アレルは第五皇女ロナの部屋を訪ねていた。エルヴィーラ皇后と同じ亜麻色の髪をした美しい少女。まだ十歳であり、淑やかではなくお転婆な雰囲気を感じさせる。そんな皇女に、アレルは妙に気に入られてしまったのである。
「アレルくん、紅茶はどれがいい? アールグレイ? ダージリン? それともハーブティーがいいかしら?」
「殿下の好きなお茶でいいですよ」
「それじゃアールグレイで決まりね」
 ロナ皇女は侍女に紅茶とお菓子を用意させ、下がらせると一気に話し始めた。
「あなた、わたくしの名前が変だと思っているでしょう? そもそもわたくし達五人姉妹の名づけ方って言ったら! 上から順にラナ、リナ、ルナ、レナって! 覚えやすいだなんていう人もいるけどどうかしら? それ以前にこんな手抜きの名づけ方ってあると思う? 上から順にラナ、リナ、ルナ、レナときたから今度はロナにしたっていうのよ。でもお! ラナ、リナ、ルナ、レナ、お姉様達の名前は実際に女性の人名としてあるわ。それにひきかえわたくしの名前は語呂で決めたようなものよ! ロナなんて名前聞いたことないわ! ああん! こんな名付け方ってないわー! わたくしは一生変な名前だって言われ続けるんだわー!」
「そんなことないですよ、皇女殿下。世の中は広いですから中にはロナという名前だってあると思いますよ」
「わたくしの知る限りではこんな名前聞いたことないわ! 何より名づけ方が安直すぎるわよ! ああもう! お父様の馬鹿っ!」
 確かに名づけ方としては何の捻りもない。ロナ皇女は自分の名前を常々気にしているようだ。他にもたくさんの愚痴をこぼしながらお茶とお菓子をつまむ。よくしゃべる少女であった。たわいのないことでも「ねえ、聞いて頂戴!」と、とりとめのない話を始める。母親のエルヴィーラ皇后とはだいぶ性格が違うようだ。アレルは何故自分が話し相手として選ばれたのだろうと思った。アレルは目立つ存在なので興味を持たれても無理のない話ではあるが。
 ふと、ロナ皇女は話をやめると興味深い目でアレルをしげしげと眺めた。
「どうかしたんですか、皇女殿下」
「わたくし、面食いなの」
「え?」
「ああっ! どうしてあなたは年下なの? 年上だったら将来の旦那様として絶対捕まえて離さないんだから! ああん! せっかく美形の男の子がわたくしの前に現れたっていうのに! わたくしってどうしてこう運がないのかしら? わたくしの知る限り一番の美男子はお兄様よ。だけど兄では恋の相手にならないじゃない。それにわたくしはシャルリーヌ姫ほど美人じゃないし〜。シャルリーヌ姫は羨ましいわ。ため息の出るような美しさで。お兄様と並べばまさに絵に描いたような美男美女! わたくしも負けないように美形の旦那様を捕まえたいのに、どうしてあなたは年下なのかしら?」
「……………恐れながら、皇女殿下。世の中顔が全てではないと思いますが」
「あら、でもやっぱり顔よ」
 ロナ皇女はあっけらかんと言い切った。
「確かに普通に人として接する分には顔なんて関係ないわ。でもそれが結婚相手となれば話は別よ。生理的に受け付けなかったらどうしようもないじゃない」
「そ、それはそうですが……」
「アレル君、これは皇女としての命令よ。ここにいる間だけわたくしのボーイフレンドになって頂戴。大丈夫。ちょっと仲良くしてくれるだけでいいから」
「俺でよければいくらでもお相手しますよ、皇女殿下」
「そう? なら決まりね!」
 ロナ皇女は非常に嬉しそうであった。自分では面食いだなどと言っていたが、要は話し相手が欲しくて寂しいだけのようである。歳の近い少女であるし、アレルもすぐに打ち解けた。それにしても淑やかで優しいエルヴィーラ皇后とは見れば見る程タイプが違う。ロナ皇女はお転婆で快活な少女であった。
「アレルくん、乗馬はできる?」
「もちろん」
「じゃあわたくしと早駆けで勝負しましょうよ!」
「皇女殿下の愛馬はどれですか?」
「来て来て! この子よ。ロミーっていうの。可愛いでしょー。可愛くて大人しいだけじゃなくお利口なのよ〜」
「それじゃあ今度は俺の愛馬を紹介しましょう」
 アレルがボルテを召喚すると、当然のごとくロナ皇女はびっくりした。
「きゃあっ! なになにどうしたの? お馬さんが急に現れたわ!」
「俺の使い魔です。俺は魔術で使い魔を召喚できるんです。こいつは馬の使い魔ボルテといいます。ちゃんと人語を解してしゃべれるようにしてあるんですよ」
「よろしく、お姫様」
「きゃあ! お馬さんがしゃべったわ!」
 ロナ皇女はしばらくきゃあきゃあ騒いでいた。使い魔召喚で名馬が現れたのだから無理もない。馬が好きらしく、ボルテを撫でたり抱きついたりしていた。その後、二人は馬で競争したが、結果はアレルとボルテの勝ちであった。
「悔しいわ〜。でも今度は負けないからね! アレルくん、また遊びましょう!」

 エルヴィーラ皇后が襲われロナ皇女と面識ができた後、ミドケニアの領土内でモンスターが発生した。発生源の洞窟は特殊な場所で、深い闇が光を吸い込んでしまうという話であった。明りを灯して入っても闇に呑み込まれるようにして消えてしまうのである。宮廷内にその知らせが入った時、名乗りを上げたのはアレルであった。アレルは暗闇の中でも目が見える。光を吸収する謎の闇にも対処できるだろうというのである。セドリックも同行を申し出たが、アレルは拒否した。
「暗闇の中でも目が見えるのは俺だけだ。だから俺一人で行くよ。セドリックは引き続き宮廷の不穏な動きを探ってくれ」
「一人で大丈夫かい?」
「ただのモンスター討伐だろ? 俺だけで充分だよ。さっさと片付けてやる」
 アレルはミドケニア宮廷の人々に見送られて単身闇の洞窟へ向かった。これも魔族達の仕業であった。
「勇者アレルがミドケニア宮廷を離れたぞ」
「結界というのは術者がいないと効果がない。アレルほどの力量の術者だと効果を保つことも可能だが、幸いそのようにはしていかなかったようだ。微弱ながら役割を発揮しているが力は激減している。今のうちに宮廷を襲撃するぞ」
「例の男はアレルにご執心だがいいのか? いざ宮廷を襲ったが肝心のアレルが不在では気分を害するだろう」
「なに、知ったことか。それならそれでミドケニア皇帝と皇太子を手にかけてくれるだろう」
「そして暗黒剣デセブランジェを我が魔族のものに……」



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