七、本性を現した魔王



「魔王様、今度は何をしてらっしゃるんですか?」
「世界征服の参考になる本を探しとるんじゃ! 歴史上の人物が行った政治や政策などを片っ端から調べとる」

魔王は今日も世界征服の野望の為、健気にがんばっていた。魔王の私室は権力者に関する本でいっぱいになっていた。
夢中になって本を読んでいると、魔王の携帯電話が鳴った。非通知である。電話番号が表示されないことに魔王はひどく気を悪くした。

「ぬうう、許せん。このわしに向かって非通知でかけるとは、何者だ!」

ピッ

「もしもし?」
「もしもし? その声は太郎さん?」
「え? その声は勇輝君? どうしてわしの番号を知っとるんじゃ?」
「この間の求人票に載ってた番号にかけてみたんだけど、まさか太郎さんの携帯に直接つながるとはね」
「むう、そうだったのか……しかし非通知なんてずるいじゃないか。わしは君の電話番号がわからない」
「悪いけど俺の番号を教える気は無いよ。俺は勇者、太郎さんは魔王。俺達は敵同士だからね」

そう言うと勇輝は電話を切ってしまった。魔王は勇輝について考えた。彼は勇者なのだ。できれば味方に引き込みたいが、やはり無理なのだろうか。今まで歴史上繰り返されてきたように彼とは戦う運命にあるのだろうか。
そう思いながら魔王は集めてきた本を読み始めた。今度は『恐怖政治』や『独裁者』と書いてある。
読んでいくうちに魔王の様子が変わった。本の内容にのめり込む。代々魔王の家系に生まれた彼には残虐性が眠っていた。今、魔王の中に悪の心が湧き上がってきた。この本の『恐怖政治』のように人々を恐怖で支配したい。『独裁者』の本に書いてある人物のように絶対的な権力を握りたい。魔王の血が疼く。

「今までのわしのやり方は手ぬるい。やはり世界の支配者になるにはこうでなきゃいかん。独裁者として恐怖政治を行うのじゃ!」
「魔王様?」
「皆の者、これから本格的な世界征服を始めるぞ! おまえ達、わしに黙ってついてこい!」

魔王に絶対服従を誓う魔族達は喜び勇んで魔王に付き従った。



ここは大学。勇輝は太郎の姿が見えないのを怪訝に思った。

「あれ? 太郎さん急に来なくなったな。今まであんなに真面目に勉強してたのに」



その後、魔王は人口の少ない国々をあっという間に支配下に置いてしまった。大洋にある島国十か国をたちまち占領。逆らう者は皆殺しにすると言い、残酷な処刑道具の数々を用意する。支配下に置かれた島国諸国は勇者である勇輝に救助要請を送った。太郎に何か変化が起きたのだと思い、勇輝はすぐさま勇者として駆けつけた。そこには太郎――魔王の配下の魔族達が逆らう者は皆殺し、もしくは我々魔族が食べてしまうと人々を脅していた。恐怖に怯えている人々。そして力ずくで国を支配し、国王達に傍若無人な振る舞いをしている魔王の姿。

「やっぱり太郎さんは魔王なんだ。勇者として止めないと」

勇輝は魔王の元へ向かった。魔王は今までで最も凶悪なオーラをまとっていた。そしてその手には一冊の本が。

「勇輝君か。来ると思っていたぞ。やはり君とは戦う運命にあるようじゃな。わしの世界征服の最大の障害! 勇者! わしは負けんぞ! この本の独裁者のように絶対的な権力を持ち、世界中の人々を恐怖で支配するのじゃ!」
「独裁者の本……?」

独裁者の本。どうやら魔王を悪に目覚めさせたのはその本らしい。今の魔王には何を言っても無駄なようだ。戦いは避けられない。

「太郎さん、あなたが本気で世界征服をするというのなら俺は勇者として止めるまで!」
「かかってこい、勇者よ。わしの本気を見せてやる!」

勇者と魔王の戦いが始まった。魔王は普通の人間が最新の兵器を使ってもかすり傷ひとつ負わせられない。どんな兵器を使ってもダメージを与えられないのだ。魔王を倒すことができるのは勇者の剣と魔法だけである。魔王はその強大な魔力を使って勇輝を攻撃する。大学では学友として親しくした相手だが、その様子に手加減は見られなかった。勇輝の方も手加減などしない。全力で攻撃してきた。勇者の剣を振るい、攻撃魔法、回復魔法、補助魔法を的確に使ってくる。一人で物理攻撃、魔法攻撃、回復・補助魔法を全て使いこなす、それがこの世界の勇者の実力だった。

勇輝は強かった。魔王も持てる限りの力を使って戦っていたのだが、勇者の強さに圧倒される。この世界には代々勇者の家系と魔王の家系がある。代々の魔王が世界征服に乗り出すたびに代々の勇者が現れ魔王の野望を阻止してきた。今までは勇者の全勝、魔王の全敗。つまり勇者の方が強かったのだ。それは勇輝も例外ではない。実際に戦って初めて勇輝の強さを実感した魔王。なんとか形勢を有利に運びたい。

