リュシアンを始め、宮廷内全体で不審者の調査が進められていたある日、セドリックは何者かが皇室の方へ忍び込もうとしているのを見つけた。それは美しい容貌をした男だった。後をつけると男はある扉の前で止まった。そこは聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェが安置されている部屋だった。
「おい! そこのおまえ! 何をしている!」
「な、何だ、君は無礼な!」
「無礼なのはあんただろう? 皇室内にこっそりと忍び込むなんてさ」
「おまえはセドリックだな? 勇者アレルと行動を共にしているという」
「そういうあんたは誰だ!」
「知る必要はない。同胞の仇! ここで死んでもらおう!」
「!?」
 男はナイフで襲いかかってきた。だがセドリックの方が上手であった。簡単に腕をねじ上げられる。その時男の袖から傷が見えた。セドリックは侍女の言葉を思い出した。右腕の肘から手首にかけて切り傷の跡が――
「あのレディを怖い目に遭わせたのはあんただな!」
 その時、男は膝でセドリックの腹を蹴り、部屋の中へと入って行った。聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェの元へ。
「待てっ!」
「おお暗黒剣デセブランジェよ、我らが魔族の元へ来たれ! そして新たなる力を我に――ぐあっ!」
 男は強力な結界に弾き飛ばされた。その後宮廷内に大音量の警報が響き渡った。
「な、何だ、これは。音を発する結界だと? ……また勇者アレルの仕業か」
 男が舌打ちしている間に衛兵がかけつけてくる。そしてアレルも空間術を使って瞬く間に現れた。
「かかったな! この結界は侵入者の存在を音で知らせるんだ。魔族が聖剣を破壊しようとしたり暗黒剣を手に入れようとしたりすることぐらい想定済みだよ」
「くそっ!」
 そのうちにリュシアンや聖騎士団長、暗黒騎士団長も現れる。
「おまえは一体何者だ!」
「下賤な人間共に名乗る名などない!」
 男は魔物に姿を変えた。クリーパーをたくさん召喚し、人の精神を混乱させる術を使ってくる。主に怒りや悲しみ、怒りといった感情で人間の脳を狂わせるのだ。アレルは同士打ちを始めようとする兵士達を必死に押しとどめ、術を解除する。そして持ち前の高い魔力で持って魔物の術詠唱を封じた。そして尋問が始まる。
「その腕の傷、侍女を脅したのはおまえだな?」
「フン! ルジェネやヴィランツ皇帝を使ってこのミドケニアを混乱させる計画もこれまでか……」
「ルジェネ姫と手を組んでいたのもおまえなんだな?」
「ルジェネ、馬鹿な女だ。美男子の姿をしていればころりと騙される。おかげ様で宮廷内で暗躍するのもそう困難なことではなかったぞ」
「おまえの目的は?」
「このミドケニアの崩壊に決まっているだろう。我ら魔族としては目障りな皇太子にも消えてもらいたいのだ」
「何故私を?」とリュシアン。
「おまえは昔からまっすぐで正義感が強く、人々の評判もいい。そんな奴が我らは大嫌いだ。人々を苦しみと破滅に導く人間こそ我ら魔族が好む者。だがそんなのはただの言い訳に過ぎない。とにかく我ら魔族はリュシアン皇子、おまえをなんとしても亡き者にしたいのだ。クリーパーを始めとした様々な奸計を用いてこの国を大混乱に陥れ、疲弊させたところで一気に滅ぼすつもりだったのだが」
「つまり全部おまえの仕業?」とアレル。
「他の魔族とも共謀していた。勇者アレル、おまえにもいろいろ仕掛けるつもりだったのだが」
 すると魔物は暗黒剣デセブランジェの元へ再び向かっていった。
「このデセブランジェだけでも我が魔族の手に――!!!!!」
 魔物がデセブランジェに手を触れると峻烈な光が迸り、一瞬にして魔物を消滅させた。まるで怒りに触れたように暗黒剣は暗い煌めきを放っている。
「暗黒剣デセブランジェが魔族を拒絶した!?」
「聖剣と同じように自らが認めた者にしか力を貸さないのだろう」
「これで全て終わったのか?」
 その時、異変が起きた。ミドケニア帝国に代々伝わる二つの剣。聖剣ヴィブランジェは聖なる白光を放ち、暗黒剣デセブランジェは深遠な闇を思わせる暗黒の光を放ち始めた。二つの剣は未だ嘗てないほど強い光を湛えていた。
「これは一体? 何が起きようとしているのだ?」
 すると、遥か頭上で声がした。
「ミドケニア帝国第一王位継承者、皇太子リュシアン」
 天井から現れたのは天使を思わせる姿をした女剣士だった。背に純白の翼を生やし、華奢な身体つきに似合わぬ大ぶりの剣を手にしている。
「あなたは……?」とリュシアン。
「私は天上界に住まう神からの御使い。リュシアン皇子、あなたが聖剣ヴィブランジェの使い手として相応しいか、試させてもらいます」
「な、何だって!?」
 女剣士はリュシアンに襲いかかった。リュシアンは驚きながらも応戦する。その場にいた人々も驚きを隠せない。天界の住人なだけあって女剣士は手ごわかった。俊敏な動きで鋭い一撃を繰り出す。リュシアンの身体に細い切り傷が次々と増えていく。だが致命傷にはなっていない。リュシアンは軽やかに攻撃をかわすと反撃に転じて行った。人々は固唾を飲んで見守っている。その場はしんとして、剣戟の音だけが響く。

 どれだけ続いたであろうか。リュシアンの身体はあちこち血が流れていた。息もあがっている。女剣士はふと攻撃をやめ、剣を鞘に納めた。
「勇者アレルのおかげでかなり腕が上達したようですね。いいでしょう。皇太子リュシアン、あなたを聖剣ヴィブランジェの使い手として認めます」
「私が?」
 リュシアンが驚愕に目を見開いたままである。女剣士は翼をはためかせ、神秘的な光を放つと浮かび上がった。
「リュシアン皇子、私は今まであなたを見守っていました。あなたの正義感の強さ、清らかさ、生真面目さ。真に人々の平和を願う心。あなたこそ聖剣ヴィブランジェに相応しい。この場を以ってあなたに神託を下します。あなたはこの地の勇者として、大国の皇太子として人々を平和に導くのです。もちろん一人ではありません。あなたに力を貸してくれる相棒がいます。それが暗黒剣デセブランジェの使い手。あなたと対になる暗黒剣デセブランジェの使い手を探しなさい。その者はこのグラシアーナ大陸のどこかにいます。聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェの使い手、二人で力を合わせてこの地に平和をもたらすのです。それがあなたの使命」



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