アレルが異変に気付いたのは暗闇の洞窟でモンスター退治を終えてからだった。ミドケニア宮廷が襲撃に遭ったのは外に出ればたちまちニュースになっていたからである。
「そうか、これは罠だったのか。わざと俺を宮廷から引き離したんだな。みんな無事だろうか」
 アレルはワープ魔法を用いて瞬時にミドケニア宮廷に戻った。ワープした先はアレルがあてがわれている部屋である。そこにはセドリックと以前ヴァルドロスにもらった小動物達がいた。
「おや、アレルくん、ワープ魔法で帰ってきたのか。お帰り。その顔はもう何が起きたか知ってるみたいだな」とセドリック。
「セドリック、無事だったか」
「俺はそう簡単にやられはしないよ。必要とあれば仲間を見殺しにしてでも生き延びて勝因をつかむ。それが俺のやり方だ」
「へえ」
「それにしてもこの小動物達、よく生き延びてたな。こいつらを助ける余裕なんてなかったからあきらめてたんだが。動物ってのは第六感が働くっていうけどねえ」
「この子達にはそれぞれお気に入りの隠れ家があるんだよ。魔物が襲ってきても安全に隠れられる場所がね。例のクリーパーの一件以来、宮廷内が胡散臭くなっただろう?あれからちょっとずつ探してたんだ。小動物が隠れられて安全な場所を」
「アレルくんは本当に動物も人間と同じように見ているんだな」
「ああ。セドリックとこの子達の安否を確かめたから、俺はこれから他の人達に会ってくるよ」
 アレルは宮廷の者達から詳しい話を聞きながらミドケニア皇帝ヴァルドロスに会いに行くことにした。
「皇帝陛下は大丈夫なのか?」とアレル。
「いや…陛下はその………」
「まさか戦いで傷を負ったのか!? そんな知らせはなかったけど」
「陛下は…その…ぎっくり腰になってしまってな」
「ぎっくり腰? それって戦いと関係ないんじゃ……」
「そ、そのことについて深く触れてはいけない!」

 ここはミドケニア皇帝ヴァルドロスの寝室。中ではヴァルドロスが屈辱に燃えながらぎっくり腰の痛みと戦っていた。
「ぐぬぬぬぬ〜! ヴィランツ皇帝め、許すまじ! よくもこのわしにこんな仕打ちを!」
 ヴァルドロスの中ではぎっくり腰になったのはヴィランツ皇帝のせいになっている。厳密にはヴァルドロスが一人で勝手にぎっくり腰になっただけなのだが、そこを指摘する勇気のある者は誰もいなかった。少なくともぎっくり腰になるきっかけを作ったのは確かにヴィランツ皇帝なのだが。臣下の者達は心配そうに声をかける。
「陛下、どうかゆっくりと静養なさって下さい」
「ゆっくりと静養なぞしとる場合かあー! 戦争じゃ戦争! これだけの仕打ちを受けておいて黙っていられるか! ふん! ヴィランツ皇帝とやら、わしと同じ皇帝を名乗っておるがまだほんの若造ではないか。魔界の住人と契約して力を得ていい気になっておる。あんな奴が同じ『皇帝』と名乗っていると思うだけで虫唾が走るわい! …うう…痛い…」
「陛下、ご無理をなさらずに」
「黙れっ! 挙句の果てに倅のリュシアンにまで手を出そうとしたのだぞ! これは親として黙っておれん! それだというのにこの腰痛で起きることもままならん。口惜しい。こんな屈辱は初めてじゃ。この歳でぎっくり腰になるとは…うぐう…」
「陛下、アレルくんがお見舞いにいらっしゃいました」
「何っ! いかん! こんな情けない姿を見せられるか!」
「しかし見舞いの品を持って心配そうにしておりますよ? 皇帝陛下の安否を直に確かめたいとのことであります」
 ヴァルドロスの方はじたばたともがいていたが、間もなくアレルが現れた。手には見舞いとして果物の入った籠を持っている。アレルは心底心配そうな表情だった。
「陛下、ぎっくり腰になったって聞いたけど大丈夫?」
「ううっ! アレルくん、わしを馬鹿にせんのか?」
「何で?」
「ぎっくり腰などさぞかし笑えるであろう。まるで年寄りみたいでジジ臭いと思うであろう」
