青少年の懊悩
それはディアッカの何気ない一言から始まった。
「花がない」
ザフト軍練習所の休憩室。ディアッカ・エルスマンとイザーク・ジュールは、午後の戦闘訓練を終えソファーで寛いでいた。
突然のディアッカの言葉に、イザークは怪訝そうに眉を顰める。
「花?」
「そ。端的に言えば、女」
またか、とイザークは露骨に嫌そうな顔をした。基本的に真面目な彼には、ディアッカの「軽い」部分が不謹慎に思えてならない。そんなイザークの様子に気付いているのかいないのか、尚もその話を続けるディアッカ。
「軍だから仕方ないかも知れないけど、これはあんまりじゃん?」
わざとらしく溜息を吐きながら、休憩室の中を見渡す。目に映るのは、緑色の軍服を着た、男、男、男。少なくとも今目の届く範囲に女性はいなかった。
「男女差別はぁー良くないと思いますぅー」
「気色悪い声を出すな!だいたいコーディネーターならば女より弱い男は存在しない。これは染色体による区別であって、差別などではないだろうが!」
「ご高説はぁーごもっともですけどぉー」
「だぁーかぁーらぁー!」
「何騒いでるんですか?」
突然降ってきた柔らかな声に、イザークは今にもディアッカの首を絞めようとしていた手を止めた。両手を挙げて降参の意を示していたディアッカも、イザークからそちらへと視線を移す。
「ニコルか…」
湯気の立つマグカップ片手に彼らを見下ろしていたのは、まだあどけなさの残る2歳年下の同僚だった。
「あっれ、今日はアスランと一緒じゃないわけ?」
「ムカつくから、今その話はしないでください」
「へえ、珍しいな。ケンカ?」
「僕がアスランと喧嘩なんてするわけないじゃないですか」
冷ややかにディアッカを見下ろしながら、ニコルはカップをテーブルの上に置く。そしてそのままテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。
「ミゲルとラスティですよ」苦々しく呟く。
「ああ…またあいつらアスラン構って遊んでるわけ?」
「僕がアスランと一緒にお茶するはずだったのに、あの2人が最新のチップが手に入ったとか言って…」
「ふん。あんな鉄面皮相手にしてて何が楽しいんだか」
吐き捨てるように呟くイザークをニコルが鋭く睨み据える。
「アスランは鉄面皮なんかじゃありませんよ」
「どこがだ。お前もあいつらも、よくあんな愛想のない奴を追いかけていられるものだな」
「アスランは美人です!鉄面皮なんて不細工な呼び名を付けないでください」
ばん、とテーブルを叩いてニコルが立ち上がった。
「男に美人も何もあるか!」
負けじとイザークも勢い良く立ち上がる。
それを見て、傍観者に回っていたディアッカが執り成すように両手を挙げた。
「まあ、待てよ。落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか?イザークったら、男だ女だと下らないことでアスランの美しさを否定しようと…」
「男にそんな形容詞はいらん!」
「うるさいですね。大体イザークだってよくアスランに見惚れてるじゃないですか。気付いてないとでも思いました?」
「っ…うるさいうるさぁい!」
イザークの叫びに、休憩室中の視線が一斉に3人へと集まった。しかしすぐに逸らされる。ただでさえ赤服は注目の的だ。気にならないと言えば嘘になる。しかし好奇心よりも命の方が大切に決まっている。
ニコル・アマルフィーの底冷えする笑顔に、イザーク・ジュールの切り付けるような鋭い視線。はっきり言って、どちらも自分に向けられて嬉しいものではなかった。
「ほら、まわりを怯えさせるんじゃないよ」
ディアッカの言葉に、内心激しく頷く一同。
「だいたい、アスランじゃなくてもお前らだって、男にしては…」
そこまで言って、何かに気付いたように突然動きを止めるディアッカ。
「おい、どうした?」
イザークが怪訝そうな視線を向ける。ニコルもそれに倣った。しばしの休戦である。
「…いいこと思いついちゃった…」
ふふふ、と不気味な笑いを漏らし、ディアッカは二人を見比べる。そして満足そうに頷くと、軽やかに踵を返した。
「おい、どこへ…」
「ちょっとアスランのところまで」
