山と旅のつれづれ



旅のエッセー4



                                      PC絵画

このページの目次


(五編収録)

 








  角 間 渓 谷

   つい最近まで家業として営んでいた仕事上の取引先の人たち6人で一泊旅行です。シニア中心の 男ばかり、ほんとに色気のない
レンタカードライブだ。
 取引上のお付き合いという意味合いもあって十数年か二十年近くも和気あいあいと続いている。
 私が仕事を卒業?した今年からは「仕事」をぬきにして、男同士の気楽な付き合いとして受け入れ てくれている。

 さて、毎年のことだがこのレンタドライブ、朝出発して夕方旅館に到着して、罪のない男のおしゃべ りに終始して、しゃべり疲れて眠く
なればイビキをかいて、翌朝旅館の女将をはじめ何人かの愛想の いい、しかし極めて儀礼的なお見送りを受けて帰途について、ドライ
ブインや道の駅などで散々ひや かした積もりで気がついてみるとお土産どっさり買い込んでいたりして、単純にただ単純に・・・しか し、
たまにはこれも悪くないのだ。

 そういう訳で一年に1、2回のこの機会をいつもの夫婦旅行とは違った意味合いで楽しみにしてい る。
 そんな中で、この日は今まで全く知らなかった「角間渓谷」の入り口にある「角間温泉」。長野市まで 車で一時間余りというが、深い谷
間を分け入った林道の先の大岩壁に抱かれて沈み込むようにた たずむ一軒宿の典型的な秘湯だ。
 その昔、戦国の時代、軍神として誉れの高い真田一族の隠し湯という。

 また、猿飛佐助はじめ真田十勇士の修行の場だという伝説があるのも楽しい。
 さて、男ばかり数人のグループがこういう宿をわざわざ好んで探して行くのも、ちょっと珍しいが、こ れがこのグループの面白さでもあ
る。 ロケーションは「秘湯」だが、建物内部は以外に近代的で一面ではがっかりしたがまあ悪い気はし ない。いっそのこと車を入れず電気
も無くランプか自家発電で暗くなったら寝て明るくなったら活動をはじめることにしたらもっと面白いだろうなどと、みんなで勝手なことを
言いながら大温泉街の旅館並 の待遇にどっぷりと浸っている。

 それにしても、一歩外に出ればそこは本当に秘境だ。この宿から奥へ「角間渓谷」が続いている、。歩くことの好きな私はここから先が
我慢のしどころなのだ、数人と言へども団体なので勝手は許され ない。
 すぐ近くの250段の急な石段を登りつめた先にある大岩壁に張り付いたような観音様におまいりし て、それでもう帰ろうということにな
ってしまった。

 一体こんな秘境まで何しに来たのだろうと思うのだが仕方が無い。舞台芝居の第一幕を終わって どういう訳か満足して帰るようなも
のだ。第二幕であるべき「角間渓谷」が私においでおいでをしてい る。
 いつかまたゆっくり歩いて見たいと思った。それでも歩くための情報を仕入れて来たと思えばそれは それで楽しみを持ち帰ったことに
なるのだ。

 今回に限らずグループで観光するとき、その行き帰りに立ち寄る所が殆ど神社かお寺だ。あれは どうなっているのだろう。熱い信仰
心なのかご先祖様からの遺伝的行動なのか、まことに自然にそう いう話になる。
 目的地を決めるとき、朝出発してトイレ休憩、昼食休憩、コーヒータイムと点々として夕方宿に着く。 そのための適度な距離を計算す
ると大体こんなところかなあ、ということになって決まる。距離は300 キロぐらいといった所か。

 何のことはない、バス旅行と同じだ。ただ、少人数で時間をあまり気にしなくても迷惑をかけることも ないし置いてきぼりになることも無
いし気楽だ。
 行きと帰りはまあそれでいいのだが一泊旅行というのは行きと帰りがあっても中身が欠落してい る。三日以上を「旅行」と考えている
私にはそう思えてならない。しかし、何人かのグループで行動す るときはそれぞれの都合を集約すればいたしかたない事だと思う。
 それにまた、三日以上の旅を度々出来る現在の自分を多分恵まれているのだろうと思っている。そ れでも楽しんで来たのだから謙虚
にならなくっちゃ。


