青少年の懊悩 02
明けて、当日。
ミスコン会場には、信じられないほど多くの軍人が集まっていた。一体あの訓練場のどこにこれほどまでの人数がいたと言うのか。アスランは卒倒しかけたが、ニコルは平然と腕組みしてその熱気渦巻く観客席を眺めていた。
「思ったよりも情報の回りが速かったみたいですね」
観客の半数以上は、他の訓練場から来た者や軍に関係のない人々で占められていると見て間違いない。その数は五桁を越してしまいそうな勢いだ。
大体にして、会場の規模が尋常でないのだ。特設ステージが組まれているのは、普段ならばプロスポーツの試合が行われるスタジアムの真ん中。あの歌姫ラクス・クラインがコンサートを開いたこともあるプラントでも有名な多目的ホールである。
その会場を埋め尽くすほどの人の数。
「凄い人だなぁ…」
うへえ、と唸りながら舞台袖に姿を現したのはラスティだ。今日は軍服ではなく、白いTシャツに洗いざらしのジーパンというラフな格好をしている。
対するアスランとニコルはと言うと、何故か今日も赤い軍服だ。
「あれ、私服じゃねぇの?」
「コンテストは軍服と私服で競うらしいんでが、まずは軍服からなので、とりあえずこれを着てきたんです」
「へえ」
ニコルの説明に相槌を打ちながらも、ラスティの意識は他に向けられていた。「私服」という言葉から想起される服装である。
今それを口に出せば二人の機嫌を損ねると分かっていても、好奇心を止められなかった。
「…で、私服は何を用意したんだ?」
上擦りそうになる声で尋ねると、案の定その場に沈黙が落ちる。
まずったか、とラスティは引き攣った笑いをその顔に貼り付かせた。赤面して俯いてしまったアスランはいいにしても、笑顔を絶やさないニコルが怖い。
「私服ですか…まあ、見てのお楽しみってことで」
しかし意外にも、ニコルの反撃はなかった。それどころか笑みを深くし、ラスティの肩を叩いて控え室の方へと引っ込んで行ってしまう。
怖い。不気味だ。
ふとアスランのほうを見ると、口元を押さえて俯いていた。しかしその顔色は先ほどまでとは打って変わって青白い。
「ちょ…アスラン、大丈夫か?真っ青だぞ?」
労わるように肩を抱くと、儚げな微笑が返って来る。
ラスティ・マッケンジー至福の時。
「大丈夫だ。…ちょっと、人酔いしたのかも知れない」
「そうか?なら、いいんだけど…控え室に戻っていた方がいいんじゃ…」
俺も行くから、と続けると、アスランは微妙な顔をした。
「…女性たちが着替えをしている中にか…?」
「え、あっ、その…ええ?だって今ニコルが…」
ニコルが去っていった先を指差す。確かに彼は控え室の方へ行ったはずだ。
それを見てアスランは一瞬眉間に皺を寄せ、しかしすぐに諦めの表情を浮かべた。
「俺たち三人は良いんだそうだ。女性たちに言わせると、女装姿を見たら男と思えなくなったとか…」
心底嫌そうに言う彼の姿に、ラスティは掛ける言葉が見つからず、ただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
そろそろ着替えも終った頃だろうと、アスランとラスティが控え室に向かうと、中から何やら言い争う声が聞こえて来た。
二人は顔を見合わせ、しばし耳を澄ませる。
「どうして!どうして俺がこんな格好を…!」
「仕方がありませんよ、イザーク。そろそろ観念したらどうなんですか」
「あらぁ、二人ともすごく似合ってるわ」
「ほんと!緑でもイケるんじゃないかしら」
どうやらイザークが、この期に及んで何かごね出しているらしい。
「あいつも強情だなぁ」
ラスティがそんな感想を漏らす。
アスランもイザークが強情だという話には賛成だったが、場合が場合だけに複雑な苦笑を浮かべた。
「でも、今回ばかりはイザークと同意見だよ、俺は」
「はは…それにしても、『緑でもイケる』…って、何の話だ?」
さりげなく話題を変えようとするラスティ。アスランのことは可哀想に思うが、彼の女装姿を拝むためだ。背に腹はかえられない。