「なっ…ディアッカ!何のつもりですか!」
アスラン、の言葉にニコルが過敏に反応する。
「おいおい、心配しなくても、アスランに用があるわけじゃない。ミゲルだよ。今アスランのところなんでしょ?」
「ええ…それはそうですけど…」
「ん、じゃ。ちょっくら行ってくるわ」
ひらひらと手を振りながら、ディアッカは休憩室を後にした。残された二人は、椅子から立ち上がった姿勢のまま、呆然とそれを見送ってしまう。
「何なんだ、一体…」
「さあ…」
スキップでもし出しそうな勢いのディアッカに、しばし動くこともできない二人。
だが、このときディアッカの後を追わなかったことを、後に彼らは深く後悔することになる…。
次の日の朝、イザークが練習所に足を踏み入れると、前方に黒山の人だかりが出来ていた。
「なんだ…?」
たしかあそこは、福利厚生関係の掲示板があったはずだ。しかし、普段は誰もが素通りする場所である。
首を捻りながら近づいていくと、何か張り紙がしてあることに気付いた。しかもピンクのド派手な。
嫌な予感がする。
「イザーク!おはようございます」
人だかりの中から、ニコルが手を振っている。その声に、周りの男たちが一斉にこちらを振り向いた。どの顔も心なしか輝いて見える。
不気味だ。
「一体これは何の騒ぎなんだ?」
「ミスコンですよ」
「は?」
ニコルの言葉に、嬉しそうに男たちが頷く。
「まだ僕も来たばかりで内容を詳しくは見ていないんですが、この練習所内でミスコンをするらしいんです」
来たばかりなのに、何故黒山に囲まれた掲示板の中央部に入り込んでいたのか。イザークは賢明にも、その点には突っ込まなかった。明白だからだ。
「一緒に見ましょう」とニコルが手招きする。
イザークを通すように、黒山が真っ二つに割れた。まるで十戒のようだ。モーゼの杖で海の割れるあれである。
赤服に対する敬意と言うより、ニコルに対する恐怖が表れていると思うのは自分だけだろうか。イザークは何だか悲しくなる。
「どうやら、期日は明後日のようですね」
「急な話だな」
「ええと、参加人数は26名…なんか中途半端ですね」
「ああ…しかし、この練習所を使う女性軍人は20名ちょっとだろう?全員強制参加ということか…?」
「それはちょっと横暴なんじゃ…」
「いんや。女性陣の許可はもう取ってある」
突然割り込んできた飄々とした声に、イザークとニコルは振り返った。人だかりの向こう、頭ひとつ飛び出しているのは、ミゲル・アイマンその人である。
「ミゲル…この企画を持ち上げたの、あなただったんですか?」
「ああ、その通り。面白そうだろう?」
「面白そうと言うか…よく女性陣の了承を得られましたね。性差別だって反対されなかったんですか…?」
「最初はね。でもすぐに快く賛成してくれたよ」
ミゲルの笑顔に、薄ら寒いものを感じた二人。何とはなしに、顔を見合わせた。
何か嫌な予感がする。
「大体、参加資格に性別はないんだから、差別じゃないし」
「ふん。そんなのは詭弁だろう?男で参加したがるような酔狂な奴はいないさ」
イザークが吐き捨てると、それを待っていたかのように、ミゲルが笑みを深くした。
本能的に後退るイザーク。
「だから、すでに何人か参加してもらう奴を決めておいたんだ」
「は?」
満足気なミゲルとは対照的に、意味が分からないといった顔をしているイザーク。ニコルは何かに気付いたのか、じっと成り行きを窺っていたが、ついに耐え切れなくなったかのように口を開いた。
「それはつまり、男性から数人を強制参加させる、という意味なんですね?」
確認するようにミゲルの瞳を覗き込む。
「ああ、そうだ」
気圧されながらも、後退ることなく踏みとどまるミゲル。さすが先輩。たとえ腰は引けていても強気である。
ニコルは全てを悟ったかのように、イザークに視線を移した。しかしイザークには何が何だかわからない。
「どういうことだ…?」
「どういうこともなにも…スケープ・ゴートは僕たちみたいですよ。ディアッカに、嵌められたんです」
「えー…と言うわけで、参加者の皆さんには明後日までに、軍服と私服の準備をお願いしたいと思います」
練習所内のミーティングルーム。明るい室内には、昼食を持参した女性陣が集まっていた。