角間温泉「岩屋館」の露天風呂。
人工物がまったく視界に入らない露天中の露天風呂だ。羽虫がいっぱい浮んでいて気持ち悪いと
グループの一人が嘆いていたが、宿の関係者は「自然ですから」とさらりと言ってのけた。
まことにその通りだと思う。この露天風呂に一人で入って、羽虫のことを思った。
渓流の中で幼虫時代を過ごした「ウスバカゲロウ」は羽化してから、たった三時間の命という。
その限られた時間に雌雄が出会い子孫を残しそして果てる。

私は今、ひとり役目を果たしたであろうその虫たちを見ている。
無数に浮ぶ命を終わった虫たちを気持ち悪いというより、自然の営みのはかなさを感じる。
この虫がはたして「ウスバカゲロウ」かどうかは定かでないが、そうに違いないと思った方が楽しい。
カメラを持って行かなかったので、「岩屋館」のパンフから写真を借用しました。
写真の中には、羽虫は浮んでいないし、混浴なのにときめくような「なに」も視界にはなかったなー、
パンフの中にはお姉さんが肌もあらわににっこり、もあったけれどやっぱり遠慮しました。






  伊 吹 山 今 昔

 昭和37.8年頃だったと思う、深夜の東海道線近江長岡駅
 滋賀県の片田舎のこの駅は夏山シーズンの間だけ夜行急行も臨時停車し、おびただしい人数の伊 吹山を目指す登山者を吐き出し
ていた。大半は名古屋と大阪方面からの客だ。この駅から伊吹山 登山口までバスがピストン輸送をしていた。 健脚たちはバスに頼ら
ず黙々と歩いた。

 シーズン中の多い日は登山者の数が二万人に上ったと記憶している。 私が山と言うものに殆ど初めて自分の足で接した記念すべき
真夏の夜だった。
 なにせ、深夜から明け方にかけて二万人が列を作って山頂でのご来光をめざして歩くのだ。この山 は左右の尾根と尾根の間のカー
ルのような急斜面をじぐざぐに登る。ところが、おびただしい数の登 山者はそのじぐざぐに刻まれた登山道を無視して串刺しするように
直登して行く。多分意識して無視 していたのではなくて、目の前の登山者に続いた結果が直登になっていたと思ったほうが正しいと 思
う。
 当事は登山靴など履いているハイカーは少なく、軽快な運動靴だ。登山靴と運動靴とでは靴底のグ リップ力がまるで違うということを
まったく理解していなかった私は、殆ど四つんばいになりながら必 死の思いで、大げさに言えば命がけで登った。そして山頂で迎えたご
来光、差し込む光に照らし出 されたものといえば、二万人の頭、あたま、アタマ、なだらかで広いその山頂一帯は林立する人の 頭で埋
め尽くされていた。翌朝の新聞には「伊吹ご来光登山に二万人」の記事が躍った。普通並の 町の人口に匹敵する人の頭が、その殆ど
全部がご来光に向かって同じ方向を向いている。夜明け の山頂の  清清しい空気とは裏腹に、ぞっとするほどおぞましい風景でさえ
ある。

 かねてから聞き及んでいた【伊吹の花園】は一体どこに行ってしまったのか。がっかりしながら早々 に下山に着いた。 私たちのグル
ープは大勢の人より早く下山をはじめたことで、はたと気がついた。 前述のじぐざぐ登山道がはっきりとあるではないか。
 特に険しくもない道があるのだ、ごった返す列に従って動くこととキャップライトや懐中電灯の明かり だけを頼りに登るとこんな余分な
労力をそれと知らずに、登山初心者ということもあって必死になっ ていた登りの時の自分の行動があほらしくなってきた。

