魔族達はずっと機会をうかがっていた。そしてとうとう行動に移ろうというのである。アレルがモンスター発生源である暗闇の洞窟へ足を踏み入れたことを確認すると、間もなくミドケニア宮廷に侵入をはかった。宮廷の一角が黒く染まり、アレルの張った結界が破られた。そこから有象無象のモンスターが現れ、宮廷内を襲撃したのだ。人々は逃げ惑い、残念ながら敢え無く最期を遂げた者もいた。だが、グラシアーナ南西部最強の国であるミドケニア帝国の人間は国の中枢である宮廷が襲われたと知ってもたじろがなかった。最初の驚きから我を取り戻すと直ちに応戦し始めた。宮廷内の兵士達や聖騎士、暗黒騎士達が一斉にモンスターを倒し、官僚達は戦闘能力のない文官や女子供を速やかに避難させた。そんな中、セドリックは応戦しながら状況を見極めていた。
「アレルくんがいなくなったところを狙うとはな……だがこの国の連中もなかなかやるじゃないか。聖騎士団も暗黒騎士団も腕の立つ奴らばかりだ。こりゃ思ったほど被害は出ないぞ。さて、魔族共の狙いは……普通に考えると皇帝陛下の安否を確かめるのが先決かな」
 セドリックは皇帝の間へ向かった。中にはリュシアンが華麗かつ勇猛果敢な戦いぶりをみせていた。流れるような美しい曲線を描いて剣を振るい、確実に魔物を屠っていく。奥にはミドケニア皇帝ヴァルドロスがいた。騎士達に守られているが皇帝自身も剣を帯びて今にも参戦しそうな勢いである。
「セドリック殿! ご無事でしたか。まさかこのような事態が起きるとは」とリュシアン。
「宮廷内に魔族と通じていそうな奴がいるからな。そのせいかもしれないが、奴らも随分と暴挙に出たもんだ。こんなことをしでかす奴らの真意は一体……」
 セドリックがそう言った時である。皇帝の間に異変が起きた。ワープ魔法の魔法陣が出現し、そこから黒い霧が発生した。そして邪悪な気が漂ってきた。黒い霧からは世にも残酷な目をした男が現れた。そのいでたちは高貴な衣装を身にまとい、頭には光り輝く王冠があった。どこの王か皇帝か。冷酷で不敵な笑みをしたその男の服にはヴィランツ帝国の紋章がついていた。
「我はヴィランツ皇帝マヴィウス。この国を滅ぼしにきた」
「ヴィランツ皇帝じゃと!?」とヴァルドロス。
「お初にお目にかかる。ミドケニア皇帝ヴァルドロスよ。このグラシアーナ大陸の支柱となる四つの帝国。そのうちの一つであるそなたの国をたった今から頂く」
「ふざけるな! 若造が。戦争をしかけるなら正々堂々と軍を率いて来い!」
「堂々と軍を率いてきたではないか? 我が同胞でもある魔族を率いて」
「何? そなた……魔界の住人と契約しておるという噂は本当じゃったのか。人間でありながらなんということを」
「戦争で国を滅ぼすのもいいが、こうして直接敵国の宮廷に襲撃を仕掛けるのもまた一興だな。ここでおまえの首を討てば簡単に大国ミドケニアを滅ぼすことができる。魔族達もなかなか面白いことを思いつく」
「何っ!」
「勇者アレルはいないのか? まあいい。まずは先におまえから片付けてやろう」
「目的はアレルくんか。あの子はおまえのような奴には渡さんぞ。どうしてもというならこのわしを倒していけ!」
「ほう?」
「わしが直に相手をしてやろう。皇帝同士の一騎討ちと行こうか」
「陛下!」
「皆の者、下がっていろ。敵国の皇帝自ら攻めてきたのだ。ここは同じ皇帝であるわしが相手をしてしかるべきだ。一国の主として、我が帝国を守って見せる!」
「クククッ! ますます面白いぞ! ミドケニア皇帝ヴァルドロス! 我が剣の餌食となるがいい!」
 アレルが最初にたどり着いた悪徳の国、ヴィランツ帝国。世界征服を企むその皇帝は南にあるもう一つの帝国ミドケニアに自ら乗り入れてきたのだ。二つの帝国、二人の皇帝。ヴィランツ皇帝マヴィウスとミドケニア皇帝ヴァルドロスは互いに剣を構えた。ヴィランツ皇帝からは禍々しい暗黒のオーラが漂い、見た者を凍りつかせるほどの残虐な笑みを浮かべている。それはあるとあらゆる嗜虐的な嗜好を好む者の目だった。そんなヴィランツ皇帝に対し、ミドケニア皇帝ヴァルドロスは微塵も怯むことなく対峙した。
「ヴィランツ皇帝マヴィウスよ、我が剣を受けてみよ!!!!!」
 ヴァルドロスは勢いよく斬りかかろうとした――が、
「うぐっ!? こ、腰が……」
 ミドケニア皇帝ヴァルドロスは腰の痛みを訴えると床にばたりと倒れた。そのままぴくぴくと動いている。
「陛下! ……こ、これはいかん、ぎっくり腰だぞ。早く安静にしなければ」と臣下達。
「父上もう歳なんですから無理しないで下さい!」とリュシアン。
「な、何をっ! わしはまだまだ若いぞ!」

