アレルとロナ皇女は狭い通路を進んでいた。ひんやりとした空気で薄暗い道をどこまで進んだのか、そのうちにある小部屋へと辿り着いた。そこはきつい香水の香りが充満していた。
「これは……ルジェネ姫の香水の香りだ」とアレル。
「あら、何で知ってるの?」とロナ皇女。
「これだけきつい香りだったら忘れないよ」
 二人は部屋の探索を始めた。そこにはありとあらゆる種類の媚薬、麻薬があった。アレルは思わず眉を顰める。この部屋がルジェネ姫のものだという証拠をつかめば彼女を尋問できる。香水の香り以外に何かないかと探す。ロナ皇女の方は脇の机に積んである資料に夢中になっている。
「皇女殿下、そちらは何の資料ですか?」
「すごいわ、これ。ありとあらゆる美容法が書いてあるの」
「何だ。ただの美容法か」
「中には怪しいものもあるわよ。不老不死だとか永遠の美貌を保つだとか。若い娘の生き血をどうこうなんてものも。おお怖い!」
「これ以上ないくらいに怪しい部屋だなあ。この部屋は後で陛下や皇太子殿下に報告しよう」

 リュシアンはルジェネ姫の私邸を訪ねていた。警戒心を怠らず、慎重に慎重を重ねて面会を求める。そんなリュシアンに対し、ルジェネ姫は艶然と微笑み、接待する。リュシアンの婚約者シャルリーヌ姫は清楚な美少女だが、それに対しルジェネ姫は成熟した女性の魅力を備えていた。これまで数多の男を虜にしてきた熟女である。胸元の開いたドレスを着て、その肉感的な体つきで品を作るルジェネ。だがリュシアンは嫌そうな顔をしただけであった。リュシアンの個人的な好みからすれば男を誘惑するような女性より貞淑な女性の方が好きなのである。
「ルジェネ姫、一体どういうおつもりかは知りませんが、私に対して色仕掛けなど使っても無駄ですよ」
「まあ、つれないですわ。こう見えましてもわたくしは殿下をお慕いしておりますのよ」
 そういうとルジェネは艶めかしい仕草でリュシアンの首に腕を絡めた。そして誘惑する。息を吹きかけ、薬と術を同時に使った。リュシアンはとっさに顔をそむけ、ルジェネを突き放そうとする。
「リュシアン殿下、殿下はまだ女というものをご存じない。これからわたくしが教えて差し上げますわ」
「何をするのですか! やめて下さい!」
 どうやらルジェネ姫は女の武器を使ってリュシアンを誘惑し、虜にしてしまうつもりのようだった。リュシアンは頑なに拒絶する。二人が揉み合っていると、壁の向こうから声が聞こえてきた。
「何だろう。ここは隠し扉になってるみたいだ」
「一体どこに通じているのかしら?」

 バンッ!

 壁だと思われていた場所から姿を現したのはアレルとロナ皇女であった。ちょうどその時リュシアンとルジェネ姫は子供に見せてはいけないような状態になっていた。それを見たアレル達は凍りついた。
「とっ……」

と ん で も な い も の を 見 て し ま っ た ……

「ルジェネ姫! あなたという人は子供の前でなんてことを!」
 リュシアンは慌てて乱れた衣服を整えた。
「こ、このガキ共が勝手に入ってきたんじゃないの!」とルジェネ。
「まあっ! ルジェネ姫! あなたという人は! お父様に飽きたら今度は息子であるお兄様に手を出すなんてっ! イヤ〜ッ! 不潔不潔不潔不潔不潔!」とロナ皇女。
「何ですって! この小娘!」
「まあっ! わたくしはこうみえても皇女ですのよ! 小娘とは何ですの! あなたなんていい年したおばさんじゃありませんの!」
「何ですって!!!!!」
 ルジェネ姫は鬼のような形相をしながらロナ皇女に襲いかかった。まるで首を絞めかねない勢いである。それをリュシアンとアレルが取り押さえる。その後、アレルは今までの経緯を話した。それを聞きながらリュシアンはなんとか気持ちを落ち着けるとルジェネ姫に尋ねる。
「ルジェネ姫、これは一体どういうことなのですか? ロナをさらったのもあなたの仕業なのですか?」
「それはあいつが勝手にやったことよ」
「あいつとは?」
「さあ、誰かしらね」
 そこへロナ皇女が口をはさんだ。
「何故お兄様を誘惑したんですの? お父様がもうお年だから飽きたの?」
「あら、男共だって若くて綺麗な娘の方が好きじゃない。女だって同じことよ。リュシアン殿下は若く、美しく、逞しい。新しい愛人にはもってのこいだわ」
「あいにく私はシャルリーヌ一筋ですので」
「まあっ! どいつもこいつも気に入らないわね。何もかもわたくしの思い通りにならなくて。それも全て勇者アレルがこの宮廷に来てからよ!」
 今度はアレルを睨みつけるルジェネ姫。その目には激しい憎悪が感じられた。
「おまえは一体何をしたの! おまえが宮廷に来て以来、陛下はわたくしに指一本触れなくなったのよ! それにせっかくわたくしが媚薬と魅了術を使ったのに、陛下はおまえが来た途端に正気に戻ってしまった!」
「な、何のこと?」
 心当たりのないアレルは怪訝な表情をする。
「このわたくしを差し置いてこんな子供に夢中になるなんて! 一体どのような手で陛下を誘惑したの!」
「はあ?」
 ルジェネ姫はアレルに対して相当腹を立てているようだが、その意味がよくわからない。そんなアレルに対してどんどん殺気だっていくルジェネ。
「ルジェネ姫、落ち着きなさいな。こんな小さな男の子に嫉妬するなんて、みっともないったらありゃしない」とロナ皇女。
「お黙り!」

 この一騒動の後、ルジェネ姫は正式に尋問を受けることになった。アレルとロナ皇女が発見した小部屋も徹底した調査が行われ、その結果、やはり小部屋はルジェネ姫のものであったということがわかった。非合法の薬を大量に所持していたルジェネ姫は寵姫の座を追放されることとなった。引き続き取り調べは続いている。
「とんだ災難でしたね、殿下」とセドリック。
「ああ。まさか今度は私を誘惑しようとするなんて思いもしなかった」
「聞けばあのルジェネ姫は今までも持ち前の美貌と媚薬を使って多くの男を虜にしてきたらしい。その他にも最近は麻薬にも手を出し始めていたそうだ」
「後はルジェネ姫と手を組んでいる男を突き止めるだけだな」とアレル。
「今まで宮廷で起きたことを簡単にまとめると……まずはクリーパーの一件だな。それから俺に襲いかかってきた魔族。俺達の侍女を脅して毒を入れさせた事件とエルヴィーラ皇后を襲った魔族。そしてヴィランツ皇帝の襲撃」とセドリック。
「そういえば侍女さんが脅した犯人について何か言ってたな」とアレル。
「後ろから締めあげられたから顔は見てないらしい。男には間違いなかったようだが。何か特徴と言えば右腕の肘から手首にかけて切り傷があったくらいだそうだ。だが宮廷内にそんな傷のある奴はまだ見つかっていない」とセドリック。
「これから全力を尽くして犯人を探しましょう!」とリュシアン。



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