ミドケニア帝国の皇太子リュシアンが聖剣ヴィブランジェの使い手として神託を受けたという知らせは、魔族を通してヴィランツ皇帝のもとにも届いた。
「ハハハハハッ! これは面白い! 勇者というのは目障りな連中ばかりだと思っていたが、中にはあのように見目麗しい者もいるとはな。勇者を我がものにするのもまた一興だ。 アレルとリュシアン皇太子か。二人共いずれ美しい戦利品として余のコレクションに加えたい」
「陛下、傷の方はいかがですか?」
「魔界の者と契約してからはこの身体も傷が癒えやすくなった。大事ない。それよりミドケニア皇帝は戦争を仕掛けてくるだろう。それに向けての準備をしておかなければな」
「サイロニアはいかがなさいますか?」
「そうだな。勇者ランド一行のうち、誰か一人でも消えてもらうか」
 ヴィランツ皇帝はヴィランツ皇帝で新たに企み始めたようである。人間も魔族も動乱の時を迎えようとしていた。

 一方、こちらはアレルとセドリック。
「アレルくん、他の勇者達のことを教えてくれないか?」
「前に話しただろ? 旅の途中に。覚えてないのか? サイロニアの勇者ランド一行のことを」
「そういえばなんか言ってたような」
「セドリック、おまえも神託を受けたんだからこれからは真面目に生きろよ」
「賭博師や策士は決して真面目には生きないものさ」
「とにかくおまえは勇者ランド一行でいう、ティカ姉さん達と同じなんだ。勇者のサポートだよ。共に魔王と戦う仲間なんだ」
 セドリックは神託を受けたと言っても勇者としてではない。神託を受けた勇者達の補佐である。また別の役目があるらしいのだ。
「そこで君に聞きたいことがあるんだ。確かその勇者ランド一行って女性が二人いなかったか?」
「ああ、ティカ姉さんとローザ姉さんだな」
「そのお姉さん達は独身かい?」
「は?」
「恋人はいるのかい?」
「セドリック、おまえ……」
 考えていることがバレバレである。アレルは呆れながらもセドリックを睨んだ。
「いやあ、同じ神託を受けた仲間同士で愛が芽生えたらな〜なんてね。お近づきになる口実ができたってもんさ」
「セドリック! 真面目に考えろよ!」
「真面目に女性との運命の出会いを考えてるんじゃないか! そういうわけで俺もサイロニアに行くぜ!」
「神託を受けた者として世の中に平和をもたらすことは考えてないのか?」
「そういうのは勇者様の役目だろう。俺は脇役でいいのさ」

 そしてリュシアンは婚約者のシャルリーヌ姫に別れを告げていた。
「リュシアン様……」
「シャルリーヌ、私は旅に出ます。その間あなたのことは決して忘れません」
「リュシアン様、わたくし、そろそろ本当の意味で女になりそうですの。そう、あなたの妃になる資格が……それなのにあなたは行ってしまう」
「シャルリーヌ、私が旅から戻った時、その時こそあなたを正式な妃として娶ります。それまでどうか待っていて下さい」
 リュシアンのシャルリーヌ姫を見る目つきは非常に優しかった。
「愛しています。私のシャルリーヌ」

 そしてとうとう旅立ちの日がやってきた。ワープ魔法を使って一気にサイロニアへ行く為、外で皆と別れを告げるわけではなかった。アレルは以前ヴァルドロスにもらった小動物達を連れていた。この国を出るので一緒に外に出るつもりなのである。そして野に返してやることにしたのだ。
 ミドケニアの王の間に主だった者は集結する。
「陛下、もう大丈夫なの?」とアレル。
「ああ、腰の痛みもだいぶ治まった。アレルくん、名残惜しいが、もう行ってしまうのか」
「聖剣ヴィブランジェの使い手も誰かわかったし、俺は他の場所を旅するよ」
「寂しいのう」
「陛下も皇后様も今までどうもありがとう。父さんや母さんができたみたいで嬉しかったよ」
「またいつでもいらっしゃい。アレル君」とエルヴィーラ皇后。
 と、その時バタバタと駆けてくる音がした。ロナ皇女である。
「アレルく〜ん! 旅に出ちゃうって本当〜?」
「あ、ロナ皇女」
「もうお別れなのね。寂しいわ。せっかく仲良くなったと思ったのに」
「皇女殿下、俺は旅を続けなければならないのです。俺自身の失われた記憶を取り戻す為にも」
「またいつかこの国に来たら一緒に遊んで頂戴ね!」
「もちろんですよ」
 ロナ皇女に対するアレルの態度は非常に大人びて紳士的だった。幼いながらも貴公子然として振る舞う。それを見ていたセドリックが一言。
「アレルくん、何でロナ皇女にだけ敬語なんだ?」
「え? だってお姫様だし。それに陛下達にだって初対面の時は敬語使ってたよ。一緒に遊んでもらっているうちにくだけた話し方するようになっちゃったけど」
「あら、わたくしにだけ敬語なの? それはわたくしとは仲良くなりたくないという意味なのかしら? それともカッコつけてるのかしら?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
 アレルは急にしどろもどろになった。アレルの推定年齢は七歳。なんだかんだいって大人に甘えたい年頃である。大人にたいしては子供らしい態度でいたが、歳の近いお姫様が相手となると話は別である。急に大人びて紳士的な振る舞いをする。女性に対しては紳士的に、尚且つ頼られる男でありたいというのがアレルの個人的なポリシーであった。
「アレルくん、きみもよくわからない子だね。人によって態度を変えるのか」
「まあね」
「それではそろそろ出発しようか」
 アレルはワープ魔法を唱えた。
「リュシアン! 気をつけて行って来い。アレルく〜ん、またいつでも我が国にくるんじゃぞ〜!」
「殿下、どうか御達者で」
 ミドケニア皇室の者達から別れの言葉を告げられ、重臣や騎士団長達からも見送りの言葉を受けて、アレルとセドリックとリュシアンの三人は旅立った。

 グラシアーナ大陸南西部の大国ミドケニアで起きた一連の事件はこうして幕を閉じたのであった。

 そしてまた新たな旅が始まる――



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