・・・・・・・・・・

「さて、余の相手をするのは誰だ? 誰も来ないなら余の方から行くぞ」
 ヴィランツ皇帝はどうやら今のを見なかったことにするつもりのようだ。それはそれで屈辱である。ミドケニア皇帝ヴァルドロス人生最大の屈辱である。敵国の君主の目の前で、このような緊急事態にぎっくり腰になるとは。自ら敵の大将を討ち、自国を守って見せるはずだったのに。カッコつけようと思ったところが最高にカッコ悪いことになってしまった。ヴァルドロスはぎっくり腰の痛みに耐えながら悶絶していた。
 一方、ヴィランツ皇帝の方は魔界の住人と契約することによって得た力を存分に発揮しようとしていた。屈強のモンスターをしもべとし、暗黒魔法の詠唱を始める。その姿はまさに魔王のよう。ヴィランツ皇帝から放たれた暗黒魔法により宮廷の一部が全壊した。
「ヴィランツ皇帝よ、それなら皇太子である私がお相手しよう」とリュシアン。
「ほう、今度は皇太子のお出ましか」
「殿下! 一人では危険です!」
「皆の者、殿下をお守りしろ!」
 リュシアンを先頭に、ミドケニアの兵士達がヴィランツ皇帝に襲いかかった。聖騎士団長と暗黒騎士団長はそれまで皇帝ヴァルドロスの護衛に当たっていたが、他の者に任せると参戦した。今は君主を守ることより目の前の敵を排除することの方が優先である。しかし、ヴィランツ皇帝はなかなかのつわものだった。魔界の住人と契約を結ぶことで超人的な能力を得たのか、その戦闘能力は人間離れしている。リュシアン達は深い傷を負い、兵士達は一人、また一人と散っていった。
「くっ……!!」
 リュシアンは肩に深い傷を負い、膝をついた。他の兵士や騎士団長達もダメージが大きく皆、床に伏している。そんな中、ヴィランツ皇帝は悠々とリュシアンの元にやってきた。リュシアンの方は無言で睨み返す。すると、ヴィランツ皇帝はリュシアンの顔を手でくいと持ち上げた。そして好色な笑みを見せる。
「ミドケニア帝国皇太子リュシアン、か。なかなか美しい青年ではないか。余の好みだ」
 リュシアンはびくっと後ずさりした。
「わしの息子に何をしとるか貴様」
「余は美しい男は好きだぞ。この国で一番の美男子と名高いリュシアン皇子。この国を滅ぼした暁にはおまえを余の小姓にしてやろう」
 その時である、鋭い槍がヴィランツ皇帝の身体を貫いた。セドリックである。彼はずっとヴィランツ皇帝の隙を窺っていたのであった。
「ぐっ……何者だ」
 しかしセドリックはすぐに姿を消してしまう。強硬な槍の一撃はさしものヴィランツ皇帝にも堪えた。
「敵に姿を悟られず仕留めるとは……中にはできる奴もいるようだ。フフフ、いいだろう。今日のところはここで引き上げてやる。ミドケニア皇帝よ、後日いくらでも戦には応じてやるぞ」
 その後ヴィランツ皇帝はリュシアンに何事か囁くと、ワープ魔法を用いて去っていった。ヴィランツ皇帝の気配が完全に消え去るとセドリックは姿を現し、リュシアンの元へ駆けつけた。
「危なかったな。殿下、大丈夫ですか?」とセドリック。
「・・・・・・・・・・」
「殿下!? もしや傷が?」と臣下達。
 リュシアンの顔色は非常に悪かった。
「お……男に言い寄られた……」

バッターン!

「殿下しっかりー!」
 ヴィランツ皇帝は去り際にリュシアンに何事か囁いていったが、何を言ったのかあまり想像したくない。その後、ミドケニア宮廷は騒然となった。モンスター退治と被害の確認、負傷者の手当てに追われる。
 勇者アレル不在時に起きたヴィランツ皇帝による襲撃であった。



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