前に出てミスコンの説明をしているのはディアッカだ。その頬には、何故か派手な青あざがある。
最後尾からそれを見ていたミゲルは、自分の頬もきっとあんなカンジに青くなってるんだろうなぁ…と、ずきずきと痛む左頬に手を当てた。
途端、脳天に走るような痛みがして、身体が前のめりになってしまう。
「ええと、何か質問は?」
ディアッカの声に、数人の女性が手を挙げる。
「それで、男性陣の用意はどうなっているんですか?」
「この場に来ていないようですが、どうなっているんでしょう?」
「もしや、男性の参加はなしなどということには…」
矢継ぎ早に上がる質問に、ディアッカは対処しきれず両手を挙げてしまう。
ようやく痛みから復活したミゲルが、見かねて席を立った。
「そのことで、皆さんにお話が」
所変わってロッカールームの前。午前の訓練も終わり、人もまばらな廊下に情けない声が響いていた。
「アスラン…出てきてくれよぉ…仕方がなかったんだ…ミゲルとディアッカがぁ…」
涙混じりに訴えるのは、ラスティ・マッケンジー。これでも赤服の一人である。
彼はロッカールームのひとつの前で扉に縋り、切々と自分の無実を述べ続けていた。
話を聞く限り、固く閉ざされた扉の向こうには、いつもならばこの時間彼とともに食堂にいるはずのアスラン・ザラがいるようだ。
「なあ、頼むよ…せめて声ぐらい聞かせてくれ…アスラン…」
廊下を行く人々が憐れみを含んだ視線を向けるのにも構わず、ラスティは声を掛け続ける。
さすがに可哀想になったのか、扉の向こうから細々とした声が返ってきた。
「わかってるよ…ラスティを責めている訳じゃない」
その声は泣き疲れたように掠れていた。
「なっ…アスラン!泣いてるのか?」
「違うよ…ただ、情けなくて…」
それはつまり泣いていると言うことだ。何が違うと言うのか。
「アスラン…ここを開けてくれ…」
泣き濡れたアスランの顔が瞼に浮かび、ラスティの鼓動は速まった。飛びそうになる理性を必至に繋ぎとめようと、今まで同じ室内で寝食を共にしてきた苦悩の日々を思い出す。あれに耐えてきたのだ。これしきのこと、耐えられぬはずはない。あの葛藤の日々を、自分の努力で勝ち取った信頼を棒に振る気か?
そうこうしている内に、軽い電子音と共に扉が開いた。
すぐに目に飛び込んできたアスランの姿に、ラスティは瞠目する。
美しい翡翠は潤み、睫毛は拭い切れなかった露を帯び、普段ならば白く整っている頬は感情の起伏を表して薔薇色に上気していた。眉根を少し寄せたその表情が、可愛らしさと共に言いようのない艶を放っている。
俺、ダメかも知れない。ラスティは自分の理性にさよならを告げた。
しかし。
「立て篭もりですか?アスラン」
柔らかな声が背後から掛けられて、ラスティはアスランへと手を伸ばしかけた格好で固まった。
振り返ることも出来ないでいるラスティはそのままに、アスランは彼の背後の人物へと複雑そうな微笑を向ける。
「ニコル…」
「アスラン、こんな横暴な話に黙って泣き寝入りすることなんてないんです」
ニコルはそう熱心に言うと、まだ固まっているラスティを押しのけて、アスランの右手を両手で取った。
「共に戦いましょう」
「ニコル、その気持ちは嬉しいけれど…でも女性たちのことを考えると、そういう訳にも…」
「なら、アスランは自分が女装しても構わないって言うんですか?」
「それは…」
ニコルの確信的な瞳に、アスランは言葉を詰まらせた。もちろん、アスランだって女装は嫌だ。
「とりあえずミゲルとディアッカには、イザークの鉄槌が下っています。絶対に彼らの言い成りにはならないとイザークは主張していましたから、このまま僕達もごねていれば、今回の話はなかったことに出来るかも知れません」
「なかったことに…」
微かな希望に、アスランの瞳が心なしか輝いた。
二人は手を取り合い、互いに微笑み合う。
だがしかし、彼らの知らないところで、すでに全ては動き出していた…
「そう言えばラスティ。あなたさっきアスランの方に手を伸ばしてましたよね。あれはなんだったんです?」
「えっあっ…あれは…」
「…夜道には気をつけてくださいね…」
ニコルはその日、とても上機嫌に訓練所の廊下を歩いていた。