アスランもすでに腹は括っているのだろう。今更出たくないなどと言い出すこともなく、ただ苦笑を浮かべていた。
「さあ、何だろうな。でも、緑と言うと…」
そこまで言って、はたとアスランの顔が強張る。
「どうした?」
俯いてしまった彼を、怪訝そうにラスティが覗き込んだ。アスランの顔色は先ほどよりも更に悪い。
「だ…大丈夫か、アスラン!真っ青だ…」
とにかく中へ、と扉を開けてアスランを促す。彼は何故か抵抗したが、結局ラスティに連れられるまま控え室の中へと入った。
アスランは俯いた顔を上げると、ラスティの肩越しに控え室の中を見て凍りつく。
「あ?どうした、アスラン。何か…」
振り返って、ラスティも凍りついた。
「やっぱり…」
消え入りそうなアスランの声が、やけにラスティの耳に残った。
「会場の皆様にお知らせいたします。間も無く開演時間となります。お席の方へお戻りください」
スタジアムに、場内アナウンスが響き渡る。
注意を受けるまでもなく、ラスティは席についていた。ディアッカが用意してくれた、ステージ中央最前列の特等席である。
先ほど女性陣に控え室を追い出されてからと言うもの、彼は観客席に戻っても落ち着くことが出来ず、何度となく舞台袖を窺っていた。
開演時間間際の今、アスランがすでにそこに控えているはずだ。ついでにニコルとイザークも。
ほんの10分前に控え室で見た二人の姿を思い出して、ラスティは背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
二人とも見た目は十分女性でもイケルのだが、如何せん、中身がアレである。正体を知っている身としては、どうにも微妙な気持ちにならずを得ない。
それに引き換え、アスランは。
想像して、ラスティは口元を押さえた。
「うっわ…やべぇ…」
何がやばいというのか、赤面して視線を落とす。
「どうした、ラスティ?」
隣に座っている同僚が、怪訝そうに覗きこんでくる。
それに「いや、何でも」と手を振りながら、ラスティは視線を上げた。
場内が一気に暗くなる。
開演だ。
「レディース・エーンド・ジェントルメン!」
エセくさい発音とともに舞台の上に表れたのは、白いタキシードに緑色の蝶ネクタイを締めた男。ミゲルである。
薄暗いスタジアムの中、彼のもとにピンライトが集められる。
「本日は、ご来場ありがとうございます!」
「今日この場には、ザフト軍きっての美女たちが一同に会しております」
ミゲルの反対側から、これまたピンライトを浴びて表れたのは、いわずと知れたディアッカだ。彼はミゲルとお揃いのタキシードに、赤いネクタイを締めている。
「ザフト軍きって」と言うのは語弊がある。なぜなら、実際には一訓練所の女性軍人をかき集めただけなのだから。
しかし観客もそこのところはわかっていて、それでも集まってきているのだから問題はない。
「それではさっそくではありますが、出場者の入場です!」
ミゲルがさっと右手を挙げると、それを合図に銅鑼が鳴り出した。もったいぶった間の後に、シンバルが高く響く。
ぱっと場内が明るくなり、舞台袖から緑の軍服姿の女性軍人たちが敬礼をしながら入場してきた。
その歩く姿は少しの乱れもなく、観客席から感嘆の溜息が漏れる。
…その内三人が実は男だということを、多くの人々はまだ知らない。
「何故俺がこんな格好を…」
イザークが呟くと、隣のニコルが小声で注意した。
「静かにしてください。あと、笑って」
「へらへらと笑っていられるかぁ!」
声を荒げながらも、音量は押さえているイザーク。どこまでも律儀な男である。
イザーク、ニコル、そしてずっと黙ったままでいるアスランは、舞台の裾の方に3人固まって入場した。女性たちが中央へと勧めたのを、必死に断ってここに踏みとどまったのだ。
イザークは怒りに青筋を立て、ニコルは諦めの笑みを浮かべ、アスランは消え入りたい気持ちで俯いていた。
彼らの服装は、いつも着ている赤の軍服ではなかった。緑色の軍服―――そう、他の参加者と同じ、女性用の軍服である。
「足元がスースーしますね」