 この山は三合目から上は全く樹が無い草原の山だ。夏の昼間の登山はつらい。
 真夜中の登山のうえに樹が無いので結果的に登山道を無視することになりかねないのだ。
 以上は40年も昔の伊吹登山だけれど、その後反対側にドライブウエイが出来てから、様子が一変し て夏の登山基地としてあれほど
賑わっていた近江長岡駅はすっかり事情が変わってしまった。過日 ひょんなことからその駅に立ち寄る機会を得て、それでもその当事
の面影が駅前広場の佇まいに残 っていることを知り得た、。若き日の真夏の夜の記憶が昨日のことのように蘇った。

 振り返ってみるとこのころ、登山者、ハイカーと言えば右も左も若者ばかり。中高年者や老人など視 界に入っていた記憶が無い。本
当に若者天国だったことをはっきり憶えている。
 そして現在、中高年者の登山ブームだと言う。何のことはない今のブームはその昔、若くて山で歓 声をあげていた年代と同じ連中に
よって支えられているのだ。同じ人物が引き続き山へ入っている かどうかは別として同年齢層ではある。


しもつけ草の群落。この花をベースにして主として
暖地性亜高山性の花々に覆われている
その大部分が薬草と言われていて地元の集落では
許可を得て採集している。
一説には豊臣秀吉が薬草の植栽を奨励したという。

 開通したドライブウエイを利用して伊吹の花を見に何度も訪れているが、花園を見るたびに私はド ライブウエイが出来て良かったと考
えている。逆説的かも知れないが、昔のように一日で何万人もの 登山者に花園たるべき山頂部分を踏み荒らされたのでは、か弱い植
物たちはたまったものではな い。
 実際、私がこの山を初登山した時は前述のように人の頭しか見られなかったのだから。殆ど生ま れつきみたいに花の好きな私はこと
さらに意識していたのに。

 それがドライブウエイが出来てからは手軽に登れるようになった分、登山者、観光客が分散するよう になって、それに、自然保護意識
の高まりもあって管理が行き届くようになってきているような気がす る。
 私がこの山の7.8合目以上のほとんど全てが花に覆われていることをこの目で知ったのは車でのお 手軽登山の時だ、以来一合目か
らも足で登っているが真夏のこの山は百花繚乱、まさに「花園」と 言う表現が大げさでは無い。

 それに、眼下の風景は日本列島のウエストラインとも言うべき狭さく地域で鉄道、国道などの幹線ラ インがひしめいていて見飽きがし
ない。4百年前に、こんな風光明媚な所で関が原の合戦を繰り広げたという歴史的な地域でもある。
 三合目までリフトが常設されている表登山道とも言うべきコースの他に少なくとも二コースがある が、そのひとつに上平寺越えという
のがあり、日陰や水のまったく無いメインコースと違って豊富な 水が流れる沢沿いの森林地帯を行く。

 清冽な水が滲む林道沿いにクレソンとおぼしき水草が繁茂していたことを記憶している。ここを7.8年 前に歩いてみたが途中で道が無
くなってしまった。
 上方でドライブウエイを行く自動車の音を聞きながら、やむなく下山したが表登山道に比較して変 化に富んだ魅力的なコースなのに
自然に廃道化してしまっているようだ。距離が長いことが災いし たかと思うが惜しい気がする。

 地元の人に聞いて見ても分らないという、渓流沿いに道があるではないかと、問いただして見たら、 あれは山仕事のための作業道だ
と言われてしまった。
昔むかしの登山地図には確かに案内があるのだが、いまや地元の人たちにも忘れ去られている。








  霊峰白山

  思い出しながら書いている。
 東海北陸道が荘川まで開通して名古屋方面からは格段に便利になった。その先国道156号線か ら県道「白川、公園 線」に分け入る
と曲がりくねったそのラインのそこかしこに目指す「白山」の山稜 が見え隠れして、私たちを挑発してくる。
 今回の山行きは若い相棒の車の助手席で、コックリこっくりしながらの恵まれた出発だ。