すれ違う人々が、何事かと振り返っていく。
彼が明日行われるミスコンについて腹を立てているだろうことは、訓練所中に知れ渡っていた。それなのにスキップしそうな勢いで笑顔を振りまいているのは不気味だ。はっきり言って、怖い。
よもやミスコンが中止になったのでは、と何人かの者は危惧した。だから機嫌がよいのかと考えたのだ。しかしそんな連絡はどこからもされていなかった。
周りに不信感と恐怖心を与えながら、ニコルは訓練所の廊下を進んでいく。
「アスラン」
笑顔のニコルが辿り着いたのは、訓練場の一室だった。部屋に入ると、午前の訓練を終えたアスランが、微笑を浮かべて迎えてくれる。
「ニコル。早かったな」
「アスランこそ。…じゃあ、行きましょうか」
滅多に見れないアスランの笑顔を堪能しながら、ニコルは彼の手を取り立ち上がらせる。
アスランは、手を借りたことに気恥ずかしそうに微笑んで、小首を傾げた。
「でも、本当に俺で良いのか?せっかく訓練が休みなんだから、ご両親と選びに行ったほうが…」
「僕はもう子供じゃないんです。この歳になって母親と出歩くのは、ちょっと…」
「しかし…ご両親は楽しみにしてるんじゃないか?」
ニコルの上機嫌の理由。それは、午後の訓練の休みを利用した、アスランとの外出だった。
作戦行動でも何でもなく、ただ服を選ぶために。しかも二人っきりで。
当然のことながら、ニコルの脳内では「デート」という文字が点滅している。
だがアスランはそんなことは考えもせず、ニコルの両親の心配をしていた。確かにせっかくの休みなのだ。両親と共に過ごしたい気持ちもある。しかしアスランとどっちを取るかと言われれば、ニコルは迷わずアスランを取る。
父さん、母さんごめんなさい。別に二人と出歩いても全然恥ずかしくも何ともないけれど、アスランとのひとときのために、僕の嘘を許してください。
「本当に、いいんですよ。両親も僕の気持ちは分かってくれています。…それともアスランは、僕と出掛けるのは嫌ですか?」
そう言われて断ることは彼の性格上出来ないとわかっていて、上目遣いに見上げる。案の定アスランは、少し動揺したように視線をさまよわせ、結局首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ。…じゃあ、行こうか」
ミゲルはその日、とても上機嫌に訓練所の廊下を歩いていた。
すれ違う人々はそんな彼を特に気に留めはせず、ちらりと目をやるだけで特に何を言うでもない。
いつものことだからだ。
たまに「よう」「元気か?」などと笑顔で挨拶する。された方は、やはり笑顔で「まあまあだな」「お前は?」などと軽口を返していた。
彼が明日行われるミスコンの主催者であることは訓練所中に知れ渡っていた。その様子から察するに、準備は上々のようだ。
周りに愛想を振りまきながら、ミゲルは訓練所の廊下を進んでいく。
「ディアッカ」
笑顔のミゲルが辿り着いたのは、訓練所の一室だった。部屋に入ると、午前の訓練を終えたディアッカが、今にも死にそうな顔で迎えてくれる。
「…ミゲル…俺、もう、ダメ…」
「何言ってるんだ。お前が言い出したことだろうが」
「でも…でも…イザークが…!」
今日の訓練でディアッカはイザークと当たった。もともとイザークの方が成績は良く、いつもディアッカが負け役ではあったが、今日は特に酷かったようだ。ディアッカの全身はいまや痣だらけである。
それだけではない。ミスコンのことが決まってからというもの、イザークはディアッカを徹底的に無視していた。今日のように訓練で当たりでもしない限り、視界に入れようともしない徹底振りだ。
「もう…もう、ダメだ…」
ディアッカの精神的疲労は頂点に達しようとしていた。
それを見て、ミゲルが嘆息する。
「まあ、落ち着けって。イザークは徹底抗戦する構えのようだけど、今日中には必ず落ちるから」
「…もしかして、こないだの話?」
にやりと笑うミゲルを、ディアッカが横目でうかがう。その瞳には、かすかな期待が含まれていた。
よほど参っているらしいディアッカに、ミゲルは安心させるように頷く。
「彼女たちなら、やってくれる」
アスランとニコルは、市内で最も大きなショッピングモールに来ていた。
