宮廷内の騒ぎを引き起こした魔物を退治した後に突如現れた、天使の姿をした女剣士。彼女は天の御使いであり、リュシアンを試しにやってきたのであった。剣の手合わせをした後に神託を告げる。それをリュシアンは驚きを隠せない様子で聞いていた。驚愕から我に返るとリュシアンは落ち着いて応えた。
「それが私に託された使命なのですね。わかりました。ミドケニア皇太子リュシアン、謹んで神託をお受けします」
 天使の姿をした女剣士は聖剣ヴィブランジェを抜くとリュシアンに授けた。リュシアンは頭を垂れ、恭しく受け取る。ヴィブランジェは眩しいほどの光を放ち、リュシアンを主として認めた。
「リュシアン、あなたにこのブラックダイアも授けます。これを持って旅をしなさい。ブラックダイアが反応し光り輝いたら、その者が暗黒剣デセブランジェの使い手です」
「わかりました。必ずやデセブランジェの使い手を見つけ出し、この地に平和をもたらします」
 天使は次にセドリックの方へ向かった。
「賭博師セドリック」
「はい?」
「あなたにも神託を下します」
「ま、まさか俺にも!?」
「はい。その通りです。勇者アレルと出会った時からあなたの運命は決まっていたのです。あなたはこの大陸の勇者達を補佐する役目を負っています。グラシアーナ大陸全体を旅するのです。あなたは策士の素質があります。勇猛果敢な勇者達の戦いに別の形で協力するのです」
 セドリックは呆然としていた。まさに青天の霹靂である。アレルが神託を受けた勇者だと知りつつ保護者役を買ってでたわけだが、まさか自分にまで神託が下るとは。天使はにっこりとほほ笑むと再び高く舞い上がった。
「ミドケニア皇太子リュシアン、賭博師セドリック、あなた方に神の御加護がありますように」
 そう言うと、天使は静かに姿を消した。

 リュシアンが神託を受けたことは瞬く間に広まった。今となってはミドケニアでは知らぬ者はいない。
「まさか皇太子殿下が聖剣ヴィブランジェの使い手として選ばれるとは」
「いやいや、昨今の剣の上達ぶりからすれば充分相応しいだろう」
 アレルと訓練を始めてからのリュシアンの剣の腕前は急激に上がった。それにリュシアンの元からの気質も聖剣の使い手として相応しいものであった。誠実で生真面目な性格と恋愛に関して堅物な一面。女遊びが好きな者からすれば、若い男、しかもとびきりの美男子でありながらどうしてあんなにお堅いのだろうと常々不思議に思っていたが、聖剣の使い手となるほどの人物ならそれも頷ける。神に選ばれるほどの人物ならさぞかし清い心の持ち主でなければならないのだろう。ミドケニア皇帝ヴァルドロスも病床で報告を聞き、驚きつつも納得した。
「まさか倅が聖剣ヴィブランジェの使い手だったとは……どうりで堅物過ぎると思ったわい」
「俺もまさかとは思ったけど、神託が下った時はやっぱり、って思ったな。殿下はどことなくサイロニアの勇者ランドと似てるんだ。顔は全然違うけど人間のタイプがね。それに剣の素質! ランドにはまだ及ばないけど殿下はこれからもっと強くなるよ」とアレル。

 しばらくすると意を決したリュシアンは父ヴァルドロスの元へやってきた。
「父上、私は暗黒剣デセブランジェの使い手を探す為に旅に出ます」
「そうか。必ずや生きて帰ってくるのだぞ。おまえと対になる存在とはどのような者なのか、顔を合わせるのが楽しみだ。ところで伴には誰を連れていくつもりじゃ?」
「私一人で充分です」
「しかしそれでは危険じゃろう。皇太子であるおまえに万が一のことがあったらどうする」
「御心配には及びません。それに私はこれまでの先入観を取り除いて世の中を見て回りたいのです」
「ふうむ。言うまでもないことだが、気をつけるのだぞ」

 リュシアンは旅の準備を始める。そこへアレルがやってきた。
「殿下、一人で旅に出るって本当?」
「ああ、そうだよ。アレルくん、君には世話になったな。剣術は君に教えてもらったことを忘れずにこれからも精進していきたいよ」
「そうだね。それでさ、俺、提案があるんだけど」
「何だい?」
「この間ヴィランツ皇帝が襲ってきたから陛下はヴィランツと戦争するつもりなんだろう? サイロニアと一時的に手を組むとかなんとか言ってたけど」
「そうだ。その為の使節団も用意している」
「あのさ、俺、ワープ魔法使えるんだ。俺の魔力なら一瞬でサイロニア城へ行けるよ。殿下はサイロニアの勇者ランドに会ってみたくない?」
「な、何だって?」
「殿下が使節として赴くんだよ。そうしてサイロニアと同盟を結んで勇者ランドとも会って。同じ神託を受けた勇者同士気にならないか?」
 リュシアンは驚きつつもアレルの提案を考えていた。皇太子自ら赴くことと、同じ神託を受けた勇者だということの二重の効果。それにサイロニアで名を馳せている勇者ランドにも会ってみたい。
「な、いいだろ? ほんのちょっとだけサイロニアに滞在するだけなら俺も平気だからさ。帰る時もワープ魔法で一瞬だぜ。すぐに旅を始められる」
「セドリック殿も一緒なのかい?」
「そうだよ。あいつはあいつで思うところがあるらしい。三人でサイロニアへ行こうよ」
「わかったよ。だけどしばらく待ってくれ。いきなり帝国の皇太子が現れたらサイロニアも驚いてしまうよ。国同士のやり取りなら前もって知らせておかなければならないんだ」
「ああ、そうだっけ? 面倒くさいなあ」
 急遽予定を変更して、サイロニアへ行く準備をするリュシアン。宮廷内の騒動はようやく終結し、新たな旅が始まろうとしている。

 一方、魔族達は――
「くそっ! ミドケニアを滅ぼし、奸計を用いて勇者アレルを陥れるつもりだったのが、途中で頓挫してしまったぞ!」
「それにあの暗黒剣デセブランジェだ。まさか我ら魔族を拒絶するとは」
「皇太子リュシアンは前々から目障りだった。今までは苦手であったからなるべく近づかずにいた。そしてそのうちどうしても亡き者にしたいという欲望が湧いてきたのだがその理由もようやくわかった。奴が聖剣ヴィブランジェの使い手だったのだな」
「次はどうする?勇 者アレルの次の目的地はどこだ?」
「そもそもルドネラを目指していたのではなかったのか?」
「また待ちぼうけは嫌だぞ。なんとしてもアレルを捕捉せねば」
 魔族達はアレルの当初の目的にルドネラで待ち伏せしようと思っていたのである。それがいつまで経っても見つからない。アレルは記憶を取り戻す為の旅でありながら、気の赴くままに旅をしている。寄り道も本人の気の済むまで気まぐれにやっているのだが、それは待ち伏せしている魔族からしたら迷惑千万であった。

 魔族達は最近の魔界情勢にも気を配っていた。
「最近、新たに魔王を名乗る者が他にも出てきた。我ら魔族の間でも勢力争いが起きるぞ」
「何、それは本当か? 魔王同士の争いも厄介だ」
「アレルが魔王となれば実力からいっても簡単に統率できるのだがな」
 現在、魔族の世界は下剋上である。覇を唱えたいものは次々と魔王の名乗りをあげ、人間の国を攻めることもあれば魔王同士で争うこともある。圧倒的なカリスマを持つ魔王が誕生していないのだ。魔族間でもまた新たな動きが起きようとしていた。



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