アレルとセドリックはリュシアンに会いに行った。彼は非常に顔色が悪く、いつもの爽やかさは微塵も感じられなかった。どんよりと暗い雰囲気が漂う。見たところ肩に傷を負っているが、思ったよりも深いのだろうか。リュシアンに話しかける前に近くの家臣達が何事か話しているのを見かけた。
「殿下、思ったよりショックを受けているようですな。やはりヴィランツ皇帝の一件が堪えているようで……」
「男に言い寄られるなどという経験は殿下にとって初めてでしたからなあ」
「ミドケニア宮廷にも男色家はいるが、今まで殿下に対して無礼を働いた者はいなかったからな」
 家臣達の会話を聞いてアレルは首を傾げた。そもそもアレルは未だに男色の概念を理解していない。一方セドリックは同情し、リュシアンに声をかけた。
「セドリック殿……」とリュシアン。
「殿下、今回は災難でしたね。気持ちはわかりますよ。俺だってオカマに言い寄られたことがある」とセドリック。
「そうなのですか?」
「ああ、趣味が違うといえばそれまでだが気色悪い思いをしたよ」
「ねえ、何の話? オカマとヴィランツ皇帝に何の関係が」とアレル。
「アレルくんは黙っていてくれ。殿下、そんな時は女性の元へ行くのが一番ですよ。俺もオカマばかり言い寄られて嫌になった時は娼婦のお姉さんのところへ行ったもんだ。野郎と違って女性はいい」
「女性の元へ……私にとっての女性と言えば……!!」
リュシアンはちょうど見舞いに来たシャルリーヌ姫の元へものすごい勢いで駆け寄った。
「ああ、シャルリーヌ! 私の愛する婚約者よ! 私は純粋にあなただけを愛しています!」
「リュ、リュシアン様?」
「どうか今日一日はあなたと共に過ごさせて下さい。未来の妻であるあなたと!」
「あ、あのリュシアン様……どうなさったの?」
 その後、リュシアンの口からシャルリーヌ姫の美しさを称える文句が次々と上った。聞いている方はあきれるばかりの賛美である。リュシアンはシャルリーヌ姫をしっかりと離さずにエスコートしながら二人で行ってしまった。
「なあ、セドリック、殿下は一体どうしちゃったわけ?」
「現実逃避したいんだろ? よっぽど嫌だったんだな。それにしてもシャルリーヌ姫か。まだ少女だが、ありゃ将来間違いなく美女になるぜ。ったく、羨ましい限りだな」
「なんかよくわからないけど、今日一日、殿下はあてにならないね。そっとしておいた方がよさそうだ」
「ヴィランツ皇帝はミドケニア皇帝皇太子二人に多大なダメージを与えることに成功したみたいだな」
「身体の傷より精神的なダメージの方が大きいみたいだけど」
「ま、まあ、それに関してはあまり深く追求するのはよそう」
「殿下がいなくても有能な文官さんや騎士団長達がいる。あの人達に頼んで宮廷内を調査してもらおうよ」
 その日の調査で宮廷に潜入していた魔物を何体か捕えた。次の日はなんとか回復したリュシアンも加わって調査を続けた。そんな中、ロナ皇女は一人庭園の花畑にいた。今日は一人でしゃべる相手がいないからなのか、独り言を呟いている。
「まったく、ばあやったら、皇女様も姫らしくお花畑で遊んでらっしゃい、ですって。お姫様が花を愛でる趣味があるなんて一体誰が決めたのよ。そりゃ、わたくしだって別に花が嫌いなわけではないわ。見ていれば綺麗だと思うし、いい香りもするし。でもそれだけよ。花を摘んだり編んで輪を作ったりすることには興味がないのよねえ。女だから花が好きでなければいけないだなんて誰が決めたのかしら。女の癖に花の名前に疎いなんて、って言われるけれど。とにかくわたくしの花に対する興味は女としては今一つなのよねえ」
 一方、アレルは遠くからロナ皇女が一人でいるところを見つけた。
「あ、ロナ皇女だ。花畑にいるなんてやっぱり女の子だなあ」
 遠くから見ただけなのでロナ皇女が何を言っているかはわからない。その時である。花畑に潜んでいた醜い魔物が現れ、ロナ皇女に襲いかかった。ロナ皇女は先日の襲撃では奥で守られていただけである。間近に恐ろしい魔物を見るのは初めてであった。世にも醜い姿、奇妙な鳴き声、悪臭。そんな生き物が自分に襲いかかってきたのである。ロナ皇女はおぞましさのあまり絶叫を上げた。
「きゃああああ!!!!!」
「ロナ皇女!?」
 アレルはロナ皇女の元へ向かった。魔物は皇女を連れて飛び去っていく。一体どこへ向かうのか。アレルは浮遊術を使い、後を追った。魔物は宮廷内のある場所へ入って行った。なんとか追いつくとアレルは魔物を倒し、ロナ皇女を救出する。
「ロナ皇女、大丈夫ですか?」
「ああ、アレルくん、まるでお姫様を助けに来たナイトみたいだわ。これが年下でなければ最高のシチュエーションなのに」
「そんなことを言う元気があるなら大丈夫そうですね」
「ここはどこかしら? 宮廷のどこかなのよね……? なんだか人気のない怪しい場所だけれど……」
「皇女殿下、俺はこれからこの場所を探索します。殿下は部屋に戻って下さい。ワープ魔法でお送りしますから」
「えーっ!? 嫌よ、わたくしも一緒に探検するわ」
「殿下、これは子供の遊びじゃないんですよ。さっきみたいな魔物に襲われてもいいんですか?」
「その時はアレルくんが守ってくれるんでしょう? わたくし、一回でいいから探検してみたいの」
「危険です。皇女殿下」
 アレルは止めたがロナ皇女は引き下がらない。一旦言うことを聞くことにしよう。危なくなったらすぐさまワープ魔法で安全な場所へ送ればいいだけのことだ。そう思ったアレルはロナ皇女を連れて探索を始めた。
「皇女殿下、俺の後にしっかりついてきて下さい」
「ねえ、アレルくん、手を握ってもいい? そうすればはぐれることはないわ」
「わかりました」
 アレルはロナ皇女の手を引きながら、もう一方の手で魔法を使い明りを灯した。その場所は暗くてじめじめしていた。しんと静まった中にちょろちょろと水路で水が流れる音のみが響く。

 一方、なんとか気を取り直したリュシアンはルジェネ姫からの手紙を受け取っていた。父の寵姫であり、今の状態で最も疑惑の深い人物である。今まで自分に見向きもしなかったルジェネ姫が一体どのような用件で面会を望んでいるのか。手紙の文面はリュシアンの元へ訪ねてくるのではなく、リュシアンをルジェネ姫の私邸へと誘っていた。何を企んでいるのか。罠ではないのか。リュシアンは眉を顰め、しばらく考えていた。敵対する人物の本拠地へ行くのは得策ではない。しかし、ルジェネ姫に対する嫌疑を明らかにするチャンスである。リュシアンは警戒を怠ることなく、単身ルジェネ姫の元へ向かった。



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