「あ、アスラン、これなんかどうでしょう?」
「ああ、うん。…似合うんじゃないか?」
店頭に並ぶ服を次々と指差しながら、ニコルは嬉しそうにアスランの意見を乞う。しかしアスランはもともと服装に拘る方ではないので、生返事を返すことしか出来なかった。
それでも、ニコルは機嫌を悪くしたりはしない。アスランと一緒に出掛け、アスランと会話をし、アスランの笑顔を見る。それで十分目的は果たされるからだ。
「そういえば」と、ニコルは会話を切り替える。
「昨日からミゲルたちに動きがありませんよね。イザークが随分殺気立ってたから、諦めたのかな…」
「ああ、そうだといいな」
楽観的な言葉を肯定しながらも、アスランの顔は晴れない。ニコルがそれを見て眉根を寄せる。
「何か、気掛かりなことでも?」
「え、ああ…いや、そうじゃないんだが…」
アスランの煮え切らない言葉にも、ニコルはせっつくような真似はしなかった。ことアスランに対しては、どこまでも寛容になれるニコルである。
続きを促すように頷き、彼の言葉を待つ。
「…ただ、ディアッカやミゲルが、それくらいで諦めるものかな、と思って」
「そうですね…ディアッカはそろそろ参ってきてると思いますよ。ミゲルはちょっとわかりませんが…でも、そうだな。ミゲルだったら今日中にでも何か仕掛けてくるかも知れませんね…」
ニコルがアスランの意見に頷いた、そのときである。
「あ!みんな、見つけたわよー!」
どこか場違いな雰囲気の声。ここは昼過ぎのモールであると言うのに、まるで戦場で敵を捕捉したかのような緊張感の漲るそれに、アスランとニコルの動きが止まる。
そして勢い良く振り返った。
「アスラン・ザラ、ニコル・アマルフィ!止まりなさい!」
「うわあ…」
呻いたのはニコルである。アスランは声もなく立ち尽くしていた。
煌びやかな服に身を纏った女性たちがいた。それだけならまだ良い。しかし、彼女たちは、20人近くいた。
腰に手を当てて微笑みながら、こちらに一歩一歩近づいてくる大勢の女性たち。
壮観である。
ずらりと並ぶ一人一人の顔に、見覚えがあった。訓練所の女性軍人たちだ。
「なぜここに…なんてことは、聞くだけ無駄ですか?」
全てを達観したような笑みを浮かべるニコル。
対する女性陣の中から、代表者らしきひとりが前に進み出た。
「ミゲル・アイマンからの依頼です」
やはり、とニコルの目が眇められる。アスランは状況が把握できないまま、ニコルと女性たちとを交互に見比べていた。
「私たちが今日一日かけて、あなたがたのコーディネートをすることになったんです」
「コーディネート?」
女性の言葉に、アスランが小首を傾げる。
「ええ。明日の服を選ぶんですわ」
そこまで言われて、ようやくアスランにも全てが呑み込めた。目は驚愕に見開かれ、一瞬でその顔から血の気が引く。
「仕方がありません、アスラン。諦めましょう」
「でも…」
「女性が相手では、そう強くも出られないでしょう?ミゲルも考えたものですね」
苦々しく呟くと、ニコルは女性たちへと視線を向けた。
このままではミゲルの思う壺だ。しかし、ミスコン参加は回避できないにしても、何らかの報復をしなければ気がすまない。
「…わかりました、お願いします。…それで、僕達からも提案があるんですが…」
そのころ訓練所内では、イザークと5人の女性たちが対峙していた。
「何の用だ」
廊下でいきなり声を掛けられ呼び止められたために、イザークは眉間に深々と皺を刻んだ顔で彼女たちを見下ろしていた。
しかし、親の教育の賜物か、女性に対しては少しは態度が軟化している。もしもこれが男性相手だったならば、ただでさえ虫の居所が悪いのだ。良くて無視、悪ければ殴りつけるくらいはしたに違いない。
それを知ってか知らずか、女性たちは笑顔でイザークの腕を掴み、手近な部屋へと引っ張って行った。
「…っ…おい!」
腕を振り解こうとするが、女性相手であるため力一杯やるわけにもいかず、また5人がかりで引き摺られていることもあり、上手くいかない。
そうこうしている間に、連れ込まれた部屋に鍵が掛けられた。
「さあ、お着替えしましょうね…」
訓練所に、イザークの悲鳴が響き渡った…