二、悪の組織のボスを支配下に
「ぬうう、難しいのう」
「魔王様、いかがなさいました?」
「うむ。わしはこの間から政治について勉強しておったが、どうやら政治と経済は密接に関わり合っているらしい。つまり世界の支配者になるには政治だけではなく、経済もわからなければならんのだ」
「また入門書を手に入れますか?」
「うむ。それにしても勉強も大変じゃのう。もっといい方法はないものか……」
「人間共は受験勉強の時、必死になって勉強するそうです。受験生達の塾によると、ハチマキをすると効果があるそうです」
「何!? 本当か!」
魔王は世界征服の為、ひたすら真面目に、健気に勉強していた。
「世界征服を実現させるのは、並大抵のことではないのう」
「魔王様、過去の歴史においても、未だかつて世界征服を実現させた者はおりません。世界征服を企んだ者は、フィクションでは必ず正義の味方にやっつけられるそうです」
「ぬうう! そうはいかんぞ! 勇者なんぞに負けるものか! 今度こそご先祖様の無念を晴らし、我らが魔族の世界にするのじゃ!」
この世界には代々勇者の家系と魔王の家系があった。魔王が世界に君臨しようとすると、必ず勇者が現れ、戦いになった。今までは勇者の全勝。魔王は全敗。そうして人間の世界は守られてきた。今でもこの世界のどこかに勇者の末裔がいるのである。魔王が世界征服に乗り出せば必ず現れ邪魔しにくるであろう。魔王は今度こそ勇者に勝ち、歴代の魔王の無念を晴らし、世界の支配者として君臨しようとしていた。
「魔王様、人間共の世界には悪の組織というものがあるようです。影で権力を持っているのです。悪いことをいっぱいやって、法律違反になることもいっぱいやっているそうです」
「法律か」
「はい、魔王様。頭のいい悪人は法律の目をかいくぐって、上手に悪いことをするそうです。悪事がバレても警察に捕まらないようにうまく考えているそうです。魔王様、そんな奴らも支配下におくなら、世界征服に法律の知識は必須ですよ」
「なんということだ。世界を支配するには政治経済の他に、法律にも詳しくなければならないのか! また入門書か……」
「魔王様、悪の組織のボスは人間社会の裏で権力を握っている、重要な人物です。国のトップも下手に手出しはできないそうです。まずはこやつを支配下におくのはどうでしょう?」
「おお、それはいい。服従させれば難しいことはそやつに任せればいい。世界の表も裏も、全てこのわしが支配してみせるぞ! ぐわははははは!」
というわけで、魔王は悪の組織のボスに喧嘩を売りに行くことにした。
魔王達が調べた悪の組織のボス。彼は表向きは世界的に有名な資産家であり、実業家だった。贅を尽くした優雅な暮らしをしている。世界各地に別荘を構え、常に居場所は転々としている。極悪非道で冷酷無比。彼の命令でこれまで数えきれない命が散った。彼に逆らえる者は裏社会にはいなかった。そんな悪の組織のボスの本拠地。それはある小さな島だった。島自体が彼の所有地である。一見、自然豊かな美しい島だったが、悪の組織の本拠地として、ありとあらゆる兵器がそろえられていた。人を殺すことを専門に訓練を受けた軍人・殺し屋が大勢おり、任務を受ける為に常に待機している。そんな場所へ魔王は部下を引き連れて真正面から突撃したのである。
「ボス、妙な侵入者を発見しました」
「何者だ?」
「それが……人間ではないようなのでございます」
監視カメラの映像がスクリーンに映し出される。それはゲームに出てくるような人型の魔王と、魔物達だった。
「ぐわははははは! この島はたった今わしが征服した! この島の人間達に告ぐ! わしに絶対忠誠を誓うがよい! これからはわしがおまえ達の主君だ。逆らう者は皆殺しだぞ。ぐわははははは!」
「キーキー! そうだそうだー! 逆らう人間は皆殺しー! 食べちゃうぞー!」
「ぐへへへへへへ」
魔王と配下の魔族達を見た悪の組織のボスは、しばらく沈黙していた。
「……殺せ」
「はっ!」