その時――

ピリリリリッ

「誰じゃ! 携帯をマナーモードにしていないのは! これは歴史に残る勇者と魔王の戦いじゃぞ!」
「隙ありっ!」

携帯の着信音に気を取られた魔王に勇輝の渾身の一撃がヒットする。

「ぎゃーーっ!」
「ああー魔王様がやられたー!」
「そんなっ、ボクが携帯電話をマナーモードにしてなかったばっかりに!」

その後、魔王は配下の魔族達を引き連れて一目散に逃げ出した。



魔王は世界征服をあきらめるつもりは毛頭なかった。その後も人口の少ない国から調べてどんどん支配下におこうとする。そして悪の限りを尽くし高笑いをする。

「この世界はわしのものじゃ! ぐわはははははーーーっ!」
「た・ろ・う・さん?」
「え?」

振り返るとそこには――

「はあっ! 君は勇輝君!」

勇者の剣が魔王に天誅を加える。

「ぎゃーーっ!」


その後、魔王の世界征服は難航を極めた。魔王として悪さをしようとしてもたちまち勇輝が現れて成敗されてしまうのである。勇者は強い。実際に戦ってみて相手が自分より強いのだとわかると魔王はだんだん逃げ腰になってきた。

「太郎さん……だんだん俺を見ただけで逃げるようになってきたけど……世界征服を企む魔王としてそれはどうなのかなって思うけど」
「や、やかましいわい!」
「世界征服なんてやめちまいなよ」
「そういうわけにはいかん! わしの家系は先祖代々魔王! ご先祖様の無念を晴らす為にもわしが世界征服を実現させなければならんのじゃ! そうじゃ! わしこそが今度こそ世界征服をーー!!」
「太郎さん、世界征服をやめたら今まで欠席した授業のノート、見せてあげてもいいよ」
「えっ?」

その時魔王は気づいた。悪に目覚めてから大学に行っていない。ただでさえ授業についていくのに必死なのに授業をサボってしまっては――

「ノートのコピーいる?」
「ノ、ノートのコピー……」

しかし魔王は考えた。勇輝は世界征服をやめたらノートを見せてくれると言うのである。そもそも世界征服の為に大学に通い始めたのであって、それでは本末転倒ではないか。ならば嘘をつけばいい。世界征服はやめると嘘をついてノートのコピーを入手し、それからまた世界征服を始める。

「太郎さん、考えてること顔に出てるよ」
「だーーっ! ……くそっ! 覚えていろ! わしは必ずいい手を思いついてみせるからな! わしにとどめを刺さなかったことを後悔させてやる!」
「へえ? とどめを刺して欲しいの?」

そう言って勇輝が剣を振り上げると――

ずどどどどどど……………

魔王は全速力で逃げ出した。



ここは魔王城。魔王はずっと考え込んでいた。何をやってもうまくいかない。世界征服の為に悪の所業をしようとすれば必ず勇輝に見つかり成敗されてしまう。宿敵の勇者であると同時に大学の学友である勇輝からは世界征服などやめてしまえと説得される。魔王の方こそ勇輝を説得して味方に引き込みたいのだが。勇者も魔王も相手と戦うことは本意ではなく、相手を説得しようと思っていた。彼らは宿敵であると同時に学友でもあるのである。妙な関係であった。

魔王は悩んでいた。世界征服は実現させたい。勇輝は仲間にしたい。ノートのコピーは欲しい。勇輝に勉強を教えてもらいたい。しかし勇輝を出し抜く手が思いつかなかった。魔王の家系なのだから魔王の血筋には嘘をついてだます能力もあるはず。そして勇者の家系は正直でだまされやすいはずなのだが……魔王は自分では頭がいいと思っている。その根拠は世界征服には政治経済法律の知識が必要だと気づいたからであり、だから自分は過去の魔王達より頭がいいのだと。そして自分こそ世界征服を実現すべきだと思っているのだ。

「うう……何をやってもうまくいかない……わしもこの本の独裁者のようになりたい……恐怖で世界中の人々を支配したいのじゃ……逆らう者は皆殺し、残虐非道の限りを尽くすのじゃ……」

そんな魔王のそばに仕える配下の魔族達。彼らは魔王に絶対服従を誓い、魔王を心の底から慕っている。なんとか主の力になることができないかと一生懸命考えていた。

「今時暴力で支配するなんて流行らないんじゃないッスか~」
「えっ!?」
「そうそう、今時そーゆーキャラはウケないんですよ」
「えっ!?」
「魔王様、そういう時代は終わったんです。もう古いんですよ。真の支配者になるなら世の中の動きに敏感でなければなりません。みんな時代の流れには逆らえません。これからの時代に則った、最新の世界征服術を編み出す必要があるのではないでしょうか?」



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