 登山口の白川公園(大白川ダム)は標高約1000メートル、ブナの原生林の懐に抱かれたのびやか な園地だ、小さなロ ックフィル式の
堰堤でせき止められたダム湖は「白水湖」と言い、文字通り乳白 色の神秘的な水を湛えている。
 朝の空気はひんやりしているがそれ程気温は低くはないのだろう。歩き出すとすぐに汗ばむ、真夏 の山の出発点の欠 点だ。
 山頂までガイドブックで五時間半とあるので私にしては少々きつい。

 途中で引き返すか、或いは山頂直下の宿泊センターで一泊することも計算に入れた上での行動だ。 コース途中の「大 倉山休憩舎」
まで三時間と表示されていてロケーションは達成感もありそうなの で、ここでメシ食って下山して登山口の 温泉露天風呂で一風呂浴び
て缶ビール開けて、昼寝して、 ごゆっくり帰ろ、などと言いながら何と1時間30分で大倉山 避難小屋に着いてしまった。
 ガイドブックで連想したほどロケーションは良くない。なるほど避難小屋だ。

 さて、どうするか・・・などと相棒と相談しながらも足は既に勝手に上へ上へと殆ど自動的に動いて いる。
 しかし、3000メートルに近い高山ともなると登りの後半は疲れと、いくらかでも空気が薄くなり必然 的に動きは鈍くな る。歳のせいで
もあるけれど。
 小休止すると、足元に小さな小さなタテヤマリンドウがひっそりと、しかし、精一杯にその存在を主 張している。しゃがみ込んで意識し
て周りを観察しないと気が付かないほど小さく可憐な美しい花 だ。

 さて、勝手に歩き出してしまった足はペースを落としながらも山頂直下の室堂平に着いてしまっ た。
 この山には村営の巨大な宿舎があるので宿泊しようと思いながら、宿舎のトイレにおもむいてとたん に気が変わってし まった。これで
はいけません、  毎日毎日何百人かの登山者の排泄物が積もり積 もって交じり合って腐敗して、何とも形 容し難い強烈な匂いを発散
している。

 高山のすがすがしい空気に接して通りが良くなった鼻の穴の奥深くまで、その刺激臭が突き刺さ ってくる感じで何とも 耐えがたいの
だ。私は役目を終わった「ナニ」を排泄するのに体質的に時間が かかる。こんな所で時間かけて「ドリョク」 していたのでは「ガス中毒」
になってしまい、まともにやっ ていられないのだ。

 そんな深刻?な理由でその日の内に下山、と言う事になってしまった。
 この山は何処から登っても5.6時間以上かかるのだが、大きな宿舎があることと古来からの信仰 の山でもありアルピ ニストや善男
善女で本当に賑わっている。賑やかな山も悪くはないけれど、私 は淋しくなるほど静かな静かな山が好き だ。

 この歳になるまで、会社勤めなど組織の中で揉まれて来た経験を持たない私は人付き合いが下手 で気持ちの中でそれ を求めてい
ても出来そうにない。 山へ行きたがることも孤独を楽しむ?気持ちがあるからなのかも知れない。
 それにしても、この日コースの高低差はおよそ2700メートルの山頂まで1700メートルもある
 疲労と達成感は表裏一体だ。








山口島根大分県駆け抜けの旅


今回の旅はかみさんの意見を取り入れて旅行代理店のパッケージツアーです。
日ごろの私の旅に対する主張とは相容れないものがあるが、交通手段が新幹線長距離フェリー航空機と、
多岐に渡っていることも興味を惹く一因ではある。


 九月一日昼過ぎ、名古屋から新幹線こだまグリーン車が出発点だ。東海道山陽新幹線はのぞみ 優先でひかりでさえ激減している。
 「こだま」は一時間に一、二本しかない。今までひかりかのぞみを利用して来ているので忘れがちだ が、「こだま」しか停まらない新幹
線の駅は沢山ある。それらの駅では全速力で通過するのぞみや ひかりをやり過ごしながらこだまを待つのは面白くないだろうなあ。そ
んなこだまのグリーン席は割高 になると思うので当然空席が多くなるのだろう。旅行業者はそこを狙って有利に交渉するのだろう。 そ
れに宣伝の際のキャッチフレーズがいい「シンカンセングリーン車で行くどこそこ」となりリッチな気 分にさせる。 何のことはない、新大
阪まではたったの七十分だ。