ありがちな感想を述べるニコルを、イザークが鼻で笑う。
「ふん。こんな非機能的な軍服、今すぐ廃止すべきだ。歩きにくくてかなわん」
「まあ、デザインは可愛いと思うんですがね…」
「可愛い可愛くないの問題じゃあないだろうが!」
「ディアッカにはそこが問題だったんじゃないですか?」
今にも暴れだしそうなイザークに、ニコルは怒りの方向性を示してやる。
自分がとばっちりを食わないためと、もうひとつは、これから起こすイベントにイザークを巻き込むためだ。
「ディアッカめえぇぇぇ!」
案の定、イザークはすぐに乗ってきた。彼には見えていないが、それを見てニコルが満足気に微笑む。
「そうですよ、イザーク。悪いのはディアッカとミゲルです。…二人に痛い目見せてあげませんか?」
「…痛い目?」
「そうです」
ニコルがイザークの耳へと顔を寄せる。ゴニョゴニョと何やら耳打ちすると、イザークの顔が見る間に明るくなった。
遂には普段の不敵な笑みを取り戻し、女装していることも忘れて、仁王立ちで腕を組んだ。
「へえ…ニコルもたまにはいいことを思いつくじゃないか…」
「『たまには』はよけいですよ」
二人が微笑み合うと、アスランがそれに水を差してきた。
「俺は…賛成できない」
眉根を寄せたアスランの表情を見て、ニコルがさっと態度を豹変させる。不敵なものから頼りなげなものへと。
イザークはそんなニコルから本能的に後退りそうになったが、あと一歩のところで踏みとどまった。
もちろん、ニコルはそんなイザークの行動など、はなから眼中に入れていない。今の彼にはアスランが全てである。
「アスラン…でも、こんなやられたままにしておくなんて、耐えられないんです…」
「でも…」
「ふん。お前はいつもそんな風にお綺麗なことばかり言っていて、窮屈じゃないのか?」
イザークの言葉に、アスランではなくニコルが過剰に反応する。
「アスランは優しいんです。そんな言い方しないでください!」
「あの…」
アスランを庇うように腕に抱きこんだニコルは、突然割り込んできた女性の声で我に返った。
「あの、そろそろ、ニコル君の番…」
遠慮がちに小声で指摘する女性の顔は、何故か輝いている。ニコルとアスランを交互に見て、ふふ。更にアスランとイザークを交互に見て、ふふふ。
ついには、「やっぱり…」と意味不明な言葉を残して自分の立ち位置に戻っていった。
それを見送りながら、ニコルが舌打ちする。
「仕方ありません、ちょっと行って来ますね。…それにしても、僕とアスランの組み合わせは良いにしても、イザークとアスランは…」
ぶつぶつ言いながら舞台中央に向かうニコルの様子に、アスランとイザークが顔を見合わせる。
「何だ…?」
しかし考える間も無く、自己紹介が始まった。
ニコルが中央の一段高いステージに立つと、会場全体からどよめきが起きた。
「可愛い…」
「一体ザフトのどこにあんな子が…」
「嘘だー!俺があんな可愛い子をチェックしてなかっただなんて!」
多種多様な声が入り乱れる中、ニコルは軽やかに口を開く。
「ニコル・アマルフィー、クルーゼ隊所属です。趣味はピアノ。内輪のものでは有りますが、よくコンサートも開いています」
ピアノ、という言葉で、会場からのどよめきが一層増す。いかにも良家の子女然としたニコルによく合った趣味である。
「ニコル」というどう見ても男性名である名前に、ほとんど誰も違和感を感じていない。赤を着ている上に最高評議員を父に持つニコル・アマルフィーのことは誰もが知っていたが、それと目の前の緑の女性用軍服を着た人物とが繋がらなかった。
思い込みとは恐ろしいものである。
自己紹介もほどほどに、ニコルがステージを降りる。今度はイザークの番だ。
「イザーク、頑張れよ…」
心配げに見詰めるアスランの目をイザークはまともに見てしまい、途端赤面した。それを悟らせまいと勢いよくそっぽを向き、返事もせずにステージの方へとずかずかと歩いていく。
途中すれ違ったニコルが、面白くなさそうな顔で睨んでくる。先ほどまでのほんわかした美少女ぶりはどこへやら、アスランと話していたイザークへの嫉妬がありありと窺えた。