ボスの命令は直ちに実行された。ありとあらゆる兵器が魔王達に襲いかかる。人が相手なら凄惨な光景になるはずであるが、相手は魔王である。人間の攻撃などものともしなかった。配下の魔族達も魔物なだけあって頑丈である。どんな強力な武器で攻撃されても平気な顔をしていた。魔王も魔族達も人間ではないので銃で撃たれても死なない。普通の人間相手なら魔王は無敵であった。この世界で魔王を倒せるのは勇者だけである。そう、いくら強大な力を持つ悪の組織のボスでも、普通の人間である以上、どのような手段を使っても魔王を倒すことはできないのだ。
「くそっ! 奴はどうやったら死ぬんだ!」
「HPが0になったら死にます」
「それはゲームの話だ!」
何も打つ手は無いかと思われた。一方、魔王達は……
「ぐわははははは! 楽勝だのう! わしのバリアはありとあらゆる攻撃を受けつけぬのだ!」
「でも魔王様、魔王様のバリアは一定時間しかもたないんですよね」
「そうじゃ。そろそろ解除してからまたかけなおさんといかん」
魔王がバリアを解除したその時だった。悪の組織の軍人が火炎放射器で攻撃してきた。魔王の服に引火する。
「あちゃーちゃちゃちゃちゃっ!」
「魔王様っ!」
ここは島である。魔王は海へ走ってダイブした。
ざっばーん…………
その時である。気がつくと島は包囲されていた。船の艦隊、空からも軍機が数多く島に集まってきていた。彼らは国際警察を名乗り、悪の組織の本拠地を突き止めて乗り込んできたようだった。世界征服をしようとしていることを警察に知られるのは今の段階ではまだ早い。魔王達は慌てて姿を隠した。警察はどんどん悪の組織の人間達を逮捕し、兵器を没収する。
悪の組織は終わりの時を迎えていた。先程の魔王との戦いで兵器は使い尽くしていた。残弾もゼロである。そんな中、警察に取り押さえられる悪の組織のボスの姿。
「魔王様どうします? 奴はもう悪の組織のボスじゃなくなったんですよ」
「ふーむ…………さっきのことですっかり興がさめてしまったしのう。帰るか」
魔王達は城に帰ることにした。
魔王城に帰り、気を取り直して世界征服の為の取り組みについて話し合う魔王達。
「魔王様、我々は人間共のことをあまりよく知りません。人間達を支配するなら、人間達のことをもっとよく知っておく必要があるんじゃないですか?」
「ふむ。それはもっともだ。それに政治経済法律がわからなければ世界の支配者にはなれない。これらの勉強をどうするかだ。やはり独学は厳しいのう」
「魔王様、学校へ行って勉強したらどうですか?」
「・・・・・・・・・・おまえ達、まず人間共の学校について調べてこい」
魔王は配下の魔族達に人間の学校について調べさせた。その結果、政治経済法律を全て学ぶには大学に行くのが最も手っ取り早いことがわかった。
「魔王様! 調べたところによると、大学の大きな教室では出席をとらないので学生でなくてもこっそり授業が受けられるそうです!」
「何! それはいい。余計な工作はしなくていいからな。それでは仮の人間の姿になり、大学に潜入するか。あとは偽名だな。おまえ達、人間の名前でありふれた平凡な名前を調べてこい」
魔王はどこにでもありそうな平凡な名前を調べさせた。
「魔王様、調べてきました! 男なら『太郎』、女なら『花子』が最もありふれた名前のようです。書類の記入例なんかによく使われています」
「よし、それではわしはこれから太郎と名乗り、学生として人間共の大学に潜入することにしよう」
魔王は仮の人間の姿になった。目立たない、見るからに冴えないおっさんである。しかしこれは人間の目を欺く為の仮の姿。正体は魔王なのだ。太郎という名のおっさん学生として大学へ潜入することに。魔王の目的は世界征服。その世界征服に必要な政治経済法律を勉強する為、そして人間達のことをもっとよく知る為に、とある大学へ向かうのだった。
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