 隣のかみさんの話かけに、カラ返事をしながらそんなことを思い巡らせている間に、新幹線各駅停車特急の車内アナウンスはそれで
も一時間余りで新大阪駅が近いことを告げていた。
 名古屋から大阪方面行きの「こだま」は十月のダイヤ改定で一時間に一本になってしまった。こだま の停車駅は「シンカンセン田舎の
駅だ」。

 さて、その後は六甲アイランド港から新門司まで長距離フェリーだ。十二時間の船旅だがその殆ど が夜だ。
 食って風呂入って寝て起きれば既にそこは九州の地だ。このフェリーは船旅を楽しくする各種の施 設がほとんどない。
 私はこれまでに名古屋から仙台まで21時間の船旅をクルマ付で複数回経験しているが、長い船旅 楽しくするためのシアター 、ショース
テージ、ピアノバーなど、数々の施設が無料で楽しめて退屈しない ように工夫されていた。
 しかし、今回の12時間はそのほとんどが夜という時間帯では、そうした施設は余り意味がないと 思うので単純に比較するわけには行
かない。

 見方を変えれば夜の間に運んでくれるので効率が良い、それに瀬戸内海は波が静かで快適だ。
 山陽地域や瀬戸内の島々の灯りが点在する夜景もいいが、私は明るい昼間の風景が好きだ。
 さて、早朝六時三十分新門司接岸、この時刻に既に船内で朝食を済ませている、日ごろ朝寝坊の 私たちには少々きつい二日目の
旅の始まりです。


関門橋、本州と九州を隔てる海峡は本当に狭い


  この日の行動が少し変わっている。せっかく九州の地に足を踏み入れたのに、バスであっという間に関門橋を渡って中国地域へ。
 九州と本州を隔てる海峡は本当に狭い。
 この狭い海峡の下関寄りに武蔵と小次郎が決闘をしたという巌流島がある。島の対岸の風景と重 なって殆ど識別できない。
 平べったくて重い物を乗せたら沈んでしまいそうな小さな小さな島だ。この島を確認できる人は余程 視力がいいか気持ちの中で見え
てしまうロマンチストかへそまがりだろう。多分私は後者だが。

 早朝から二時間も事実上戻って、岩国錦帯橋へ。この旅の最初の目的地だ。
 1673年創建されたが、昭和になって台風によって流失、昭和28年に再建された二代目という。そ れが事実なら初代は300年近く
も風雨にさらされながら、この木造の橋は生き続けてきたことにな る。おそらく何度か架け替えられてきていると思うが歴史の中に証拠
が無いだけだろう。再建された 二代目がその50年後の現在、三代目が工事中であることを考え合わせればそんな想像がつく。仮 に
本当に300年近くも持ちこたえることが出来たとすれば、その後が50年で老朽化してしまう事実 に環境的に空恐ろしいものを感じる。

 建て替え中のこの美しい橋は、木の香りを感じる新しい部分と年月を重ねて渋さを増した姿を同時 に見ることが出来て楽しい。
 風光明媚な風景の中に絶妙に溶け込んでいる。
 私はその造形美もさることながら、橋の裏側の「木組み」の見事さにこそ、その真価があると思った。


錦帯橋

 さて、ゆっくり楽しむ時間も無く次ぎの目的地「宮島、厳島神社」。
 島へは船で渡ることになるがさすがは全国区的な観光スポットだ。船は頻繁に出ていて待つことが ない。
 神社では地元のボランティアガイドさんが案内してくれるということになっているが、事実はそうでは ない、みやげ物店の家族か関係
者、従業員だ、たとえば一時間の観光時間があれば30.40分で まことに面白おかしく、手馴れたガイドに我を忘れている間に気がつ
いて見れば自店の中にガイドさ れている。