それに気を良くして、イザークはいつも通りの堂々とした態度でステージ上にあがった。
「イザーク・ジュール、クルーゼ隊所属。趣味は民俗学研究」
それだけ言って、胸を張る。
イザークの鮮烈な印象を与える美貌に、会場は息を呑んだ。いっそ清々しいほどに簡潔な紹介が、目の前の人物には良く似合っている気さえしてくる。
「お姉さま…」
「女王様…」
何か勘違いして呟く男たちに、イザークは寸分たがわぬコントロールで手に持つマイクを投げつけた。
キーン、ガガガと嫌な音を立てて、男たちが人ごみに沈む。
「ふん」
「ええと、ニコル。あれって何ていったかな?ドッヂボールで1球で2人倒す…」
「そんなことより、次はアスランですよ!」
のんびりとした声を上げるアスランに、ニコルはハラハラしながらステージを指差す。見れば、イザークはもうステージを降り、こちらに歩いてきていた。
「アスラン、何をしている。さっさと行って来い」
「…ああ。うん…」
「俺たちがやったんだ。お前はやらんなどとは言わせん」
「わかっているさ…」
煮え切らない態度で、しかしすでに決心はしたのだろう、アスランは二人の顔を交互に見ると、何も言わずにステージへと歩き出した。
上目遣いに見上げてきたその瞳に一瞬思考回路を持っていかれていた二人は、慌ててその後姿に声を掛ける。
「頑張ってください!」
「とちるなよ!クルーゼ隊の名折れだ!」
二人の言葉に励まされ、俯いていたアスランの背筋が伸びる。そうすることで今まで影になって見えなかった彼の顔が露になった。
場に満ちる静寂。
一瞬の間の後、会場全体が息を呑んだ。
目の前の人物を何と表せばいいのだろう。
宇宙を思わせる夜色の髪は、しっとりとその繊細な輪郭を縁取り、抜けるような白い肌を際立たせていた。緑の軍服に包まれた細い肢体は禁欲的な雰囲気を醸し出し、遠目にも随分な美人だと見て取れる。
実際、ステージ後方に設けられた巨大画面には、美しいその顔が晒されていた。
やはり雪のように白い肌に、小ぶりの形良い唇。通った鼻筋。緊張のためか上気した薔薇色の頬。
しかし何よりも印象的なのは、長い睫毛に縁取られた、その翡翠だ。全てを見通すような深い色に、意思の煌きが光る。
「アスラン・ザラ、クルーゼ隊所属です。趣味は…機械いじり、でしょうか」
けして大きくはないが、よく通る声ではっきりと話す。一言一言に慎重なその口調は、アスランの誠実さを表しているようだ。
「ザラ」の言葉に、観客の間に動揺が走った。さすがに3人も連続して評議員の名が続けば、おかしいと思いだす。しかし目の前の人物が男性であるなどとは、到底信じられない。
浮き足立つ観客席に、司会の二人が焦りだした。
「ここらへんが潮時か?」
「でも、もう少し引っ張った方が、同じ『男だ』って言うにしてもインパクトがあるんじゃあ…」
「それもそうだが、先に気付かれてもなぁ…」
ディアッカの言葉に、ミゲルが唸る。
こそこそと内緒話をする二人に、アスランが怪訝そうな顔を向けた。それにつられて、観客の多くが二人へと視線を移す。
「え…あ…」
「さ…さて、ではアスランさんにいくつか質問をしてみましょう」
詰まったのはディアッカ、咄嗟に機転を利かせたのはミゲルである。さすが、伊達に歳はとっていない。
しかし、そこでアスランを持ってきたことに、ディアッカは小声で抗議した。
「おいミゲル!良いのかよアスランに質問なんて。ボロが出るんじゃ…」
「だーいじょうぶだって!俺に任せとけ」
安請け合いをして、ミゲルはアスランへと向き直った。
「え…ええと…ミゲル…?」
打ち合わせにはなかった突然の出来事に、アスランが戸惑った声を上げる。少し小首を傾げたその姿は、どこからどう見ても可憐な女の子である。
これならイケルかも知れない…。
ディアッカは内心拳を握った。
「さて、ではアスランさんに最初の質問です。あなたの初恋はいつですか?」
ミゲルが実に自然に質問を繰り出す。
