ここはルッカの家。眼鏡が割れてしまったルッカを、魔王はシルバードを操縦して送り届けた。タバンやララへの挨拶もそこそこに帰ろうとする魔王をルッカは引き止めた。

「せっかくだからうちに泊まっていきなさいよ。私の家は広いのよ。空いてる部屋ならあるわ。ね、いいでしょ?お父さん!」
「おう、ルッカの仲間だろ?遠慮はいらねえよ。何日でも泊まってけ」
「……………」

魔王は困惑した表情のままルッカに引き摺られ、しばらくルッカの家に滞在することになった。



ルッカの家には機械の他に数多くの書物があった。機械の本だけではない。ルッカの興味の範囲は広く、ありとあらゆる本がそろっていた。いかにも頭脳派のルッカらしい。知識を得るのに貪欲なのだろう。魔王は魔王で幼い頃から本好きだった。魔導書の他にも様々な本を読んでいたのである。本や学問について、二人は話が合った。お互い意外そうに相手を見る。まさかこんなことで気が合うとは。それならもっと早くに話をしておけばよかった。
文学、数学、哲学、天文学、語学、芸術。ルッカも頭がいいが、魔王も負けてはいなかった。二人は、他の仲間達ならついていけないような知的な話題に花を咲かせていた。

機械いじりも、実は魔王はロボの次に機械に詳しいことがわかった。思えば魔法王国ジールは高度な文明が発達していた。海底神殿や黒鳥号など。魔王は幼い頃そんな国で育ったのである。今までは無関心を装っていた魔王もルッカの機械いじりに協力するようになった。今まではタバンがやっていた力仕事も魔王がやってくれた。

「あんたも結構、力あるのね」
「馬鹿にするな。私は一応魔導士系だが、男だぞ。力仕事は私に任せろ」
「お、女だからって見くびらないでよ。機械いじりだって力はいるんだから」
「おまえはエイラとは違う。大人しく男に任せておけ」

背も高い魔王はルッカなら脚立を使わないと取れないような高い場所のものも簡単に取ってくれる。一緒に暮らして本の話をしたり、機械いじりを手伝ってくれたり、力があったり背が高いことを意識したりすると、ルッカは思わずドキッとしてしまうことが何度かあった。
魔王は知らず知らずのうちにルッカに心を開いていった。
そして、いつの間にかルッカの家にすっかり居ついてしまった魔王であった。



それからしばらく時が過ぎた。ある日のことである。魔王とルッカはいつものように二人で一緒にいた。

「ねえ、魔王。私達の今の関係ってどうなるのかしら?」
「何?」
「魔王、いいえ、これからはジャキって呼ばせてもらうわ。ねえ、ジャキ。私はあんたのことが好きよ。ここまで気が合うとは思ってなかったわ。私はあんたのこと、もっと知りたいし、これからもずっと一緒にいたい。ねえ、あんたは私のこと、どう思ってる?」

魔王は初めて気づいたというようにしばらく驚きの表情をしていた。そして居住まいを正す。

「……そうか。私としたことが、こんなことに気づかないとは、うかつだった。……私、いや、俺もおまえが好きだ。ルッカ」

ルッカは魔王をジャキと呼ぶことに変え、魔王は自称を『私』から『俺』に変えた。魔王はルッカを見つめた。眼鏡の奥に光る知的な瞳。魔王は知的な女性は好きだと思った。

「ルッカ。俺と恋人として交際してもらえないだろうか?」

魔王はルッカの手の甲に口づけし、正式に交際を申し込んだ。今度驚いたのはルッカの方である。

えええええ!?手の甲にキスってあんた!」
「どうした?魔法王国ジールで学んだ王侯貴族の礼儀作法ではこう習ったぞ」
(そっ……そういえばこいつ、ジール王国の――王子なんだっけ!?)

ルッカはすっかりパニックになっていた。今まで高貴な身分の男性に紳士的な態度を取られるなどという経験はなかったのである。もちろん手の甲にキスされるなどという経験も初めてであった。

「あ、あの……………、ジャキ?」
「何だ?」
「そっ……それじゃあ、私達、相思相愛ってことで、付き合いましょっか?」
「ああ」

ルッカは慌てて照れ隠しを行い、真っ赤になってしまった。



その後、ルッカは一人、自分の部屋で呆然としていた。魔王――ジャキは元王子。そして元魔王。

(わ、私の彼氏は王子様!?そして私の彼氏は魔王!?うっそ、信じらんない!)