 お茶まで出てきて、わいわいやっている間にその短い時間に確実にお土産を買い込んだ一団がバ スにも戻ってくる。
 実に巧妙に仕組まれた観光ビジネスだ、旅行屋さんもみやげ物店やレストランとの間に商取引が成 立しているだろう。しかし、その結
果が安い旅行商品に繋がっていると思えばあながち悪い気もしな いか。


厳島神社。神社と神宮と大社はどう違うのだろう。


 厳島神社を後にまた二時間ほど内陸へ走って山陰の小京都「津和野」。
 ここでも、現地ガイドさんは商店関係者、厳島神社の時とまったく同じパターンでぞろぞろ歩くが、ほん のさわりの部分だけをぶらつい
てまた店の中、  観光客も文句言わないのが不思議だ。津和野の町 の中を流れる用水は周囲の山からあふれる清水をたたえて、こ
の古都のシンボルになっているのが 大小の鯉たち、観光客の与える餌で丸々と太ってその上巨大化していて、あれは動く宝石どころ
か 泳ぐブタだ。


津和野

 厳島神社を後にまた二時間ほど内陸へ走って山陰の小京都「津和野」。
ここでも、現地ガイドさんは商店関係者、厳島神社の時とまったく同じパターンでぞろぞろ歩く、ほん のさわりの部分だけをぶらついてま
た店の中、観光客も文句言わないのが不思議だ。津和野の町 の中を流れる用水は周囲の山からあふれる清水をたたえて、この古都
のシンボルになっているのが 大小の鯉たち、観光客の与える餌で丸々と太ってその上巨大化していて、あれは動く宝石どころか 泳ぐ
ブタだ。


松下村塾、本当に粗末な建物だ、今後の保存が大変だろう


 さて、翌日は萩の町の散策だ。ここは、ガイドさんを置かず自由散策だ。町といってもほんの小さ な一角に過ぎないがその狭い範囲
に維新の志士たちの旧宅がいくつもある。まるで一箇所に集めら れているかのようだが、そういうことは無いようだ。
 この、静かな箱庭のような佇まいの中から多くの偉人を傑出している。

 萩を後に秋吉台、秋芳洞。
 ここは、十年ほど前に新幹線小郡駅からバスで訪れている。雄大な草原大地だが何しろ暑くて暑く てとても歩く気になれない。もっとも
団体行動ではそんな時間もないが。一体今年の気候はどうなっ ていのだろう。九月になればいくらかでも涼しくなるだろうと思ってこの
旅を計画したのに、八月は涼 しくて九月は真夏の暑さだ。

 秋芳洞は地底なので当然涼しく、真夏のような暑さの中でここは救われる。
 ところで、この秋芳洞、「シュウホウドウ」で通っていたものが、何時の頃だか分からないが昭和天皇 がここに来た際に、お付の人だ
かガイド役のお偉いさんだかに、昭和天皇が「あきよしどう」と読む のですか?と尋ねられたのだそうです。そこで、お付の人だかガイドさ
んだかお偉いさんだかが、「違 います」とは言えずに「はい」と答えてしまったのが「あきよしどう」の始まりだと言う。

 以上は、ガイドさんの説明に私が適当に脚色して見ました、私は「しゅうほうどう」と読んだほうが秋 吉台と混同しにくいこともあってそ
のほうがいいと思うけどなあ。


宇佐神宮、皇室にゆかりの深い神社です。
 秋芳洞を後に「宇佐神宮」

 長いドライブ中、客に退屈な思いをさせまいとバスガイドさんがこれから目指す神宮にまつわる神 話をとうとうと語りだした。
 台本もメモも持たず、寸部も淀まず、その記憶力に圧倒されて「おとぎ話」に聞き入る内に眠気も覚 めてしまうほど気がついてみたら
惹きつけられていた。まだ若いガイドさんの尋常ではないそのプロ意識 に期せずして惜しみない拍手が沸き起こった。
 このガイドさん、神話の一つ覚えではなく、その後も地元や歴史にまつわる話がメモなしでこれでも かこれでもかと飛び出してきて、若
いのに、ただものではないと思った。
 さて、宇佐神宮のことだが、皇室にきわめてゆかりの深い神社だと聞いて少し興味がなえた。