「そりゃあ確かにぎっくり腰っていうのはお年寄りがなりやすいけど……若い人でもなるって聞いたよ? それに腰痛ってすごく辛いんだろう? 俺はなったことないからわからないけど、動けないほど痛いって聞いたことがあるよ」
「ア、アレルくん! 君って子はなんていい子なんだあああーーーーー!!!!!」
 ヴァルドロスは感激して涙を流した。アレルは生意気な子供でもあるので馬鹿にされると思ったのである。アレルに抱きつきたかったようだが腰痛で思うように動けない。ヴァルドロスの趣味嗜好については未だに疑惑が完全に消えたわけではない。ぎっくり腰で動けないのはある意味幸いだと臣下の者達は思ったのだった。腰痛で動けなければたいしたことはできまい。
「とにかく安静にして、詳しい話を教えてくれよ。ほら、林檎剥いてやるから」
 アレルは手際よくナイフで林檎の皮を剥き始めた。そしてヴァルドロスから直接襲撃の詳細を聞いた。
「思ったほど被害は出なかったみたいでよかったよ。さすがは南の大国だね。それにしてもまさかヴィランツ皇帝がここまでくるなんてな。俺はあいつとは二度と顔会わせたくないからちょうどよかったとも言えるけど」
「あやつはアレルくんにご執心だったな。まったく、あの変態男め。今度はリュシアンに目をつけていきおって」
「え? そうなの?」
「アレルくん、安心せい! わしが必ずヴィランツ帝国を滅ぼしてやる! そしてあの皇帝を名乗る若僧を捕えた暁にはわし自ら首を切り落としてくれるわ!」
「サイロニアも打倒ヴィランツ帝国を掲げているよ。あんまり酷い所業をしてるから亡国の王子がサイロニア王のところで進言したんだ。俺はその時付き添いでさ」
「サイロニアか……あそこには既に聖剣の使い手である勇者ランドがいるそうじゃな。ふうむ……領土拡大したいのはやまやまだが、あれほどの大国となると一旦手を結んでおいた方が得策か」
「まさかサイロニアもいずれは攻める気だったわけ?」
「国同士の同盟はいつ崩れるかわからないものじゃ」
「でも支配下においたっていつ反乱を起こされるかわからないよ。前にも言ったけど必要以上の戦争はよくないよ。ミドケニア帝国はこれだけ大きな領土があるんだからもう十分じゃないか。たまには和平の使者になってみたら? 平和にすることを目的に奔走するとまた違うことが見えてくると思うけど」
「そうはいっておれん、アレルくんは皇帝ではないからわからんことが多いだけじゃ」
「野心家なんだなあ、本当に」
「何を言う。野心に燃えるというのはいいぞ。君もなってみたらわかる」
「そうなのか?」
 ヴァルドロスの見舞いが済むとアレルはエルヴィーラ皇后やシャルリーヌ姫、ロナ皇女の安否も確かめに行った。そして、ふと不安が頭をよぎる。
(でも、なんかおかしくないかなあ。ヴィランツ皇帝は深手を負ったから退却したらしいけど、そんなあっさり引くかな? 宮廷がモンスターに襲撃されている間に不審な人物が侵入したとか他に何か仕掛けたとか十分に考えられる)
「というわけで宮廷内の徹底調査を手伝って欲しい」とアレル。
「そうくると思ったよ」とセドリック。
「ところでセドリック、ヴィランツ皇帝に深手を負わせたのはあんただって聞いたけど」
「ああ。顔を覚えられちゃ後々面倒だろうから陰で隙を窺ってたんだ」
「それでずっと隠れて様子見てたのか?」
「俺は正面からぶつかるのはあまり好きじゃないんだよ。自分からは直接仕掛けずに策を練るとか、隙を見て一撃で倒すとか、そっちの方が性に合ってる」
「騎士道とは正反対だな」
「それが俺のやり方さ」
「そういえばリュシアン殿下にまだ会ってないな。セドリック、これから会いに行こう。宮廷内の調査も言っとかなきゃ」
 アレルとセドリックはリュシアンに会いに行くことにした。一方、リュシアンの方は――



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