小さい頃から漠然と自分に彼氏ができることを想像したことがあるが、まさか元王子で魔王である男が彼氏になるとは思いもよらなかった。

魔王の方は今まで姉のサラの存在が大き過ぎた。恋愛など考えたこともなかった。しかし、先日の夢の中のサラの言葉を思い出す。サラはもういない。歳の離れた美しい姉。その姉が願う通り、魔王が新しい人生を歩むことを考えた時、目の前に飛び込んできたのはルッカだった。魔王は明るく知的な雰囲気のルッカにいつの間にか好意を持っていた。気がついたら好きになっていた。夢の中のサラの言葉をもう一度思い出す。

『ジャキ、ラヴォスがいなくなった今、あなたには新たな人生を踏み出して欲しいのです。もう憎しみや悲しみで孤独に生きるのではなく、人として幸せになって欲しいの。もし、あなたに好きな人ができたら、愛する人ができたら、その人を一生涯大切にして。私はあなたの幸せを心から祈っていますよ』

魔王は自分にできる限り誠実な男になろうと思った。



数日後、魔王は早速ルッカをデートに誘った。ルッカは思いつく限りのおめかしをし、魔王がデートでどんなところに連れて行ってくれるのかと楽しみにした。そして魔王がエスコートして案内してくれた店とは――

高級レストランだった。コース料理を予約済みである。

「えええええー!?」
「どうした、ルッカ。こういう店で大声を出すものではないぞ」
「あんたの考えるデートってこんな高級な店で食事することなの?」
「おまえの考えるデートとはどんなものなのだ?」

魔王の考えるデート:高級レストランでコース料理
ルッカの考えるデート:リーネ広場で公園デート

「そうか。では午後からはおまえの考えるリーネ広場で公園デートをしよう」
(あー…こいつって元王子で元魔王なのよね…高級レストランでコース料理くらい当たり前なのよね、きっと……)

魔王が高貴な生まれと育ちであることに気づき、ルッカは改めて驚くばかりである。魔王と恋人として付き合うと、まさかこんな風になるとは思いもしなかった。魔王の雰囲気も少し変わったように感じる。ルッカのことを恋人と見做すようになってから、誠実で温かい感情が感じられるようになった。それを思うとルッカは思わずドキッとした。魔王の方は夢の中のサラに言われたことを思い出し、できる限り実践しようと思っているのである。自分がこんな風に変わるとは思ってもみなかった。ルッカのことは好きだ。大切にしたい。

午後からはルッカの考えるデート、リーネ広場で公園デートをすることになった。リーネ広場でいろんな遊びを体験し、シルバーポイントを手に入れる。

「ねえ、ジャキ。猫を飼いたかったら飼ってもいいのよ。あんた小さい頃アルファド飼ってたでしょ?」
「ベッケラーの実験小屋の景品か。……考えておく」

リーネの鐘のところに行くと、デート中のクロノとマールに会った。

「ルッカ!魔王!」
「えー!?二人って付き合ってるの?」
「え、ええ、まあね」
「……」

クロノもマールも驚いた様子で魔王とルッカを見た。しばらくすると、マールはにっこりと笑った。

「ねえ、今日のリーネ広場にはソフトクリーム屋さんがあるんだよ!みんなで一緒に食べようよ!」

マールはムードメーカーである。いつも明るい雰囲気を絶やさない。そのうち、さりげなくクロノと魔王、マールとルッカに別れ、どうして魔王とルッカが恋仲になったのか、それぞれ聞く。クロノは魔王の夢の話を黙って聞いていた。

「そうだったのか……魔王はこれからルッカと一緒にいるんだな。よし!俺も男としてマールを大切にしなきゃ!」

マールはルッカの話を嬉しそうに聞いていた。

「今日のルッカ、とってもおめかしして綺麗~!魔王もちょっと変わったね。やっぱり好きな人ができたら男の人って変わるのかな」
「ちょ、ちょっとやめてよ。照れるじゃない」

ルッカは赤くなっていた。マールは人の愛情や善の感情に素直である。クロノの気持ちも非常に素直に受け止めている。人間として負の感情を抱くことは少ない。明るく素直で元気いっぱいなのがマールの良さであった。

その後、リーネ広場にやってきた鳩に餌をやったり、二組のカップルは公園デートを一通り終えると、別れた。魔王とルッカは帰って行った。その後、クロノとマールは今日のことを二人で話す。はしゃぐマールに対し、クロノはあることに思い当たった。

「あれ?ってことは魔王ってこれから一生この時代で過ごすってことになるのか?違う時代の人間なのにタイムパラドックスとか大丈夫なのかな?」
「そういえば……」





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