別府温泉、血の池地獄のすぐ脇にある無名の湯?
30度を越える暑さの中でこのゆけむは凄い
 三日目の宿はご存知別府温泉。

 ここも、一度来たことがあるが個人旅行で鉄道利用だったこともあって、地獄めぐりなど歩いて巡っ てきた記憶がある。
 歩くとクルマでは見えないものが見えてくるというのは本当だ。この時は少し道に迷ったこともあって 町内の素朴な共同浴場を見つけ
て、ずうずうしく「近所の人」になりすませて利用してきた。ちょっと 恥ずかしくてしかし、記憶に残る経験だった。

 別府は今でもビル街の温泉と昔ながらの湯治場が混在していて、そこらじゅうにゆけむりが立ち昇 り、いかにも湯の町の雰囲気にあ
ふれている。真夏でもそうなのだから気温の低い季節はさぞか し・・・と思う。
 この日はオプショナルツアーがあり、希望しなければ自由行動の時間があった。しかし、足が無くて はどうにもならないのでオプショナ
ルに参加することにしていたが、現地に来て見てがっかりした。別 府の町の背後にすばらしい山があるのだ。

 鶴見岳という1300数十メートル、しかも、山頂までロープウェイが通っている。かみさんと一緒でも お手軽登山ができるのだ。
 お任せツアーということで、あなた任せにしてしまって事前によく調べなかったことがいけなかった。
 それに、前回来たときには曇っていて山が見えなかったのかまったく気がついていない。
 真夏のような暑さの中で1300メートルの山上は別天地の筈だ、しかも、ゆけむり立ち昇る別府の 町を一望に出来たのに。

 オプショナルツアーで臼杵の石仏群。

 十年ほど前の時は一番大きな文字通り大仏様は首から上が落ちていて、足元に鎮座ましましてい て気持ち悪い思いをしたが、それ
がこの仏様の「売り」でもあった。それが、今回はちゃんと繋がって いた。
 大仏様も自分の首が自分の足元にあったのではいい気分がしないのだろう。高いところに乗せても らった大仏様のお顔は心なしか
晴れやかな表情で私たちを見渡していらっしゃいましたよ。


湯布院、金鱗湖、湖と言うより小さな池だ
しかし、この湖?の風情は印象的だ
 湯布院、由布院。

 今回の旅の最後の立ち寄り先です。由布岳の麓に開けた小さな盆地のような湯布院。
 ここに立ち寄る観光客は圧倒的に女が多い。言葉の響きから上品な山あいの集落を連想したが、 そこは、洒落た現代的な小さな店
がひしめいていて、軽井沢や清里の雰囲気だ。女性にもてるはず だと思った。自然の風景が好きな私はこういうところに長居は出来な
い。背後にそびえる由布岳の 雄姿に目を奪われていた、絶好の天気の中で本当に美しい山だ。
 標高も1700メートルはある九州では立派な高山だ、きっと、いつかは登ってやろう。

 しかし、思い立って登りに行けるほど近くはないなあ。
 さて、今回の旅はここで終わり、十数時間もかけた行きの行程とは裏腹に福岡空港からたった一 時間のフライトで名古屋空港に降り
立っていた、空港の町に住むものにとってこういう時は非常に便 利だが、中部国際空港が完成する二年後には事情が変わる。





 

   ビールの泡 二題



   その1、生ビールの泡

 宿泊施設の夕食に出された生ビールのジョッキを何気なく口に運んで、おやーっ、と思った。いつ もと違うのだ。唇に触れるその泡の
感触が、なめらかで何ともいえない旨味をおぼえた。 生まれて初めて実感した極上の泡の美味しさだ。
 夏はほとんど毎晩ビールの晩酌をたしなんできているのに、この味わいはこれまでとは全く違うの だ。
 独り静かに驚嘆していたら、期せずしてつれあいが同じ事を発した。