アスランは一瞬何を言われたのか分からないかのように瞳を瞬いたが、言葉の意味を理解すると、一気に赤面した。
「は…はつこ…」
耳まで真っ赤に染めて恥じらうアスランの表情が、大画面いっぱいに映し出される。
観客席が、水を打ったように静まり返った。時折ごくりと喉を鳴らす音だけが響く。
か…可愛い…。
質問したミゲル自身までもが、つい目を逸らせなくなっていた。
「…じゃなくて!ええと…アスランさん、いかがですか?」
マイクを向けながら、アスランを促す。
アスランは観念したかのように一度きつく目を瞑ると、おずおずと喋りだした。
「よく…わかりません…」
申し訳なさそうに俯きながら見上げるその視線に、遠く離れた場所から見ていたニコルがうっとりとした溜息を零す。
「アスラン…可愛すぎます…」
イザークはその隣で、何も言うことが出来ずただ赤面していた。
「アスランは初恋はまだなんでしょうか…?気になりますね…」
「ふ…ふん!俺には関係のないことだ」
「またまたぁ、無理しちゃって…。ま、いいですけどね」
敵は少ない方が。ニコルが表情ひとつ変えず声のトーンを低くした。
怖い。イザークは背筋を這い上がる悪寒と必死に格闘する。
それを知ってか知らずか、彼は可愛らしく小首を傾げると、声を元に戻してステージの方を指差した。
「あ、何かもう終わりみたいですよ?」
見れば、何とか質問をやり過ごしたアスランが、ほうほうの体でステージから降りてきていた。
それでもしゃんと歩こうとする彼の健気な姿に、イザークは眉間に皺を寄せる。
「結局さっきの突然の質問は何だったんだ?アスランの答えもあやふやで、要領を得ていなかったが…」
「あやふやなほうが良いんですよ。アスランが女の子らしく見えれば万事オーケーなんです」
ニコルの言葉に、イザークの眉が更に顰められる。
「それで、誤魔化せるものなのか?」
「実際上手く行ってるじゃないですか」
「それは…まあ、そうだが…」
何となく胃の辺りがむかむかする。こんな馬鹿げたイベントに参加していることもそうだが、アスランのあの姿を見ていると、無性に。
イザークは無意識に、自分の胸の辺りを、軍服の上から握りこんでいた。
そうこうしているうちに、アスランが帰ってきた。途端、ニコルが気遣わしげな表情になって彼の腕を取る。
「おかえりなさい、アスラン。大変でしたね」
「ああ…ただいま、ニコル」
「軍服での審査はこれで終わりですね」
「とりあえず一段落、だな」
和やかな空気が流れる中、イザーク一人が口を真一文字に結んで黙っていた。
もちろんそんなことは気にしない、アスラン至上主義人間ニコル。そう言えば、とアスランにのみ話しかける。
「審査員の紹介はまだなんでしょうか?」
「どうだろうな。審査員のメンバーもまだ知らされていないが…」
「たぶんうちの訓練所の教官でしょうけどね」
ニコルの科白に、アスランの顔が強張る。
「…やっぱり、そうなんだろうか…」
「ふん。そんなことは元からわかっていたことだろうが」
アスランの弱気な発言に元気を取り戻したイザーク。「分かりやすい人ですね」というニコルの呟きは無視して、アスランを正面から睨みつけた。
「大体、貴様は一々弱気になりすぎだ。男なら、一度引き受けたからには腹を括れ!」
「『男なら』っていうのは差別用語ですよ」
だいたい、さっきまでさんざんごねてたのは自分のくせに。
アスランではなくニコルが痛烈な切り返しをする。
カッとなったイザークは、ここがミスコンの会場であることも忘れて、大きく息を吸い込んだ。
「俺はアスランに」
話をしているんだ。
そう続けようとした言葉はしかし、観客の声援にかき消される。
「な…何だ…?」
三人がステージの方へと目を向けると、そこには良く見知った人物。
アスランの喉が、ひくりと鳴った。
ピンク色のふわふわとした長い髪。抜けるような白い肌に、柔らかな光を宿す青い瞳。
手には髪の色と同じ球体のロボットを、大切そうに抱えている。
「ラクス…!」
呆然と呟くアスランの声は、しかし彼女のところまでは届かなかった。