何やら寝言を言っている。
「……………父さん……………」
 それを聞いて皆はっと振り向く。だがアレルはそのまま眠ったままである。
「アレルくん、お父さんの夢を見ているのか…?」とセドリック。
「彼は確か記憶喪失だったね」とリュシアン。
「ふ〜む、アレルくんのお父さんか。一体どんな人なんじゃろうなあ」とヴァルドロス。
 人々の注目を集め、視線に気づいたのか、やがてアレルは覚醒した。身体をおこすがまだぼうっとしている。セドリックはそっと話しかけた。
「やあ、アレルくん、起きたかい?」
「……………ん〜……………」
「寝言で『父さん』って言ってたよ。お父さんの夢でも見てたのかな〜?」
「……………父さん……………」
 アレルは未だにぼうっとしている。そのうち目をぱちくりとさせた。
「父さん!」
「思い出したのかい?」
「…ん〜…かなり記憶がぼんやりしてる。だけど父さんの夢を見てたことは確かだ…」
「そうか。少しでも思い出せてよかったねえ」
「…うん…」
 アレルはまだしばらくぼんやりとしていた。
「何で父さんの夢を見たんだろう? このところ毎日陛下に遊んでもらってるからかな?」
「な、何っ! ということはわしの手柄か? わしと遊ぶことで君のお父さんの記憶が蘇ったというのか!」とヴァルドロス。
「多分。そうは言ってもかなりおぼろげだけどね」
「おおそうか! アレルくんの役に立てて嬉しいぞ! なあ、アレルくん、わしはお父さんに似ているかい?」
「…え?………似てないよ」
「アレルくんのお父さんってどんな人だい? 君はきっと王侯貴族の出身だろうから、さぞかしダンディな人なんだろうなあ。優雅で上品なジェントルマン」
「え〜!? 全然違うよ〜」
「何だって?」
「俺の記憶にある父さんはとっても豪放磊落な人だ。乱暴に俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でたりして」
「ごっ、豪放磊落?」
 その場にいた者は皆驚いた。自分が思っていたものとはイメージが違ったのである。
「そうか。豪放磊落なのか。貴族にもいろいろいるだろうからなあ。それじゃあこれからわしも豪放磊落を目指すとするか!」とヴァルドロス。
「父上!」とリュシアン。
「それにしても毎日わしと遊んでおったらお父さんの夢を見たじゃと…? そうじゃな、それなら今度はわしの妃に会いに行ってみるか?」とヴァルドロス。
「皇后様?」とアレル。
「そうじゃ。エルヴィーラは優しく器量のいい女じゃ。よかったら会いに行ってみるといい。今度はお母さんの夢を見るかも」とヴァルドロス。
「いや、そんなうまくいかねえだろ」と呟くセドリック。
「皇后様か…一回会いに行ってみようかな。陛下、今度紹介してよ」
「おお!任せておけ。エルヴィーラに会うのは久しぶりじゃのう」
「自分の妻なのにほったらかしにしてたのか!」
「いや、それは、その…政務が忙しくてのう。ちゃんと薔薇の花束を持って謝罪するから許してくれ」
 正妻をほったらかしにしていることについてアレルから責められ、リュシアンからも無言で睨まれ、ヴァルドロスはしどろもどろになった。
(ミドケニア帝国皇后エルヴィーラ。どんな人なんだろう。陛下の奥さんでリュシアン殿下のお母さんなんだよな…)
 宮廷内では不穏な動きも見られる。皇后にもどんな危害が加わるかわからない。噂ではとにかく穏やかでたおやかな美女だということである。間違っても権力を振りかざすような真似はしない。夫である皇帝ヴァルドロスが他の女と浮名を流していても、見苦しく嫉妬したり女達に残酷な仕打ちをしたりすることもなかったそうである。アレルはこの国の皇后に会いに行ってみることにした。



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