 以来、毎晩ビールの注ぎ方に気をつかっているのだが、あの時の感触は実現していない。 
 きめの細かいふんわりとした泡がなかなか出来ない。それどころかワーッと湧き上がった泡が次の 瞬間には音を立ててはかなく鮮や
かに消えてゆく。
 たかがビールの泡などと言う無かれ。これが本当に美味しさを左右する要素なのだ。

今になって思う、あれがプロのビールの扱い方なのだと。旅先でのビールのたしなみは毎回やって いるのに、あの感触は初体験だっ
た。だからよっぽどプロ中のプロか全くのまぐれ当りか、どちらか だろうけれど素直に前者だと思ったほうが旅は楽しくなるのです。
長い時間崩壊しない、しかも崩壊しても誰にも迷惑をかけないどころか本当に楽しい[バブル]です。

 その2、静寂の中の缶ビールの泡

 静岡県、大井川の上流部、何となく【探検】したくなって暇にまかせて独りで出かけてみた。探検と 言ったのは大井川の上流部は南ア
ルプスの山ふところで北、中央アルプスに比較して開発がされ ておらず、北岳など一部を除けば神秘的な雰囲気を私は感じているから
だ。静岡県の地図をひもと いて見てもそんな感じがしている。明るいイメージの太平洋側と違って北側は南アルプスのふところ 深く入り
込んでいる。

 そういう訳でこの度の旅は「たんけん」なのです。
 はっきりした目的のない行動だから、つれあいと一緒では退屈されて、こちらが気を使うことになる ので、あえて一人でドライブだ。
 自分ひとりで退屈していても誰にも迷惑かけないので気楽な旅だ。
 車の後ろの座席を倒せば長さ二メートルの立派なベッド?になる。ちゃんとふかふかの布団を敷い てのお出かけだ。
 もちろん携帯コンロ、インスタント食品その他もろもろ積み込んで気楽な一人旅だ。

 単独で旅館に泊まるのは、何回か経験はあるがどうにもこうにも侘しくていたたまれない、だからベ ッドと共に行動することにしてい
る。 さて、この日は秋葉神社の広い駐車場に無許可で泊めてもらう事にした。
 なだらかな山の頂上に位置する古い歴史を持つ【火】の神様だ。
 この神社、ふもとの住宅地にある神社となだらかな山の頂上に位置する、いわば奥の院とに分かれ ていて一般にイメージするような
こじんまりとした「奥社」ではない。 堂々とした、たたずまいを見せる。

 不思議なことに、この神社には参拝客や観光客向けの門前商店街が全く存在しない。
 狭い林道を奥深く分け入った先に、神社の壮大な建物と学校の運動場ほどの駐車場があるだけ、 日暮れ前に此処に着いたとき、人
の姿は全く見られず車も我が愛車だけという寂しさだ、有難かっ たのは清潔なトイレに夜中じゅう、照明がついていたことだ。無断宿泊
者にこんなサービスはめった に無い。

 神社に形どおりのお参りした後、微風さえ感じない闇の中で食事の前に缶ビール開けた。
 信じられないほど静寂の中の闇だ。耳を澄ますと、かすかに、さわさわさわ、−と音らしき感触。傍 らの草むらの中を野生の動物が動
く時の葉擦れの音だと思った。
 よくよく耳を澄ませてみたが、それ以上何の変化もない。

 思いなおして、缶ビールを口に運ぶとまた、さわさわさわ・・・・。
 何と、この音、缶の中のビールの泡がはじける音だったのです。静寂の中では極小の粟粒がはじ ける音にさえ一種の恐怖を感じる
のです。謎が解けてしまえば、なーんだ、という訳で後は満天の星 に眼を奪われて、ひとり楽しくお湯を沸かしてインスタントラーメンに
注いで、三分間待つのだよ、で す。

 星のきらめきが一層際立った気がした。
さて、南アルプス山ふところの「たんけん」はどうなったんだろう、ま、いいか。
 これが一人旅の気楽な面白さなのです。 しかし、車の中では眠れない。

戻る
戻る